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24 愛玩

「……っケイ、ぼくっ…も、ダメ…」

 トワは荒い息の隙間から訴えた。顔は赤く、眉は苦しそうに寄せられて、額から頬を伝う汗がなまめかしく光る。

「トワ、まだいけるだろ?」

 ケイの低い声が耳朶を打つ。

「ん、ううん…ぼくっ…もう、ムリっ!」

 腕を突っ張って、トワはケイの身体を押しやり、最大限に距離を取る。

「もうあかん! 体力の限界!」

 両手と両膝をついて、トワは肩で激しく息をする。

「ケイのスタミナに付いて行かれへん!」

「もう一回、トワ、もっかいやろ」

 トワの側にしゃがんだケイは、多少息は上がっているものの、涼しい顔をしている。甘い声で誘惑するように言うが、トワは頬を膨らませてプイッと横を向く。

「いやや! もうぼく動きたない!」

「トワ、体力ねえなぁ」

「だいたいっ、ぼくは手加減してってゆったのに…っ」

「すまん、夢中になって加減できなかった」

 トワが転がっているのが鍛錬場の地面で、ケイが手に剣を持っていなければ、なんだか違う場面を想像しそうな会話に、「我々は何を見せられているんだ」と、周りにいた騎士たちは遠い目をした。

 ケイとトワの手合わせは、トワが音を上げるまでしばらく続いていた。軍においてケイと互角に渡り合えるのはロンくらいだ。そのケイと、まともにやり合うトワの技量は、当然トワに絡んだ騎士たちの敵うものではない。

 ケイにされたあと、なんとなくその場に残ることになって手合わせを見ていた騎士たちは、二度とトワにケンカを売るまいと心に誓った。

「すげーもん見たな」

「それはどちらの意味で?」

 実は途中から二人の手合わせを見ていたロンが呟くと、近くにいたケイの護衛騎士が聞き返した。

 目の前で繰り広げられる、甘い顔と声のケイとぷんすこするトワのやりとりも、なかなかのレアものである。

「ん、まあ、いろいろ」

 手合わせ中にあんなに楽しそうな顔をするケイを久しぶりに見た。昔は自分が上達していくのが楽しくて仕方がないという感じだったが、いつからか、己の鍛錬だけに無心に取り組むようになった。

 ところが、今日のケイは、何が飛び出すかわからないトワの攻撃に、ワクワクしていた。

「ごほうびにご馳走やろうな」

「あまいのもいっぱいください」

「わかった。甘いのもたくさん作ってもらおうな」

 いろんな意味で驚く周りをそっちのけで、当の本人たちは、甘やかす祖父と孫みたいな会話を続けている。

 そこで、ロンに気づいたケイが立ち上がる。

「なんだ、来てたのか」

「ちょうど通りかかって」

 というのは嘘で、ケイが鍛錬場に来ていると聞いたから、久しぶりに稽古の相手でもしようかと詰所を出てきたのだった。

 ケイがトワの腕を取って助け起こす。立ち上がったトワはロンに会釈をした。

「トワ、おまえ、軍に入ればすぐに出世できるぞ」

「だめだ。やらん」

 ロンはトワを勧誘したのに、ケイが断る。

「…そういうとこだぞ、王子様」

 呆れたように笑うロンに、ケイは「なんのことだ?」と首を傾げる。ロンはトワの肩をポンと叩いてねぎらった。

「ロン、おまえ暇ならちょっと付き合え」

「暇じゃないんですけどね」

 と言いつつ、ロンは手合わせを了承した。


「体力おばけや」

 ロンと打ち合うケイを見ながら、トワは呟いた。トワとの手合わせは短くはなかったはずである。なのに、ケイは上背も膂力も上回るロンとバチバチに戦っている。息もそれほど乱れていない。

 二人の打ち合う剣は重い。一撃にかかる衝撃はかなりのものだ。トワとの対戦では、軽やかな印象を受けたケイの動きも、今は重く深い。ケイは相手の戦闘スタイルに合わせて戦うタイプなのかもしれない。

 ケイは加減できなかったと言っていたが、トワに対する剣はあんなに強く重くなかったので、おそらくは、多少手加減をしてくれていたのだろう。



 トワの食事が終盤に差し掛かった頃、ケイが自室に帰って来た。

「おかえりなさい」

 食事の手を止めてトワは顔を上げた。そのままでいいと手で示してケイがトワの隣に座る。

 なぜトワがケイの部屋で食事をしているかと言えば、ケイは約束どおり、ごほうびのご馳走を用意してくれたのだが、それを食べる場所が他になかったのだ。使用人の食堂で豪華な食事をしては、明らかな特別扱いが多数の目に触れてしまう。かといって、従者の部屋に食事を運ばせるのはおかしい。となれば、ケイの部屋に食事を運ばせて、それに対して文句を言う人は誰もいないので、そこで食べたほうがいいだろうということになったのだ。

 だが、ケイのほうは父帝に呼ばれて、父とその妻である皇后と、彼らの子どもで弟である第二王子と、一緒に食事を取ることになった。

「悪かったな、一人にして」

「ううん、大丈夫」

 皇太子と従者が一緒に食事をしたほうが問題になる気がする。

「うまいか?」

「うん、美味しいよ」

 デザートのケーキにフォークを入れながらトワは答える。リクエストどおりスイーツもたくさん用意してくれた。

「食べる?」

 食べかけていたケーキをフォークに乗せた状態で差し出したトワに、ケイはごく自然に顔を寄せて口を開けたから、その中にケーキを入れてやる。ケイはクリームやスポンジよりも、フルーツの部分が好きなので、ちゃんとイチゴの部分をあげる。

「うまいな」

 ケイが微笑む。目が三日月みたいに細くなって、目尻にきゅってしわができて、まるで、このケーキみたいに甘い顔をする。

 そうするとトワはなんだかむず痒い気分になって、一生懸命話題を探してしまう。

「あっ、そうや。ごめん、僕、人前でケイを名前で呼んでしもた」

 手合わせの終盤、あまりに疲れていたので、考える余裕がなくなって、ついケイの名前を呼んでしまった。トワは普段は従者の分をはみ出さぬよう、「殿下」と呼ぶし、敬語を使っているのだが、あの場面ではそのことがすっかり抜け落ちてしまったのだ。

「それが何か問題あるのか?」

 不思議そうにケイが首を傾げる。

「問題ありやろ。従者が皇太子殿下を呼び捨てにするなんて」

「別に構わんだろ。ロンだって時々人前で“ケイ”って呼ぶし」

「将軍は、それは、昔からの友達やから」

「…じゃあ、おまえは友達じゃないのか」

 拗ねた口調でケイが言う。唇突き出して上目遣いで見てくるのは、なんなん? 可愛さで心臓撃ち抜きに来てるん?

「…あ、ええと、なんや愛玩用や言うてたから、…」

「前にも言っただろ。俺はただ、おまえを見てると飽きないから、側で見ていたいだけだ」

 つまり、『愛玩』は言葉のままの意味──大切にし、かわいがること──なのか。

 そう思うと、急に顔に熱が集まり、のぼせたようになる。トワはそのことにケイに気づかれたくなくて、ごまかすように顔の前で手を振る。

「飽きないって、なんも、普通よ」

「いや、手合わせの時だって、おまえの攻撃は定石どおりじゃないから面白い。まだ何か隠し持ってるだろ」

 頬杖をついて楽しげにケイがこちらを見遣る。

「別に…、なんもないよ」

 ケイの目は、まるでこちらの心のうちを覗き込むように真っ直ぐ向かってくるから、ついトワは目を逸らしてしまう。

「ケイのほうこそ、手合わせ中に謝ってきたのはおもろかったで。弱点狙う癖ってなんなん?」

「あー、あれは、悪かったよ」

 自分が怪我させた場所を狙ってしまったことをケイは反省しているようだった。

「怒ってるんやないよ。ただ、ケイは普段は正々堂々としてはるのに、意外やなって思っただけ」

「スポーツでもあるまい、正々堂々とやってなんになる」

 剣の稽古は戦闘時のためのものだ。つまり、戦争における白兵戦はくへいせんの練習だ。

「短時間で自分を消耗せずに相手を戦闘不能にするほうが効率いいだろう。だから、俺は堂々と弱点を狙う」

 合理的で現実主義のケイは、戦争にロマンを見出したりしない。自陣の損傷を最小限に、できれば相手も被害が少ないうちに、さっさと戦を終わらせたい。

「でも、おまえが相手だと、それができないかもしれない」

「どういうこと?」

「俺は、相手が誰であっても、たとえそれが昨日までの味方だったとしても、必要とあらば殺せると思っていた」



 不意に、父の声が脳裏に蘇る。


「殺せ」


 トワを指して言われたその言葉の重さに、ケイは目を閉じる。



 再び開かれたケイの目が、トワを射抜く。

「だけど、おまえを殺せる自信はない」

 ──それは、トワの正体に気づいていて、トワの出方次第では殺さざるを得ないと思っているのか。あるいは、トワに裏切られることを恐れているのか。

「……そんな、自信…要らんよ…」

 トワはそう答えるのが精一杯だった。

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