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13 お茶会

 昼下がりの庭の一角には、かぐわしい紅茶の香りと食欲をくすぐる焼き菓子の匂いが漂っていた。木陰とパラソルで日差しは柔らかく受け止められ、その下に設けられたテーブルには白いクロスが敷かれ、ピンクのバラを主とした可愛らしい花が飾られている。この茶会のためにトワが庭のバラ園から摘み取ってきたものだ。花の選定は、サーヤの好みに合わせている。

 テーブルについているのは、ナム公国の公女サーヤとケイ。

 ケイの後ろには、従者としてトワが控えている。正式な侍従ではないトワは公式行事に出ることはないのだが、これは私的なものだからぜひにとサーヤから誘いがあったのだ。

 私的なもの、ということで、近くにはべるのはトワしかいなかった。サーヤが人払いを頼んだらしい。侍従や護衛の騎士たちは、少し離れた場所で待機している。

 ケイは積極的に話すことはせず、ただ黙って紅茶を飲んでいる。そちらが仕掛けてきたのだから、そちらで処理しろとでも言っているかのようだ。

「本日は、このような席を設けていただき、ありがとうございます」

 口火を切ったのは、もちろんサーヤだ。

「いえ、堅苦しいことは抜きに、ごゆるりとお楽しみください」

 言葉だけを見れば完璧な気遣いなのだが、声の抑揚がなさ過ぎて一切心がこもっていない。

「あの、ケイ殿下、観劇の手配をしていただき、ありがとうございます」

 都で流行っているという怪人の芝居は、ケイの侍従がサーヤのために、滞在中に観劇できるように手配済みである。

「でも、ケイ殿下は行かれないなんて残念です。ぜひご一緒したかったですわ」

 こちとらクッソ忙しいんだよ、そんな暇あるか。と背中に書いてある気がトワにはするが、ケイはそんなことを一言も口にはしない大人であった。

「ねえ、トワ! 一緒に行かない?」

「はい?」

 急な変化球に、思わず相手が公女だということも、自分がただの従者だと言うことも忘れて声を出してしまった。サーヤはキラキラとした目でトワを見ている。意図がわからなくて怖い。

 眉間に皺を寄せたケイに、サーヤが言う。

「わたくしが誘ったのなら、殿下とトワが一緒に出掛けても不自然ではないでしょう?」

 あれ? 雲行きが怪しいぞ?

「わたくし、お二人のロマンスを応援いたしますわ!」

 サーヤは両手を胸の前で組んで、キラキラした顔で宣言した。

「口外もいたしませんし、わたくしをお飾りの妻にすれば上手くいくと思いません?」

 トワは額に手を当てて天を仰ぎ、ケイは肘をテーブルについて額を手で覆ってうなだれた。

「……アホもここまで来ると、いっそすがすがしいな」

 低い声で呟いて、ケイはサーヤに視線を向ける。

「俺が男色なら、抱かれなくて済むし、それをネタに妻の座を要求できるとでも思ったか」

 心底呆れたような声音で、しかし無表情にケイは言った。言葉にだけは掛けていた紳士の仮面をケイが外してしまうと、その言葉は直接的で、図星と顔に書いたサーヤは赤面して沈黙した。

「いや、そもそも、ロマンスの点を否定してほしいんですけどね」

 トワは小声で訴える。昨晩だってケイの就寝時には退室しているし、いつもちゃんと自分の部屋に帰っているのは護衛騎士が証明してくれるはずだ。

「ナムは温暖だったな。暑さにやられて脳みそも溶けているとみえる」

 嘲笑するようにケイは口の端に笑みを乗せる。それさえも美麗なのだから、たちが悪い。

「そんな言い方は失礼ですよ」

 一応たしなめてみる。

「じゃあ、なんと言えばいいんだ」

 座ったまま、くるりと振り向いてケイがトワを見上げる。トワは斜め上に視線を固定してしばし黙考し、代わりになりそうな言葉をひねり出した。

「ええと…頭にチョウチョが飛んでいる…?」

「ふはっ…、おまえのそれも、大概だぞ」

 噴き出したケイは、手の甲で口元を隠すが、目が笑ってしまっているので笑顔が隠し切れない。

 サーヤは初めて見るケイの笑顔に頬を染めて目を丸くしている。

「それで? 俺の妻になりたい理由はなんだ?」

 笑顔のままケイはサーヤに向き直る。

「理由次第では、協力してやってもいい」

 ケイの手がサーヤに伸びて、人差し指がサーヤの顎を上げる。微笑したままのケイに目を覗き込まれてサーヤは軽いパニックに陥る。

「えっ、それは、あのっ、未来のコウ国皇帝の寵愛を私が得れば、えっと、国を守れるって父が…あっ」

 慌ててサーヤは口を両手で塞ぐ。

「なんだ、つまらん」

 サーヤから手を離したケイは、椅子の背もたれにふんぞり返るように背を預けて足を組んだ。さっきまでの笑顔はどこに行ったと思うほど退屈そうな顔だ。

「そんなくだらない理由なら、手土産のひとつでも持ってこい。ナムの娘など娶って、俺になんの得がある?」

 紳士の仮面のないケイは容赦がない。

「トウ国の姫ならまだしも、おまえになんの利用価値があるというんだ?」

「利用価値…」

 眉根を寄せて、サーヤは復唱する。サーヤはケイを好きなわけではない。ケイも然り。となれば、二人の結婚には政略的価値が伴わねばならない。そしてケイはその価値がないとバッサリ切り捨てた。

 蝶よ花よと大切に育てられたのであろうサーヤは、自分の価値がないと突きつけられて、その愛らしさ以外の価値を提示しなければならない。

「それは…お二人の秘密を守って、見守る…」

「あんな小さな国を守るために、自分を大切にしてもくれなさそうな奴に嫁ぐのか」

「いやだからおまえも、そのていで話を続けんなよ。ややこしなるやろ」

 たまらずにトワはツッコんだ。ケイはふっと噴き出して一瞬笑う。

「父親に俺を籠絡して来いとでも言われているのかもしれないが、そんなクソの役にも立たん使命感はその辺に捨ててしまえ」

 だが、次にサーヤに向ける顔からは笑みは消えていた。

「コウ国の庇護が欲しいなら、別の手段を考えろ。第一、俺が皇帝になるかどうかはまだわからん」

「え?」

 思わずトワも声を出してしまったから、サーヤの声と重なった。

「第二王子を世継ぎに推す声も多くてな。母親はコウ国の有力貴族の娘だ。ナムの姫よりよほど力があるだろう。なんなら、第二王子と結婚する手もあるぞ。王子はまだ幼いから、しばらくはねやの心配もない」

 腕を組んだケイの唇に、うっすらと笑みが浮かぶ。


 試されている。


 皇太子の座が盤石ではないなどということを、他国に向かってケイがそう簡単に言うわけがない。この選択肢の提示は、サーヤを試している。

「──いえ、結婚のことはともかく、わたくしはケイ殿下を交渉相手に選びます。この国で最も信用に足るのは、あなたさまだと確信いたしました」

「買いかぶりでないといいがな」

 どこか満足そうにケイは椅子の背もたれに頬杖をつく。

「ではひとつ、貴殿の希望を叶えよう」

 ケイはいたずらっ子のような笑顔をひらめかせる。

「観劇の際、トワを同行させよう」

 思わぬ方向に話が転がって、驚いたのはトワだった。

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