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22 氷の王子様

 翌朝、帰国するナム公子とサーヤを見送った。見送りには、トワの参加も許されたので、ケイの少し後ろに立って馬車を見送る。

 馬車に乗り込む前、サーヤはトワの前で立ち止まった。

「トワ、今度は最後まで観劇しましょうね。ケイ殿下と一緒に」

「せっかく楽しみにしていらしたのに、申し訳ありませんでした」

「でも、舞台よりもずっとすごいものを見せていただきましたから」

 どのことを指して言うのかはわからないが、なかなか肝の座った姫君だと思う。

「トワ、殿下とお幸せにね」

 頭にチョウチョ飛んでるけど。

「誤解ですけど、もういいです。お気をつけてお帰りください」

 何度違うと言っても「うふふ、わたくしには隠さなくてもいいのよ」と笑うので、トワは弁明するのを諦めた。トワにだけ聞こえる声で言ってくれたので、もういいことにした。

 次にサーヤはケイの前に立ち、挨拶をする。ここではケイも紳士然として対応する。

 それから、ナム公子と一緒に馬車に乗ってサーヤは帰路に就いた。



 馬車が見えなくなり、見送りの先頭にいたケイが踵を返すと、見送りの一団が解散する。城に戻る人波から外れてケイが歩き出したので、トワはケイに従う。

「そういえば、サーヤさまはどうして殿下のお妃候補なんですか?」

 ふと、疑問に思っていたことをトワは口にする。

 以前ケイが言っていたように、小国との婚姻は大国にとっては利益が薄い。しかし、コウ国内でサーヤを妃にする案が検討されているとなると、彼女を娶るメリットがあると考える人間がいるということだ。

「ナム公一族にはなんの価値もない」

 はっきりした物言いはケイの美点ではあるが、時に直接的過ぎて心配になる。

「言い方」

「ん? ああ。大きな力を持っているわけではないという意味だ」

 思わずたしなめると、伝わったのかケイが言い直した。

「ただ、ナムの地を治めていることが重要だ。ナムは温暖で豊かな土地だ」

 かつての宗主国であるセム国が度々ナムに侵攻するのは、豊かなナムの地を取り戻りしたいということなのだろうか。

「それに、霊獣の住まう土地には力がある。力があるから霊獣が棲むのか、霊獣が棲むから力が宿るのかは不明だが、そういう場所だ。トウ国だってそうだろう」

 確かに、トウ国は霊獣が多い国だと言われている。それゆえに、神秘の国として扱われ、この世界における在り方も少し特異だ。

「つまり、ナムの地を手に入れるため」

「に、妻にしろと言ってくる奴はいる。だが、それなら、いっそ奪い取ってしまえばいいと思うがな」

 事もなげに凄いことを言う。

「でも、侵略しない理由があるんですよね」

 今だって、ナム公国はコウ国の属国などと揶揄されているのだから、コウ国がその気になれば、併合できてしまうはずである。昨年のセム国侵攻の際に、援軍に行ったその足で領地にしてくることも可能だったはずだ。

「ナムは、ナムのままでいたほうが都合がいい」

 大国であるコウ国は多くの国と国境を接している。少しでも自国に友好的な国が隣接していたほうがいいということだろうか。

「でも、それならそれで、ナム公国をセム国に取られないためには、コウ国の身内にしてしまったほうがよいのではありませんか?」

 つまり、それは、ナム公の娘を人質として娶るということだ。そもそも、一夫一妻制ではないのだから、サーヤを側妃にして、もっとコウ国に利益をもたらす国の娘を正妃に迎えればいい。

 ケイが嫌そうな顔をするから、これも提案されて検討済みなのだろう。そしてケイは「否」と答えを出した。

「人質を取るような国を、信用できるか?」

 妻の母国を侵略することも、他国の姫を人質に輿入れさせることも、ケイにとっては信義にもとる行為なのだ。

 ケイはこれまで、その行いで信用を、その心根で信頼を得てきた。ヤナとロンの語るケイは、そういう人だとトワに教えていた。

 そしてケイは、己のことさえも、冷徹な目で見つめている。

「サーヤさまの信用を、裏切りたくないですもんね」

 彼女は、ケイを交渉相手に選ぶとき、ケイを「信用に足る」と言った。それを自ら壊すようなことは、ケイの信条に反するはずだ。

 それに、突飛なことを言い出す娘だったが、素直で隠し事ができないタイプで愛らしく、ケイも嫌ってはいなかったとトワは思う。

「サーヤさまが帰ってしまわれて、殿下、少し寂しいんじゃないですか?」

 振り向いたケイがじっとトワを見つめるので、慌てて言う。

「あ、言っておきますけど、やきもちとかじゃないですよ」

 言ってから、トワはしまった、と思った。これは、一昨日の「おまえにやきもちを焼かれるのは気分がいい」発言を警戒して先回りしたのだが、逆効果な気がする。その前提を知らない人からすれば、まるでやきもちを隠しているみたいだ。周りにいる護衛騎士は表情を変えないが、なんだか恥ずかしい。

「寂しいのはおまえのほうじゃないのか。気が合っていただろう」

「あのキャンドルのこと言ってます?」

 実は、帰国前のサーヤに、事件のお詫びにと、トワはピンクのバラを使ったキャンドルを渡している。バラの花びらが表面に美しく飾られ、よい香りのするキャンドルをサーヤは大変喜んだ。そして、しばらくトワとキャンドル談議に花を咲かせたのだ。

 とはいえ、バラは城のものだし、作ったのは城の使用人で、トワは監修しただけで、材料費はケイのポケットマネーから出ているから、サーヤにはケイからの贈り物ということで渡している。

 サーヤだって、「もったいなくて使えないけれど、これを見るたびにお二人のことを思い出しますわ」と言っていたではないか。まあ、それはそれで、どうかとも思うけど。

 しかし、贈り主であるケイは、香りや見た目を楽しむキャンドルには大して興味がないので、サーヤとトワの会話に一切加わっていない。結果的に彼を置いてきぼりにして二人で盛り上がってしまったのは事実だ。

ねてるんですか?」

 会話に入れなかったのが寂しかったのだろうか。

「拗ねてない」

 フラットな声が返って来る。

「……もしかして、殿下、やきもち焼いてます?」

「やいてない」

 ふいと横を向いたケイの顔は無表情に見えるが、わずかに口が尖っているし、声は完全に不機嫌だ。なにそれ、その拗ね方。

「可愛らし」

 思わずトワは笑ってしまって、トウ国訛りを隠せていない。普段周りに人がいるときには徹底して敬語なのに。

「…なに気持ち悪いこと言ってるんだ」

 無表情に言ったケイは、視線を外して前を向いてしまうが、その耳が赤くなっているのをトワは見逃さなかった。

「んふふ」

 照れているんだな、と理解してトワは笑い声を漏らす。この可愛らしい王子を、“氷の王子”などと言った奴はどこのどいつだと思う。

「ところで、どこへ向かわれているんですか?」

 やきもち云々は深追いすると互いに恥ずかしいので、トワは話題を変える。

「鍛錬場だ。ここのところ、忙しくて剣の稽古ができなかったからな」

 トワがここに来てから、ケイが剣術の稽古をしているのを見たことはなかったが、ケイの体つきは、たゆまぬ鍛錬を重ねて作り上げられたものだ。普段からきちんと訓練しているのだろう。

 ケイが忙しかった理由は、ナム公子の訪問で、その公子が帰ったから、剣術の稽古をしたいということなのだろうか。どんだけ稽古好きやねん。

「じゃあ、僕は」

「少し付き合え」

 帰ります、と告げる前に言われてしまった。

「嫌ですよ。僕は剣術得意じゃないですもん」

「できないわけじゃないだろう?」

 おそらく、ケイほどの剣士ならば、トワの身体からださばきなどから剣を扱えるかどうかは判断できるのだろう。侍従を取り押さえるために体術は使ってしまっているから、ある程度トワが武術の心得があることはバレているはずだ。

「僕程度の技量では、殿下を満足させられないと思うので」

「俺より早く動けるのにか?」

「……」

 ケイは強い相手との対戦を好むと思ったから、辞退しようとしたのに、追い打ちを掛けられる。

「軽く手合わせするだけだ」

「…わかりました」

 しぶしぶ頷くと、嬉しそうに微笑まれる。そんな顔をされると嫌だと言いづらくなる。

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