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18 言いわけ

 もちろん皇太子の部屋で惰眠をむさぼるわけにはいかないので、ケイがいなくなったあと、トワはすぐにベッドを降りた。本当はリネンも変えたほうがいい気がするが、とりあえずベッドメイクだけして姫を寝かせる。

 部屋を出てきたトワに、護衛騎士は驚いた顔をした。

「大丈夫ですか? お疲れのようなので、このままお部屋でお休みいただくようにと仰せつかっていたのですが」

 うん。これまた誤解を生むような気遣いを。

「ええと、さっきのは、怪我を手当てするのに薬がしみたから騒いでいただけで、今も痛みが引くまで休んでいいと言われていただけです」

 護衛騎士は先ほど目が合った騎士だったので、誤解を解くために、わざわざ説明をする。言い訳がましいとは思いつつも、そのままにはしておけない。

「殿下はどちらに?」

「執務室です」

 そこでトワは気が付く。いつもは二人立っている護衛騎士が一人しかいない。

「わざわざ僕のために残ってくださったんですか?」

「殿下のご命令でしたので」

「それは申し訳ありませんでした。僕も仕事に戻りますので、騎士さまも殿下のところにお戻りください」

「あ、いえ、トワさまが出ていらしたら、執務室へお連れするようにと」

 そう言われて、護衛騎士に連れられて執務室に向かう。護衛がドアを開けると、ケイは忙しいだろうに、わざわざ席を立ってこちらにやってくる。

「トワ、もういいのか」

「はい。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

 ケイは何か言いたげな表情になったが、近くに補佐官と護衛がいることを思い出したのか、苦笑するに留めた。

「迷惑など掛かっていないから大丈夫だ」

 ぽん、と優しく頭に手を乗せる。

「疲れているところ悪いが、ロンのところに行ってやってくれ。話を聞きたいそうだ」

「承知しました」

 ケイが護衛にトワを連れて行くように指示するので、一人でも大丈夫だと言ったら、思いのほか厳しい声で「だめだ」と言われた。

「どこに残党がいるかわからないだろ。例えおまえがどんなに強くても、だめだ」

「…わかりました」

 ここはおとなしくケイの気遣いを受け取っておく。


 護衛騎士に案内されていく間、すれ違う人たちがトワを見てヒソヒソと話し合うのだが、護衛がそちらを見遣ると口をつぐむ。そんなことを繰り返して、先日行った獄舎よりも奥まったところにある建物に着いた。

 護衛騎士はロンと知り合いらしく、ロンに小声で話しかける。

「将軍、城内のあの噂はなんなのですか?」

「噂? ああ、あの三文芝居みたいなやつな」

「殿下もご存知で?」

「だから、おまえを付けたんだろう。皇太子殿下の護衛付きにわざわざ噂を聞かせるバカもいるまい」

 ということは、ケイがトワの耳に入らないよう配慮したわけで、知らないほうがいい話なんだろうな、とトワは推測する。

 ロンは護衛騎士を待たせて、トワを別室に連れていった。

「おまえに捜査に協力してもらうことは殿下に許可を取ったが、実はここから先は許可は取っていない」

 ある程度トワから攫われた時の状況などを聞き取ったあと、ロンはそう切り出した。

「犯人がおまえに会いたいと言っている」

 トワはロンの顔をじっと見つめる。ロンはおそらくケイの友人。ケイに内密にしたとて、それがケイを裏切ることにはならないと思っているから、そうするのだろう。

「将軍が僕を会わせようと判断した理由をお聞かせ願えますか」

「おそらく奴はおまえにだけ真相を話すつもりだ。それが殿下を救うと俺は思っている」

 トワは黙って続きを促す。

「奴が皇后の家に繋がる者だというのは知っているか?」

「さっき少し聞きました」

 直接聞いたわけではないが、トワに聞こえる範囲で話していたということは知ってもいいのだろう。

「俺はそれが関係していると思っているが、奴は絶対に口を割らないだろう。だけど、おまえになら、本当のことを話すかもしれない」

 将軍であるロンに黒幕が皇后の父だなどと話せば混乱は必至。企みが失敗した以上、口を割らないのが鉄則だ。それは例えケイにだって、そんな話はしないだろう。だけど、この国の権力とは何も関係がない、この国の組織に組み込まれていないトワになら、話すかもしれない。

「……それで、殿下が救われるとは、僕は思いません」

 どんな理由があったとて、結果はひとつだ。

「…言うなぁ」

 ロンは苦笑してトワの顔を見遣る。長い睫毛で縁取られているから一見優し気に見えるトワの目は、よく見れば意志の強そうな、澄んだ目をしている。

「でも、僕に会いたいと言うのなら、会いますよ」

「そんじゃまあ、頼むわ」

 そう言って、ロンは席を立ち、トワを牢の奥に案内した。


 牢の前にトワ一人を残し、ロンは外で待っていると出ていった。何かあったら自分で頑張れと短剣を渡されている。叫んでも牢の外には聞こえにくいからなのだろう。

 牢の鉄格子を挟んで向かい合う相手は、それほど長時間会わなかったわけではないのに、随分久しぶりのような気がする。しばらく無言で見合っていた二人だが、侍従が口を開いた。

「…なぜ来たのですか?」

「え、自分で呼んでおいて…」

「いえ、この国にです。なぜケイ殿下のもとに?」

 ケイがトワを連れ帰った経緯は聞いているはずだから、今の問いはそういうことではない。

「君は本当に、他国の間者とかではないんですか? 殿下は大丈夫だとおっしゃって、あんなに簡単に君を寝室に入れましたけど」

「寝室、こだわりますねぇ」

「それはそうです。殿下は寝室に人を入れるのを嫌って、我々侍従にも一人では入室を許されなかったんです」

 その寝室でさっきまで寝てましたとは、とても言えない。

「殿下はかつて、寝室で侍従に殺されかけたことがあるんです。その時、殿下は侍従を返り討ちにして、城内は騒然としたそうです。まだ殿下が十代の初め頃の話です」

 まだ幼い王子が侍従を殺したとあって、噂は不穏な尾ひれがついて駆け巡った。王宮も皇太子の暗殺未遂など公にしたくないから正式な発表はせず、事情をよく知らない者がケイのことを、侍従を殺す残忍な王子などと揶揄するようになった。

 ケイはそうした噂を気にした素振りは一切見せず、皇太子としての務めを果たすことで、不吉な噂を払しょくしてきた。実績で信頼を勝ち取ってきたのだ。

「幼い頃から殿下の婚約者だったヤナさまは、ずっと殿下を支えていらっしゃいました。事情があって、ヤナさまは皇后になられましたけど、君が入る隙などないのです」

 別に隙間に入り込もうとしたわけではないトワは、黙って話を聞いていた。

「私は殿下をお支えしたくて、侍従になりました。政敵となられたヤナさまのご実家に連なる私を側に置くことに、周りは難色を示しましたが、殿下は私の誠意を信じてくださいました」

 婚約者時代はケイの味方だったヤナの家も、ヤナが皇后となり第二王子の母となった今では、次期皇帝の座を争う政敵だ。侍従はそんな家の出だから、間者ではないかと疑われることもあった。実際、何度か家からケイを裏切るよう指示されたことはあったが、ずっと拒否してきた。

「私の心は殿下にあります。けれど、仕方なかったのです…」

 ケイにナム公国の公女との縁談が持ち上がると、それを妨害するようにと本家から指示が来た。うまく処理すれば、ケイには傷がつかない。そして、ヤナのためになる。逃げ場がないように幼い妹を人質に取ってまで、追い詰めてきた。

 ケイの命を狙うなどよりはずっと実行しやすい命令だった。

「それで、最初は僕を犯人に仕立てるつもりでしたか」

 舞踏会の給仕に新入りのトワが選ばれたのは、ロンが言っていたような理由だろう。

「それが、君のせいで台無しです」

「それはすみませんでしたねぇ」

「二度目はまんまと罠にはめられたわけですが…。殿下はいつから私を疑っていたのですか?」

「わかりませんが、確信を得たのは怪人役の劇団員から話を聞いた時でしょうか」

 侍従の失敗は、あの男をすぐに消さなかったことだろう。いっそケイが殺してしまったほうが侍従には都合がよかったわけで、結果的にトワが妨害したことになる。

「私は、殿下を裏切るつもりなんてありません」

 自分を見下ろすトワの澄んだ眼に言い訳をするように、侍従は続けた。

「殿下を裏切るくらいなら、この命を差し出してもいいのです」

「それで、殿下に殺してもらおうと思ったわけですか」

 ケイに刃を向ければ、ケイは自分を斬るだろうと侍従は確信していた。だから、あの時、ケイにナイフを向けた。

「殿下が自分を斬らざるを得ない状況にして、殿下の情けにすがって」

 トワの表情は凪いでいるが、言葉は厳しい。

「あなたを殺して、殿下がなんとも思わないとでも?」

 ケイは、事件を解決するためなら、公女を囮にして自分の侍従を罠にかけることも厭わないような男だが、決して情がないわけじゃない。

「君は、どこまで私を邪魔すれば気が済むんですか」

 侍従が泣きそうな顔でトワを見上げる。

「君は、殿下のなんなのですか」

「なんなんでしょうね…」

 それに対する答えをトワは持ち合わせていなかった。

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