知らなければならないこと
まだ何かやらかすかも知れないから、というシロの言葉で、玲我が去った入り口へ向かう。そこにあるのは長老の家だ。
ドアは開いていて、中に警戒しながら入ると、見慣れた部屋の奥にあったタペストリーが歪んでいた。その奥に空間があったと、初めて気づく。
その奥には不思議な模様が描かれた円。玲我の姿は、なかった。
「魔方陣だな。」
「全く。ほんとになんだったんだろう、あいつ。」
小さくなったシロが、拗ねたように言う。二人によると、魔方陣は特殊な一族に伝わる術で、一方通行の移動に使われるものらしい。戻ってこれない以上、深追いすることはやめた。
・・
「紗椰様!」
愛惟が、信じられないものを見る目をしたあと、ポロポロ涙を流しながら飛び付いてくる。紗椰は優しく抱き締めて、頭をなでる。
今回のことは、玲我が紗椰を自ら死に向かわせようとして仕組んだと言っていた。ならば、一番の被害者ともいえる。紗椰が身代わりを申し出るために指名されたのだから。
儀式のあと、罪悪感に苦しんでいたのだ。
詳しい説明をしようにも、まだ謎も多く、紗椰たちは花嫁伝説を利用して、事態を一旦終息させることにした。
つまり。
「紗椰は僕が花嫁にしたから!」
龍の姿でシロが胸をはる。リアル「龍の花嫁」である。
アオは、無言でついてきていたが、みんな彼には触れない。なぜなら、ものすごく不機嫌オーラが出ているからだ。
「なんで??」
紗椰はシロにこっそり聞く。
シロの答えは
「心が狭いんだ。」
と、あっけらかん。さっぱりわからない。
ともあれ、生きていること、赤い花のことは心配なく、井戸も使えること、龍の花嫁になったことを告げた。
国にはいつでもくると言った。まだ解き明かすべき謎は多い。
今は、愛惟が、苦しまないこと。みんなが絶望しないこと、だ。
あともうひとつ。
「雨を降らすね。もうすぐ、風が強くなるから、定期的に雨が降るようになるよ。」
シロは、空に舞い上がると、鱗にたまった水を解放した。シロの白銀の体に、水のきらめきが合わさって、とても美しい。
テナンは、民の憂いがない国になった。
女王にはまだ会えない。あちらがどんな顔でいるかも考えられず、紗椰もどうしたらいいか、まだ分からないからだ。父のこと、犠牲になったという意味。玲我の言葉は何が本当なのか。
確かめるときは、全てを明らかにしたい。
それでも、彼女が施政を投げ出していないことは確かだ。今はまだ、そこまででいい。
まず、解決するべきは。
「アオ。シロが言っていた、事実を伝えるのはアオの役目、って・・。」
帰りのシロの背中で、後ろのアオに話しかけると、アオがかすかに息を飲むのが聞こえた。
まずはそこからなのだろう。玲我と彼らの会話には、きっと私が最も知らなければならないことが潜んでいる。