5.南の海での戦い
ニューヨから急いで離れたキキとリリは、
戦闘のその後を心配しながら泳いでいた。
やがて長くて高い山が続く島に着いた。
その島の西側は断崖絶壁が続いており海は深かった。
『ここがもしかしてジジが言ってた「マーヤ」かしら?』
ジジから
「マーヤは高く細長い山が続いている島で
山の上にヒトがたくさん住んでる。
ただここのヒトは我々へ攻撃してくるから近づかないように」
と言われているが、トキオの近くのヒトが優しかったので
ついつい島の狭い砂浜近くまで泳いで行って
『こんにちわ』と高くジャンプした。
山の上に石の家がたくさんあるらしいが海面からは見えなかった。
山の上に白い煙が何本も上がっている。
きっとヒトがいるのだと思った。
「ウオー」と突然大きな声が上がって騒がしくなった。
その時、キキ達のいる海面の近くに先の尖った木が撃ち込まれた。
驚いて立ち竦んでいると、何本も尖ったカクの角の様な木が飛んできた。
「リリ、ここは危ないわ。すぐに沖へ逃げましょう」
「うん、あーん、怖いよー」
キキ達は急いで届かない沖へと離れた。
ヒトはフネという木でできた乗り物でキキ達へ向かってくる。
あまりに怖かったのでキキとリリは、振り返らずに全力で沖合へ逃げた。
フジの北側にあるトキオで会ったヒトは怖くなかったけど、マーヤで会ったヒトは怖かった。
以前ジジから聞いた
「ヒトは昔、私達を食べていたらしい」という話は本当だったようだ。
だけどキキはトキオでキキ達を見送ったヒトの笑顔は好きだった。
ヒトの中であの白い髭でいっぱいのヒトは仲良しになれる笑顔と感じたのだった。
キキは、今度トキオへ行った時はお友達になろうと思っていた。
キキ達はどんどん南へと泳いで行った。
そのうち真っ赤な大きなシマが見えてきた。
シマの周りの海は真っ赤に染まっている。
以前長老のジジから、
海面が真っ赤になるのは、私たちの餌になるお魚の餌であるプランクトンと言う、小さな目に見えない生き物たちの呼吸が出来なくなって死んだ場所だから、その中に入ってはいけないと聞いていたのでリリとどうしようかと戸惑っていると、
「キキ、リリ、無事だったかい?
ヒトから虐められなかったかい?」
「うん、近づく前に尖った角みたいな木が投げられた後、
フネという木に跨って、私達を襲ってきそうだったので必死で逃げたわ」
「そうなんだ。あそこのヒトは僕達を食べるつもりらしいから気をつけてね」
「うん、ヒトと言っても色々といるのがわかったわ。
例えば頭の毛の色もトキオのヒトは黒だったけど、マーヤのヒトは黄色だったし」
「この真っ赤な海って、身体に良くない水なのよね?」
「この色は、海底から続く岩に光が反射し真っ赤になってるだけだよ。普通の水だよ」
「じゃあ、心配ないのね。良かった。
この入り江ならゆっくりと眠れるから今夜はここね」
突然シマの入り江の奥の闇から大きな声が響いてきた。
「お前達はここから出ていけ。俺の城だぞ」
シャチのシャーが返答した。
「誰だ」
「俺様は、カニ将軍様だ。バルー様の子分さ」
「子分の癖に偉そうだな」
「バ、バカ、バルー様は怖いんだぞ。
一番怖いのは側近のダイオウ将軍だけど」
「ふーん、たくさんいるの?その将軍って」
「聞いて驚くな、我々バルー軍の事を教えてやろう。
震えながら聞けよ。
我らがバルー様は、他の宇宙から地球へやってきた生き物で、
この宇宙で一番偉い王様なのさ。
ダイオウ将軍は、俺様と同じで紫の海の底に潜んでいて、
常にバルー様の近くに仕えるダイオウイカ族の王様なのさ。
お前達より大きな身体だからきっと鋭い牙で頭から齧られて終わりだぜ。
ホオジロ将軍は、ダイオウ将軍の次に偉い将軍で、
ダイオウ将軍も同様にバルー様の傍に仕えるサメ族の王様なのさ。
この方もお前達より大きな身体だからきっと鋭い牙で頭から齧られて終わりだぜ。
最後の将軍、俺様、カニ将軍は、この紫の海の底に潜んで
バルー様の海を巡回し海の平和を守っているカニ族の王様なのさ。
海の守護隊長として、
大西洋西側を守るウツボ隊長、大西洋東側を守るサメ隊長、
大西洋南側を守るカニ隊長がいるのさ、
その下には巨大化したウツボ兵、タコ兵、イカ兵、カニ兵が無数にいるのさ。
これを聞いて驚いたか?
驚いて腰が抜けているんじゃないか?
驚いたら、もっと俺を敬えよ。
子分くらいならしてやるぞ」
「大西洋北側は誰が守ってるの?」
「いや、実は、今はいない。
以前はミズタコ将軍がいたけど。
残念ながらお前達と戦って倒れてしまった。
ただまだ多くのタコ隊長がいるので
いつか大きくなればそいつがタコ将軍になるだろう。
お前達、震えて眠れよ」
「はいはい、怖い怖い・・・これでいい?」
「なんだー? もっと感情を込めてだなあー」
「ヒエー怖い、助けて、泣いちゃうよー。これでいい?」
「おうおう、なかなかの迫力だな。
合格。
では、絶対にこっちには来るなよ」
「どうして?」
「今まで何を聞いていたのだ?
こっちはバルー様の海だから来るなという事」
「もし行ったら?」
「そうなればワシ達と戦うしかないからな。
(小声で)本当は戦うの嫌だけど・・・
わかったら、お前達はそこから回れ右して帰るんだ」
「わかった。いう通りにするよ」
「うん、いい子たちだ」
「と、見せかけて、お前を襲う」
カクがその鋭く長い角をカニ将軍のお腹へ向けて素早く攻撃した。
「小僧、そう来ると思っておったわ。
お前の目は反抗的だからわかったよ」
「なに?・・・クソ―」
カクの鋭く長い角が、カニ将軍の大きな鋏で挟まれている。
「我々カニ族は固い甲羅で守られているから心配はしていないが
最近甲羅が入れ替わったばかりでまだまだ柔らかいのだ。
傷付けてしまってもしばらく不便なので鋏で止めさせて貰った。
者共、奴らを切り刻め。一気に攻めよ」
キキの身体くらいに大きくなった無数のカニ兵が
サワサワと音を立てて海底からこちらへ向かってくる。
多勢のためこのまま行けば、全員切り刻まれてしまうかもしれなかった。
ここは逃げの一手だが、
カクが捕まっているため逃げる訳にはいかなかった。
シロが大きく水を吸い込んでカニ兵へと噴き出して行く。
カニ将軍の方にも綺麗な水が流れて行く。
カニ将軍は
「なんだ、この水は身体の力が抜けるぞ。皆の者、気をつけろー」
一瞬、カニ将軍の鋏の力が弱くなった様に感じたカク。
カクは頭を大きく振ると鋏から角が外れた。
「あっ、しまった。くそー、忌々しい水め」
「シロ、ありがとう。助かったよ」
その時、太く長く鋭い角がカクの近くに突き出された。
「カク、大丈夫か?」
「ああ、お父様。今、やっと友達を助けられたところです」
「それは良かった。
うん?
カニ野郎、ここに居たのか。
いつもいつも陸に逃げやがって、今日こそ逃がさねえ」
「我々カニ族は、お前達と違って、
この島へ上がって、水から出ても生きることができるから、
我々を追い詰める事は無理だな」
「そうだったな。でも水から出たら、元の小さなカニに戻るよね」
「そうだが、この紫色の水に浸かれば元に戻るから別に気にしていない」
「いつもいつもお前に逃げられるから我々も色々と考えたのさ。
お前達のその鋏にザクザクと切り刻まれて
死んでいった仲間達の無念を思うと怒りがこみ上げてくるぜ」
「ふーん、無駄な考えだね。下手な考え、休むに似たりってね」
者共、いつもの様に陸へ逃げろ」
カニ兵達は急いで陸へと移動始めた。
カニ将軍も敵の攻撃を注意しながら横歩きで陸へ向かい始めた。
カニ将軍の意識がシロから離れた瞬間に
シロが大きく綺麗な水を吸い込んでカニ将軍へ再度吹きかけた。
突然綺麗な水を吹きかけられたカニ将軍は、
苦しくなって驚いて立ち上がってしまいお腹がこちらに晒された。
「今だ」
イッカクの王様の太く長く鋭い角が、
カニ将軍の腹部の柔らかい皺部分へ叩き込まれた。
そして、カニ将軍を串刺しにしたイッカク王は
すぐに真上に海面まで泳ぎ、カニ将軍の身体を空中に固定した。
「し、しまった。うー、くそー、放せ」
「これが、我々の考えていた、お前の攻略法だ。このまま干からびろ」
「くそー」
シロは近くから綺麗な水をカニ将軍にかけていく。
カニ将軍の身体からはドンドン紫色の水が流れ出て行く。
そしてそのたびにカニ将軍の身体は小さくなっていく。
「将軍様、将軍様」とカニ兵達の声が木霊する。
「お前達は陸の水際から離れるんじゃないぞ。
しばらくしてこいつらがいなくなったら、
この島を脱出してバルー様の元へ帰るのだ。
お前達が大きくなった時にわしの仇を討ってくれ。さらばじゃ」
やがて、太陽が水平線へ近づいてくるとカニ将軍から声は漏れてこなくなった。
イッカク王の角に突き刺されたカニ将軍の身体はすでに白く小さく乾燥している。
イッカク王は陸に近づくと角を大きく振って、
太陽の光の当たった丘へカニ将軍の死体を投げ捨てた。
カニ将軍の鋏や足がパラパラと乾燥した地面へばら撒かれた。