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27 わがまま

 ヨウの稽古が終わり、ケイは先にヨウを帰そうとしたが、ヨウがケイとトワの手合わせを見たいと言い出した。

 上級者の打ち合いを見ることも勉強になるだろうという教師の言葉が後押しとなって、ヨウの観戦が決まった。

「今日はヨウに太刀筋がよく見えるように、ゆっくりめにするか」

「いいですけど、それだと、永遠に終わらないのでは…?」

「俺はかまわん」

「僕はかまいます」

 などという軽口を交わしながら、ケイとトワは向かい合う。「始め」の合図で両者が飛び込み、さっきまでの和やかな雰囲気から一転、激しい打ち合いが続く。

「ゆっくりめって、さっき言いませんでしたっけ?」

「ゆっくりじゃ嫌なんだろう?」

「そういうことじゃないです」

 攻撃と防御が目まぐるしく入れ替わるケイとトワの対戦に、ヨウはぽかんと目を丸くしていた。剣術の教師は、これではヨウ王子の手本にはならない、という風に頭を抱えて左右に振った。

 

「殿下! ケイ殿下、大変です!」


 手合わせを止めたのは、トワのギブアップではなく、駆け込んできた兵士だった。装備から牢番の兵士だとわかる。

「何事だ?」

 対戦の手を止めたケイに尋ねられ、兵士は答える。

「獄内で例の事件の首謀者が死亡しました」

「…死因は?」

 無表情にケイが訊く。

「状況から、服毒によるものと思われます。自殺か他殺かは現在調査中であります。ただ、牢内に部外者が侵入するのは困難ゆえ、自殺の可能性が高いかと」

 一応、トワはヨウ王子の耳を塞いで聞こえないようにしたが、この状況では、何事かあったことは幼い王子にもわかっただろう。

「そうか」

 無表情でそう言ったきり、ケイは沈黙した。

 駆け込んできた兵士はケイの言葉を待っている。

早急さっきゅうに死因を調べろ。自殺にしろ他殺にしろ、牢番の落ち度だ。責任者には、原因究明と、今後の対策を提出させろ」

「はっ」

 頭を下げた兵士は、そろそろと顔を上げて、ケイの顔を覗い見た。

「あの、それだけで…?」

「ほかに何かあるのか?」

「…いえ、あの、現場をご覧になったりは…?」

「なぜ俺が行く必要がある?」

 牢獄内での事件の解明は、そこを所管する部署の仕事だ。獄内で囚人が死んだところで、いちいち皇太子が出ていくものではない。通常は。

 ただ、今回の囚人は、例の事件を起こした元侍従であるからして、皇太子が動くのではないかと兵士は思ったのだろう。

「あ、いえ…」

 氷のように冷たい無表情に見えるケイに、兵士は怯んで後ずさりをする。


 短い付き合いのトワでも、一緒に仕事をして、つい先日話をした彼が亡くなったことは衝撃だったし、悲しい気持ちもある。

 付き合いの長いケイが何も感じていないわけがない。


 こんな時でさえ表情を変えない冷酷な王子だと誰かが揶揄するかもしれないが、ケイの今の無表情は、悲しみを押し隠したものだとトワは気づいた。

「殿下、僕のわがままを聞いてくださいますか」

 一歩進み出て、ケイを見上げる。

「なんだ」

「遠乗りに行きたいです」

 トワの言葉に、近くにいた兵士は目をむき、ヨウの侍従は「こんな時に何を言い出すんだ」と呟いた。

「稽古に付き合ったら、わがままを聞いてくださるお約束でした」

 むろん、そんな約束はしていない。

「わかった」

 ケイは拒否しなかった。

「ケイ殿下!」

 ヨウの侍従が思わずといった感じで声を上げた。彼も皇后の実家と繋がりのある家柄なのだろうから、例の元侍従と知り合いだったのかもしれない。

「おまえたちは、ヨウを皇后のもとへ連れて行け」

 有無を言わさぬ圧力でケイは命じる。戸惑うヨウを促すように、ヤナの侍女がヨウを鍛錬場から連れ出した。

「おい」

 ケイの前から辞そうとしていた牢番の兵士をケイが呼び止める。

「夜には戻る。それまでに報告書を上げてこい」

「はっ」

 頭を下げて、兵士は今度こそ去って行った。


 鍛錬場に残されたケイとトワのもとに、近づいて来る足音があった。ケイは振り返らなくてもそれが誰かわかっているようで、トワは振り向いてそれがロンであることを確認する。

「ちゃんと仕事しろよ、おまえ」

「今、割と暇なんでね」

 ゆったりとした足取りでロンはやってくる。

「いいのか?」

「何がだ?」

 尋ねたロンを、睨むようにケイが見上げる。

「例の侍従の死因、気になって仕方ないだろ?」

「…死んだ理由を解明したところで、何にもならん」

「そりゃ、まあ、そうだけどよ」

 今回のことは、自死以外での処理はできない。

 牢獄で囚人が死んだことは、すなわち牢の警備の不備を示す。それは国の瑕疵であり、牢獄に侵入者を許し、その侵入者に囚人を殺されたほうが、囚人に自殺されるよりも瑕疵の度合いは高い。だから、どうしても自殺で処理するしかない。

 死んだ理由を解明して、今後同様のことが起こらないようにすることは重要なことだが、表立ってはできない。皇太子が動けば注目が集まるから、ケイが自ら調査することもできない。

「トワを巻き込むなよ」

 くぎを刺すようにケイが言う。

「わかってます」

 手を挙げてロンが答える。例の侍従にケイが会えない代わりに、トワを引き合わせたのはロンである。

 ケイが自分の侍従だったからと動けば、どうしても刑に忖度が入る。だからケイは、あの事件の後、侍従に会いに行かなかったし、取り調べも行わなかった。

 今回も同じ。ケイが動けば、周りがそれに影響される。

 王族の力が絶対的に強力なのは当然のことで、身分ある人間との関係で刑に差が出ることは往々にしてあることなのだが、ケイはそういった不公正を嫌う。

 事件の本当の理由を政治的な判断で闇に葬り去ることができるのに、である。

 その潔癖さをロンは好いているが、王子という身分がなければ、さぞかし難儀を強いられただろうとも心配する。

「トワ、ケイを頼むな」

 トワの肩にポンと手を置いて、ロンはトワにケイを託すように、遠乗りへと送り出した。

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