巻き戻りたかった令嬢の美しい夢
(どうしてこんなことになったのかしら。何がいけなかったというの)
粗末な囚人服に身を包み縄で後ろ手に縛られ、首に付けた鎖を死刑執行人に引かれながら公爵令嬢アンヌマリーは考え続けていた。
公爵家の一人娘として生まれ何不自由なく育ったアンヌマリー。母から受け継いだ美貌と父から受け継いだ勝ち気な性格で、いつも貴族令嬢たちの中心にいた。
輝く金色の髪、サファイアのごとき青い瞳。その美しさから王太子の婚約者に選ばれた時も、婚約者に最も相応しいと自他共に認めていた。あの娘が学園に入学してくるまでは。
あの娘。庶民のくせにどこぞの男爵の血を引いているとかで途中で編入してきたティアというみすぼらしい娘。礼儀知らずで上位貴族への態度がまったくなってなかった。それどころか王太子にも遠慮なく近寄り……いつの間にか彼の心を掴んでいたのだ。
それを良く思っていなかった私。当然だろう。半分庶民のあの娘は本来なら王太子に声を掛けることすら出来ない身分なのだ。だからもちろん注意を重ねた。身分を弁えろ、と。
その度に涙目になって王太子に告げ口に走っていたあの娘は反省などせず、いつまでも王太子にひっつきまわっていた。
だから私はあの娘は王太子にとって有害であると判断した。彼の心を惑わす、良くない存在。消さねばならないものだと。
学園の一室にティアを呼び出した私。彼女の目の前で、二つ並んだティーカップの一つに毒薬を入れる。
「毒の入ったお茶を飲まなかった方が勝ちよ」
そう言って二つのカップをグルグルと回す。じっくりと目で追えばその行方は容易に追える。果たしてティアは毒の入っていない方を選んだ。
そして同時にお茶を口に含む。喉に焼けるような痛みが走り私はカップを落とす。
「アンヌマリー様、自業自得ですわ」
ニヤリと笑ったその瞬間、喉を押さえて苦悶の表情を浮かべるティア。
「なぜ……」
そしてティアは床に倒れ込んだ。私は焼ける喉に水を流し込み毒を中和する。このティーカップには最初から両方に毒が仕込んであった。どちらを選んでも逃げられないのである。
私は、幼い頃から暗殺対策として少量の毒を摂取し身体を慣れさせてきた。このくらいの量ならなんてことはない。だが初めて飲む者であれば即座に解毒しなければ命を落とすだろう。
床に転がったティアを眺めて私は笑い声を上げた。あとはこの場を立ち去るだけ。
だがその時、王太子が飛び込んで来た。
「ティア!」
なぜ王太子がここに。焦る私には目もくれず王太子はティアを抱き上げ外に出て行った。そして私は王太子の護衛によって殺人の現行犯で逮捕されたのだ。
王太子の怒りは凄まじく、私はすぐに投獄された。父は役職を取り上げられ公爵の地位も奪われて国外に追いやられた。私の助命を嘆願する者は一人もいなかった。
ティアは治療が早かったため一命を取り留めた。王太子は喜び、医者に褒賞を与えた。そしてティアを新たな婚約者とし、ティアを殺そうとした私を処刑することに決めた。この間、わずか一週間。
そして今私は王太子とティアの目の前で断頭台の露と消えようとしているのである。
執行人に導かれうつ伏せで横たわる。首に木の枷が嵌められ、もう逃げることは出来ないと悟る。
王太子が何か朗々と読み上げているが、どうやら私の罪状のようだ。群衆の声がうるさくて私には何も聞こえない。そう、私は庶民の娯楽として広場の真ん中で処刑されるのだから。
「悔い改めよ」
執行人の声が聞こえ、首を斬るための刃を落とす紐が切られた。そして――
――目覚めた私は時間が巻き戻っていた。
あの娘……ティアが編入してくる当日の朝に。
私は決意した。ティアと王太子が両想いになるのはわかっている。そして私の企みが失敗することも。
だから今回は邪魔をしないことに決めた。どうせ最初から王太子の愛は私にはなかったのだ。幼い頃から、彼からは政略結婚だと諦めた顔しか向けてこられなかったのだから。
私は、私の人生を今回は自分のために使う。私の美貌と知性を持ってすればもっと幸せな人生が待っているはず。そして、私のことをちゃんと愛してくれる人を生涯の伴侶に選ぶのだ。
そして私は変わった。私はティアに優しく声を掛け、王太子の恋のアドバイザーとなり、二人を結びつける方向へ動いた。
その過程で、前回では威張り散らしていて友人の一人もいなかった私にたくさんの友人が出来た。
隣国からの留学生と仲良くなり、実は隣国の王子である彼から交際を申し込まれたりもした。
私が変わったことで、全てが変わった。私の人生は愛と友情に彩られた素晴らしいものに変わったのだ。
「私、一度死んで良かったんだわ。こんなに幸せな私になれるなんて。ありがとう、私をやり直させてくれた神様……!」
「おい、このご令嬢、微笑んでるぜ」
「死ぬ間際に何かいい夢でも見たんじゃねえか」
執行人たちがヒソヒソ話しながら、胴体から切り離されたアンヌマリーの首を群衆の前に晒すために拾い上げた。