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龍の遺伝子  作者: mai
龍の遺伝子
2/13

テナンの姫

「テナン国は、辺境にある集落だ。かつて、龍の住まう地だったというその場所は、豊かな資源に恵まれ、また、黒曜石がとれる産地として知られ、活気がありよく栄えていた。

代々の王家が外交も内政も一手に担い、他に付け入らせることなく平和を保っていた。


テナン国が小さいながら自治領としてやっていけた理由は、その立地にもある。その地は、切り立つ岩に囲まれた不思議な形をしていた。最初にこの地に住むことを決めた祖先が、どうやってここにたどり着き、生活を始めたのか、真実はわからない。国には様々な伝説があったが、その多くは、祖先が、空から降り立った龍であったと記されている。王家は、龍の血をひくとも言われていた。


中でも先代の王は、武才があり、先見の明もあり、民から慕われる為政者だった。

紗椰の記憶にあるその人は、強く優しい父であり、心から尊敬していた。体調を崩してふせがちだった母が他界してからも、紗椰にたくさんの愛情を注いでくれた。だから、父が新しく妻を迎えることになったときも、紗椰は笑顔で受け入れたのだ。自分だけでは決して埋められない父の心の穴をふさいでくれると信じていた。


新しい義母は、悪い人ではなかったと思う。だが、事実として、義母を迎えて一年で、父は、原因不明の死を遂げた。義母と一緒にいた時の突然の死。悲しみとほぼ同時に、浮かび上がる疑惑は、紗椰の心を何度も真っ黒に染めようとした。

それからほどなくして、義母は女王として振る舞い始めた。紗椰は何もできず、居場所を少しずつなくしていった。


王は、表向き、病で逝去したことになっている。紗椰は、王の忘れ形見として、生活と自由を約束されたが、義母との関わりは断たれ、脱け殻のような日々がしばらく続いた。」


・・なーんて、ね。


「いや、ほぼこの通りでしょ。紗椰様。」

「うーん。でもなんかしっくりこないよねえ。」

なぜだろう?と首をかしげる紗椰に、がっくりと肩を落とす少女は、でも、と気を取り直して食い下がる。

「なんで、そんなあっけらかんとしてるのか、理解に苦しみます。現女王に思うところはないんですかっ!?」

「そうねえ。でも、なんせ原因不明だし。それに、あんまりメリットってないしなあって思うのよね。」

栄えていても小さな集落にすぎない。乗っ取りたいなどと思うだろうか。むしろ、いきなり国政を担うのだ、紗椰にしてみれば、申し訳ない気持ちが強い。

「客観的に見てみたらって言うから自分の状況を物語風にしてみたけど、なーんか違うよね、愛惟(めい)。」

愛惟、と呼ばれた少女は、苦笑いを浮かべる。でも、そこには親愛がこもっている。

「紗椰様が、そういう、馬鹿ポジティブな性格してるからでしょ。」

立場上言葉づかいこそ丁寧だが、遠慮はいっさいない。もともと民との距離感の近かった王家であり、紗椰も例外ではないのだ。

「正直、心が黒くなる暇もなかったよね。」

紗椰も失言を気に留めない。境遇はいくつも不運があるが、母役も父役も、祖父母役も兄弟役も、みんなが引き受けてくれて、義母に疎まれ始めた紗椰を、みんなが育ててくれた。

義母との関係を除けば、恵まれている、と紗椰は思っている。そして、必ずその恩を返したい、と。


「あ、そろそろ長老の時間だ。行かなきゃ。」

紗椰が唐突に話を切り上げ、愛惟は頬をふくらます。

「ちょっとお。私は時間潰しですかあ?!」

「残念。東矢(とうや)の惚気話を聞いてあげたかったんだけど。」

愛惟の顔が分かりやすく赤くなる。婚約者と相思相愛の彼女はこの話題を出せば機嫌がなおる。

「もう。紗椰様ずるい!」

かわいい愛惟を残し、紗椰は目的地へと向かった。


長老の家は、森の入り口近くにあり、彼の知恵を求めて来客が多い。紗椰にとっても、必要な知識を得られる貴重な場所だ。

約束の時間には少し早いが、試しに中を伺うと、何人かの男たちの姿が見えた。中には愛惟の婚約者である東矢も見える。

「・・限界・・を、直接・・。」

「早まるな。・・かねない。それより・・。」

声が途切れ途切れに聞こえる。

(これじゃ盗み聞きになっちゃう。)

紗椰は時間を確認して、扉を叩いた。

話し声がぱたりとやみ、中で

「紗椰様じゃな。」

と長老の声がした。

扉が開かれ、中の男たちがでてくる。挨拶すると軽く会釈が返ってきたが、いつもの朗らかさはない。

「タイミング悪かった?」

男たちが去ってから、紗椰は長老に聞いた。長老はいつもの微笑みを浮かべたまま、表情を変えない。

「タイミングの問題ではないのじゃ。結論は、なかなかでないじゃろうな。」

「湖の話?」

長老は否定せず、紗椰に座るように促した。

最近、この国には危機が訪れている。ゆっくりと、しかし確実に。

最初に発見されたのは、小さな水溜まりだった。その回りの植物が、奇妙な花をつけたことから全ては始まった。

花は赤い美しい花だったが、蜜を吸った蝶はまわりにぱたりと落ちた。花に不吉なものを感じた発見者は、その花を引き抜き、燃やした。

水溜まりと花は、その後も発見されたが、やはり同じように明らかに「よくないもの」であることしか、わかっていない。

問題は、その範囲が広がり、生活を侵食し始めていることにある。

最近、小さな井戸のそばで、花が見つかった。井戸の水を使えなくなり、同じ水源の井戸を閉じた結果、今は残った井戸と、森の湖の水に頼っている。

もう一つ、館の敷地内に溜め池と井戸があり、そちらは問題がないのだが、女王は、館の者以外の使用を固く禁じている。

加えて雨が長い間降っておらず、水が不足し始めていた。まだ、生活に大きくは影響していない。だが、今後は・・。

「いろいろ試しているけど、やっぱりわからないの。まだ、何か見落としてる気がする。」

「わしも聞いたことしかない。記憶はあいまいじゃ。」

そう言いつつ、長老は当時のことを語る。紗椰は何回目かになるその話を注意深く聞く。

まだ国が存続しているという事実。奇跡ではなく、解決の糸口はどこかにあるはずだ。紗椰はそれを必死で探っていた。でなければ、おそらく、また間違いを侵すものが出てくるから。

「花嫁は、出さない。」

紗椰は呟く。説明がつかない事態に道を見失った為政者と、責任を追及する民が起こす悲劇。龍神への嫁入りの儀式を紗椰は避けたかった。なまじ過去に何度か行われ、奇跡が起きたとされているのが、怖い。


力を持たない姫として、紗椰に今出来ることは何か。これまでもそれを必死で考えて生きてきた。結局無力を思い知らされても。今もそうだ。誰も、私に求めない。それでも、出来ることを探さずにはいられない。

「ありがとう。付き合わせてごめんなさい。」

話し終わると、長老は優しく紗椰の頭をなでた。

「大丈夫。紗椰様にも加護がある。」

(加護、か。)

紗椰は礼をいいながら、自分に果たしてあるのか、と苦笑する。それでも前には進みたい。残された時間は、有限なのだ。


館への道を歩いていると、輿とすれ違った。宰相の玲我(れいが)が先導している。苦手な男。今、女王の信頼を一番得ている。

「義母さま?」

輿はそのまま集落へ行く。

紗椰は胸騒ぎがして、きた道を戻り、後を追った。


現実味がない光景がそこにあった。

縛り上げられた男たちは、間違いなく、長老の家から出てきた面々。

皆に止められながら、必死ですがり付こうとする愛惟の姿。

女王の声。

「あなたがたの思い、しかと受け取りました。もう、他に方法はないようです。」

その場にいたものは、女王が館の水源を解放するのだと思い、縛られたものさえ安堵の表情を浮かべていた。しかし・・。

「今宵、花嫁を出すことにしましょう。先程、一番わたくしに訴えかけていたのは、あなたでしたね。東矢さん。」

東矢の目が大きく見開く。

「知っていますよ。あなたには婚約者がいるでしょう。婚姻前の乙女にふさわしい。前に出なさい。」

愛惟がどさっとその場に崩れ落ち、体が震え始める。


紗椰は自分を支えていた何かが、突然なくなる感覚を覚えた。なぜ、こうなる。なぜだ。もうたくさんだ、もううんざりだ、もう・・。


「お待ち下さい。」

思考が追い付かない。気づけば口から言葉が出ていた。

「花嫁を出すのは、力がない為政者の証です。出来ることを検証せず、民を黙らせ、為すべきことをしたかのように錯覚する。それは、王のすべきことではないわ。」

ほう、と女王が笑う。宰相玲我が続ける。

「紗椰様は、愛惟殿を花嫁にせずに、国を助ける方法があるとおっしゃるのですね。」

「では、他にどうするのです?何も分からず守られている姫に何ができるというのかしら?」

紗椰は口びるを噛む。言い返す言葉はない。女王は正しい。でも、紗椰はこのまま愛惟が花嫁という名の生け贄になることは認められなかった。ふさわしい者は、別に、いる。

「私が、花嫁になります。」


その決意は、なんとかして前に進もうと生きてきた自分の、初めての諦めの言葉だった。


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