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アントン村5


 テオは、魔力吸収が出来るようになった。

 魔力の充填も、魔道具を使わずにできる。

 魔道具を使う方が時間がかからない。ガエタノが、テオから吸収の話を聞いて、直接赤珠に充填するように命じた。そのほうがより訓練になると教えられた。


 その日のうちに、魔法詠唱の訓練も始まった。

 ガエタノ、テオが裏庭にでてきた。庭に置かれている樽の横に、チプリノがいくつかの木桶を並べる。

「あの木桶を、水で一杯にする」

 ガエタノが木桶の一つを指さして、ほぼ一言で詠唱する。水のふちが盛り上がるように木桶が一杯になった。

「テオ、やってみろ」

 ……火事の時に詠唱して使ったからね。これはカンタン、カンタン。

 テオの思い通りにはいかなかった。何度詠唱しても、木桶には一滴の水もでない。

「なんで! あの時はできたのに!」

「ふん」

 ガエタノは、鼻を鳴らして家に戻っていった。

 テオはその後も何度も詠唱したが、桶に水は一滴も溜まらなかった。


 ……落ち着け。火事の時はできた。何が違う? あの時と何が違う?

 モルンは樽の上に座り、テオを見ていた。テオは何度か深呼吸して、あの日、モルンを助けた日を思い出そうとする。

 ……あの時は必死だった。必死さが必要? いやガエタノはさっき必死で魔法を使ったわけじゃない。

「あの時、おまえを助けたあの時は、どうして出来たんだろうね」

 モルンは小首をかしげてテオを見ている。

「さっき魔力吸収できた時は岩場の時。モルンがいた。火事の時も。僕はどうしていた? なにを考えていた? どんな気持ちだった?」

「ミー」

 モルンが鳴いた。

「うん、僕はテオだった。いつも意識する複数の存在が、全部一緒になってテオだった。他の存在がいると意識しなかった」

「ニャ」

 モルンが鳴いた。

「モルン、『ミー』じゃないのか? おまえは育っているんだな。僕らは育って、変わっていくのか。モルンが育つように、みんなが一緒になって、テオになるんだな。一つの存在、一人のテオに」

 テオはゆっくりと息を吸い、右手を木桶に向けて、ゆるやかに詠唱した。詠唱に合わせて体の奥深いところから、魔力がゆっくりと流れだす。

 ジャッと音がした。木桶を覗き込むと水が少しだけ溜まっていた。

「ふむ、何年かかることやらと思ったが、あっさり出来たな」

 いつの間にか、ガエタノがテオの後ろに立っていた。

「魔法を使うにはコツがある。誰にでもできることではない。教えられるようなものでもない。皆それぞれの感覚でコツをつかむ。」

 ガエタノは、右手で空いている木桶を指差し詠唱した。また水が一杯になった。

「魔法は意志の力だ。詠唱は意志を導くもの。水の量や出す場所、勢い、使う魔力量などを、自分の意志で決めて調整する。魔法を使う時になにを感じた?」

「心を静かにして、体の奥底からの流れを感じました」

 ガエタノが深くうなずく。

「人によっては腹の塊、背中の寒気、手の光りとそれぞれに表現が違っている。いつでもその『流れ』を出せるように訓練しろ。それから感情には注意するんだ」

「感情?」

「火事場でのおまえはどうだった? 強い感情に動かされていたはずだ。あの時はたまたま上手くいった。だがさっきは火事場の時に出来たからと真剣ではなかった。それも感情だ。感情で魔法を使うのは危険なことなのだ。発動できなかったり、効果が変わってしまったりする。いつも冷静で、確実に発動できるようにしろ」

 モルンが樽の上でうなずいているように見えた。

「たまたまだったのか。ガエタノ、治癒魔法もちゃんと覚えたい」

「だめだ」

「え? どうして? 治癒魔法は役にたつ」

「だめだ。治癒魔法は簡単に訓練できるものではない。本来は生き物の体や、治そうとすることについて深い知識が必要なのだ。間違って使えば相手は死んでしまう。今もお前が治してしまったモルンや親猫、子どもたちの様子を、私が、観察している。治癒魔法が使える本職の治癒師がいなければ、訓練はできん。今は他の魔法の習得に専念しろ」

 テオは日が沈むまで詠唱の訓練をした。その様子をモルンの金と青の目が、ずっと見ていた。


 夕食後、机の前に座り、魔法書を読んでいた。モルンの小さな体でも登ってこれるようにと、寝台と机の横には椅子や大小の木箱を重ねていた。机に登ったモルンは、読んでいる魔法書の上に乗ってきた。

「モルン、そこいま読んでいるところ」

「ニャ」

 モルンは肉球で文字をすくい上げるように突っつき始めた。テオは本の横に座り直させて、勉強を再開する。しばらくは大人しく一緒に本を見ていた。

 温かい肉球が、テオの右腕を押さえた。

「え、なに?」

 視線をモルンに向ける。

「ニャ」

 腕をずらすと、モルンが机から膝の上に下りて丸くなった。テオは左手でモルンの背中を撫でながら魔法書を読み続けた。

 やがて、モルンは膝の上でピクッピクッと足を動かしだした。

「ふふふ、カニと戦う夢でも見ているのかな」



 次の日からテオの日常は、さらに忙しくなった。

 午前は魔力充填と吸収、詠唱の訓練。昼過ぎから村の手伝い。帰ってきて、再び詠唱の訓練。夕食後は魔法書を読む。

 モルンはどこにでもついてきた。

 家の周りには必ず猫が何匹かいて、テオが裏庭に出た時も、村におりていく時も、ついてくるモルンとあいさつを交わしてくれた。テオが「いくよ」と呼びかければモルンは戻ってきた。

 テオは、水、火、氷、土、風と一通りの魔法が、曲がりなりにも発動できるようになった。ガエタノからは、命中精度が悪い、詠唱速度が遅いなどといわれた。


 夕食はだいたいがブリ婆さんが用意してくれる茹でた豚肉と豆のスープだが、テオもモルンもたっぷりと食べる。

 食事の後で、ガエタノから別の仕事と村での行動について、申し渡された。

「魔力の充填と詠唱ができるようになったところで、次に進む。魔法の訓練としてアントン村での結界魔道具の管理を覚えてもらう。管理の仕事は、漁師たちのもの以外は毎日ではないが、村の手伝いは減らすことになる。体力をつけて体を作るためには、続けた方がよいのだがな」

「はい」

「その村の手伝いだが、手伝うのは構わんが、あまり村人とは親しくなるな」

「親しくなってはいけない?」

「ああ、あまりな。おまえのしでかしたことと魔道具にかかわることだ。理由はあとで詳しく教えてやる」

 ……しでかしたこと? 親しくなってはいけない理由? モルンたちのように治してほしい人が増えるってことかな。

 テオはモルンに目をやって、首をひねる。

 モルンは、ブリ婆さんから茹でてほぐした小魚をもらって、また食べている。食事は済んだはずなのに、とテオが見ていると、モルンが顔をあげて金と青の目で見つめてきた。


 翌日、村に手伝いの時間が減ることを告げにいった。

「あら、テオ」

「やあベッティ、こんにちは」

「こんにちは。モルンも、こんにちは」

 ベッティは手を伸ばして、テオの胸から顔をのぞかせているモルンのあごの下をかいた。ゴロゴロと小さく喉を鳴らしてあいさつしていた。

「これからミーアのところにモルンを連れて行くんだけど、ベッティも一緒にいく?」

「うん、いく!」

 ミーアにテオを見せにいった。ドゥーエたちは村ノ長(むらのおさ)が用意してくれた海辺に近い空き家に移っている。

 ミーアはモルンを他の子猫たちに引き合わせ、モルンは兄弟姉妹と一緒になって遊び始めた。

「不思議なの」

「ん、ドゥーエ、どうしたの?」

 ベッティの質問に、子猫たちを見ていたドゥーエが返事をした。

「モルンね、こんな目じゃなかったと思う。金と青の目、右と左でちがっている目じゃなくて、他の子とおんなじで、両方とも黄色だったの」

「え? モルンの目の色は生まれた時はちがったの?」

 テオの問いにみんなは、モルンを見て他の子猫と比べた。

「そうね。前からこんな色なら、最初に子猫を見せてくれた時に気がついてるよね。テオも目の色が変わったよね。テオのせいかな」

「僕の?」

「火事から助けた時に、魔法、使ったでしょ。そのせいかも」

 そういわれて、テオはミーアとドゥーエをみた。

「ミーアとドゥーエは変わってないよね、目の色。あの時一緒に光に包まれたけど」

 ベッティの言葉に、テオは考えこむ。

 ……僕のは、他の存在と一緒になったせいだろうとは思うけど。モルンは?

「魔法のせいかもしれないね。後でガエタノに聞いてみるよ。でもモルンは元気に育ってるから心配はいらないと思うよ」

「心配はしてないけど。モルンの目、とってもキレイで、不思議な色だね」

 ドゥーエが、笑顔でモルンをすくいあげた。


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※「カクヨム」「アルファポリス」にも投稿しています。

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