姫の嫁入り
花嫁は白い衣装に身を包み、そこに立つ。
ヴェールで隠されていても、顔立ちの美しさが、漏れ見える細かなところににじむ。何より、そこにいる者たちは、彼女の美しさを既によく、知っている。
凛としたたたずまい。静まり返った民たちの視線を一身に浴びる花嫁の衣装の裾が、不意に吹いた一陣の風にひるがえった。
足元のリボンがはためく。衣装と同じ、光沢のある白いリボンは、花嫁の両足をまとめて縛っている。同じリボンは、花嫁の両腕も繋いでいた。
さらに異様なのは、花嫁の立つ、その場所。
切り立った崖の先端、足元遥か下に、水がたゆたうのが見える。
民たちは騒がない。そこにいる者はみな、何が行われているのか充分に理解し、受け入れている。
「確実にまっすぐに、たどり着くため・・か。」
花嫁である紗椰は、妙に冷めた気持ちでぼんやりと考えていた。
かつて、身を投げてかの神に嫁入りした女は、自ら、手と足を縛ってほしいと願ったのだそうだ。下手にもがいて見当違いのところにいってしまえば、会うことは叶わないからだそうだ。
・・そんなアホな。
紗椰は、それをまっすぐ受け止められるほど、夢見る乙女ではない。
「泳ぎが上手くて、逃げる可能性を考えた誰かが、作り出したんだろうな。確かに、この状態で生き延びる可能性は、さすがにないか。」
それとも、下手にもがけるより、案外楽にいけるのかもしれない、と我ながら救いようのないことをだらだらと考えてしまう。
まさか、こんな形で終わりを迎えるとは。
しかし、意外と、冷静な自分がいる。
感情に名前をつけるなら、「悔しさ」「悲しみ」「恐怖」。「憎しみ」は、なぜかどこにもみつからない。でも、他にも違う何かがある。
(ほっとしている?)
思い当たった紗椰は、苦笑した。
(私も無責任だな。終わりにできることに安堵があるんだ。)
時間がきた。
「姫様・・!」
かすかな悲鳴。
(最後にしなきゃいけないことがあるわ。まだ、顔を歪めてはいけない。)
紗椰は、声の主に振り返り、にっこりと微笑んで見せた。
そして、崖の上から、トン、と、跳んだ。
風が下から上に吹き上がる。落下の瞬間、間もなくくる衝撃を覚悟して、ぎゅっと目を閉じた。
水龍の国テナン。龍に捧げられた花嫁は、予想とは違う形で迎え入れられた。