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33 悪霊

 弔いの儀式の間、トワは姫を肩に乗せて静かにたたずんでいた。静謐な横顔は感情を悟らせないのに、どこか愁いを含んでいて、ケイの美貌を見慣れたロンからしても、人目を惹く存在に見えた。

 トワは城の女中たちに人気があると聞くし、ここに彼女たちがいれば、溜め息でもこぼしたかもしれないが、ここには儀式の手伝いをする巫女以外の女性はいない。

 だが、葬送に参加する男たちも、皇太子殿下の従者としてなのか、あるいは別の意味なのか、トワの存在は気になるようで、時折視線を送っている。そのくせ、トワに視線を返されるとさっと目を逸らす。

 トワはそうした反応を意に介した様子はなく、澄ました顔をしている。

 やがて、儀式は滞りなく終わり、あとは侍従の遺体を家に送るだけとなった。神官は巫女を連れて去って行く。

 その瞬間、侍従の遺体が入った棺がガタリと音を立てて動いた。

「!?」

 動いたのはほんの一瞬、数センチだけだ。だが、周囲の人間は驚いて棺を注視する。棺は何もなかったかのようにそこに置かれている。

 トワの目には、棺から立ち上る黒い煙が見えていた。うすいもやのようなものだが、禍々しさを肌で感じて思わず身震いする。

「姫」

 トワの肩にいた姫が飛び立ち、棺の周りを飛び回る。姫の翼の風に押されるように靄は少しずつ薄くなっていく。

 周囲から小さなどよめきが起こる。魔力のある人間には、この靄が見えているのだろう。

 トワは棺に近づき、蓋を押し上げる。儀式が終わった棺を開けるのはご法度であるため、今度は非難の意味を込めてどよめきが起こる。

 気にせずにトワは棺の中に入れられた巻物のようなものを取り上げる。

「これは?」

 そこから禍々しい気配が立ち込めている。

「それは、さっき巫女が入れた経典だ。葬送の儀式のときに棺に入れるものだ」

 ロンが近づいてきて説明した。

「将軍には、あれ(・・)が巫女に見えていましたか?」

「何言ってるんだ。神官に付き従って儀式の手伝いをしてた巫女がいただろ」

「僕には、神官の近くには、巫女の衣装を着た黒い影しか見えませんでした」

「どういうことだ?」

 ロンの魔力量は普通である。一緒に魔術の授業を受けていたケイと、もう一人の生徒は魔力量がずば抜けて多かったが、ロンはコウ国の貴族階級の人間が持つ魔力量の平均程度だ。

「みなさんにあれが巫女の姿に見えていたのなら、あれは巫女のふりをした何かということになります」

「何かって、悪霊とかか?」

「悪霊…というより、『魔』を感じます」

 一瞬ケイの冗談を思い出したが、そうではない。

「妖魔ということか?」

「いえ、『魔術』──呪いの類です」

「なんだって?」

 王侯貴族ならともかく、一介の侍従などを呪う意味がわからずにロンは声を上げる。

「ともかく、みなさんに少し離れてもらってください」

 トワはロンに周囲の人間を遠ざけてもらい、手にしていた経典を破った。その瞬間、経典から黒い人影のようなものが湧き上がる。

「姫!」

 トワの声に呼応して飛んでいた姫が急降下してくる。姫が影を突き破ると、影はぐにゃりと変形する。トワが儀式に使っていたろうそくの火で経典を燃やすと、影の半分は消えた。残りの半分は行き場を失って漂ったあと、侍従の身体に向かおうとする。それを姫が翼で跳ね返す。

「将軍、借ります!」

 トワはロンの腰に下がっていた剣を抜く。正装用のサーベルのためトワでも扱える重さだ。ひそかに剣に魔力を込めて、姫に飛ばされた影を斬る。弾け飛んだ影が消える。

「すみません、ありがとうございました」

 ロンに剣を返してトワは侍従の身体を覗き込む。今のところ、変化はないようだ。降りてきた姫がトワの肩に戻って来る。

「将軍、違う神官を呼んで儀式をもう一度行ってください。それから、家に送る葬列に僕も加えてください」

「ああ、わかった」

 もともとトワは儀式にしか参列しないはずだったが、こうなっては、最後まで見届けたほうがいいだろう。

「ケイには俺のほうで言っておく」

「お願いします」

 ロンは友人として侍従を送るため、葬列の警備の責任者にもなっていた。ロンの許可があればトワの参加も認められた。ロンは近くにいた騎士を呼び、ケイへの言付けを頼んだ。



 再び葬送の儀式を行った侍従の遺体は、今度は滞りなく家路に就いた。貴族の子弟ということで、邸宅は立派なものだった。とはいえ、今回の件で爵位は落とされ、都を追放されることが決まっている。

「将軍、この度は、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。愚息を送り届けていただき、ありがとうございます」

 待っていた侍従の両親がロンに頭を下げる。幼馴染という話だったから、ロンと侍従の両親は既知なのだろう。

「トワさまも、ありがとうございました」

「え。いえ、そんな…」

 ロンの供のような立ち位置にいたトワにも声が掛けられて驚く。

「生前、息子がお世話になったとお聞きしました」

「いえ、むしろお世話になったのは僕のほうで…」

「息子からトワさまにと預かったものがあるのです。ぜひ、お茶でも」

 侍従の母親に言われて、トワは困惑する。

「息子の思い出話をしたいのです。ぜひお願いします」

 そう言う父親の向こうの邸の窓を見て、トワは仕方ないと溜め息をつく。

「それでは、お言葉に甘えて少しだけ」

 ロンに小声で伝える。

「申し訳ありません、将軍、少しご両親とお話をして帰ります。姫を連れて行きますから、心配しないでくださいと殿下にお伝えください」

「ああ…、わかった」

 ロンは心配そうにトワを見たが、トワが小さく頷くと承知してくれた。



 侍従を送って来た一団が帰ると、侍従の両親はトワを邸の中にいざなった。

「さあさ、トワさま、すぐにお茶を用意させますから、どうぞ掛けてください」

 応接間サロンの椅子を侍従の母が勧める。

「いえ、それよりも、ご用件をお伺いしましょう」

 トワには侍従から渡されるものなど心当たりがない。であれば、それは口実と考えるのが妥当だろう。

「では、こちらへお願いします」

 侍従の両親は一瞬顔を見合わせてから、父親がトワを促して歩き出す。付いていくと、三階の部屋のドアの前で立ち止まる。位置的に、先ほどトワが外から見たあの窓のある部屋だろう。

「どうぞ、お入りください」

 侍従の父はドアを開け、自分よりも先にトワに中に入るように促した。部屋にトワが足を踏み入れると、黒い靄が襲ってくる。トワの肩の姫が口を開けて威嚇すると、靄は怯んだように戻って行く。

 戻った先には、先ほど窓から見えた、幼い少女がいた。

「娘のセイナです」

 ドアの外から侍従の父が紹介する。

「申し訳ありません、トワさま。殿下がお見えになるまで、ここでお待ちください」

 早口でそう言って、侍従の父は素早くドアを閉めた。部屋には、トワと姫、そして侍従の妹であるセイナが残される。

「はじめてお目にかかりますわ、トワさま」

 ぺこりと礼儀正しく挨拶をして微笑む少女は、愛らしい顔立ちをしているのだが、そのくらい瞳が妙にアンバランスで不気味だった。

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