3 死亡動機X-10
相川さんが、校舎内にいるなら、きっとどこか人気のない場所にいると思う。あれだけ、辛い目にあったんだ、しばらくは、誰にも会いたくないと思うんじゃないだろうか。それに、この学校内では、相川さんは敵だらけのはずだ。
人気のない場所。
私は、走った。 生物実験室や保健室を巡り、それらの場所に誰もいないのを確認し、走り、迷い、そして最後に行きついた場所。そこは屋上だった。
私は、屋上へ出るための扉を開ける。
ぱぁっと、灰色の景色が私の目に飛び込んで来る。
曇天模様の空が有り、その下には街が広がっていた。その景色は、けっして鮮やかではなかったし、どちらかといえば、暗く悲しい景色だったかもしれない。でも、それでも私は、感動した。
しばらくぶりに、こんな高い場所から、世の中を見るような気がする。
そして、その灰色の美しい世界の中、私は相川さんを見つけた。
後姿が、私の位置から見える。
相川さんは、ボーッと景色を眺めてた。
屋上を囲む、落下防止のためのフェンス。その一部には、フェンスの外側に出るための扉が付いていて、今日は、何故だかそこが開いていた。よく見ると、相川さんはその扉の鍵を持っているようだった。
(職員室から、持ってきたのかな?)
でも、何のために?私は、悪い予感を覚える。
もしかしたら…
相川さんは、フェンスの外側に出ると、それから下を見て、屋上の端に座り込んだ。多分、足をぶらぶらとさせている。
もしかしたら…
「相川さんっ!」
私は、叫んで相川さんの所に向かって駆けて行った。
相川さんは、こちらを見る。驚いた顔をする。
「木垣さん…」
多分、そう呟いた。
ガシャン。
私は、フェンスに激突した。フェンスの金網を掴み、顔をめいいっぱいに近づけて、私は、フェンス越しの相川さんに向かって話し掛けた。
「相川さん。何をしようとしてるの?私、相川さんの事が心配で、探してたんだよ。相川さん、どっかに突然行っちゃうんだもん」
相川さんは、顔を前へ向けた。
私からは、相川さんの後姿しか見えない。
相川さんは、
「なんで、私、生まれてきたのかなぁ」
そう言った。
「木垣さんは、普通に生まれてきたんでしょ。他の人と、自分の差に気づいて苦しんだりした事は、ないんでしょ。なら、分からないかな、この感覚は…」
そう語ってから、下を見て、空を見た。私からは、相川さんの後姿しか見えない。でも、多分、この時、相川さんは悲しい顔をしていたんだと思う。
「人と、接するのがね、恐くなっちゃうんだ。そんな経験ばかり繰り返すと。そう学習しちゃうんだ。一所懸命、生きてるつもりだけど、やっぱり不器用なのかな。もう、頑張り疲れたよ……」
「何を言ってるの相川さん?」
私は、恐くなる。
もしかしたら…
「辛いのは、もう、やなの。早く楽になりたいんだ」
その時、ポツリと、涙が降って来た。
てんてんてんと、てんてんてんと、やがて激しく、それは、私達二人の世界を埋め尽くす。
ザァ―――。
「死んだら、負けだよ。本当に、相川さんは呪いに負けちゃうよ。それでもいいの?私は、なんとかギリギリで克てたんだ。その事で、相川さんに謝らなくちゃいけない事もあるし、話を聞かなくちゃいけない事もあるの。だからね、相川さんっ!」
私は叫んでいた。
相川さんは、やっぱりこっちを見ない。それに返す。
「他の人には、分かる訳ない…。私がどれだけ苦しんでるかなんて。勝手な事、言わないでよ!あなたに何が分かるの?私の本当の哀しみも知らないくせに。私は、本当に呪われてるのかもしれない………。なんで、こんな事ばかり起こるの?私の周りには…。運命が、私を殺したがってるのよ!」
激しく降る雨は、私達を濡らしていく。しとどに、しとどに、濡らしてく。涙は、それと混ざり合い、この空間全体が、泣いていた。
「相川さん。確かに私は、あなたの全てを知ってる訳じゃない。でも、それでも少なくとも、私は相川さんを信じられた。噂なんかよりも、色々な分からない事実よりも。私は、相川さんを信じられたんだ。私は、相川さんの事が好きだよ。だから、死ぬ必要なんてないの。恐がらないで、今までが、ダメだったからって、これからも悪くなるなんて決まってない。呪いなんて、ふっとばせばいい!私に話してよ。相川さんが必死に隠してる辛い思い出を。私はどんな事実があったて、相川さんを見失わないから!」
相川さんは、うな垂れて、私の声に何にも返さなかった。
私の叫びは、届いてるのだろうか?
私は、不安になる。
長い沈黙。冷たい雨。カタルシス。
「そんなに優しい事、言わないでよ」
相川さんは、やっと喋った。
「死ねなくなるじゃない」
そう言った。
こっちを見る。
相川さんは、笑っていた。
ホッと、私は安心する。
そして、それから相川さんは急に変な顔をした。その視線は、私を見ていない。相川さんは、私の後ろを、
振る返る。その時、私は初めてその人物がそこにいる事に気が付いた。
傘をさして、メガネが見えた。
「風邪を、ひくよ」
その人物は言った。
「早く、建物の中に入るんだ。二人とも。僕も相川さんの事を探していたんだ。心配していたんだよ」
それは……、幸村先生だった。
私達は、不思議な思いに取りつかれつつ、校舎内に入った。どうして、幸村先生は、私達が屋上にいる事を知ったんだろう?
二人とも、ずぶ濡れだった。
先生は、私達を司書室に連れて行くと、どこからかタオルを持ってきてくれて、おまけにストーブまで出してくれた。
私達は、その前で暖をとる。もう秋だから、雨ももう冷たい。体は結構、冷えていた。
どうして屋上に、私達がいる事を知ったのか質問すると、幸村先生は、こう説明してくれた。
幸村先生は、あの黒板の文字を見て、ずーっと相川さんの事を心配していたのだそうだ。それで、その事を吉田先輩に相談した(なんで吉田先輩なのかは、分からない。もしかしたら、こうゆう問題は、教師よりも生徒に相談した方がいいと判断したからなのかもしれない)。それで吉田先輩は、私の置かれている状況をある程度は理解していたんだ。相川さんに対するクラスの扱いから、私の意志が揺らいでしまったと、推測したんだろう。しかも、私はあの時、とても落ち込んでいた。それで確信したんだと思う。
しかし、その時点では、まだ相川さんがどの程度まで精神的に追い込まれてるのか、幸村先生は理解していなかったという。それからしばらく経って、何故か吉田先輩が引き返してきて、詳しい事を教えてくれたのだそうだ、それではじめて危機感を持ったらしい。もちろん、吉田先輩が詳しい事を知っていたのは、私が駐輪場で吉田先輩に私の体験談を話したからだ。
それで幸村先生は、相川さんを探そうと思ったのだけど、何処を探せば良いのか分からない。ところが、幸い吉田先輩は、私の言動を聞いていたし、行動も見てた。つまり、私が校舎に向かって走って行くのを見てたんだ。そこから、相川さんが校舎内にいるだろうという事が、予想ついた。そして、探しながら偶々、職員室に寄ってみると、屋上の鍵一式が消えている。もしかしたら、と思い、雨が降り出したのを見て、傘を持ち屋上に向かった。そして、私達を見つけた。というのが、幸村先生が屋上に来た、凡その経緯らしい。
幸村先生はその説明を終えると、暖かいスープを持って来てくれた。冷えた体が温まる。幸村先生は、相川さんをじっと見る。私もつられて彼女を見た。
相川さんは、濡れていて、まだ…、まだ悲しい顔をしていた。
私には、分からない。
相川さんの、この悲しい表情の裏には何があるんだろう?
私が、そう疑問に思ったその時、幸村先生は、いきなり驚く発言をした。
「相川さん。僕は、あなたと水島君の関係を知っているし、あなた達の秘密も知っている。そして、それがこの一連の事件に結びついてるだろう事も、大体、察しがついている。ただ、まだ分からない事が幾つかあるんだ。良ければ、君の知っている事を話してくれないかな?」
「!」
相川さんは、目を丸くした。
何も言わない。ただ、横目でチラリと私を見た。
幸村先生は、そして更に言った。
「ついさっき、病院に電話を掛けたんだ。安心していいよ。田村さんも、水島君も、大事には至らなかったらしい。ただ、どうも困った事になっているみたいでね……」
無言になる。
相川さんは、何か必死に思い詰めてる様にも見えた。
「この事件を、本当に解決するためには、どうしても君に話をしてもらはなくてはならないんだ。僕は、その必要もあって君の事を探していたんだよ。このままじゃ、田村さんは犯罪者として捕まってしまうかもしれない。僕は、そんな結果は嫌なんだ。君だって望んじゃいないだろう……」
(えっ!)
田村が!?どういう事?
私には、訳が分からなかった。
ただ、相川さんはその言葉に反応した。ピクリと動く。
「君にとって、それを話す事がどれだけ辛い事なのかは分かっているつもりだ。でもね、相川さん。それから逃げ回っていても、このまま不幸が続くだけだよ。僕は臆病である事が悪い事だなんて言うつもりはない。臆病にしていて、良い結果が訪れる場合もあるからね。でも、今は勇気をださなくちゃ、確実に悪い結果が待っている時なんだ」
幸村先生は、神妙な顔つきでそう語った。
大丈夫だ。
私はその時に思った。
それがやるべき行動なら、相川さんは、語り始めるだろう。彼女は、強い人間だから。
相川さんは、悲しい目のまま、
「…分かりました。お話しします」
そう呟くように言った。
私だって頼んだんだ。
幸村先生は、大きく頷き、言った。
「うん、君の癒しはそこからだ」
相川さんがそれから、告白した内容は、私にとって驚くべきモノだった。