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3 死亡動機X-15

 あの事件から、しばらくが経った。

 崎森君の怪我は、順調に回復しているそうで、田村さんがその事を喜んでいた。

 相川さんの噂話は、その後もなくなった訳じゃないけど、木垣さんや、水島君。それに田村さんも気にせず相川さんと遊んでいて、なんとこの僕も、最近では時々、皆と一緒に遊ぶ様になっていた。まだ、少しぎこちないけど、だんだんと馴染んできている。

 雨降って、地固まる。と言うけれど、今回の事件を経験したおかげで、皆の結びつきは強くなったみたいだ。

 ただし、それは田村さんが逮捕されなかったからだろう。もし逮捕されていたらどうなっていたのか、考えただけでも厭な気分になる。

 本当に、幸村先生に感謝したい。 ところで、最後に幸村先生が言った言葉の真意だけど、今だに僕はそれを聞き出せないでいた。考えたって分からないし、謎は僕の中で深まるばかりだ。

 ほとんど、無関与だった先生が、なんで事件の加害者なんだ?それとも、あの言葉の意味は、やっぱり単にこの事件の性質を指し示していただけなのだろうか?それにしては、先生は妙に自分自身の罪を強調していたような気がする。

 どうにも僕は、気になっていた。

 そして、だから僕は今日も、先生の居る司書室を訪れていた。先生の言った言葉の真意を探る為だ。

 「先生。あの、この前に先生が言っていた、事件の加害者は、人間関係全体だっていうのどういう意味なんですか?僕にはいまいち分からなくて、ずーっと気になっていたんですけど……」

 僕は直接的にではなく、間接的に話を持ちかけた。直接尋ねたって、どうせ話してくれないと思ったからだ。

 幸村先生は相変わらずに、何か書き物をやていて、机に向かったままの姿勢で、その僕の問いに答えた。

 「ああ、あれかい。あれはそのままの意味だよ。世の中には、個が集まって全体が形成されるという方向だけがある訳じゃなく、全体が個人を形成しているという方向も存在するからね。今回の事件では、誰かが悪意を持って何かをした訳じゃない。皆、自分以外の要因があって、それに突き動かされていただけだ」

 難しすぎる。分からなかった。

 「あの…、よく分かりません。もっと分かりやすく……」

 僕がそう言うと、先生は机から目を離し、寝惚けた視線を僕に向けた。そして、

 「うーん、面倒くさいな。簡単に言えば、君達個人の行動を左右していたのは、君達全体の人間関係、小社会全体だったって事さ。例えば、相川さんの呪いの噂話なんか無ければ、彼女は田村さんに事実を伝えようとはしなかっただろうし、水島君だって、この学校みたいな他を受け入れない性質を持った場所じゃなけりゃ、自分の体の秘密を暴露される事をそんなに恐がる事もなかったろう。つまり、この事件は、そういう状況を創ったこの学校全体が加害者だ」

 これは、僕が聞きたい答えに近い説明なような気がする。後、一押しで聞き出せるかもしれない。

 「なら、僕も加害者ですか?」

 だから、僕はそう尋ねて先生を揺さぶった。

 「そういった意味じゃないよ、深田君。君なんか、どう考えたって集団の犠牲者でしかないじゃないか。犯罪者を生むのは、社会だとか、どっかの偉い犯罪社会学者が言ったそうだけど、そんなような意味かな?まあ、適当に納得しといてくれよ」

 先生は、本当に面倒くさそうにそう言った。でも、その言い方にはまだ別の感情が、隠されている様に思えた。先生は、この話題に触れられる事を嫌がっている。

 「でも……、最初の天野さんの自殺は、社会の影響を受けている訳じゃないんじゃないですか?個人と個人の感情の縺れが原因じゃないですか…」

 僕は、先生のそんな態度を無視して、そう尋ねた。もう先生の事を探ろうとか思ってる訳じゃなく、本当に疑問に思ったからだ。

 「そう…、思うかい?深田君」

 「はい…」

 「なら、どうして、自殺は文化によって発生率が違うのだろう?僕が前に説明したよね、自殺は文化による本末転倒が原因だって。今回の事件で、自殺しようとしたのは、天野さん、田村さん、相川さん、水島君、もしかしたら崎森君も…。これがただの偶然だと思うのかい?この学校が抱え込む文化は、自殺が起き易いんだよ」

 「つまり、先生は天野さんが自殺したのもこの学校の所為だと?」

 「うん。もちろん個人的なファクターもあるが、そんなモノはこの世の中で、どこにでも転がってるさ。切っ掛けにすぎない。自殺は文化だ、だから、流行る。だから、今回の事件で皆は連鎖的に死のうとしたのさ。そしてこの自殺というモノ"生存のためにある自虐の本能と文化の死に対する悲劇的意味付けが引き起こす本末転倒"を打ち破るには、死の意味付けを変えてやる必要があり、また自虐の本能を、本来の役割、つまり自分を調整し成長させるという役割に戻してやる事が必要だった。だから、僕はあそこで死を逃避の手段だと言い、そして悲劇的な過去を語り、或いは語らせ、精神のカタルシス効果を引き出したんだ。だから、皆よく泣いていただろう?」

 僕は驚いた。

 「あれは、計算された弁だったんですか?」

 「何も驚くほどの事じゃないさ、あそこには悲劇を創り出すだけの条件は、充分に揃っていたんだから…。それに、映画や小説、漫画。人は容易に悲劇を創り出すよ、そして、それで人々に影響を与えられるんだ。僕はあそこに、活きる事を前提にした上での"被害者の優越"が流行る場面を創り出して、カタルシス効果を起きやすくした。あの中で、形成された小文化は、そういう性質のモノだったのさ」

 「文化?」

 「そう、文化が生み出してしまったモノは、文化によって消去する…。人間は早く自分達の社会の改良技術を身に付けるべきだ。仕合せになる、という目的の元にね…」

 先生は、そう言って講義を終わりにしようとしていた。しかし、僕にはここでまた新たな疑問が生じていて、僕はその疑問を晴らしたくて仕様がなかった。だから、ここで講義を終わりにして欲しくはなかった。だから僕は、無理矢理に

 「でも先生。社会の影響を受けてというのは、他のどんな犯罪にも当て嵌まりませんか?今回の事件だけじゃないですよ」

 と、先生に疑問をぶつけてみた。

 すると先生は、当たり前の様にそれに対して、こう答える。

 「そうだよ。なんて言うかな犯罪、否、社会の規則を破る事件が発生するのには、常に全体からの、社会からのファクターが関係してる。何故なら、規則自体を創っているのがそもそも社会であり、その規則は常に完璧なモノでは有り得ない、だから、問題が発生する。そして、その問題こそが犯罪のある面での正体だ。そして、社会はその問題を解決するために身悶える訳だ。それがあまりに大きいと、革命や戦争へと発展する。分かるかな、深田君。個人的な事件でさえ、社会と個人とのギャップが生み出しているモノに過ぎないんだよ。何故なら、個人の活きる目的を形成するのは、つまり価値観を形成するのは、個人のファクターだけが有る訳じゃない。社会というファクターも、かなり重要な役割をしているのだから。そしてそれを是正する為に、社会には常に己を変容させようとする負荷がかかっているんだ」

 僕はそれを聞いて、前に聞いた説明に似ている、と思い言った。

 「なんだか、自殺の説明と同じ様な内容ですね」

 すると、先生はあっさり

 「そう、その通り、同じ内容だよ」

 そう認めた。

 僕は、訝しげに思い尋ねる。

 「どういう事ですか?」

 「僕は以前に、自殺の要因である自虐の心理は、環境の変化に対応する為に自分を変える為のモノだという説明をしたよね、深田君」

 「はい」、僕は頷く。

 「憶えていたかい、いいだろう。なら、気付かないかな?これは、何かに似てるんだ。よく、考えてくれ、環境に適応するのは、何の為だ?さんざん、僕が言ったよね」

 僕はちょっと考え言った。

 「活きる……為、ですか?」

 「その通り、生き残る為だ。そして、この世の中で、人間は生き残ろうとする性質を持った物の事を何と呼ぶかな?」

 「生きる物……?生物?ですか…。そのままの意味だけど…」

 単純にそう考える。そして、僕はその事から連想して、先生の最初の問いかけを考えた。何かが、分かりかけてる。

 「そうかっ!生き残るための環境適応、これは進化と同じですね、先生!」

 僕は思わず、解答が得られた事に対する喜びで、声が大きくなっていた。

 すると、先生は

 「まあ、正確にイコールで結んで良いかは、分からないけど、その通りだ」

 と、冷めた言い方でそう答えた。そして、更に

 「それでね、深田君。この"生きる"というやつは、根本的にはどんな性質の事を指し示しているのだと思う?」

 「さあ?分かりません」

 「僕はね、単に現状を維持する、今の形を保持する性質の事だと思うんだ。ところが、熱力学第2法則、エントロピーの増大があるから、それはかなわない、壊れてしまう。だから、生命は苦し紛れに自分の複製をこの世に残す。つまり、子孫を残す」

 また難しい発言が出た。何となくだけど、理解はできる。

 でも、なら、

 「先生、だったら"死"はどんな事を意味してるんですか?」

 僕は疑問をぶちまけた。不可解な点があるからだ。

 すると、先生は含み笑いを浮かべながら、

 「うん。良い質問だ。"生"が保持する性質の事なら、"死"の根本は変化する、という事だろう。生物は、変化しない為にがんばってるんだ」

 と、答える。

 僕は困惑した。先生の返答が予想通りであった為、不可解な点が消えなかったからだ。

 僕の困惑に、先生は端から気付いている様だった。必死に考え込む僕を、楽しそうに眺めている。

 そして、

 「その通りだよ、深田君。君の考えている通りだ。矛盾してるね。先の環境適応の話と合わせると、生命は、自らを保持する為に、自らを変化させる、という事をしている事になる。そして、それは、極論を言えば、生きるために死ななくてはならない、という事を意味しているんだから。だがね、深田君。これは、恐らく真実だよ、生命はそういう矛盾を根本的に抱えているんだ。そしてだから、その性質を人間も、そして、その延長線上にある社会も、同じ様に抱え込んでいる、という事になる。だから、個人の自虐の心理も、社会の自ら変異するという性質も、ほとんど同じ事なんだ。自己相似だよ」

 と説明してくれた。


 「生きるために、死ぬんですか?」


 僕は、先生のその説明で、そのフレーズだけを妙に印象的に胸に刻み込んでいた。

 「ああ、その通りだ」

 先生は、応える。そして、不安そうな目になって、こう尋ねてきた。

 「君は、もう大丈夫だろうね」

 どんな意味で、先生がそれを言ったかは分かってる。僕が死なない様に……。

 「大丈夫ですよ」


 僕は応える。


 「だって、生きる為に死ぬんでしょ?僕は、もう死んだから、後は生きるだけです」


 そして、思いっきり笑ってやった。


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