白と青
「あ、目が覚めた!」
うっすらと目を開けると、頭の上から鈴のような声が聞こえてきた。まだ視界はぼんやりしている。なんだか何かが目の前でブンブン揺れてるように見えるけど・・犬?
ゆっくり目を開けていく。
あれ?なんでここにいるんだっけ。というか、ここは・・?
「もう。心配したんだよ?良かったー。痛いところとか、ない?」
痛いところ?えっと・・。
改めて体の感覚を確かめる。痛いところは、ない。ない?
紗椰はばっと起き上がった。自分の体をいろいろ触ってみる。傷一つついていない。痛みすらどこにもない。
(手足を縛って、崖から飛び降りたのに??)
ありえないことだ。無傷のはずがないのに。
「びっくりしたー。大丈夫そうだね。じゃあ、おやつでも食べる?」
状況にそぐわない気の抜けた声の主に焦点を合わせると、そこには、キラキラした目の生き物がいて、こちらを覗き込んでいた。
くちばしのように突き出た鼻。鱗のある体。しっぽは長く、さっきからパタパタ左右に動いている。想像より小さくて、丸っこくて、なんだかかわいいけど、これは・・
「んー?」
どうやら首をかしげていたらしい。目の前の生き物が、同じくらいの角度に首をかしげる。ヤバい。かわいい。
抱き締めたらすっぽり腕におさまりそうなその生き物は、「たしか、冷蔵庫に・・」とつぶやきながら、ぽてぽてと歩き出した。
一人になると、少しずつ思考が進む。
改めて手首を確認すると、うっすらとだが、縛ったあとが残っていた。あれは現実だ。じゃあ、なぜ、ここに自分はいるのか。
(もしかして、本当に嫁入りしたってこと?)
先程の生き物。あれは龍だ。彼に嫁入りしたのだろうか。龍の花嫁の話は伝説ではなかった?
「あったー!シュークリーム、シュークリーム!」
(シュークリームを、龍がお皿に出してる。ジュースもいれてくれてる。)
なんだかシュールな光景だが、意外と違和感がない。
「はい、どーぞ。」
「あ、ありがとう。」
勧められるままに、寝かされていたベッドから降り、イスに腰掛ける。出されたシュークリームを一口食べると、サクッとした外生地の中から、しっとりとした甘いクリームが口の中に広がり、思わずにっこりしてしまう。
「美味しいでしょー。僕、シュークリーム大好き。君は?」
「美味しい・・!」
龍は、えへへと笑い、自分の分を食べ進める。前足を巧みに使ってはむはむする様子に、抱き締めたくてウズウズしていた紗椰は、もう一人が部屋にはいってきたことに気づかなかった。
「何してるんだ、シロ。」
低い声がして、びくっとそちらを見ると、呆れたような顔でこちらをみる青年がいた。
「あー!アオー!」
龍(シロ?)はシュークリームの最後のほうを一気に口に押し込んだ。
「あふぉへ、さっふぃへふぁさふえへ・・」
「・・食い終わってからでいい。」
アオと呼ばれた青年は、持っていた荷物を床において、ソファーにどかっと腰を降ろした。
紗椰は、一瞬とまどったが、とりあえずはシュークリームをしっかり食べ終わり、ジュースをいただく。果汁100%のオレンジジュースだ。うん。美味しい。
「ごちそうさまでした。」
手を合わせてそう言うと、シロのほうも「でしたー。」と続く。頭が働き始め、状況を整理してみる。
あの時、確かに飛び降りたのだ。目をつぶり、おそらく、意識をどこかで失ったのだと思う。なんとなく、水にしては柔らかい衝撃があった気がする。
「助けてくれたの?」
「うん!そーだよ。」
独り言が声になっていたらしい。間髪いれず、シロの返事。
少し驚いたが、そのまま聞いてみることにする。
「あなたたちは、龍神さまなの?」
「うーん。えっとねー。かみさまでは、ないなあ。」
「でも、龍・・よね?」
「龍は種の名前だ。勝手に神格化しているのは人間だ。」
青年「アオ」が苦々しげに口を開いた。
「種の名前・・。じゃあ、私は龍神さまに嫁入りしたわけではない・・。」
こんな形で生きていることを、きっと誰も、想像すらつかないだろう。
「ねえねえ、名前はなんていうの??」
シロはぴょんとイスから降りて、ひざによじのぼってきた。紗椰は自然とシロをだっこする形になる。
「紗椰。」
答えながら、意外と重たくないな、と考える。鱗が柔らかく、すべすべしていて、気持ちいい。
「サヤちゃんかー。あのね、ぼくはシロヌイっていうの。あっちはセイセツっていうんだけど、名前にアオって入ってるからアオって呼んでるの。色同士おそろいだよ。」
言いながら、シロは宙に文字を書いて見せた。青刹、だろうか。
「シロ、アオ。」
いろいろ確かめなければいけないはずなのに、上手く言葉がでず、新しい情報を口にだす。
龍神に嫁入りしたわけではない。死も迎えなかった。私は無事に生きていて、助けてくれたのはかわいい龍とアオという男。
つまり・・このままなら、また花嫁が出てしまう!?
「戻らないと!」
紗椰は声をあげ、シロを置いて飛び出した。