15 王子VS怪人
剣を構えたケイと、抱え起こしたサーヤの首に短剣を向けた侍従とが動きを止めたまま膠着する。
出入り口の見張りの兵士は侍従の仲間だろうが、とても侍従の助太刀をできる雰囲気ではない。一歩でも動けば、ケイの剣は侍従の頸を刎ねそうだ。
息をすることさえ憚られるほどの静寂を破ったのは、バサッと空を切る小さな音だった。
赤い翼が猛スピードで舞い降りる。急降下してきた姫が侍従の顔に襲い掛かり、侍従がバランスを崩す。その隙にトワは立ち上がってサーヤを抱えて侍従から引き離す。顔を真っ青にしながらも、サーヤがわめきも騒ぎもしないのが幸いだった。
サーヤが離れた瞬間のケイの反応は早い。間合いを詰めて侍従の短剣を剣で弾き飛ばすと、首の後ろに剣の柄を振り下ろし、同時に足を蹴り払う。両膝を着いた侍従の右腕を後ろに捻り上げ、背後に回って首筋に剣を当てる。
「長年のよしみだ、理由くらいは聞いてやろう」
ケイの声は感情を押し込めたように低い。
トワにしても、彼はケイを心から尊敬しているようだったから、こんな風にケイの足を引っ張るような真似をする理由がわからない。
「…申し開きはございません。どうぞ、その手で私を討ってください」
諦念を滲ませ、侍従は目を閉じる。と同時に、答えることを拒否した。ケイの剣が侍従の頸に押し当てられ血がにじむ。
「ケイ、あかん!」
思わず叫んだトワに、ケイの剣が止まる。
「…んで、なんで剣を引くんですか!?」
侍従は剣を向けられていることを忘れたかのような勢いで振り向いてケイを見上げる。
「いつものあなたなら、迷わず切り捨てたじゃないですか! 俺は、ヤナさまのお側仕えをしていたときから、そんなあなたに憧れて、だから、あの方があなたの婚約者じゃなくなった時も、あなたのお側に仕えたくて、侍従になったのに! あの家に連なる俺を侍従にすることを周りが渋る中でも、あなたは俺を侍従に取り立ててくださったのに、なのに、なんで、あいつの声は聞くんですか!?」
ケイは剣を構えたまま、無表情に侍従を見下ろしている。
「だいたい、なんなんだよ、おまえ!? 何様だよ!? 当たり前のような顔して殿下の側にいて! 馴れ馴れしくケイなんて呼んで! それが許されるのはヤナさまくらいだったのに」
急に矛先が自分に向けられて、トワは彼が排除したかったのは、自分もだったのだと悟る。
「なんで急に現れたおまえが、俺たちが許されなかった殿下の寝室に入るのを許されるんだ!?」
ええ、責められるポイントそこ!?
「言いたいことはそれだけか」
ケイの低い声が響く。
「おまえを侍従にしたのは、俺の見込み違いだったわけだ」
抵抗するでもなくケイを見上げていた侍従の顔が悲しそうだったのは、トワの見間違いだっただろうか。ケイが持ち直した剣の切っ先が光った。
ドン!と大きな音がして入口が開いた。外から騎士たちが開けたらしく、騎士たちが駆け込んでくる。
その一瞬、ケイが入口に意識を向けたほんのわずかな時間だった。
侍従が自由になる左手でズボンの裾に隠していたナイフを抜く。そのまま後ろ手にケイにナイフが向けられる。
トワが侍従を引き倒して組み伏せたのは、侍従のナイフがケイの脚に届くすんでのところだった。
「…な…んで…?」
床に押さえつけられた侍従が、血走った目でトワを責める。
「殺させへんよ。ケイには殺させへん」
トワが出ていかなくても、おそらくケイは侍従のナイフを避けられただろう。だが、皇太子に刃物を向けた者をそのままにはできない。間違いなく、ケイは侍従を殺した。鞘に戻そうとしていた剣を構え直して、電光石火で斬っていただろう。
「思いどおりになんか、させへん」
今はトワが上から侍従を押さえつけているから、ケイは侍従を斬ることはできない。
侍従が持っていたナイフをトワは蹴とばして遠ざける。床を滑ったナイフは、入口付近で止まった。それを、のっそりとドアから入ってきた人物が拾い上げる。
「無事かぁ、皇太子殿下?」
のんびりとした声で問いかけたのは、先日獄舎で会った男だ。先日とは違ってきちんと戦闘用の甲冑を着けている。
「遅いぞ、ロン」
「いや、これでも頑張ったほうなんスけどね。王子サマがドラゴンに掴まって塔の天窓から侵入するなんて無茶をするもんだから」
大ぶりの剣を肩に担いでロンは苦笑して見せた。なるほど、トワが手の縄をほどきながらタイミングを待っていた時、到着したのは、この将軍が率いる部隊だったのか。気づけば入口の見張りの兵士たちも捕えられている。
「さっさと捕えて牢に入れておけ」
剣を鞘に納め、ケイはロンに侍従を引き取らせた。
その横顔は凛として、背筋を伸ばしたその姿は、こんな時でさえ、どこまで行っても皇太子殿下だった。
ケイは踵を返し、部屋の隅で呆然と事の成り行きを見ていたサーヤの元へと向かう。
「芝居は楽しめましたか、姫君?」
「そんなわけありませんよね!?」
涙目でサーヤは抗議する。第一幕が終わったところで攫われたから、肝心の第二幕を見ていないのだ。
「殿下はこうなるとわかっていて、わたくしを送り出したのですね!?」
「だから、トワをつけたじゃないですか」
しれっとケイは言う。
「トワが一緒なら、俺はあなたを見失わない。無事助け出せたでしょう?」
笑って見せるケイに、サーヤははくはくと口を開閉させたあと、トワが脱力するほど、とんちんかんなことを言った。
「お二人の絆にはかないませんわ」
ん~、そういうことじゃないんだよなぁ。とは思うが、ケイが何も言わないのでトワも黙っている。
事前にトワがケイから指示されていたことは、自分の身を守ることと、サーヤとはぐれないことだ。だからトワは眠り薬が貴賓席に流された時、ポケットに忍ばせた気付け薬を飲んで眠ったふりをし、サーヤと一緒に攫われて来た。ここに至る道中も眠っていない。
そして、ケイが軍を率いて助けに来るのを待っていた。隠し持っていた小さな刃物もケイから寄越されたものだ。
ケイはトワを追ってここを突き止めた。どうやったかと言えば、
「姫がおまえの気配なら追えると言うから、おまえ、公女とはぐれるなよ」
である。なぜケイが姫と意思疎通が可能なのかは、もう問いたださない。
助け出されたサーヤとトワは、騎士たちが壊したドアを通って、階段を下りて塔の外に出た。ケイも一緒に、きちんと階段を下りている。
トワは塔を振り仰いで天窓を確認する。トワたちがいた場所は塔の最上階だから、その天窓となればかなり高い位置にある。
「どうやってあそこから入ったん?」
天窓を見上げながらトワは隣のケイに尋ねる。
「姫に持ち上げてもらって」
「んん?」
怪訝な顔をしたトワに、ケイは説明する。この塔を見つけたまでは良かったものの、ロンの部下が様子を見に行ったところ、内部には見張りの兵士がおり、トワたちのいた部屋には鍵がかかっていたので、入口から行ったら異変に気付いた犯人がどんな行動に出るかわからない。だから、気付かれずに侵入する手段として天窓を選んだ。
「姫の脚に掴まって、姫に飛んでもらって、宙づりだと姫の負担が大きいから、姫に引っ張ってもらいながら壁伝いに駆け上がって」
「天窓まで登った、と」
「うん」
うん、じゃねーわ。にこってして小首傾げて可愛いなぁ、じゃ、あらへんわ!
ケイのそれが、トワに叱られると察知したがゆえの防衛本能によるものなのか、単なる天然なのか、トワにはわからなかったし、追及するのもあほらしかった。
ただ、言えることは、
「姫、よう頑張ったなぁ」
である。姫は疲れたのか、トワの腕の中ですやすやと仰向けになって寝ていた。とても可愛い。




