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23 手合わせ

 鍛錬場には更衣室があり、そこで稽古着に着替えるようにケイに言われた。場所はケイの護衛騎士が教えてくれ、使い方もレクチャーしてくれた。一通り説明してもらい、トワは一人で準備できるからと護衛騎士を帰した。ケイの護衛をいつまでも借りているわけにはいかない。

 稽古用の模造刀も用意されていて、何種類かある中から、自分の身体に合ったものを選ぶスタイルらしい。自分の身長と腕力を考慮して細身で重すぎないものを選ぶ。

 準備ができて更衣室を出ると、鍛錬を終えて更衣室に戻って来たらしい騎士たちが鍛錬場と繋がる通路を歩いてきた。「おい、あれ」「ああ」などと小さな囁き合いが聞こえる。

 小さく頭を下げてすれ違おうとすると、騎士の一人とぶつかった。

「あー、ごめーん」

 この広い通路でぶつかってくるとは、おまえの空間認識能力どうなっとんねん!?、と問いただしたいが、もしかしなくても、わざとだろう。

「いえ、大丈夫です」

 そのまま横をすり抜けようとすると、腕を捕まれた。

「ちょっと待て。なぜ従者が騎士の鍛錬場にいる?」

 仕方ないので立ち止まって振り返る。

「おまえ、殿下の従者だからって、調子に乗るなよ」

「ここは、おまえみたいな奴が使っていい場所じゃないんだよ」

 確かにここは、騎士の鍛錬場。騎士は軍の中では上位に位置する。コウ国の騎士は一般にも門戸を開いているから、身分がなくても優秀な者は騎士として登用されるが、多くは騎士階級あるいはそれ以上の貴族の子弟だ。そして騎士ともなれば、身分ある者とみなされる。

 つまりは、上流階級である。その上流階級向けの鍛錬場を、どこの馬の骨とも知れない従者に使われるのは気に入らないという理論らしい。それはそれで、どうでもいいのだが。

「どうせベッドじゃ下なんだから、鍛える必要なんてねえだろ」「あん殿下いやん、て? いやらしーい」「お姫さんみたいに守ってもらえばいいじゃねえか」「そうそう、そんな可愛い顔してさ。俺らの相手もしてくれんの?」

 という、あの噂がもとになっているらしい下品な嫌味を言ってくるのは、やめたほうがいい。

「おい、なんとか言えよ」

 トワが黙っているのが気に入らないようで煽られるが、反論したらしたで面倒くさい。

「…なんとか、」

 その瞬間、気温が三度くらい下がった。…気がする。

「言ってもいいですけど、そもそも、なんで僕がここにいるのか、考えてから発言なさったほうがいいですよ」

 トワに嫌味を言っていた騎士たちも、その場の空気が凍り付いたのはわかったらしく、恐る恐るトワの視線の向くほうを振り返る。

 そこには、腕を組んでこちらを眺めているケイの姿があった。無表情だが、その眼の冷たさが、この空気を凍てつかせているのは明白だ。

 ケイを“氷の王子”と言った奴を笑ったことを一応詫びておきたい。今のケイは、まさに“氷の王子様”である。

「無駄口を叩く元気があるとは、鍛錬不足なのではないか?」

 そう言うケイは稽古着姿だから、トワが稽古着でこの場にいる理由は推測できそうなものだ。ケイは王族用の更衣室で着替えており、トワがなかなか来ないので迎えに来たのだろう。

「特別に、俺が稽古を付けてやろう」

 その有り難い申し出に、騎士たちが青ざめたのは言うまでもない。



 あっという間に叩きのめされた騎士たちは、ボロ雑巾のようになって鍛錬場の地面に転がっていた。

「…これは、殿下、かなりお怒りですね」

 その様子をトワと一緒に見ていた護衛騎士が小声で話しかけてくる。

「これでかなりお怒りなら、だいぶ優しいですよ」

 トワの答えに護衛騎士は驚いた顔をする。

 見た目はボロボロだが、戦闘時間は短いので、休めばちゃんと回復するだろう。もっと時間をかけてなぶってもいいところを、短時間で終わらせてくれるあたり、騎士たちが怪我をしないよう気遣っているのだろう。

 こうなったのは彼らの自業自得なので、トワは一ミリも同情していない。

 トワが意味もなく鍛錬場にいるわけがない。普段の行動範囲にはないのだ。ならば、トワはケイの従者なのだから、ケイが一緒と考えるべきだろう。それに思い至らないのは、彼らの瑕疵だ。

 それにしても、ケイの護衛騎士や侍従は、人格者だと改めて思う。皇太子の側仕えをするくらいだから、彼らの身分はそれなりに高いのだろう。それなのに、どこの誰とも知れないトワのことを邪険にしたり、見下したりしたことは一切ない。例の侍従も、有力貴族である皇后の実家の傍系の出ということだった。彼にしたって、トワを気に入らないと言いつつ、礼を欠いたことはなかった。

 以前女中が言っていた、ケイは慧眼というのは、そういうことなのだろうか。ケイが選んだから人格者なのか、あるいは、そういう人間だけが残ったのか。


「トワ、準備運動は終わった。来い」

 準備運動呼ばわりされた騎士たちをけてトワはケイの前に立つ。こちらも、一応体は軽くほぐしてある。

「お手柔らかにお願いします」

 ぺこりと一礼する。

「手加減は不要だ」

「僕はしてほしいです」

 そうトワが答えるとケイは笑った。だが、普段トワに向けては際限なく優しいケイの目が、今は好戦的に光っている。

「行くぞ」

 言うや否や、ケイは踏み出す。


 一気に間合いを詰められて、咄嗟にトワが構えた剣に強烈な一撃が来る。ケイの剣は、トワのものよりも幅が広く重い。ケイの力と剣自体の重量で、トワの腕にかかる衝撃はかなりのものだ。じーんと腕が痺れている。

 こんなのを何回も受けていたら、トワの剣も腕も持たない。まともに攻撃を喰らわないよう、トワは重心を移動しながら、次々繰り出されるケイの剣をいなしていく。


 トワはケイの剣を避けながら、ステップを踏むように鍛錬場を移動して、際に追いつめられるのを回避する。攻撃の手数は明らかにケイのほうが多く、トワは防戦一方のようになるが、もともとトワの剣術は防御に力を割り振っているから仕方がない。

 ケイが振り下ろした剣を、自身の剣で受け流しながら身をかがめてかわし、剣を跳ね返す。トワが跳ね上げた剣を避けてケイが一歩後ろに下がる。その隙を衝いてトワは剣をぐ。剣はケイの脇腹をかすめ、ケイが間合いを取る。


 睨み合う二人の息はかなり上がってきている。


 二人同時に突っ込み、トワは両手で構えた剣でケイの右肩を狙い、ケイは片手で持った剣を一閃させてトワの剣を防ぐと、そのままトワの右肩を突く。トワがその剣先を避けた瞬間、左側に重心がかかり、怪我した脇腹が痛む。バランスを崩した一瞬を狙ってケイの剣が容赦なく左を攻める。

 それをかわしてトワは後方の地面に左手をついて、その勢いを利用して足を跳ね上げ、ケイの顔面に蹴りを仕掛ける。


 飛び退すさったケイが、「あ!」と声を上げた。

「すまん、トワ。思わず癖で弱点を狙ってしまった」

「ごめん、僕も剣術の稽古やのに、足技使ってしもた」

 手合わせの最中に互いに謝り出す二人に、周囲の騎士たちは呆然としていた。

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