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8 舞踏会の準備

 慌ただしく侍従の手伝いなどをしているうちに、ナム公国の公子が来た。昨日から、侍従もケイも大忙しだ。

 昨日はいつもより更に寝るのが遅かったから、今朝のケイは大変寝起きが悪い。無理やり起こしてシャツを着せかけても、ボタンを留めずにソファでぼーっとしているので、仕方なくトワが前に回ってボタンを留める。

 寝起きのケイは、たいていご機嫌が麗しくないが、今日は一層悪化して、先ほどからお経でも唱えているのかと思うほど低い声でぶつくさ言っている。

「ただでさえ忙しいのに、なんで舞踏会なんて開くんだ。仕事が押してしょうがない。あんな非生産的な活動になんの意味があるんだ」

 いや、今回の一番の目的は歓待で、一般的には社交と情報収集と婚活でしょうよ。

「嫌いなん、舞踏会?」

「嫌いだ」

 舞踏会が似合う王子様みたいな見てくれなのに、もったいない、と口にすることはトワの生産性を著しく低下させそうなので、声に出すのは他のことにした。

「そういえば、公子さまの妹君はどうやった?」

 昨日、コウ国に到着したナム公国の公子とその妹をケイは皇帝と一緒に迎え入れているから、既に挨拶は済んでいるはずだ。

「…ああ、まあ、愛らしい娘ではあった」

 棒読み。

「大丈夫だ」

 がしっとなぜか両肩を掴まれる。ソファに座るケイのシャツのボタンを留めるためにトワはかがんでいるから、ちらりと目線を上げればケイの視線とかち合う。

「おまえのほうが可愛い」

 …えっと、なんの宣言? 大丈夫ってなに? えっ? ていうか、ケイ大丈夫?

「……ちょっと、なに言ってるかよくわからないです」

 寝ぼけているのか本気なのか、どういう意図でのおまえのほうが可愛い宣言なのか、もう深く考えるのは疲れるので、聞き流して応接間に引っ張って行くことにした。


 文句を言いながらも、なんだかんだ生真面目なケイは、いつもより早めに執務室に向かった。日常業務を午前のうちに済ませて、午後は公子の接待に充てるのだろう。

 トワは正式な侍従ではないから公式行事には出ないので、ケイが公子の相手をしている間はむしろ暇だった。忙しそうな他の使用人たちを手伝ってあげたいが、城の仕事は明確に役割が決まっているので、ぶんを侵して手伝っても迷惑になる。だから、トワはこっそり女中の力仕事を手伝う程度にとどめた。

 女中たちの休憩時間に、手伝いのお礼にともらった茶菓子を頬張りながら、彼女たちのする噂話を聞いている。

「舞踏会は今日の夜でしょ。ごちそう、たくさん回ってくるといいわね」

「ケイ殿下の舞踏会でのお姿、一目でいいから見たいわぁ」

「舞踏会のときは、かんっぺきな王子様なのですって!」

「今回の応対を皇帝陛下がケイ殿下に任せたのは、世継ぎとしての資質を確認するためって噂よ」

「ええ? 私は面倒だから押し付けたって聞いたわ」

戦事いくさごとは全部ケイ殿下まかせなんだから、これくらいご自分でなさったらいいのに」

「公子さまの妹君のサーヤさまは、とっても美人なんですって」

「でも、ケイ殿下の麗しさにかなうわけないわよ」

「ねえ、トワ!」

 急に話を振られて、トワは「え?」と振り向く。

「トワはもうサーヤさまは見た?」

「ううん、まだ」

 公子の妹はサーヤと言うのか、とここで情報を得る。

「でも、トワは殿下の従者でしょ。きっとお会いする機会があるわよね」

「きっとそのうちね」

 そう答えてトワは微笑む。いいなあ、と女中たちはひとしきり羨ましがってから、次の噂話に花を咲かせる。

「サーヤさまは観劇がお好きなんですって」

「それで、今、都で流行っているお芝居を観るのを楽しみにしてるとか」

 情報が早い。

「え、それって、あれでしょ? 怪人が出てくる」

「それなら、この間、私たち見に行ったわよ」

 彼女たちのおしゃべりは話題が尽きないが、そうこうしているうちに休憩時間が終わり、仕事に戻って行く。トワもそろそろケイのところに行く時間だ。



 衣擦れの音だけがする部屋には、ケイとトワの二人しかいない。向かい合ったケイの胸元に手を掛けて、トワは手際よく作業を進めていく。

「わあ、ほんまに王子様みたいやねぇ」

 ケイの胸元のタイを整えながら、トワは感心する。現在、舞踏会用の衣装の着つけの最中である。侍従たちは忙しいのか、トワに任されている。衣装自体は事前に侍従たちと相談してケイの許可を得て決まったものである。

「…? 生まれたときから王子だが?」

「ちゃうねん。女性が喜びそうな、キラキラしい男子のことを“王子様”って言うねん」

 舞踏会に合わせてあつらえた衣装は、ケイの美貌をより一層際立たせていた。まるで自身から光を放っているのではないかと錯覚するほどだ。

「おまえの言っていることが、さっぱりわからん」

 トワは“王子様”が何であるかを力説するが、ケイにはまったく伝わらなかった。

 髪はいつものようにハーフアップにするが、豪華な衣装に合わせて、根元を編み込み、みつあみを何本か組み合わせて少し手の込んだものにした。どんな髪型にしても美人である。

「器用だな」

 鏡を見ながら感心するケイに、「姉のをよくやらされてるんで」と言いそうになって、慌てて口をつぐむ。

 ケイの準備が終わったころ、侍従が迎えに来て、トワはケイを舞踏会に送り出した。


 それから、侍従に頼まれていた仕事をしに別の場所に向かう。服もお仕着せが支給されるので、それに着替える。

 トワの姿を見た持ち場の係長は、「君はこれが必要そうだな」とトワにグラスを差し出した。他のグラスに似ているが、微妙にデザインが異なり、少し厚みがあって重い。

「なんですか、これ?」

「飲んだら腰が立たなくなるくらいの強い酒だ」

「…それ、出して大丈夫なんですか?」

「一般のお客様に出してはいけない。あくまで護身用だ」

「? どういうことですか?」

 こてんと首を傾げるトワに彼は説明してくれた。

「舞踏会の給仕は見目の良い者が選ばれるから、客人の中には、給仕を誘ってくる方もいる。時々しつこい方や強引な方もいてな。その時には、これを飲ませなさい」

「ああ…なるほど」

 用途を承知した。

「これは『運試しの酒』と言ってな、給仕の持つグラスに、一定数紛れ込ませている」

「え、舞踏会なのに?」

 足腰立たなくなる酒を紛れ込ませて良いのか、と疑問に思う。

「という触れ込みで、実際には護身用に使われている。ただ、給仕を誘った客人だけが飲んだとなると、護身用だとバレてしまうだろう。だから、『運試し』として存在を明らかにし、飲んだ客には、自分がそれに当たってしまったと思わせるのさ。ケイ殿下がね、給仕を守るために考えてくださったんだ」

「そうなんですか」

 いろんなとこで仕事してんな、と感心した。そういえば、公の場でのケイをあまりよく知らないなと思う。舞踏会で、新たな一面が見られるだろうか。

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