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32 葬送

 獄中死した侍従の葬送が営まれる。その場に現れたトワに、牢番や役人らしき数人の男たちが顔を見合わせた。

「おい、あれ…」

「よく来られるよな」

「なんでもない顔してるぜ」

 彼らが囁くことの意味はわからなかったが、好意的なものではないことは理解できた。

「トワ」

 隣にロンが立つ。彼も参列者なのだろう。トワは頭を下げて挨拶をする。

「悪かったな。俺がおまえたちを会わせたせいで、あいつを殺したのはおまえじゃないかなんて変な噂が立って」

「ああ…」

 囁き合う男たちを見遣ってトワは理解した。彼らは、トワが侍従を殺したと思っているから、彼の葬送の列にトワが加わることに異を唱えるのか。

「そういうことでしたか」

「どうやら、牢番以外であいつに会ったのが、おまえが最後なんだと」

「そんなわかりやすい方法で殺したりしませんよ、僕なら」

 殺すつもりなら、牢番に見つからないように侵入したほうがいいだろう。だが、牢で囚人が殺された、少なくとも、毒を盛られたとなれば、牢番の落ち度となる。自分たちの非を否定するには、明らかな犯人を作ったほうが都合がいいのだろう。

「おまえじゃないんだろう?」

「それ、あなたが言いますか?」

「そうだよな、すまん」

 あの時、トワは侍従に会う予定はなかったのだ。それをロンが会うように仕向けた。だから彼は、トワが侍従を殺すつもりで会ったのではないと知っているはずだ。

「おまえがここにいるってことは、ケイもおまえを信じてるってことだろ?」

「…そういうことになりますね」

 ケイが噂を知っていたかはわからないが、昨日は遠乗りの後に獄舎の責任者と会っているはずだから、この噂を耳にしていてもおかしくない。そう考えれば、昨夜のケイの行動の意味がわかる。

 あれは、ペンダントに毒が入っているかどうかを確認していたのだ。中身を見たわけではないが、ケイならば、指に伝わる重心の移動で丸薬の有無くらいはわかるだろう。それがなんの薬かまでは判断できなくても、そこに薬があることを確認して、ケイはトワを信じることにしたのだ。

 つまり、少なくとも、一度はトワを疑ったことになる。

 皇太子として周囲の者を信じすぎないことは必要であるし、トワには、疑われる要素はいくらでもある。実際トワはケイに隠していることがある。信じてほしいなんて言う権利はない。

 ──なのに、なぜ、ケイに一瞬でも疑われたと思うと、胸の奥にツキリと刺すような痛みが走るのだろう。

 思わず胸のあたりの服を掴む。


 疑われたくない。裏切りたくない。大切にしたい。悲しませたくない。失いたくない。


「ピィー?」

 心配そうに肩の姫が鳴いてトワの顔を覗き込んだ。

「ああ、大丈夫、苦しいわけやないよ」

 トワは姫を見上げて笑って見せる。

 それから、姫を預けてくれたケイを思い出す。



 トワが侍従の葬送に行く直前、ケイは姫を連れて現れた。仕事を抜けて来たのだろう。

「姫を連れて行け。きっとおまえを守ってくれる」

 姫はケイの手からトワの肩に飛び移る。

「守るって、何から…?」

 ただ葬送に参加するだけで何があるというのか。不思議に思ってトワが訊くと、ケイは微笑んでこんなことを言う。

「悪霊とかが出るかもしれないだろ。姫が追い払ってくれるから」

 ケイが悪霊を信じているとは思えなかったが、トワを守ろうという意図は伝わったので「ありがとう」と答えた。

「よろしく頼むな、姫」

 トワの肩にとまる姫をケイは撫で、姫は「承知した」とでも言うように「ピ!」と鳴いた。



 トワは背筋を伸ばしてロンに向き直る。

「殿下が姫を授けて僕をここに遣わした。それがすべてです」

 姫は、ケイからの信頼の証だ。

 ケイは昨夜、自分の代わりに侍従の葬送に行ってほしいとトワに頼んだ。この国では、囚人であっても死者はきちんと弔われる。侍従は死因の究明が終了したら、遺体は家族の元へ帰される。むろん、死んだからと言って罪が消えるわけではなく、相応の罰は与えられるから、皇太子であるケイが葬列に加わるわけにはいかない。だけど、せめて、見送りたかったのだろう。

 だから、トワが潔白であることを確認して、トワに名代を頼んだ。

 考えてみれば、侍従を見送るのは、トワよりももっと長い付き合いの他の侍従のほうが適任だったのかもしれない。けれど、ケイはトワを遣わした。それは、その噂に対して、ケイがトワを疑っていないことを表明するためでもあるのだろう。

 皇太子の名代としてやってきた皇太子の従者が、皇太子の赤いドラゴンを連れている意味。それがわからない奴らに、とやかく言われる筋合いはない。

 姫が自分の存在をアピールするように、トワの肩の上で翼を広げ、バサバサと音を立てて羽ばたいた。

「皇太子殿下の名代への陰口は、すべて殿下へ向けたものと見なすぞ」

 トワの言葉に頷いたロンは、トワに対して不躾な視線を投げかけていた男たちに向けて言った。大きな声ではなかったが、通る声に男たちはビクリと肩を揺らし、目を逸らしてそそくさと歩いて行った。

「おまえがあいつの側にいてくれてよかったよ」

 逃げる男たちを目で追いながらロンは言う。

「…そう…でしょうか」

「あいつは表には出さないけど、今回のことは、けっこうこたえてたと思うぜ」

 ロンの視線を受けてトワは頷く。

「そうですね」

 トワの肯定の言葉に、ロンは口の端を嬉しそうに上げる。

「あいつ、辛いとか悲しいとかは抑え込んじゃって隠そうとするから、側にいて気づいてやってくれ」

 このケイの友人は、なぜかトワがケイの理解者であることを望んでいる。

「…僕は、僕の目の前にいる殿下のことを、ちゃんと見たいとは思っています」

 トワだってケイのことは理解したいと思っている。トワに対しては温厚なケイが、なぜ『破滅の王』と呼ばれるのか。その予兆はどこにあるのか。いつか、彼を飲み込む大きな波がやってくるのか。そうだとすると、そのきっかけはなんなのか。

 ──猶予は、いつまでなのか。


「トワ、おまえは、裏切るなよ」


 周りには聞こえないような低い声で、いつかと同じ台詞をロンが言った。

 背の高いロンの横顔をトワはちらりと見遣る。葬送の準備が整い、儀式を執り行う神官が会場に入ってきたから、ロンの視線は前を向いたままだ。

 あの時は、曖昧な笑みで誤魔化したが、今はなんと言葉にすべきか。思案するトワを助けるように葬送の儀式が始まった。神官が死者に捧げる祈りの言葉を唱え始めたため、トワは黙って前を向いた。

 隣のロンが、更に低く抑えた声で告げる。

「おまえに裏切られたら、たぶん、あいつ壊れるぞ」

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