3 死亡動機X-3
相川さんと、交友関係を持つようになって、もう結構、時間が経った。
私達の関係を表立ってどうこう言う人はいなかったけど、相川さんの呪いの噂話がなくなった訳じゃない。
依然として、クラスの一部では、根強くその噂話はこびりついている。
それでも、私達が堂々と彼女と一緒にいる事によって、少しはその迷信を打破する事ができたみたいだ、前よりは少し大人しくなったように思える。
ただ、その事によって、今度は相川さんのもう一つの悪い噂が急速に浮上してきた。売春の噂話である。
要するに、ここの連中は、異分子を排除しておきたいだけなのだ。それが、呪いだろうが、売春だろうが、対象者を非難できればそれでいいんだ。
そういうのは、やはり嫌いだ。
私が、その事実を知ったのは、クラス内の女生徒から、変な忠告を受けたからだ。
その人は、嫌味な感じというよりは、どちらかというと同情しているかのような目線を私に送り、親切な事でもするかのような態度で、こう言ってきた。
「木垣さん。あなた、相川さんとあまり付き合わないほうが良いわよ」
突然、呼び止められ、唐突にそう言われたものだから、私は呪いの事を言っているのかと思い、こう言い返した。
「何でよ?まさか、呪いなんて信じてるの?そんなの嘘に決まってるじゃない。これまで、一緒にいたけど何にもなかったわ。私の友達だって…」
私が、そう言い掛けるのを途中で制し、その女生徒はこう語った。
「そうじゃないの……」
その目は真剣だ。
「相川さん。彼女に呪いがあるだとか、そんな事は知らないわ。だいたい、呪いなんてモノが実際に存在するのか分からないし。でもね、これだけは事実なの、前の学校で、相川さんの友達が死んだのは、彼女の所為なのよ」
驚いた。何で、前の学校で相川さんの友達が死んだ事を知っているのだろう?ほとんどの人は知らないはずなのに。もしかしたら、最初にこの事実が広まって、その後に訳の分からない呪いだとかいう噂に発展したのかもしれない。
その女生徒は、さらに語った。
「相川さんは、今でこそ大人しいけど、あの人、昔は酷かったらしいのよ」
「何が?」
「だから、男関係よ。男関係…」
その女生徒の語るところに寄れば、どうやら相川さんは、少しいい男がいるとすぐに接近して、肉体関係を持つという淫乱な女であるらしかった。
自分が手に入れたいと思った男は、例えそれが友人の男であろうが簡単に寝てしまうのだそうだ。
「それで、相川さんの友達が死んだのが、彼女の所為だって、話だけどね…」
告げ口の女生徒は、饒舌に、熱を入れて語る。
「相川さんは、その死んでしまった友達の恋人を奪ったらしいのよ。いつもやってる事だったから、彼女にしてみれば軽い気持ちだったらしいわ。でも、その友達はショックで自殺してしまったの。当然、彼女は学校中から非難されて、文字通り、うちの学校に逃げる様にして転校してきたのよ」
この女生徒はダメだ。
私は彼女の話を聞きながら、そう思った。
頭からそう信じ込んでしまっている。呪いの話を信じていないだけ、他の連中よりはましだけど、そんな噂話になんの疑問も感じていない時点で、既にアウトだ。噂話は、飽くまで噂話。それがどんな内容のモノであろうが、半信半疑で留めておくべきだ。
こういう相手には、真っ向から否定したって、それを受け入れてはもらえない。
なら、と私は、
「そうなの?でも、今まで相川さんと一緒にいて、相川さんはとってもいい人だったわ。例え、その話が真実だったとして、過去に何があろうと、今がいい人なら、それでいいんじゃないかしら?」
敢えて、その話を否定せず、そう答えてやった。その女生徒は、よっぽど私の返答が意外だったらしい、目を白黒させて何処かへ行ってしまった。
私は何だか可笑しくって、含み笑いをしてしまう。
こういうのは、気分がいい。
私も少しは底意地が悪い。そう思いながら、その事実が嬉しかった。
お人好しの偽善者は厭だもの。
とにかく、私はその事で、相川さんへの悪い噂が加速している事を知ったのだった。
そして、ちょっとだけ不安になった。もし、その噂話が真実だったらどうしようかって、もし真実だったら、私はさっきの女生徒に語った様には、強くなれない。どうしたって、それは態度に表れてしまう。
そうして、イメージが膨張しそうになるのを、私は慌てて打ち消した。このままいけば、私は私が批判する人種と同じ道を辿ってしまいそうな気がしたから。
相川さんとは、その後も何の問題もなく交友関係を続けている。そして、やはり中には、その私達の交友を快く思っていない人間達もいるみたいで、私は白い目で見られているのを時々、感じるようになっていた。
気にならないと言えば、嘘になるが、そんな事でへこたれるつもりはない。こっちは、こっちで交友の輪は広がっているんだ。
田村が連れてくる生徒会役員の仲間達、いつの間にか、徐々にではあるが、私達は一緒に遊ぶ様になっていた。
その結果、近寄り難いと思っていた水島君は、私達が思っていたよりもずっと気楽な人だと分かったし、崎森君はなるほど無愛想だが、田村が言っていた通り、根は優しくて純粋なところがある。田村の気持ちが少しは分かるような気がした。副生徒会長の天野さんは、元気があって一緒にいると明るくなれるような人で、好感が持てた。
この人達、もちろん私と田村を加えた全員は、噂話なんか気にしないで、相川さんと楽しく過ごせている。
このまま、きっと卒業するまでこの状態でいられると思う。周りの目なんて気にしない。私達が変えてみせる。
私はそんな事を決意して、ちょっと陶酔状態で浮かれてた。それなのに、私はある男の先輩に、その私の心理状態を不安定で変動しやすいモノだと、否定されてしまったのだ。
その男の先輩は、私の所属している部活、ハンドボール部の久留間直美という先輩の知り合いで、何故か久留間先輩は、この男の先輩に一目を置いているような節がある。
この先輩、名前は吉田とかいって、童顔で、猫の様な雰囲気がある、不思議な味の人だ。
私は、ある切っ掛けで、偶然この先輩達と出会ってしまって、ここのところ、クラスの噂に対しての反逆のテーゼに嵌っていた私は、久留間先輩とは懇意にしている仲だったので、その話をペラペラと喋ってしまったのだ。
その吉田先輩は、私の話に真剣に耳を傾けてくれていたので、私も真剣に熱く語ってしまった。
ところが、私が話し終えると、その吉田先輩は、醒めた目でまずこんな事を言ったのだ。
「君は、気づいていないみたいだけど、君は、既にある意味では、君が馬鹿にするそのクラスメート達と同じになっているんだよ」
何ですと?
それは、その時の私にとって、最大の侮辱の言葉だった。
「そんな事はありません!」
私は即答した。
理屈も何にもない、ストレートな否定。無理もない、この時、私は興奮状態にあったんだから。
そんな私の感情を知ってか知らずか、吉田先輩は澄ました顔で、淡々と語った。
「もちろん、噂話に躍らされない、そんな事で決定される擬似ルールみたいなモノに反発を抱いている。そういう意味では、理論的な思考をしている君は、確かにそのクラスメート達とは、一線を画しているよ」
「それなら…」
と私が言い掛けるのを遮って、吉田先輩は更にこう語った。
「僕が言っているのは、心理状態の事だよ。クラスの人達の心理は、仲間内の相互間の意志疎通に支えられたある種の集団心理の様相を呈している。それに対して、君の心理はそれに反逆する形で形成されてはいるものの、その構成の仕方は同じなんだ。つまり、そのクラスの擬似ルールに対抗する擬似ルールを形成する事によって、成り立っている」
私は、ブスッとしてこう言った。
「そんな難しい言い方されたって分かりません」
吉田先輩は、やれやれしょうがないな、とでも言っているかの様に頭を掻くと、
「つまりね、君の、否、君達のその意志は個人個人のしっかりとした意志じゃないと言っているんだよ。それは、その背景にある仲間関係があってはじめて、しっかりとした意志として機能するんだ。敢えて言うなら、君達が持っているミニ文化、それによって支えられているモノとでも言ようかな」
そう説明した。
私はその説明を頭の中で巡らせながら、それを否定する理由を考えた。
頭がようやく、機能し始めてきたんだ。
でも、冷静になり、苛立ちを腹の奥に押し込めると、私はそれを否定する材料と共に、それを肯定する要素も見つけてしまった。
もごもごと言い澱んでしまう。
すると、そんな私の態度を見て、久留間先輩は助け舟を出してくれた。
「ちょっと、吉田君。あんまり、私の後輩をいじめないでよ」
すると吉田先輩は、
「いじめてるんじゃないよ。心配して忠告してるんじゃないか、今の自分を正確に把握しなくちゃ、間違いを起こす場合があるよ。だから…」
と弁解をする。
「追い詰めてる様にしか見えなかったわよ」
それを聞くと久留間先輩は、呆れた顔でそう言った。
「失礼な事を言うね。いいかい、久留間さん。君の後輩の意志が仲間関係によって成立しているなら、もし、その仲間関係が崩壊、または何らかの変異を遂げた場合、君の後輩達の間で、何かしらの不幸が発生する可能性は十分にあるんだよ。しかも、彼女達は一つのルールを巡って対抗し合うという形をとっている。そういう状況は、とても不安定な状態なんだ。簡単に変異する」
吉田先輩は、心外だ、という表情で言い返した。
久留間先輩が、更にそれに対して何か反論しようとする。
その直前に、私は、
「大丈夫です、吉田先輩」
久留間先輩の発言を遮るように、そう言った。これ以上放っておくと、多分、議論は私とは関係のない方向に進んでいってしまうと思ったからだ。そうなれば、私のこの憤懣はどこにも吐き出せなくなる。
久留間先輩は、突然のその私の発言に、多少驚いたような顔をした。そして吉田先輩も、私に注目していた。
「私が、相川さんと友達になったのは、飽くまで個人の意志です。他の誰の影響を受けた訳でも、ありません」
そして、二人に向けて、私はきっぱりとそう言い切ったのだ。
すると、吉田先輩は、
「そうかい……」
と静かに応え、
「でも、問題なのは今の心理状態なんだ。例え、過去に何があろうと、大切なのは……」
そう言う。私はそれも途中で遮り、
「大丈夫です。確かに、私は今、仲間関係にいて、その中で相川さんと付き合っています。でも、それとは別にしっかりとした私の意志が、その芯にはあるんです」
そうまではっきり言われては、さすがの吉田先輩も、何も言い返す事ができないみたいだった。
「そうかい……」
吉田先輩は、また今度は呟くように(本当に、呟くように)そう言って、「なら、分かったよ」と一言、そう応えた。
その表情は、相変わらず無表情で、なんだか憂いがあった。
そのまま吉田先輩達とは別れたのだけど、その後で私は、事実がどうであるかよりも、その場の負けず嫌いで反論してしまったような気がして、少し、反省した。
そして、奇妙に浮かれたあの陶酔感は、私の心から完全に消えてしまっていた。それから、だから私は今のこの現状に対して、真剣に考える事を始めたんだ。
それから、数日は、何事もなかった。
雑談で、楽しく会話が盛り上がったりなんかして、ごくごく平和なありふれた日常だった。
でも、私の内面では、それは激動の数日間だったんだ。
私はその間、相川さんにそれとなく、過去の出来事について何度か尋ねてみた。だけど、相川さんは、過去の事には触れられたくなかったみたいで、過去の事に関して、少しも答えてはくれなかった。
はじめの内は、本当に相川さんの事を心配していたんだ。友達が死んだ事を、彼女は今でも心の傷にしているかもしれない。彼女の態度には、そんな印象をどことなく感じさせるところがあったから。話してくれると思った。もう、私達はそれくらい気を許せる関係になっていると思っていたから。でも、彼女は、答えてはくれなかった。
(そういう事は、吐き出してしまえば、楽になるものだよ)
心の内で、そう思った。
或いは、そのショックが出発点になっていたのかもしれない。私は、こんな事を考えるようになってしまっていたのだ。
もし、あの告げ口が真実だとしたら、言いたくないのは当然かもしれない、と。
自分の行為で人が死に、それを罪悪感として持っていたなら、自分が罰を受ける事を望むかもしれない。
そして、もし相川さんが、自分の噂話を罰として考えていたなら、私は平気だから、と言った彼女の言葉にも説明がついてしまう。
それなら、あの噂話も真実である可能性が出てくるのではないだろうか?彼女が、淫乱な女で、その所為で友達が自殺したという話。それから彼女は改心して、今のよく整った性格に落ち着いたのかもしれない。
私の中で、少しだけ疑念が生まれていた。
それは、吉田先輩に指摘された事とも繋がっていたのかもしれない。私がまず疑ったのは、自分自身の心の中だから。
私は、本当に心から、相川さんと友達でいたいと願っているのだろうか?それよりも、現状のクラスの状況に反発したいという欲望の言い訳として、彼女を利用しているのではないだろうか?
その事がたまたま、彼女と交友関係を結ぶ事と、イコールであっただけなのかもしれない。
解らない。
何だか、何もかもが不安定だった。
それで、恋愛の事についても、私は彼女に尋ねてみたんだ。
もちろん、それには、私のその方向からの猜疑がその中にあった。彼女の恋愛観を知りたかったのだ。
彼女は、その事を私が尋ねると、そのクールで大人びた外見からは、想像もつかないような反応を見せた。
頬を赤らめ、あからさまに恥ずかしがったのだ。
「そんなの…、私は、そんなの一度もないから…、分からないわ」
とてもじゃないが、経験豊富な女の反応じゃない。もちろん、これも演技かもしれないけど…。
でも私は、そこまで穿って考えるほど、彼女の事を疑っている訳じゃなかった。だから私は、彼女のその反応に安心して、それからは気楽になって、こう訊いたのだ。
「どんなタイプの人が好きなのよ。それくらい、あるんでしょ。そういえば、相川さんがどんなタイプの子が好きなのかとか、聞いた事なかったなぁ」
彼女は、やはり照れたような仕草をして、こう答えた。
「優しい人…。かな」
少し、意外だった。
何だか、甘えたそうな感じでそう言ったから。彼女のイメージとはかけ離れてる。
彼女は続けて、
「気の許せる人っていうか。大人しい、誰も傷つけない人がいい。安らげる人が」
と語った。
彼女には、やつぱり傷がある。
その時、そう思った。
癒しを求めてるもの。
それからは、彼女に対する疑念を、私はほとんど感じないで過ごせていた。否、彼女に対する疑念は、と言った方がいいのかもしれない。依然、私は私の中に湧き上がった疑問には、答えを出せてはいなかったのだから。
私は、本当は、どんな理由で彼女と友達でいるのだろう?
そして、急激な環境の変化、破壊が、ある日突然に、そんな状態に陥っていた私に襲いかかって来たのだ。
その日、起こったその事件は、私に、現実を現実として把握させないくらいの衝撃を与えた………、
空間に亀裂が生じる。
本当にそんな感覚を、私は受けた。
朝、学校に着くと、パトカーが何台も停まっていて、騒がしかった。
その時、その騒ぎの原因を知らなかった私は、それをまだ私には関係のないモノとして受け止めていて、泣いている田村を見つけて、はじめて不安を感じた。
「どうしたの?」
私は、泣いている田村に向かって、そう尋ねた。
田村は私に気づくと、ワッと更に大きく泣いて"小夜子が小夜子が"と繰り返した。
小夜子?天野小夜子?
私達が、小夜子と聞いて連想する人間は一人しかいない。副生徒会長の、天野小夜子。
「ちょっと、天野さんがどうかしたの?」
私が、そう尋ねると、ヒクヒクと泣きながら、田村は幾つかの単語を発声した。
自殺。首吊り。突然。分からない、分からない、分からない。どうしてなの。あなたの教室で…
……、その単語を紡ぎ合わせ、得られた結論は一つだった。私だって馬鹿じゃない。それが何を意味するのか、簡単に理解できた。それでも、私は田村に何度も何度も、同じ事を尋ねた。
その現実を認めたくなかったんだ。
結局、私は田村以外の落ち着いた人間から、その事実を聞き、ようやくその結論を認めない事を諦めた。
天野小夜子が自殺をした。
私達の教室で、首吊り自殺だって、
そんな話。
急に言われて、いきなり信じられる訳はない。
何で死んじゃったんだ?
そんな有り触れた言葉すら出てこなかった。
何だか、訳が分からなかった。
次の瞬間は、嘘なんじゃないのか?
そんな気分にさせられた。
嘘だ。
涙が出てきた。
嘘だ。
涙が出てきた。
そして、私は田村と同じに、わあわあと泣いた。
何処を歩いているのか判然とせず、教室に向かおうとする過程で誰かに止められた。今日は、休校だって告げられて、
私に近づいてくる誰かを感じ、顔を上げると相川さんが、
彼女は悲しそうな表情で、涙をいっぱい瞳に溜めて、ゆっくり私に近づいてきた。酷く、心配そうな顔。
そうだ。彼女は強かったんだ。
私なんかよりも、ずぅーっと。だから私は彼女に縋り、大きな声で喚いて泣いた。
彼女は何でか知らないけれど、ごめんなさいって謝った。私にはどうにもできなかったって、何故か私に謝った。
それは、きっと彼女が優しい人だから。そんな事まで自分の中で、責任にしてしまう人だから。
多分、そんな風な感じで、謝ったんだ。
その時は、そう感じていた。
私はひどいショックでボーっとして、ふらふらと家までの道を歩いた。どんどん、自分が馬鹿になるよ。彼女が死んだ理由が分からない。あんなに近くに、いっつも居たのに。
友達だと思ってたのに、
どんなに親しい人間だって、胸の内の全てを語る訳じゃないさ。
言い訳するなよ、みっともない。
自分が、どれほどの人間だっていうの?相川さんの事だってそう。何にもデキナイ、小虫じゃない!
そんなの私の所為じゃない。だって、私は弱い人間だもの。いっつも一番正しい道なんて選択できない。だから、彼女の死を止められない。止められなかったの。
だから、それは、そう、どうしようもなかったのよ。あなたは劣者なのよ。一生懸命やった。がんばった。完璧じゃないの。そんなの分かりきってる。
それを後悔するのは、黙って受け止めきれないのは、あなたの中に潔癖さがあるから。間違いを許せない。汚点を認められない。そんな自分がいるからよ。
現実を見れば、それがはっきり見えてくる。脳内麻薬の分泌が止まる。死にたがりのテーゼは、どうやったら聞こえてくるの?
自分が弱いって、早く認めて楽になろう。
バカなんだから、罪悪感も掻き消える。内罰よりも、外罰に……。
他の人の所為よ。
私の落ち度じゃない。
私の脳の中にある、数々の意志のベクトルは、色んな場所を迷走、巡回、逃げ場を求め、それは根底の無意識まで辿りつき、一塊、不快として纏められた。
明日を見る私の意識は、その衝動に支配され、罪の贖い、スケープゴートを求め始める。そう、それは、自分でもよく理解されないままに行われ、自分の姿を見失った哀しい哀しい現実だった。
別に普段と変わる事もない。
偽善的な匂いと、真実の悲しさ。諸々の思いがどんなであるかなんて、私には分からない。ただ、そこは、悲しむべきだという前提(私にとって、それは限りなく嘘に近い感情)と、本当の喪失感(私にとって、それは社会的な規範に依存しない、本当の優しさ)が入り混じった不気味な空間で、居心地はあまりいいものではなかった。
線香の香りが、リアリティと嘘っぽさを同時に形作る、その感覚にも似ていた。
泣いている人がいる。
多分、遺族の人達だろう。
私は、ボーっとしていた。
昨日が終わり、明日が続く、私は連綿と今日を生き、絶対にそれは変わらない。
それは、彼女を失った今も同じで、やっぱりだらだら流れてた。
どうやら、泣き声が聞こえてくるのは、遺族の人達の中からだけじゃないみたいだった。気づくと、田村も泣いている。その他、まだ数人の泣いている声が、仲間内からも響いてきてた。けど、私は敢えてそれに参同しなかった。そこで、涙を流すのは、嘘みたいで厭だったから。
それこそ、現実だか虚実だか分からなくなる。
だから、私はただ脱力していた。
家族も、友達も、彼女が自殺した理由に心当たり何てないって、口を揃えて言っていた。謎の自殺。結論は、どうやらそうなるらしかった。
その事は、少なからず私の中の罪悪感を和らげてくれた。
私の劣等感を、の間違いかもしれない。
或いは、その両方なのか。
とにかく、私は真相が知りたかった。と、言うより、言い訳が欲しかった。
彼女は、何で自殺したのか?
それを考えていく内、あの事を思い出した。相川さんの言葉だ。
ごめんなさい。私にはどうにもならなかった。
あの時は、そんな風に思わなかったけど、よく考えたら、妙な言い回しだ。相川さんは、何であんな発言をしたんだろうか?
そういえば、相川さんのここ最近の態度は、どことなくおかしいような気がする。
"呪いが伝染したのよ"
葬式が終わって、帰る時。どこからかそんな話し声が聞えてきた。
ああ、そういえば、そんな噂話もあったんだっけ。天野さんが自殺した理由…。それだっていうの?
分からないを埋める為、創られる理屈が妖怪とか呪いとかなんだ。確かそう、どっかの本に書いてあったな。
馬鹿馬鹿しい。私の求める結論は、そんな身勝手な都合で変化するものじゃない。私の求めるものは………。否、私は言い訳を探していたんだっけ。彼女らと、あんまり、変わらないか…。
天野さんが自殺したのが、相川さんの呪いの所為だとしたなら、確かにしっくり纏まるような気がする。
相川さんの発言も…、理解できてしまう。私の持っている呪いを、私にはどうする事もできなかった、という意味で解釈すればいいんだ。
楽をしたいなら、それを信じればいい。
そう思って、少しだけその可能性を考えてしまった。
思いは巡る。
確かに相川さんの呪いの噂が、以前からあったのは事実だ。そして、そんな噂を気にせず、天野さんを含めた私達が、相川さんとよく一緒に居た事も事実だ。
その天野さんが謎の自殺をしてしまった。
理由が分からない。
だから、呪いの所為だ。呪いが伝染したんだ。二つの事実が線で結べる。
…………。
でも、それは偶々、二つの事実が一見、関連してるように合わさっただけだ。そんな事で、それが原因になるのなら、あらゆる科学の法則は必要ない。
ゾンビが甦るのは、人を仮死状態にさせる毒薬の効果で、それと同じ成分の化学薬品を用いれば、呪いの儀式なんかしなくとも、それは起こるんだ。
呪いの儀式が原因で、人が仮死状態になる訳じゃない。
それなら、もし、私が相川さんの呪いを信じるのなら、それに見合った事実が必要になってくる。つまり、呪いが実在するかどうかという、事実だ。
それは、マイナスのプラシーボ効果だとか、そういったモノではなく。本当に、世間一般で言われている、いわゆる呪いが、実在するのかどうか、とかそういった話だ。
馬鹿馬鹿しい。
私は、再びそう思い直した。
そんな方向から、天野さんの自殺を考えて、正しい結論がでるわけない。私の理屈は何処かで破綻している。
視線をちょっと辺りに泳がした。
何となく、周囲の目が気になったんだ。そんな事を本気で考えている自分が、恥ずかしかったのかもしれない。
すると、そこでトボトボと歩く、深田君の姿が目に入った。
大人しい子で、クラスでもほとんど存在感がない、目立たない人だ。
確か彼は、放課後に教室に戻って、偶々、天野さんの自殺と遭遇してしまって、そのまま気を失った、実質上の、第一目撃者だと聞いている。
私は、今さっき打ち消した自分の考えが、また急速に膨れ上がってくるのを感じた。
彼から、何か話を聞き出せないものだろうか?
私は例え呪いじゃなくても、何かヒントが見えるかもしれない。それを理由に、思いきって深田君に話し掛けた。