序ノ二
盗賊は、襲ってきた全員が動けなくなっていた。
テオとモルン、猫たちが、近くに盗賊が残っていないことを確かめた。
「ニャ?」
モルンの声に、森の中に戻っていく猫もいた。
他の猫たちは、うずくまる盗賊たちのまわりに座っている。盗賊が耳障りなわめき声をあげて痛みに苦しむ様子を、猫たちが油断なくじっと見つめている。
マチアスたちは、テオたちを警戒した。盗賊と同時にあらわれた者たちを、不審の目で見ている。
テオとモルンは、リリアーヌとマチアスに近づいていった。
「ロングヴィル伯爵家リリアーヌ様ですね。そちらは騎士マチアス様。皆さんにお怪我はございませんか?」
「あなたは?」
マチアスは、テオに質問した。剣は抜いたままで、脇にさげられている。
「これは申しおくれました」
そう返事をすると、テオは首元から金銀鎖にさげられた金のメダルをだした。
「僕は金ノ魔術師テオです」
「ボクは金ノ魔術師モルンだよ」
テオの肩の上で立ちあがっているモルンが、自分のメダルを肉球でおさえる。
「猫が、子猫が話した?」
「やっぱり聞きちがいではなかったのですね。本当に子猫が話しているわ」
「うん、人の言葉はわかるよ」
モルンが、肩の上でフフンッと胸をはった。尻尾がゆったりとふられている。
「……失礼。そのメダルを拝見いたします」
マチアスが、ふたりのメダルを確認した。
「ありがとうございます。失礼いたしました。リリアーヌ様、たしかに魔術師ノ工舎の魔術師証です」
そう報告すると、部下たちに剣をおさめさせ、自分も納剣した。
「金ノ魔術師テオ様。金ノ魔術師モルン様。おかげで助かりました。お礼申しあげます。通りかかっていただけたのは、とても幸運でしたわ」
「『様』はなしでお願いします。それから、僕らは通りかかったわけではありません。ここでリリアーヌ様を襲う、という情報を手にいれたのです。僕らも待ち受けていたのですよ」
「盗賊の待ち伏せをあらかじめ知っていたと?」
「ええ、そうです、マチアス様。ですが、僕がお知らせしても、見ず知らずの一介の魔術師。リリアーヌ様は信用なされないでしょう?」
リリアーヌの侍女がうなずく。
「それで、こちらも猫たちと待ち伏せをしかけたのです。そうそう、盗賊は縛りあげたほうがよいでしょうね。モルン?」
「うん、呼んだよ」
その声とともに、一頭立ての荷馬車が森からでてきた。引き馬には猫が腰をかけていた。
「荷馬車にロープがあります。縛って連れていきましょう」
「了解しました。領都で取り調べます。お尋ね者も交じっているようです」
マチアスが、まわりの盗賊たちをみまわした。盗賊たちは血が流れる顔や腕をおさえて、泣き叫んでいる。
「そろそろ治療をしないとまずいかな? うるさいしねぇ」
誰にともなくそういうと、テオの両手が白く光りだした。
テオが短杖で盗賊たちを指し示す。白い光、治癒魔法の光が、盗賊たちの傷口をふさいでいった。
その時、森の奥から、悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃー!」
顔を手でおさえた男が、森からよろめきながらでてきた。身にまとっている白いローブには血が飛びちっている。猫たちが、男のまわりを取り囲んでいっしょに歩いてくる。
「ああ。そうそう。ベインテ司祭。あなたを忘れていたわけではありませんよ」
「ベインテ司祭?」
「そうです。あれが、盗賊にリリアーヌ様の誘拐を頼んだ司祭です。セイス司教の命令でね」
ベインテ司祭はリリアーヌたちを見て、きびすをかえして逃げ出そうとした。
「シャー!」
足元の猫たちが唸り声をあげる。ベインテ司祭は、それを見て動きをとめた。凍りついたその顔は一面に猫に引っかかれた傷があり、血が吹き出している。
「セイス司教が? セイス司教が、私を誘拐しようとした?」
「ええ。司教はリリアーヌ様を我がものにしたいと思っています。そうだね、ベインテ司祭?」
「……」
ベインテ司祭は、血を流したままで、テオをにらみつける。
「ほほう。すべてを知られているのに、反抗的だね。もっと素直になったほうがいいよ。あ、モルン。あれ、やってみる?」
「あれ? あ、ああ、素直になってもらったほうがいいよね。じゃあ、れんしゅう、レンシュウ」
モルンはテオの肩から飛びおりた。トコトコとベインテ司祭によっていき、座った。
右前足をあげ、しばらくベインテ司祭を見つめる。
「ナー」
声をだして、肉球をクイクイと手まねきのように動かした。ベインテ司祭は、モルンと同じように右腕をあげて、血まみれの手のひらを動かす。
「ほいほい!」
モルンが左前足を動かす。ベインテ司祭も左腕をあげて、手のひらを動かす。
「そらそら!」
たてたモルンの尻尾がゆっくりふられると、ベインテ司祭はその場で、くるくるとまわりだした。
「うんうん。いいみたいだね。じゃあ、素直になったから、もう一度聞くね。セイス司教の命令だね?」
モルンの質問に、くるくる回るベインテ司祭が答えた。
「あわわわわ。や、やめてくれ。目がまわる。やめてくれぇー」
「はぁー、しかたないね」
モルンが、そういって尻尾の動きをとめると、ベインテ司祭は、へなへなとへたりこんだ。
「さあ、答えて」
「そ、そうです。リリアーヌ嬢を、さ、さらってこいと。セイス司教から、命令されました」
モルンがテオを振りかえり、満足そうににっこり笑った。
「うまくいったよ。もう少し工夫が必要だけど」
「うん、ご苦労さん。あとでもっと試そうね」
「不思議な……魔法?」
リリアーヌがポツンとつぶやいた。
「と、いうわけでリリアーヌ様、首謀者はセイス司教だそうです。ああ、それからマチアス様、どうしてここで馬を休ませることにしたのです?」
テオは川原にむけて、ぐるりと手をふった。
「え? どうしてといわれても、その必要があったからだが」
「もっと手前にも、この先にも馬を休ませる場所があるでしょ? ここで休むと誰が言いだしたのかな?」
「それは御者が、街をでるときに、御者が頼んできた。今日は馬の調子が心配なので、ここで休むようにしてくれと」
テオは、モルンを見てうなずく。
「へぇー、御者さんがね。ここを通りすぎていたら、盗賊は待ち伏せが出来なかったよね。都合よく、ここで、馬車をとめてくれないとね」
「あっ!」
「そうなんです、マチアス様。ねえ御者さん、どうしてここで、休むように言ったのかな?」
御者は馬車に背をつけて青い顔をしている。そこへ、テオが笑顔で問いかけた。
「え? そ、それは、う、馬の調子がよくなくて」
「へぇー。スワサント。あなた、スワサントって名前でしょ? 三日前に誰と食事した? このベインテ司祭と食事してたよね? 『虹の架け橋』ってお店で」
「え? どうしてそれを?」
「語るに落ちたね。伯爵の御者をやめるんでしょ? 王都で、馬車屋の経営者になるんだよね? セイス司教の肝いりで」
テオの笑顔が深くなる。
「……」
「まあ、そういうことです。ああ、そうそう、スワサント。ベインテ司祭が、襲う前に盗賊に命令してたよ。『今日この場で、スワサントは始末するように』ってね。これで口がなめらかになるでしょ?」
スワサントは、テオが言ったことの意味を理解し、目を大きく見開いた。すぐにベインテ司祭をにらみつける。
「テオ、これで全部かなぁ。森の中の馬車と馬を取りにいこうよ。この子たちは、まだ枝に結んだ手綱を外せないからね」
モルンが、テオを見上げて森をさし示した。
「マチアス様、ベインテ司祭の馬車と馬たちを連れてきます。盗賊たちを縛りあげてもらえませんか? 僕の荷馬車から二列に並べてつないでおいてください。僕とモルンが、領都までお供いたします」
テオたちが、ベインテ司祭の馬車と盗賊の馬たちを連れて戻ってきた。司祭の御者は、後ろ手に縛られて、前を歩かされている。
盗賊たちも縛られて、テオの荷馬車につながれていた。
テオとモルンが、盗賊たちを確認して声をかけた。
「リリアーヌ様、騎士マチアス様、いましばらくお時間をください。今日活躍してくれた彼らに、ごほうびをあげないといけないのです」
テオはそういって、荷馬車からたくさんの木皿を取り出してならべていく。猫たちは行儀よく木皿の前にすわった。
荷馬車に積まれた木箱から、木の大鉢と大きな革袋を取り出した。革袋を大鉢にかたむけて、中身の小さな茶色い粒をザラザラといれる。モルンが、いつの間にか短杖を持っていて、青い光をはなった。光は大鉢にとどき、サラリサラリと涼やかな音をたてて、水がそそがれる。
「クリームのように、なめらかにするのがいいんだったよね」
「うん、そのほうがみんなの好みかな」
「モルンは火はうまく使うけど、水はもっと訓練しないとね」
「だって、ぬれるのはいやだもの」
テオが短杖を大鉢につきつけると、モルンがそそいだ水がまわりだした。木皿の茶色い粒が水でクリーム状になる。
テオの準備を見て、猫たちは、パタパタと耳と尻尾を動かしていた。その中でも待ちきれない子が、かがんだテオの足や腰に体をこすりつけている。
「まだだよ、みんな。テオに混ぜてもらったら、わけるからね」
「よしっと。わけるからね。あ、こら、まだ、なめちゃダメ。待てないのもいるんだから。いいよ、モルン」
「うん。ニャンニャー!」
モルンの合図で猫たちが、木皿の中身を一心不乱になめだした。
「ウニャウニャ」
「ウーウーウー」
中には声をだして食べている子たちもいた。
「まあ。まあ。まあ。ふふふ、みんな、ありがとうね。おいしそうね」
リリアーヌが木皿のまわりで猫たちに声をかける。ヒョイと木皿に指を伸ばして中身をすくって口にした。
「うっ! ちょっと変なお味。お魚? お肉かしら。もっとお塩がほしいですわね」
「ふふふ、リリアーヌ様。つまみ食いはいけませんよ」
リリアーヌが、ちょっと顔を赤くした。
「これは、魚や肉を材料にしたものです。塩は、猫にはあまり食べさせないほうがよいのです。これでちょうどいいんですよ」
テオが、猫たちが食べ終わった木皿を水魔法で洗って、荷馬車にしまった。
護衛たちから、小声の会話が聞こえてきた。
「洗い物に魔法を使うなんて」
「魔力量が重要なはずだが。あの戦闘のあとで、洗い物に魔法を使って大丈夫なのか?」
「お待たせいたしました。では、領都にまいりましょう」
「あ、その……テオ、モルン、こちらの馬車にご一緒しませんか? お話をお聴きしたいわ。お願いします」
「リリアーヌ様。それは」
侍女とマチアスが、むずかしい顔になる。
「うーん」
ふたりを見て、テオが返事にこまる。
「テオ、テオ。ボクはリリアーヌと一緒にいきたい」
モルンが、小首をかしげてテオを見あげる。
「わかったよ。ではすみませんが、僕の荷馬車をお願いします。マチアス様も、ご一緒されたほうがよいでしょう」
マチアスがうなずき、指示をだしてくれた。マチアスも馬車に乗りこんだ。
一騎が先導して、テオの荷馬車が猫たち全員を乗せてつづく。騎士マチアスの部下が御者をしている。他の護衛たちは、その光景に笑いをこらえている。
盗賊たちが、鈴なりになった猫たちに見つめられて、荷馬車の後ろを歩かされているのだ。
ベインテ司祭とスワサントは後ろ手に縛られ、猿ぐつわをされた。司祭の馬車に押し込められ、お互いをけりあう物音がいつまでもしている。
リリアーヌが乗る馬車は、従者が御者をして、一騎が後衛をつとめる。
「領都に近づいたら、この一行をみて、ちょっとした騒ぎになるわね」
「あははは、注目されるよねぇー」
テオは、進行方向を背にしてマチアスのとなりに座っている。モルンが、その膝の上で笑い声をあげた。リリアーヌは、じっとモルンを見つめて自分の膝をなでていた。
「モ、モルン、モルン様。あの、その、わたくしの膝の上に乗っていただけないでしょうか?」
「いいの? うれしー。最近、テオの脚が固くなってきてねぇー」
モルンはヒョイとリリアーヌの膝に飛びのった。
「モルン、失礼がないようにね」
リリアーヌはモルンの背をなでて、テオを見つめた。
「テオはお若いのでしょう? 私と同じくらいではありませんか? そのお年で金ノ魔術師。モルンも金ノ魔術師ですのね」
「ええ。僕はともかく、モルンは、人種以外では初めての金ノ魔術師です」
「テオ、モルン。ぜひお話をお聴きしたいわ。魔法のことや魔術師のお仕事。お二人の出会い。私は魔法にとても興味があるのです」
「そうですか、魔法に。そう、モルンと出会って、もう何年にもなります」
「ボクはね、テオに、命を助けられたんだよ」
モルンの答えに、リリアーヌが目を輝かせてテオを見つめる。テオもリリアーヌの目を見つめた。
「お話ししてもかまわないでしょう。僕とモルンが出会ったのは……。いえ、そもそもの始まりは、僕が……」
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