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2 さみしがりやのテーゼ-2

「どうしたら、いいかしら?」

 吉田君と神谷君は、きょとんとしている。

 学校、昼休み。私は結局、この二人にその事について相談したのだ。だって、他に相談するのに適当な人材がいなかったから……。

 二人は、しばし硬直していたが、やがて呆れた様にゆっくりと口を開いた。

 まず最初に発言したのは、吉田君だ。

 「そんな事、僕達に相談したって仕方がないよ」

 それは、そうかもしれない。

 次に神谷君が言った。

 「まず、その一年生にもっと詳しく話を聞いてみるのが先なんじゃないの」

 それも、そうかもしれない。

 「でもね……」

 私は困りながらも、口を開いた。もちろん、何にも考えていない。

 「本人に聞いて、素直に本当の事を話すとは思えないのよ。下手に刺激して、警戒されても困るし」

 それで、適当にそんな事を言った。

 すると、吉田君は

 「でも、僕らに相談したって、何にもならないよ。情報が少なすぎる。君が、何をしたいのかも分らないし」

 と、返してきた。私は、それならと説明をする。

 「私は、ただ、あの子があのままで本当に安全なのか知りたいだけよ。もし、安全だと分れば放っておくし、危険だと分れば、忠告するわ」

 吉田君は、私のその言葉を聞くと、ため息をついた。そして、

 「それなら、これまでだけの話から判断するなら、その深田君は安全だと思うよ。だって、その精神病の患者だと思われる女の人は、病院の外に出て行ったんでしょ。外出を許されてる人が、そんな危険な人だとは思えないよ」

 「確証は…?」

 「ないよ。だって、たったこれだけの話じゃ、そうとしか判断できないじゃないか」

 吉田君にそう言われて、私は何も言う事ができなかった。確かに、吉田君の言う通りかもしれない。

 ところが、吉田君は、私が何も言えずに、ただ黙っていると、

 「うんっ、まてよ」

 と、唐突に言葉を発し、勝手に何かを考え込み始めたのだ。

 「もしかしたら………、それって、ここら辺の精神病院だよね。場所は?」

 私が場所を簡単に説明すると、吉田君は

 「まだ、可能性があるという段階の話だから、何にも言えないけど・・」

 と、何かを説明しかて、途中で止め、

 「いや、これはやっぱり相談する相手を間違えている。これを相談するべき相手は、僕らよりかも、根津先生の方が良い。あの人の方が適任だよ」

 と言ってきた。

 根津先生?一体、どう言う事だろう。吉田君は何を知っているんだ?

 私はその事について、更に吉田君に質問しようと思って、止めた。これ以上は、何も説明してくれないような気がしたから。

 ところが、その事について神谷君も疑問に思ったのだろうか、私の代りに質問をしてくれた。

「根津先生?どうして、あの人が出てくるんだ?何の関係があるんだよ」

すると、

 「関係って、あの人、生徒指導の先生だろ。そう言う事は、教師の役目だよ」

 吉田君は澄ました顔で、そう答えた。

 何だ、そんな事か。ところが、私がそう思った瞬間、吉田君は神谷君の方だけを向き、また、謎の言葉を吐いたのだ。

 「それに、前回は僕が押し付けられたからね。今度は、反対に僕が押し付けてやろうと思って」

 吉田君は、そう言いながら何だか悪賢そうに笑っていた。

 本当に、何の事だろう?

 まったく訳が分らない。変な人だ。

 私は次の日の昼休みに、吉田君に言われた通り、根津先生に相談するため、生物実験室へと向かった。

 根津先生は、いつもと同じ様に準備室の方でお茶を飲んでいた。どうやら、既に食事は取り終えた後らしい。

 私は先生の後姿に向かって

 「今日は」

 と声を掛けた。

 先生は、振り返り私を見ると、にっこりと微笑む。そして、

 「やあ、今日はいつもより早いね」

 と言った。

 私は、

 「実は、今日は先生に相談する事があって、いつもより早く来たんです」

 と言い、先生の近くの席に腰を下ろした。

 「相談?どんな事について?」

 先生は相変わらず笑ってる。私は、その笑顔に安心して、正直に全てを話す事にした。

 すると、何故か最後の方のくだりで、先生の表情は急変した。穏やかさがなくなり、凍りついたような真剣な顔に。そして、

 「この相談事、僕の所へ持ってきたのは、君の判断じゃないね」

 と、静かに言った。

 先生の表情に怒りは感じられなかった。ただ、その表情は、酷く冷たく、私は少しだけ恐かった。

 「一体、誰に言われたのです?」

 「あの、2の1の吉田君にですけど」

 「はは、そうだと思った」

 何故か先生は、そう呟くように言うと、またその表情を笑顔に戻した。

 二人は、どういう関係なんだろう?

 それから、先生はこう訊いてきた。

 「吉田君は、その事について何か言っていませんでしたか?」

 「ええっと、何か思い当たるような事がある素振りをしてましたけど、何も。ただ、先生に相談する方が良いって」

 「なるほど、やはり彼も気づいていたのか、面白い事をやってくれるよ。でも、これだけじゃ、何も確証はない。久留間さん、申し訳ないけど、僕は相談には乗れません」

 先生は、まるで独り言のようにそう言った。

 何だか訳が分らない、けど、何となく吉田君と根津先生の駆け引きの代弁に使われてるようで、厭な気分になった。

 私は、少しイライラしながら、生物実験準備室を出ると、その足ですぐに吉田君の所に向かう。

 「どういう事!?」

 机を叩きつける。

 吉田君は、珍しく神谷君と一緒ではなく、教室で一人でマンガを読んでいて、上目遣いで私を見た。そして、

 「どうしたの?あの先生、やっぱり君の相談を断ったの?」

 と、尋ねてきた。

 「そうよ、断られたわ。あなた達、一体どういう関係なのよ。こっちは訳が分らないわ」

 私は、怒りながらそう喚く。

 吉田君は苦笑いを浮かべつつ、「それならこう伝えればいいよ」と言って「話に出てきた女は、やはり出雲真紀子だったと伝えるんだ」と、また訳の分らない事を説明した。

 それでも尚、私が、「意味が分らないわよ!」と怒って言うと、吉田君は平気な顔で

 「ああ、それから、どうやって調べたかを聞かれたら、昨日の内に電話で調べたって言ってね。外出を許されてる女の患者で、その時間帯に頻繁に抜け出すのは一人しかいなかったって」

 と、私の発言を無視して、自分の説明の補足をしてきた。なんて、マイペースな奴なのだろうか。私は呆れて、それ以上、問い詰める気をなくした。

 私は、少々癪だったけど、今一番大切な事は深田君の事を何とかする事だと思い直して、もう一度、根津先生の所へ向かった。

 根津先生は、まだ相変わらず生物実験準備室に居て、私を見ると、今度は笑顔じゃなくて困った顔をした。

 「まだ、なにかあるの?」

 先生がそう尋ねてきたから、私は今、吉田君に言われたばかりの事を話した。どうやって調べたのかも、吉田君の言う通り尋ねてきたので、これも吉田君に言われた事をそのまま言った。

 すると、根津先生は、いよいよ困った顔をして、

 「どうやら、教師として、どうしてもこの問題に取り組まなくてはいけなくなったみたいだ。不確かなままなら、誤魔化すつもりだったのに、吉田君は用意周到だ」

 と漏らした。

 どうやら、吉田君から伝え聞いた話だという事はばれているようだった。

 「さてと、久留間さん。その情報が正しいとするなら、どうやら、その深田君という一年生は、危険な立場にいるかもしれません」

 根津先生は、溜め息を一回漏らすと、吹っ切れた様な表情になり、そう語った。

 (危険な立場?)

 「どういう事ですか?」

 私は、疑問に思ってそう尋ねる。

 「出雲真紀子。数年前、殺人未遂で捕まった女性の名前です。その深田君と一緒にいたという女性と同一人物である可能性が高い」

 「何ですって!」

 私はびっくりしてそう言った。そりゃ、驚く。何なんだ、この急展開は。

 「何で、そんな事が分るんですか?」

 「僕達は、その女性の名前と彼女のいる精神病院の名前を記憶していたんですよ」

 その言葉に私は、またびっくりする。

 「そんな事、いちいち記憶してるんですか?」

 すると、根津先生は首を横に振って、

 「そりゃあ、普通の殺人未遂の犯人なら、僕達だって、わざわざ記憶に留めてはおかない。その出雲真紀子という女性は、普通の犯人とは訳が違うんです。その女性は、日本では珍しい、ある精神病の認定を受けた数少ない人物の一人なんですよ」

 と説明してくれた。

 「ある精神病?」

 「正式な病名はありませんけどね。彼女は性衝動と攻撃性が分化せず同化してしまっているという、敢えて言うなら、性的サディストの精神障害の持ち主なんです」

 私がよく分らないという顔をしていると先生は更に、補足説明をしてくれた。

 「性衝動と攻撃性とは、実は密接な関わり合いがあるものなんです。野生動物では相手を噛みながら、性交を行うという事例が少なくないし、人間だって例えばSMなんてものがまかり通ってるでしょう。彼女の場合、それが極端で、簡単に言うなら、彼女は好きになった相手を殺したくなる、という精神病の持ち主なんです。普通の人間では、攻撃性は性行動を促す材料にはなるけど、それはきちんと分化されているのです。ところが、彼女の場合、それが分化されていないのですね。この原因は、先天的なものと、後天的なもので理由が両方考えられますが、まだよく分ってはいません。とても珍しい病気です」

 私は、何となく理解できたような気になった。何だか、とても生臭い話だ。

 「それで、先生達は彼女の事を覚えていたのですか?」

 「まぁ、そうです。興味深い事例だったから」

 もし、それが先生の言う通りだとすると、確かに深田君は危険かもしれない。あれは、傍目からもデートをしている様に見えた。もし、出雲という女性が、深田君を好きになってしまったなら、深田君を殺そうとするかもしれない。

 「先生、どうしましょうか?」

 「まずは、深田君にこの事実を話して、彼女に近づかない様に説得する事です」

 「でも、深田君は、相当熱が入っちゃってるみたいな感じでしたよ。素直に、この話を信じるかどうか」

 「その時は、その時です。僕は、とりあえず今日にでも病院へ行って事情を聞いてきます。彼女は外出が認められている訳だから、もしかしたら、ほとんど完治しているのかもしれない。それならば、安全のはずです。久留間さんは、深田君の方をお願いしますよ」

 私は、先生にそう言われて、「はいっ!」と返事をした。

 どうやら、大変な事になってきてしまったみたいだ。


 心に傷。

 癒えない傷。

 犯されている、僕は

 救いを求め

 あがく。

 あがく、あがく、あがく

 逃げ出す場所、脱け出す道。

 救いを求め

 あがく。

 あがく、あがく、あがく

 あがく、あがく

 やっと、たどり着いたその場所。


 だって、その人は、優しく笑ってた。


 つらい事からは、逃げたいよ。僕は弱いから……。

 そう……

 世界で一番優しい人と、ベットで一緒に眠りたい。

 言葉なんてなくたって、きっと、きっと、その人の優しさが、僕にいっぱい伝わってくるから……

 ああ、


 深田君は、やはり私の話を信じなかった。

 と、言うより、彼にとってそんな事はどうでも関係のない事なのかもしれない。例え、彼女の過去に何があろうと、その人の存在自体が変わる訳ではないのだから。

 深田君は、彼女が精神病院の患者である事をもちろん知っているのだ。自分から出向いているのだから、それは当たり前だ。だから、深田君はそれを知っていて尚、平気で彼女と会っているという事になる。

 そんな深田君を、その程度の話で彼女と会わないように説得するのは不可能な事だったのかもしれない。

 私は、深田君とあの女の人が一緒にいるのを見たと、正直に話し、もちろん尾行したとまでは言わなかったが、その上で、彼女が精神病の患者である事を告げたのだ。

 すると、深田君は「そんな事、知っている」と言い、ずんずんと私から逃げて行ってしまった。やっぱり、下手に刺激したのは、まずかったらしい。

 それでも、私は深田君の跡を追いかけ、何とか続きを説明したのだが、深田君の耳に届いていたかどうかは分らなかった。

 その後は、深田君に警戒されてしまって、なかなか接触できないでいる。

 根津先生の方は、何だか怒っていた。

 病院に行ってみたところ、どうやら出雲真紀子は、治っているかどうかも分らない状態で野放しにされているらしい事が分かったからだ。

 他の精神疾患に比べ、表面上にその症状はほとんど現われないし、誰かを好きにならないと本当に治っているかどうかも分らない。つまり、検査の方法がない。そして、治療方法もよく分っていないのだそうだ。

 そして、周りには手の懸かる患者ばかりで、出雲真紀子はそれに比べ、とても正常に見える。病院側としては、そんな彼女を無理に閉じ込めておく理由はないと、そう判断を下したらしい。自分達の手間を省くためだ。

 その結果、出雲真紀子は定期的に行われる心理テストとカウンセリング以外、一切治療も検査も行われておらず、しかも、病院の受付で簡単な手続きをするだけで、自由に外出も認められているのだという。つまり、ほとんど野放しにされている状態という訳だ。

 実際、出雲真紀子は入院して以来、一度も問題を起こしていないし、心理テストの結果もほとんど問題ないらしい。罪状も、殺人未遂と大した事はなく、その境遇になるのは妥当な判断だと思われた。

 しかし、

 根津先生は怒っていた。

 それでは、何ら彼女の安全性は証明されていない。と、主張して、

 根津先生に拠れば、確かめる方法はいくらでもあるし、彼女の心理分析はもっと念入りにやらなくてはいけないのだそうだ。毎日の生活を、もっとちゃんとチェックしなくてはいけない、とも言っていた。

 ただ、そう主張する先生の姿は、私の目には、出雲真紀子を患者ではなく、研究対象として観ている、マッド・サイエンティストの様に見えた。

 もし、私が出雲真紀子だったら、先生が言うような待遇はいやだろう。

 私は、ほとんど知らない出雲真紀子という女性に、少しだけ、同情をした。

 しかし、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。深田君は依然、その出雲真紀子によって、危険な立場にいる可能性があるんだ。

 私が「どうしましょうか?先生」と、尋ねると、先生は

 「一応、病院の方には忠告しておきましたけど、効果はあまり期待できない。あそこの先生方は、きっと心情では出雲真紀子を正常な人間だと思ってるよ。まぁ、実生活を送る上では、確かに正常な人間なんですけど」

 と言って、溜め息を漏らしそれから、

 「後は、深田君の方に何かしらの働きかけをするしかありません。それと、深田君の様子も細かくチェックする必要があります。これは僕ではやり難い、だから、任せましたよ、久留間さん」

 と私に指示を出してきた。

 「えっ……?」

 そう言われて、私は動転してしまう。

 しまった!私は深田君に警戒されてしまっているのだ。今現在の立場では、深田君への働きかけは、無理かもしれない。どうしよう……?

 そして、その次の日の休み時間、結局、困った私はまた吉田君に相談しに行ってしまったのだった。

 吉田君に、これまでの経過をだいたい話す。

 吉田君は、面倒くさそうな顔をして、

 「それで、久留間さんは、何かやったの…?」

 と尋ねてきた。

 私は、

 「深田君と同じクラスのハンドボール部の後輩に、様子を見てと頼んでおいたわ」

 と説明をした。すると、吉田君は

 「そんな、便利な事ができるならもっと前からやれば良かったのに、もっとうまい、深田君への接触の仕方があったかもしれない」

 と残念そうに言った。

 「でも、過ぎ去った事を言っても、しょうがないでしょ。現状は、こうなっちゃったのよ」

 私が、開き直ってそう言と、吉田君は、ポリポリと頭を掻きながら

 「うん、まぁ、そうだねぇ」と言い、何かを考え込むような仕草をする。そして、

 「深田君の父親とは、まだ話をしてないの?」

 と尋ねて来た。

 「それが、接触できないのよ。どんな時間帯に家に帰ってるかも分らなくて」

 私が、そう答えると吉田君は、うーん、と唸り、今度はこう尋ねて来た。

 「その深田君はさ、大人しい人なんだよね。それで、父親も無関心。母親はいない。友達も少なそう。一見すると、気の弱い、守りたくなるようなタイプ、かな?」

 「ええ、そうもしれないわ」

 私はそう応える。

 「なら…、」

 すると吉田君は、ちょっとだけ顔を明るくして、

 「そんなに心配するほどの事でもないかもしれない」

 と言った。

 「何で?根拠は?」

 私は不思議に思って、そう問い質したが、吉田君はなにも答えてくれなかった。ただ、最後に、

 「一応、その深田君の日記みたいなものがあったら、チェックしといた方が良いかもね」

 と、アドバイスをしてくれた。

 結局、あまり役には立たなかった。吉田君に相談すると、いつも、こんなだ。訳の分らない事を言って、私の謎を多くする。

 私は、日記みたいなものを何か深田君が書いていたら、報せてくれと、後輩に頼んでおいた。

 数日後、

 その後輩から報せがあった。

 どうやら、深田君の机の中に、日記の様なものが入っていたというのだ。

 しかし、それを発見したという事は、勝手に他人の机の中をあさったという事か、結構、大胆だな私の後輩。

 その日の放課後、私は深田君の教室に行き、その日記らしき物をその後輩に見せてもらった。

 それは、手帳の様なミニノートで、なにやら細かい文字がたくさん綴られていた。

 後輩は、じっくりとは読んでいない、と言う。

 私は、少し緊張してそれを読み始めた。

 それは、本当に日記らしき物という表現がぴったりの代物で、日付は一応記されてはいるものの、それはとびとびで、書かれている内容も、淡々とした記録から感情的な意味不明の文章まで様々だった。なかには、イタズラ書きの様なモノまである。

 私は、ぺらぺらとページをめくり、つい最近の日付を見つけた。

 それを読んでみる。

 そこには、その人、恐らく出雲真紀子であろう女性との出会いの体験が記してあった。私は、やっと目的の内容にたどり着いたと、それからのページをあさり読む。そして…………、

 「ねぇ、今日、深田君はどうしたの?やっぱり、もう帰っちゃった?」

 私は後輩に慌てて、尋ねる。

 「いえ、実は今日、深田君、早退したんです。て、言うか、朝来て、その日記みたいなものを机に仕舞っただけで、そのまま帰っちゃったんです。先生にも何も言わないで」

 「なるほど、だから、あなたはこの日記に気が付いたのね。つまり、深田君は堂々と、隠さずにこの日記をここに仕舞った…。まるで、誰かに気づいて欲しいみたいにして…。ねぇ、今朝の深田君、何か様子おかしくなかった?」

 「はぁ、そう言えば、いつもとは態度が微妙に違っていたような……。でも、普段から深田君、あまりみんなと会話しなかったから、よくは分りません…」

 「大変だわ!」

 私は、後輩の言葉を最後まで聞かずに駆け出していた。

 根津先生に、この事を伝えなくちゃいけない。もしかしたら、もう手遅れなのかも……


 深田君の日記に書いてあった、最後の一行。


 今日は、すべてが終わる日だ。


 深田君は、既に知っていた。ずっと前から、知っていた!


 彼女からの告白を受けた。彼女の過去についての事。そんな事は、関係ないよって、言ったのに、彼女は自分が精神病院へ入ってる訳を僕に教えてくれた。

 それで、その話を聞いて、僕の頭にある欲望が浮かんだ。


 日記の最後に書いてある。


 今日は、すべてが終わる日だ。


 根津先生は、私の話を聞き、日記を読むと何かを思いついたのか、可能性は少ないですが、と呟き、出かける準備を始めた。

 何処に行くつもりなんだろう?


 彼女に、殺されるための旅に出た。

 大切な日だから、晴れた日にしようって、二人で決めて

 僕が死ぬための旅に出た。

 大切な事だから、次の晴れた日に、旅立とうって、二人で決めて

 彼女は、僕に、彼女の事について、語ってくれて、

 彼女は、僕に、それでも良いかって、聞いてくれた

 だから、僕は、それでも良いって、笑って応えて、

 僕は、彼女に、僕の事についても、聞いてもらった

 それなら、そうかもしれないわね、と

 彼女は言って、

 僕は、彼女の愛を受け入れる事にした

 二人で、決めた本当の事だ。

 僕は、その日、初めて学校をずる休みした。二人で、電車に乗って、海まで行った。何にも言葉何てなくたって、僕らの間で、確かに気持ちは通じ合っていた。

 僕らは、何だか似てるんだ。

 久留間さん。

 久留間さんは、どうやってか、僕らの事を知ってしまったらしい。変な心配を懸けさせちゃった。押し付けがましい、親切ではあるけど、感謝くらいはしないといけない。必死に、僕の跡を追い掛けて来てくれた。

 でも、

 あなたは、やっぱり分っていない。

 あなたの必死な表情は、僕には伝わらないんだ。

 だって

 だって、その人は、優しく笑ってた。笑ってたんだ。

 海辺。

 そこにある廃屋。

 僕らは、しばらく色々な処を散歩して、その廃屋に入った。

 二階建ての、ボロボロのそこは、彼女の思い出の場所。何て素敵な僕の死に場所。

 上の部屋に上がると、そこからは海が見えた。

 気持ちの良い、ブルーだ。

 彼女は、刃物を取り出して、手に持った。

 僕は、それが嬉しくって感動した。

 僕は、彼女の中で、確かに必要な、重要な人間で、愛されてるんだ。

 意味の有る存在。

 価値が与えられた。


 ああ、僕はここに、確かに存在している


 僕は、彼女の過去を聞き、激しい歪んだ情欲に取り憑かれた。

 彼女が殺人未遂を犯した男に嫉妬して、僕はそれ以上の愛を彼女から望んだ。つまり、完全な人殺し。

 彼女は、それでもいいの?と何度も尋ね。僕は良いんだと、にっこり笑った。

 彼女は戸惑った様に、顔を強張らせたけど、その後ゆっくり笑って見せた。

 そうね、このまま生きていたって、私には何にも無いわ。どこで、どう歪んだのか知らない。いろんな場所が間違っていた。私は、内気で大人しかったのに、自分の身を守る本能は、やっぱり凶気と紙一重だったのね。

 いいわ、あなたを殺してあげる。

 精一杯のあたしの愛で、あなたを思いっきりたった殺してあげる。

 それが、あなたの望む事なら、私はそれを躊躇しないわ。

 あなたの苦しむ姿を見つめ、

 それで、悦びと哀しみを感じてあげる。

 そして、また、この世を呪うのよ。大っ嫌いなこの世の中を、自分自身を含めたこの世の全てを………


 あなた以外のこの世の全てを。

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