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3 死亡動機X-8

 相川さんが、戻ってきた。

 相変わらず、この待合室の雰囲気は、最悪だというのに、相川さんは戻ってくると、少しだけ、元気になっているように思えた。

 「どうしたの?」

 私は、随分と久しぶりに相川さんに向かって、話し掛けた。いつ以来だろう。

 「深田君は?」

 すると、相川さんは少しだけ、遠慮がちに微笑んで、

 「帰ったわよ」

 と、一言だけ言った。

 何故か嬉しそうだ。

 何があったんだろう?崎森君の、安否もまだ分からないというのに、しかも自分が原因であるかもしれないのに。

 私は、憎しみを覚えた。 疲れていたし、精神状態も普通じゃなかったからだ。

 誰が何処で死のうが、その人にとってみれば、嬉しい出来事はあるだろうし、泣かなくちゃいけないなんて決まりもない。例え、それが知り合いであろうと、それは同じで、誰かが死んだら、悲しい振りをしなくちゃいけないなんて、私が一番嫌いな、エセモラルだ。

 だけど、その時は、本当に憎らしく思えた。

 それから、看護婦さんがようやくやって来て、どうやら崎森君が、一命をとりとめたらしい事を知らせてくれた。

 良かった。

 崎森君が助かった事ももちろん嬉しいけど、私達がここに居れる時間内に、報せが来てくれて良かった。このまま、分からないまま、明日へ持ち越し何て冗談じゃない。

 ホッとした空気が流れ、田村は、また泣きはじめた。今度は、嬉し涙だ。

 相川さんが、

 「良かったね」

 と言って、田村をなだめた。

 私は、それを聞きながら、よく言えたもんだと内心怒りを覚える。

看護婦さんが、今日はもう遅いですからと、帰宅する事を勧めてきた。皆、言われるまでもなく、そのつもりだった、だろう。

 ここに居たって、何にも変わらない。崎森君が良くなるわけじゃないんだから。却って、病院の人達に迷惑をかけてしまう。

 一つだけ気懸かりなのは、結局、水島君が来なかった事だ。一応、電話連絡があって、急病だとか言っていたそうだけど、もしかしたら、朝の事で何か来づらい理由があったのかもしれない。

 刑事さんが、水島君の家まで訪ねて行って事情を聞こうかと悩んでいたけど、犯罪性がある訳でもなく、崎森君の命も助かったという事で、結局皆が落ち着いてから、改めて、という事にしたらしい。

 本当に、崎森君が助かって良かった。

 これで、崎森君が死んだなんて事になったら、悲惨の極みだった。田村には、もしかしたら崎森君の跡を追って自殺するんじゃないか?と思わせるくらいの迫力があったから。

 でも、もし命が助かったとしても崎森君が、これからの一生を、五体満足で暮らせるとは限らない。田村は、やっぱりこの事件を恨むのだろう。

 そして、この事件に犯人、否、原因となる人物がいるとしたら、やっぱり、その人物の事を恨むのだろう。

 相川さん。

 恨まれればいい。

 でも、その事実を田村に伝える事は、私にはできない。知らない方が良い事だって、世の中には、たくさんあるんだ。月並みだけど、本当にそうだと思う。

 相川さんが罪に問われて、罰を受ける。それが、やっぱり一番すっきりするけど、それで、不幸になる人が生まれるなら、嫌な結果が待っているなら…。

 それは、やっぱりしちゃいけないんだ。

 人が仕合せになる事以上に、価値のある事なんて世の中にはないんだから。

 私は、グッと自分自身を抑えた。

 相川さんを、睨む。

 すると、何故か相川さんは、眉をひそめ、何だか歯を食いしばっていた。何かを我慢している?いや、妙な表情だ。

 どこかで見た事がある表情だと思ったら、崎森君を追いかける前に見せたあの表情に、それは似ていた。

 今、相川さんは何を思っているんだろう?

 そう不思議に思って、相川さんを見続けていると、相川さんは、不意に、田村に話し掛けた。

 何をする気なんだ?

 「話したい事があるの」

 相川さんは、田村にそう言っている様に思えた。小さい声だったし、唇の動きもわずかだったから、自信はないけど……。

 だとするなら相川さんは、田村に、自らの罪を告白するつもりなのだろうか?罪悪感に責められて。でも、それはやってはいけない行為だ。分かっているのだろうか。更に、これ以上、田村を不幸にしてどうするつもりなんだ。

 でも、その行為は、私には止められない。もし、相川さんがそのつもりなら、私が何をしたって、田村に悟られずに、相川さんを止める事は不可能だろう。

 それとも相川さんは、全然別の事を、田村に吹き込むつもりなのだろうか?私が、田村に真相を話さない事を、今までの経緯から察して、それを良い事に、自分の罪を完全に隠すために、出鱈目を教えるつもりなのかもしれない。

 ……どちらにしろ、私には何もできない。

 田村と相川さんが、二人で病院を出て行った。

 私は、それに対し何もできずに、ただ見守る事しかできなかった。


 翌日。

 クラス中で、相川さんの噂話が囁かれていた。

 天野さんに続いて、相川さんと交友があった人物が、また、死ぬかもしれないような災禍に巻き込まれたんだ。それも当然だろう。

 ただし、今回の噂は、それだけが発生原因という訳ではない。

 『事故に遭った崎森君ていう男子と、相川さん、寝てたらしいのよ、事故の直前に。それも相川さんの方から、誘ったって、話よ……』

 そう、

 今回の噂を流した張本人は、私なんだ。

 相川さんと崎森君が、寝ていた事を知っているのは、本人達以外では私だけ…。

 その事は、多分、相川さんも分かっているだろうから、相川さんは、私がこの噂…、否、真実を広めた事に気づいているだろう。

 その日は、妙に晴れた日で、教室から見える青い空は気持ち良く、その陽の光は、何もかもを浄化してしまいそうだった。

 まぶし過ぎる光。私は、あまりに綺麗なものは、それだけに、酷く無慈悲なんだという事を知った。

 教室の暗がりは、シルエット。私の醜い、心をそのままに写し出し、私は、自分自身の暗がりの中で、焦燥感と、喪失感に苛まれ、ただ繰り返し、繰り返し、自分の行為の正当性を確認していた。

 これは、罰なんだ。

 もちろん何もかもを超越して、存在する罪やら、悪やらがあるなんて、信じてる訳じゃないし、私がそれを判断して、決定できるなんて思っている訳でもない。

 でも、罰を与える事は、生きてる人間には必要な事なんだ。人が、社会の中で生きていくには、否、もしかしたら、社会何て関係なくても、自分自身を作り上げてきたルールが、個人の中で確実にしっかりとある限り、それは必要なモノなのかもしれない。

 そして、今回は私のために、それは必要だった、はずだ。

 なのに……。

 ………。

 今回の事件で、相川さんの噂話が、また囁かれるであろう事は、当たり前に予想できたし、今までのその内容から察して、それがどんな噂になるのかも、だいたい想像がついた。

 そしてその内容は結局、話の酷さという点から観れば、私が知っている真実と、そうは変わらないものになるのではないか、とも予想できた。

 ただ、それが真実であるのと全くの出鱈目であるのとでは、相川さんに与える影響を考えた場合、大きく違ってくるだろう。それが真実であったなら、それだけ相川さんの罪悪感も高まるはずだ。

 だから、私が真実を噂として流せば、一般の人には気付かれない状態で、相川さんの事を責める事ができる訳だ。その一般の人というのは、もちろん田村も含まれている。

 この方法を使えば、私の口から、タブーであるはずの真実を告発する事ができる。私の憤懣を吐き出せる。

 だから私は、怒りを相川さんにぶつける手段として、噂を流すという方法を選んだんだ。

 何かしなくちゃ、壊れそうだったから。

 相川さんは、苦しむだろう。苦しめばいい。

 少し、卑怯なやり方だけど、今はこれがベストなんだ。できれば、他の方法が良かったけど、仕方がない……。

 私の感じている焦燥感や喪失感は、だから、その所為なんだと思う。卑怯な手段を執っている自分が許せないんだ。

 私はそう、自省していた。

 もう一つの、浮かんでくる答えを拒否するために、必死に、私のこの苦しみの訳を模索していた。

 私は、一人しかいないんだから、答えも一つしかないはずなんだ。

 或いは、その矛盾に苦しんでいた。

 『相川さんは前の学校で、友達の彼氏を盗ったんだって。それでその友達は、相川さんの事を恨みながら自殺しちゃったらしいんだけど、それから相川さんに関わる人は、どんどん不幸になるようになったんだって。その彼氏も事故で死んだって話だし。どうやら、その友達が相川さんの事を呪ってるらしいのよ。相川さんの周りに、誰も見た事がない、違う制服の女の子がいるのを見かけたって人が何人もいるわ。その制服は、相川さんが前に通っていた学校の制服と、一緒なんだって……。だから、相川さんに関わる女性は、みんな自殺して、男は事故に遭うのよ』

 噂は、やっぱり暴走した。

 馬鹿馬鹿しい。前にあった二つの噂話が合体して、今回の崎森君の事件と混ざっただけじゃないか。そんな女の子を見たなんて話、初めて聞いたよ。

 でも誰も、前まではそんな話はなくて、今回になって初めて捏造されたんだ、という事に気づいていない。

 それにどうやら、今回の相川さんの噂話は、かなりの信憑性があるものとして、扱われているらしかった。事件が、2回も連続で起こった所為だ。

 普段なら、半信半疑の連中も、本当に相川さんを恐れている。

 近づこうともしない。

 教室内は、異様な雰囲気に包まれていた。

 相川さんは、いつか見た時と同じ様に、俯き、ただただ耐えていた。悲しそうな顔をして。

 ふと、相川さんが顔を上げる。私は、相川さんと目が合ってしまった。

 何を、訴えたいんだろう。

 その瞳は、救いを求める様に、私をじっととらえ、その唇はわずかに動き、何かを言おうとした。

 私は目を逸らし、それから逃げる。

 だから、何を言いたいのか分からなかった。

 胸が、痛くなった。

 罪悪感。

 感じたのかな?

 私は、何かを……恐れている。


 昼休み。

 私は、少しの間、教室外に逃げていた。

 頭を冷やしたかったんだ。

 帰ってくると、何故か皆が黒板に注目していた。私も、その視線を辿り、その皆が注目しているモノを見た。

 そこには、

 でっかく、奇妙な存在主張で、

 "呪いの、淫乱女め、でていけ!"

 と書かれていた。

 私は、それを見て、もの凄く厭な気持ちになる。噂が、暴走し過ぎだ。

 相川さんは、これを見て何を感じるんだ?もういい。罰なら、もう十分だよ。ごめんなさい。誰か助けて…。

 相川さんは、教室内には居なくて、恐らくまだそれを見ていない。私は少し安心した。

 相川さんが、帰って来る前に、あの黒板の文字を消せれば、私は救われる。

 ごめんなさい。誰か助けて…。

 私は、もう一度祈った。

 勇気を……。

 死にたくはない。生きていくだけの強さが欲しい。

 私は、席を立つ。

 笑い声、嘲笑。侮蔑、恐れ。視線、蔑視。防衛本能。

 私は、化け物。誰からも愛されない、皆から嫌われている。この世の全てに、憎しみを感じたなら、あの、呪いの文字を消しにいける勇気が持てる。

 黒板に近づいて行く。

 視線。視線。視線。

 黒板消しを持った。

 その時

 救急車のサイレンが、聞こえた。

 そして、

 ざわめきが、近づいてくる。

 

 ざわ 


 ざわ ざわ


 ざわ ざわ ざわ


 不安が、迫ってくる。恐怖を覚えた。

 大変だーーーー。

 叫び声。赤裸々に響いた。


 朝だ。

 恐れていた朝が来た。

 学校に行かなくちゃならない。

 水島君に、会わなくちゃならない。

 どんな顔で、水島君に会えばいいんだ?

 後悔。

 『嘘をついたの?』

 あの言葉。

 興奮が冷めると、何だかもの凄く悪い事をしてしまったような気分になる。

 やっぱり、会いづらい。

 僕は、不味く朝飯を食べると、のそのそと、家を出た。

 外は、良く晴れていた。

 空が、青かった。

 その青い空の下を、僕はトボトボと歩いた。周りの景色よりも、その青を見上げながら歩いた。

 忘れるためだ。

 しばらく行く…。

 あの空の色は、僕を厭がっているのだろうか?

 疑問に思う。

 答えなんか出ない。

 だから、良い。忘れられる。

「深田君」

ボーと歩いてると、いきなり僕は、そう話し掛けられた。

 現実逃避している僕にとって、その声は、正に不意打ちだった。だって、まさかその声の主が、僕に話し掛けてくる何て、思っていなかったから…。向こうも、僕とは顔を合わせづらいんじゃないかと思っていたから。こんな所で、偶然出会うなんて……。

 ……偶然なのだろうか?

 「水島君……」

 僕は呆気にとられて、そう呟いた。

 「深田君。一緒に、学校まで行かない?」

 水島君は、笑ってそう僕を誘ってきた。

 昨日の事は、まるで気にしていないみたいだった。

 断る理由がない。

 「別に良いけど……」

 僕は戸惑いながらも、そう答える。

 「そう、良かった」

 水島君は笑って返してきたけど、その時、僕は気づいた。その笑いは、自然の笑いじゃない。無理をして作っている笑いだ。

 それに気が付いた瞬間、僕は急激に緊張した。水島君も、そんな僕の態度を敏感に感じ取ったらしく、笑顔が消えた。

 何にも話す事がない。

 ぎこちなかった。

 無言のまま、歩を進める。

 僕は、その沈黙に耐えきれず、無理に話題を捻出した。

 「昨日は、ごめん」

 タイミングもシチュエーションも最悪だ。悪いとは、思っている事柄でも、それを謝ると、却ってすっきりしない結果になる場合ってある。今が、多分、そんな場合だ。

 却って、ぎこちなくなった。

 「そんな…、あれは僕の方が悪かったんだ」

 水島君は、そう返してきた。

 悪かったて、何が?

 もし、水島君が、僕が言った事と同じ事で、そう言ってるのなら、どういう意味なのかが分からない。嘘をついたと、あっさり認めてしまったのだろうか?

 そんな返答を、僕は水島君から望んでいるんじゃないのに……。

 そのまま、また歩き続けた。

 学校が、見えてきた。

 僕は、慌てた。

 このまま、無言で歩き続ければ、教室でもまた、水島君と何も話せないままになってしまう。そんなのは、厭だ。何か話さなくちゃ。何か……。

 そう、僕が悩んでいると、

 「深田君。ちょっと、ここでしばらく話をしていかない?このまま、直ぐに教室に行くのも、なんかつまらないよ。時間は、まだあるし……」

 と水島君の方から、そう言ってきた。

 「えっ?」

 僕はそれでも一瞬、躊躇した。

 水島君は、明らかに何か考えがあって、僕を誘ってきてる。それなのに、その考えが、全く見えなかったからだ。

 「えっ…と、何から話そうかな」

 水島君は、迷っていた。それに、少し照れてる様でもあったし、緊張している様にも見えた。

 もしかしたら、これから、事件の真相を語ってくれるつもりなのかもしれない。それで、緊張してるんだ。

 水島君は

 「とりあえず…、言わなくちゃいけないのは……」

 と言ってから、溜め息をつくみたいにして、息を吐き出すと、

 「僕は、君の事が好きなんだ」

 と、一言、僕にそう言ってきた。

 僕は、赤面する。

 それが、全く予想外の言葉であった上に、そういったストレートな感情表現には、慣れていなかったからだ。

 良く晴れた日で、空は青かった。風が、その下を流動して、僕は、水島君に対する不安も猜疑も、その一言で吹き飛んでしまったのを感じた。

 驚きの中に、嬉しさが有る。

 柔らかな風が、二人の間を、抜けていった。

 「何を……」

 戸惑う僕は、そう何か言葉を発しようとした。自分でも、何を言ったら良いのか、分からなかったけど。

 「君が!」

 その僕の言葉を打ち消して、水島君が言う。最初の一言だけ、大きな声だった。

 「……君が、簡単に壊れてしまいそうなくらい繊細な精神……、心の持ち主だって事は、直ぐに、誰にでも分かる事だと思う。だけど、それが、君の優しさからきてるんだって事には、ほとんどの人は、気づけていないと思う……。君が、自分の価値を直ぐに否定してしまうのは、周りの人間の価値を壊したくないって思ってるからで…、つまりは、優しいからで、そんなふうにして、人と接している君は、どんどん傷ついて、自分の価値をすり減らして、それが辛いから、他人と接しない様に努めてるけど、本当は寂しがり屋で、君は、いつも孤独に苦しんでいるんだ……」

 水島君は、それだけを喋ると、薄っすらと涙を浮かべ、悲しそうに笑顔を作った。

 「僕は、君と接しながら、その事に、だんだん気づいていった。君の優しさに触れて、僕は嬉しかったんだ…。そんな人もいるんだって、びっくりしたよ。だから、君が僕を傷つけないって、安心できた…」

 僕は、水島君の言葉が嬉しかった。でも、なら、僕はその信頼を裏切ってしまった事になる。昨日の事で、僕は君を傷つけた。

 「ごめん……」

 そう謝った。

 すると、水島君は僕がどういう意味でそれを言ったのか直ぐに察したらしく、慌てたようなリアクションをして、

 「違うよ。君が謝る必要何てないんだ。あれは、確かに僕が悪かったんだから……。僕が言いたいのはね……」

 と応えてから、

 にっこりと笑って

 「つまり…」

 僕の手を取って、

 「こういう事だよ」

 そのまま、自分の胸へと当てた。


 「えっ?」

 この感触は…


 そのまま、僕らは再び寡黙となった。教室に行くまでの間も、教室に入ってからも、一言も、会話を交わさない。

 そのまま授業を受けた。

 二人とも周りの雑然とした空気から、浮いてるように思えた。僕は相変わらず、自分の世界に閉じこもっていたし、水島君は、授業に集中していた。無理にそうしているのかもしれない。

 僕は、そんな中で一つだけ、水島君に尋ね事をした。

 「あの…、水島君。僕の事を…、その、あんなふうに言ったのは、僕に…、同情していたから?不器用な僕が、苦しんでいるのを見て、可哀想に思ったから言ったの?」

 僕のその言葉に、水島君は通学途中と同じ様に、慌ててこう答えた。

 「違う!そんなつもりで言ったんじゃないんだ。僕は、君の事が好きだから…。その事を、伝えたかっただけなんだ。伝えなくちゃいけなかったから…」

 そして、寂しそうに沈んでいった。

 僕は、その言葉に再び猛烈に赤面し、そのまま何も話をしなかった。手の感触を思い出す。

 水島君はそれから、何故か悲しそうな顔をして、僕とだけじゃなく、他の誰とも会話をしようとはしなかった。


 そして、昼休み。

 水島君は、チャイムが鳴るなり、いきなり席を立った。

 おかしい。

 水島君は、いつも弁当を持参してるから、購買部には用がないはずだ。

 「水島君。どこへ行くの?」

 僕は、教室を出る直前の彼に、そう質問をした。水島君は

 「ちょっと、生徒会室に用があってね」

 水島君は相変わらず元気がなく、一言、そう答えてきた。

 その反応に、何か僕は、不安を覚える。

 水島君は、そのまま教室を出て行ってしまった。廊下の人ごみに消えて行く。

 その姿を見ながら、僕は、危機感に近いナニカを感じた。

 水島君のセリフ、態度を思い出す。

 「伝えなくちゃいけなかったから」、彼は、そう言った後、悲しそうに沈んでいった。

 通学路で見せた涙。笑顔。僕の見た夢。死神を呼ぶ鈴。あの手の感触。

 或いは、それはただの僕の妄想なのかもしれなかった。だけど、一度発生したそれは、急速に膨らんで、僕の中でリアルな現実へとその姿を変えていった。

 不安が、加速する。

 僕は、走った。

 彼に会って、何をすればいいのか何て分からないし、一体どんな危険が彼に迫ってるのかも想像がつかない。だけど…

 僕は、走らなくてはいけなかった。

 生徒会室の前まで来た。

 中から、話し声がする。

 「やあ、もう来てたんだね」

 水島君の声だ。

 あともう一人、誰か女性の話し声も聞こえてきた。何て言ってるのかまでは、分からなかったから、僕は、ドアに耳を押し当てた。

 すると、

 「全部。あなたの所為だったのね」

 その女性が、確かにそう言っているのが聞こえてきた。

 (なんだって!)

 僕は、驚いてドアを開ける。

 水島君が、こっちを振り返るのが見えた。その奥には、女生徒の姿もある。病院で会った、あの呪いという言葉を使った女生徒だ。

 「深田君…」

 水島君が、そう呟いた。

 その時、

 女生徒が走り出した。手に何かを持っている。光る何か…。あれは、ナイフだ。

 水島君は、まだこっちを見てる。

 「水島君!危ない」

 僕は、そう叫んだ。

 すると、

 水島君は、笑った。

 うっすらと、嬉しそうに。

 その瞬間は、まるでスローモーションを見てるみたいにゆっくりと流れ、僕の脳裏に焼きついた。

 次の瞬間、

 笑いながら水島君は、その女生徒の凶刃を、その体に受け入れていた。

 血の飛沫がとぶ。

 僕は何もできず、その光景を凝視した。目の前で起きている現実が、信じられない。

 すると、その女生徒は、その水島君を刺したナイフで、泣きながら、今度は、自分自身を、ブスリと、刺した。

 僕は、パニックに陥って混乱する事も、冷静に状況を判断して、適切な行動を執る事もできず、ただただ、その光景を茫然と眺めていた。

 まるで、カメラみたいに。

 女生徒の血が、ポタポタと、ポタポタと垂れ、机の下、床の上で、水島君の血と混ざり合っている。

 そう、ポタポタと。

 誰かの、足音が聞こえた。

 「にいさん!」

 その誰かは、そう叫んでいた。

 意識がフェードアウトしていく、時間の経過が分からない混濁の中で、僕は救急車のサイレンを聞いた。

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