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2 迷子の処遇

トウ国の訛りは、「日本語に訳すと関西風味」という解釈でお願いします。

 その日、コウ国の王宮は揺れに揺れた。

 トワに言わせれば、「てんやわんやの大騒ぎやな。それはそうやんな」である。

 一人で馬の遠乗りに行っていた皇太子が、それはそれでどうかとトワは思うのだが、どうやらそれ自体はこの王宮では普通のこととして捉えられているようなので置いておいて、後ろに男を乗せて連れて来たのだから。

「何者だ!?」

 と城の門番たちがなるのは当然のことである。

 自室にトワを連れて戻った男のもとに、慌てた様子の年長の男たちが押し掛けた。門番から連絡が行った王宮の管理者か官僚か大臣か、といったところだろうとトワは観察する。

「殿下、これはいったい、どういうことですか!?」

「城外からどこの誰とも知らぬ者を連れ帰るなんて、非常識にもほどがあります!」

 口々に責め立てる臣下たちを前にしても、男の表情は変わらない。

「迷子になってたから拾ってきた」

 男は面倒くさそうに、端的に事実だけを告げた。

「いや、それはそうなんですけど、もうちょっと説明が必要というか」

 迷子が小さな子どもならいざ知らず、皇太子と同年代では誰も信用しないだろう。愕然とする臣下たちの表情に同情したトワが小声で男に進言するが、聞こえていないのか黙殺された。

「何か文句があるのか」

 無表情に低い声で言う男の様子は、すごんでいるようにも見える。一瞬怯んだ臣下たちだが、一人が勇気を出したように口を開いた。

「殿下、我々は、殿下の御身を案じて…」

 まあ、そうですよね。とトワは思う。

「こいつは丸腰だし、俺を害さない。問題ない」

 それだけ言うと、もう説明は済んだとばかりに、男は臣下たちを追い返そうとする。

「用はそれだけか。下がれ」

 その声を合図に部屋に控えていた侍従がドアを開け、臣下たちを部屋の外に誘導する。

「あっ、ちょっと!? お待ちください、殿下! 殿下!!」

 なおも食い下がる臣下に、男は抑揚のない低い声で言う。

「その気なら、馬に乗っている間に仕留めるだろう。俺が生きているのが、こいつが無害な証だ」

 それは確かにそうなのだ。その心配を最初トワもして、結局はトワにそんなことはできないと悟ったから、おとなしく後ろに乗ってついてきたのだ。

 臣下たちを締め出したあと、男はトワを眺めて侍従に何やら指示を出す。

「とりあえず、その服は着替えろ。それと、何か食べさせてもらえ」

 言われて、自分の服が汚れていることに気づいた。一応、この国に合わせた服装はしているはずだが、湖のほとりに転がっていたせいで泥と草で汚れている。

 侍従に案内されて、トワは浴室に連れていかれた。使用人用の浴室だと説明を受けたが、驚くほど広く清潔だ。綺麗に体を洗い、お風呂につかって出ると、サイズぴったりの服が用意されていた。それから、食堂で温かい食事をもらう。

 あまりの至れり尽くせりに、あれ、これ、俺死ぬのかな?と不吉な予想が頭をよぎる。

「あの~、なぜここまでしてくれるんですか?」

 自分を案内して回ってくれる侍従と食事の面倒を見てくれている女中に尋ねてみる。いくら皇太子の命令といえども、自分は不審なよそ者だ。邪険にされてもおかしくないのに、驚くほど丁寧に扱われている。

「殿下のおっしゃることは絶対ですから」

 と侍従は答えるが、畏怖からの対応とは思えない。

「殿下は慧眼でいらっしゃるのです。殿下は一目見ただけで、人となりがお分かりになるのですよ。だから、殿下があなたを厚遇するとお決めになったのなら、それが正しいのです」

 女中は紅潮した頬で目をキラキラさせて、そんな風に教えてくれた。

 あの顔だ、恋い慕う女性も多いだろう。そして、殿下が言うのだから間違いないという、ともすれば妄信とも言える、絶対的信頼。


 なるほど。鏡があの男を恐れる理由の一つがこれか。



 次にトワが連れて行かれたのは、先ほどの男の自室からほど近い部屋だった。コウ国の文化は西洋風だと知識のあるトワでも驚くほど壮麗な建物は、国力を思い知らせるように豪華絢爛だ。だが、その部屋はすっきりとしていて、簡単に言えば殺風景だ。机に本棚、それから応接用のソファとテーブル。必要だからそこにあるだけという感じのランプ。机に向かって男が書き物をしているから、おそらくは執務室なのだろう。

 男はトワが風呂と食事をもらっている間に着替えたらしく、先ほどは騎士の平服のようなゆったりとしたシャツだったが、今は黒い詰襟のようなかっちりとした上着を着ている。意匠はシンプルだが、布質が良く縫製も綺麗で緻密な装飾がところどころに施されている。トワはきちんとコウ国の軍隊を見たことがあるわけではないが、軍服だろうと思った。

 トワを連れてきたことを侍従が告げると、男が顔を上げた。

「綺麗になったな。ごはんもちゃんと食べたか?」

「ごはん…」

 意外に可愛い言葉遣いをする。

「口に合わなかったか?」

「いえ、美味しかったです。ごちそうさまでした」

 あれやな、これ、拾ってきた犬猫を風呂に入れてごはんくれた気分や、こいつ。

「服まで用意していただいて、ありがとうございます」

「ああ、よく似合っているな。後で選んだ侍従に褒美をやろう」

 こいつ、ペットに服着せた気分でおるな、と思うが、顔には出さない。

 服を用意してくれたのは案内してくれたのとは別の侍従らしい。

 トワが着ているのは侍従が着ているような紺色のジャケットとスラックス、中のシャツは白だが、フリルが付いたデザイン性の高いもので、侍従のものより遊び心がある。襟にはリボンタイがついていて、丸顔で童顔なトワに良く似合っていた。

「で、おまえの役目だがな、トワ。俺の世話係ということにしておいた」

「せわがかり…」

 思わず復唱する。

「何の役もない奴を俺の側に置くわけにはいかないと大臣が言ってきてな。愛玩用だと言ったら、なぜかひどく怒られた」

「でしょうね」

 聞いた覚えのない会話だから、先ほどとは別に臣下から諫められたのだろう。愛玩用を押し通されなくてよかった。この男はほんとに本気で愛玩用ペットのつもりなのだろうが、危うくどこかの大臣に勘違いされるところだった。

 しかし、世話係は、それはそれで危険ではないかと思う。側にいれば攻撃の機会は増えるし、食事に毒を盛ることも可能だ。

「俺に何かあればおまえのくびが飛ぶということで、とりあえずは納得させた」

「あ、そうですか…」

 なるほど、そういう理論で納得させたわけね。とトワは遠い目をする。

「そういうわけだから、心して俺の世話をしてくれ」

「…承知しました」

 トワは深々と頭を下げた。

「ああ、そういえば、まだ自己紹介していなかったな」

 今さら男が言い出した。

「俺の名はケイ。コウ国の皇太子だ。…知っていたみたいだがな」

 黒い瞳にまっすぐ見つめられて、トワは目を伏せる。長い睫毛が影を作って表情を隠す。

「…何となく、言葉遣いや所作から身分の高い方だとは推測していました。それで、連れてこられたのが王宮だったので、王族の方だろうと。そして、殿下と呼ばれていましたので、皇太子殿下なのだろうと…」

「記憶がなくても、知識がまるごと消えているわけではないみたいだな」

 記憶喪失の設定にぎくりとして、トワは感情を悟られないように微笑む。

「そのようですね。これらかよろしくお願いいたします、ケイ殿下」

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