3 死亡動機X-13
やっと、天野さんの自殺の理由を、しっかりと聞く事ができた。
私は、こんな事実が知りたくて苦しんでいたんだ。馬鹿馬鹿しい。人間は、人付き合いの中で、誰でも隠し事の一つや二つくらい持っている。一緒に居て、笑い合える。その事以上に、何を私は天野さん達から、友達から、望んでいたんだろう?秘密を知ったって何も変わらない。それで、皆が傷つくなら、そんなモノ知らない方が良かったんだ。
幸村先生が、ようやく、次の事件。崎森君の事故の話をし始めようとしている。水島君に、彼が崎森君に何を告白したのか聞こうとしている。
「…それは、何も崎森君を選ぶ、という意味ではなかったんだろう?だから、君は崎森君にその事を告白したんだ」
水島君は、応えた。 「はい。僕の本当に好きな相手は、他にいたんです。僕は、その事を散々悩んだ挙句、結局、崎森君に伝えました。崎森君は、酷く怒っていました」
それが、私が田村を訪ねて偶然、生徒会室に立ち寄ったあの時だ。あの、妙に深刻な雰囲気は、その所為だったんだ。
「それは、天野さんの葬式の次の日だね。だから、その日に崎森君は、深田君の事を殴ったんだ」
幸村先生がそう言った時、深田君は真っ赤な顔をして下を向いた。水島君が好きな相手は彼なんだ。照れている。
少し、意外だった。
「普通なら、そこに居る木垣さんがそうだったように、その崎森君の行為は、天野さんの自殺の事を責めて、と考えるでしょう。しかし、それが嫉妬であるという事に気付けた人物が、水島君の他にもいたんです。それが、相川さんだ。相川さん、話をしても大丈夫かな?」
相川さんは、相変わらずに哀しそうな顔をしていて、それを聞くと
「大丈夫です、先生。私にも、兄と同じ様に自分から、話させてください」
とその問いかけに答えた。
私は、その発言に多少驚いた。
彼女の奥には、どんな感情が埋まっているのだろう?自分の口から話そうとするとは、私は思っていなかった。
「先生が言った様に、私は崎森君が深田君を殴ったのが、嫉妬である事を見抜けていました。何故なら、私は彼らの恋愛関係にしばらく前から気付いていて、水島君、兄にその事を問い詰め、知っていたからです…」
その発言に木下先生が、また驚きの声を上げた。
「ちょっと待って、兄って、あなた達、兄妹だったの……?」
見ると、木下先生だけじゃなく、浅野刑事や深田君も驚いている。当然かもしれない。
「……はい」
相川さんは辛そうにそう答えた。
そして、黙って水島君を見る。水島君は、何も言わなかった。
傷があるんだ。二人とも……。
私は、既に相川さんから告白を受けているから、知っているのだ。
「水島君。相川さん。僕の方から説明してしまって構わないかな?」
幸村先生が、口を開いた。堪り兼ねて、といった様子だ。
二人とも、無言で頷く。
幸村先生はそれを受けると、再び語り始めた。
「二人は、先ほど相川さんが認めた通り、兄妹なのです。しかも、双子の」
幸村先生は、一端そこで切ると、相川さんと水島君の様子を見た。心配をしているんだ。
「もちろん、彼らが、別姓を名乗り、その事を秘密にしているのには訳があります。彼らの親は、実は、兄妹なんです。つまり、二人は近親婚によって生まれた双子なのです。しかも、二人は両性具有だった。近い血縁で、子を成した場合、先天的に異常を持って生まれてくる場合が多いと言われていますが、それでもこれは凄い確率だ。当時は随分と話題になったようです。僕は、司書教諭をやっていますから、偶然、その資料を図書室で見つけた事がある。だから、知っていたんです、はじめから二人が双子であるという事も、両性具有であるという事も」
そこまでを話し、幸村先生はまた、相川さん達二人の様子を確認した。相川さんと、水島君、二人はただ黙って耐えている。
「もちろん、この二人には何も罪などない。しかし、それでも当然、世間は好奇の目で彼ら親子を見る。彼らの家族はそれを嫌がり、二人の親である兄妹と共に、相川さんと水島君を引き離したのです。もちろん、近親婚は人間社会の中で禁忌的なモノだから、仕方なかったのでしょうが…。それから、彼らの親はそれぞれ違う異性と結婚し、それぞれ別の姓を名乗った。幸運な事にお互いの配偶者はとても理解のある人達だったようだ。過去の事実など気にせずに、両家庭とも普通の生活を送る事ができたそうです。そして、月日は流れました。兄妹である二人の親は、それぞれが結婚した後も、まるで友人の様な関係になり、仲が良かったそうです。そして、相川さんと水島君もそれは同じだった。そして、ある時、つい最近ですが、ほとぼりが冷めたと判断した両家庭は、相川さんが近所に住む事を認めたのです」
幸村先生が語った事は凡そ、相川さんが告白してくれた事と同じだった。でも、正確には同じじゃない。先生は、まだ言っていない事がある。仲が良かったとはいえ、自分達が近親婚で生まれたという事実は、相川さん達にとって辛い事だ。忘れたい事実なんだ。それでも、相川さんが引越しを決心したのには訳がある。相川さんの身にある事件が起こったんだ。
「それだけじゃ、ありません」
相川さんは、幸村先生が語り終えると、そう口を開いた。
(!)
まさか、相川さんは言うつもりなのか?
私は、驚いて彼女を見た。
「私が、引越しを決意したのにはまだ、訳があるんです」
彼女は、言うつもりだ、あの辛い出来事を。相川さんは、とても強い人だ。私は、改めて本当にそう思った。
「私は、兄とは違い、もう既に手術を受けていて、今では完全な女になっています。だから、私と兄は似てはいるけど双子とまでは思われていなかった。これは、ホルモンの分泌の違いの影響を受けている所為です。でも、ほんの数ヶ月前までは、私も、兄と同じ様に両性具有でした」
相川さんは、そう言うと深田君を見た。それから水島君を、田村を、そして最後に私を見た。
「その事は、私も兄と同じ様にほとんどの人には秘密にしていました。ただ、ごくわずかの心を許せる人間、親友と呼べる人には、その事実を話していました。親友、そう、彼女は私にとって親友でした。私は、親友だと思ってたんです!ところが、彼女は私の事をそうは見ていなかった。彼女は、私の事を、異性として、恋人として見ていたんです。私は、その事に気付いてあげる事ができなかった。私は、完全な女になるための手術を受けました。女として育てられていたし、当然だと思ったんです。ところが、彼女はその後、私の手術が終わった後に自殺してしまったのです。私への告白だけを、遺書として残して……」
相川さんは語り終える。
皆、静まり返った。きっと、何とも言えない感情に浸りつつ、皆同じ事を考えてる。
そうなんだ、相川さんが経験した事は、この天野さんの事件と似ているんだ。だから、相川さんは単に友達を亡くしたという以上に、天野さんの自殺を後悔した。止められなかったと言って泣いたあの発言は、そういう意味だったんだ。
奇しくも、双子それぞれに似たような事件が起きたのは、偶然じゃなかったのかもしれない。二人には、不幸な境遇であるが故の特異なカリスマ性があり、それが人を惹き付け、そしてそれがまた、不幸な事件を招いてしまったんだ。
「でも、それだけで、どうして天野さんの自殺が失恋によるものだって分かったの?それに3人の恋愛関係だって、どうしてあなただけ気付く事ができたのか分からないわ」
重苦しい雰囲気の中で口を開き、それを尋ねたのは、木下先生だった。
相川さんは、それに答える。
「私は、兄が両性具有である事を知っていました。だから普通の感覚では、ちょっとおかしいな、と思う程度の事でも、私には分かったんです、兄達の関係が普通じゃないって事が。それに、兄との会話の中で、私はそれらしき事を聞いていました」
私は、全然気付いてなかった。
生徒会の人達と私との付き合いは、結局のところ、その程度のモノだったんだ。私は、皆といるつもりで、実質的には、田村としか一緒に遊んではいなかったのだろう。
ちょっと、恥ずかしい。
相川さんは、更に説明する。
「それと、天野さんの自殺が、兄にふられたからだと気付いたのは、私も、幸村先生と同じ様に深田君の証言を聞いていたからです。あの日の朝、私は保健室の前で、立ち聞きしちゃったんです、深田君が先生達に話しているのを」
それを聞いて、深田君が言う。
「そういえば、君は僕が保健室を出た時、廊下に居たね」
そうなのか。その後だ、私が訳の分からなくなっている状態で、相川さんに会ったのは…。
「私は、兄達の関係に気付いていながら、天野さんの自殺を止められなかった。また、同じ過ちを繰り返してしまったんです。だから、酷く後悔しました。そして、それと同時に私の中に、兄達を責める感情も生まれたのです。特に、兄には私の経験を話してありましたから、尚更です。私は、兄を問い詰めました。そして詳しい話を聞き、兄の本当に好きな相手が、深田君である事もその時に知ったのです。そして、だから、崎森君が、何にも知らない深田君を責めた事が許せなかった。単なるジェラシーを、身勝手に正当化して…」
あの時の、相川さんの表情…。
私は、思い出す。
複雑な、だけど激しい思いだったんだ。だから、あんな表情になったんだ。
その時、幸村先生が言った。
「相川さんの気持ちは、充分に分かります。その憤りは当然でしょう。でも、僕はここで少し、彼の、崎森君の弁護をさせてもらいます」
田村が、その言葉に少し反応した。今まで、俯いていたのに急に顔を上げた。
彼女にとっては、重大な事だからだ。
「皆さん、崎森君の立場に立って、少し考えてみてください、なんで、彼が深田君に責任を擦り付けるような行動を執ったのか。それは、恐らく、彼がそれだけ罪悪感に悶え苦しんでいたからではないでしょうか?崎森君は、天野さんの自殺を自分の所為だと考えていた節がある。彼が天野さんの自殺の後に、とても落ち込んでいた事からもそれは分かる。これは、木垣さんや他の人も見ているから、確かです。そして、その苦しんでいる最中に、彼は水島君から、自分ではなく深田君の事が好きだという告白を受けたのです」
幸村先生は相川さんをチラリと見た。田村の様子も確認する。
そして、続けた。
「彼は、混乱したでしょう。彼にとってみれば、水島君にふられる事は、辛い事であると同時に、救いでもあった訳ですから…」
「どうしてですか?」
そう質問したのは、田村だった。
田村にとって、今、幸村先生が語っている内容は、私達が考えるよりもっと重大な事なのかもしれない、なぜなら今回の彼女の行動の理由は崎森君にあるのだから。
幸村先生は、答える。
「天野さんの自殺の責任が、自分にはなくなるからだよ、田村さん。しかも、これで崎森君は、天野さんと同じ立場に立った事になる。つまり、被害者の立場だ。そして被害者とは、ある種の優越者でもある。だから、彼は救われた訳だよ。ただ、自分が被害者になるためには、加害者が必要になる。そして、この場合、加害者は自分が前に居た位置にいる人間でなくてはならなかった、つまり、恋愛の勝利者、深田君だ。そして、彼は、だからこそ、被害者として、深田君を糾弾した。それは、むしろ糾弾するのが目的であったというより、自分が被害者であるという事を確認するための行為であったのかもしれない、罪悪感から逃れるための。だから、彼もまた苦しんでいたんだ。それゆえの行為だったんです」
幸村先生は、語り終える。この説明は田村の為にのみ行ったんだ。それが終わると同時に、今度は相川さんが語り始めた。
「でも私には、崎森君の行動は、ただの責任逃れか、嫉妬心に拠るモノとしか写らなかった。だから、私は崎森君を責めた。そして、崎森君は、そんな私から逃げる様にして駆け出し、車に跳ねられたんです。先生の話から考えるなら、あれは、罪悪感から逃げ出すだめの行為だったのかも知れません。そして私は…」
相川さんは、重要な部分をわざと抜かして喋った。田村のためだ。本当なら、崎森君はもっと許せない行為をしている。その部分を、幸村先生と相川さんは、敢えて伏せて喋ったんだ。
実は、相川さんと幸村先生のこの一連の話は、田村のためを思って、予め用意されていたモノなんだ。
確かに、話の通りの心理が崎森君にあった事は事実だろう。しかし、それでも崎森君は、相川さんに対して、許されない行為をしている。相川さんの事を、崎森君は、襲って犯しているのだ。
あの時、私が相川さんのアパートを訪れた時、二人が裸だったのは、その所為だったんだ。
相川さんは、崎森君を責め、そしてそのまま、自分のアパートまで行った。そして、口論が最高潮まだ達した時、崎森君は相川さんに襲いかかって来たのだそうだ。
私が、相川さんを疑った事は、実は全くの正反対だったという事になる。相川さんは被害者だったんだ。私は、とんでもない勘違いをしてしまっていた。
私は、その話を相川さんから聞いた時、彼女に謝った。彼女は、笑って大丈夫だから、と許してくれたけど、多分、大丈夫じゃなかったんだ。私は、そんな相川さんを見ながら、酷く後悔し、反省した。
そして幸村先生は、崎森君のその行為に対しても心理分析を行っている。多分、行動の裏にある情動を説明する事によって、私達の崎森君に対する憎しみの感情を和らげる事が、ねらいだったんだと思う。それは、私達にとっても癒しになる事だから。そして、その心理分析の内容は、だいたいこの様なものだった。
崎森君は、嫉妬心による怒りと、自らの罪悪感を和らげるために深田君を殴った。しかし、その行為を相川さんに非難されてしまった。この状況で崎森君が、罪悪感から逃れるためには、自らの正当性を押し通すしかなく、だとするなら相川さんは、間違った事を主張する悪でなくてはいけなかった。
そして、更に目の前にいる相川さんは、水島君とは双子で生き写しだった。だから、彼にとって相川さんは、攻撃の対象であると同時に、女になった水島君の姿、彼が恋する人物の姿でもあった事になる。
だから、彼の自らの正当性を確かめるための行為は、水島君にふられた事による怒り、また肉欲の感情と重なった。そして、相川さんに追い詰められた事によってその心理は、崎森君の理性の限界を超え、相川さんを陵辱するという行為となって、噴出したのだ。
ただ、これは飽くまで心の一部分での話であって、崎森君にだってそれが不条理である事は理解できる。そして、それを理解、認めてしまった瞬間、天野さんの死と相川さんを襲ってしまったという罪悪感は彼の中で混じり合い、膨れ上がったんだろう。だから、彼は彼女のアパートから逃げ出したんだ。そしてそれが、自殺であるかどうかは分からないけど、その直後、彼は車に跳ねられてしまったのだ。
こんな話の内容は、田村には聞かせられない。だから、二人は伏せる事にした。
それで良いと思う。
私も、それに賛成した。
相川さんは、もうその事に関しては、崎森君の事を恨んではいないと言っている。確かにショックだけど、自分の中の価値観では、それほど重要なことじゃないからって、それに、崎森君は充分に罰を受けたからって…。
ね、彼女は強い人でしょう?
人が、しあわせになる事以上に、重要な事など、この世の中にはない。
相川さんは、それを知っているんだ。
崎森君の事件に関する話は、これで終わりだ。
人は、自分を中心に置いて、世の中を理解しようとする。物や動物、植物の擬人化、天動説、人は神の子、異端蔑視。もちろん、それらの全てが悪い訳じゃない、でも、それは時として、真実を見るためには弊害になる。
真実を知りたいのなら、真実を知る必要があるのなら、とことん無価値に、情報を多く仕入れて世の中を見なくちゃいけないんだ。
その事を思い知らされた事件だった。
そして、ステージは次へと移行する。田村と水島君の自殺未遂の話へと……