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 翌日、金森と待ち合わせたのは駅にほど近い場所にある珈琲のチェーン店だった。お酒がない場所で、と指定したからか、それとも彼の都合かは分からない。店内は賑わっていて、私は金森について二階へと上がっていき、窓際の二人掛けに座った。


「鳥井から聞きましたよ」


 アイスコーヒーを一口飲むなり、金森は笑顔でそう切り出す。

 何をですか、と言葉にしようとしたけれど、私を待たずにそのまま続けた。


「アンブレラで働き始めたんですって。マスターの雨守さんには、私も本当によくしてもらっていましてね。こうして今自分が店を持てたのだって、雨守さんに色々と迷惑掛けたからだし、ほんと、頭が上がらない人の一人なんです」


 彼は私にそう笑いかけてから、サイドメニューで頼んだ具でいっぱいに膨らむクラブハウスサンドを噛み千切る。下唇に付着したソースを指でなぞり、それを舐め取った。

 その笑顔の彼とは対称的な私は、とりあえず気持ちを落ち着けようと甘みが立ったチャイティーに口をつける。シナモンの風味を強く感じた。こんな時でもなければ、パイの美味しい店に通いたくなる。


「それが、用ですか」


 できるだけ冷静に、と努めた声だった。震えてはいなかったと思う。


「いやほら、この前、浅野さんはすぐ帰られてしまったじゃないですか。こういうことはきちんと説明をしておかないと、色々と後味が悪いでしょう。違いますか?」


 あくまで金森は紳士的に振る舞って見える。けれど私はホテルの部屋で起きがけに見た彼の、全てを支配しているかのような優越に(あふ)れた笑みを、忘れることはできない。


「そんなに緊張しないで下さいよ。せっかく前進したと思ったのに、またふりだしに戻る、ですよ」

「何が、おかしいんですか」


 笑みを絶やさない彼に、少し苛立(いらだ)ちを覚えた。


「私は、何も楽しくありません」

「そう言われるだろうと覚悟はしていました」


 金森は急に真面目な表情になり、頭を下げる。


「あの日は、つい楽しくなってしまって。飲みすぎたと反省しています。ただ、浅野さん。あなたと一緒に過ごす時間が思いのほか、楽しすぎたんです。だから半分はあなたの所為(せい)なんですよ」

「確かに初めてのベトナム料理は美味しかったです。それは認めます。でも、お酒を飲ませてあんな……最初からそのつもりだったってことでしょう?」


 思わず声が大きくなり、周囲の人の目を確認してしまう。けど誰一人として私たちのことなんか、気にしていなかった。


「こんなこと言うと恥ずかしくなりますけど、タクシーで送ろうとしたんですよ。けどね、その時に向けられた浅野さんの顔が、久しぶりに自分の中の男を抑えきれなくなるくらいに、セクシィだったんです」


 私は彼の言葉に顔が熱くなるのを感じた。


「ほら、これ。見て下さい」


 そう言って金森は自分のスマートフォンの画面を見せる。そこには自分でブラジャーのホックを外す私の、少し照れた様子が映っていた。咄嗟(とっさ)に自分の肩紐の位置を確かめ、首元が涼しくなる。


「それに、これも」


 分厚い指が横に動く。それに従い、画面にはカメラから顔を背ける私が、何人も現れた。胸を露出し、写さないでと腕をクロスさせて、顔を赤くしている。けどその様子は、大学時代に保広とじゃれ合っていた時のそれを、思い出させるものだった。

 そこからの連想だと、思う。

 急に自分の下腹部にある金森の頭が想像され、彼の短く刈り(そろ)えられた癖の強い黒髪をしっかりと両手で押さえた記憶が(よみがえ)った。


 ――(むさぼ)られた。


 その事実は、私を泣かせるのに充分だった。

 バッグを持ち、立ち上がる。

 金森が何か言ったが、とても立ち止まって聞いている余裕なんてなく、私は逃げ出した。



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