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3 死亡動機X-7

 「はい、確かに彼は、怒った感じじゃありませんでした」


 私は、深田君に代わってそう答えた。彼が、知っている訳はない。

 「むしろ、沈んだ感じで、落ち込んで、元気がない様子でした」

 「ふーん」

 根津先生は、また唸った。

 最初、深田君が来て質問を開始した時には、今までと同じで、結局、何も変わらないような気がしたけど、どうやら、新たな疑問が浮上してきたみたいだ。

 「君達には、心当たりはないのかい?確か、相川さんと、田村さんと、木垣さんは、崎森君と仲が良かったよね」

 今度、質問をしてきたのは、幸村先生だった。この先生は、生徒間の人間関係に詳しい。

 相川さんも、田村も、何も答えなかった。 しかし、その先生の質問で、私は朝の出来事を思い出した。

 「あの、私、少しだけ、思い当たる事があります」

 私がそう言うと、田村も、相川さんも、驚いた表情を見せた。

 「それは、どんな?」

 根津先生が、訊いてきた。

 「今朝のこと何ですけど、私、ちょっとした用事で、田村がいないかと思って、生徒会室に行ったんです。その時……」

 私は、水島君と崎森君が二人で居た事、そして、その時の二人の普通ではなかった様子、崎森君が、『それなら、オレ、馬鹿みたいじゃねぇか』と言っていた事などを説明した。

 私の説明を聞いて、一番、顕著な反応を示したのは、深田君だった。それまでは、無気力といった感じだったのに、いきなり目を大きく見開いて、

 「水島君が…」

 と呟いたのだ。

 「どうやら、水島君の事も呼び出す必要ができたみたいですね」

 そう刑事さんが、言う。

 すると、木下先生が

 「ああ、それなら大丈夫です。彼にも、この事を伝えてありますから、来るような事は言ってましたよ」

 と言った。

 何だって?それは知らなかった。でも、それにしては、随分と遅い気がする。

 その時、田村がまた泣き始めた。

 「もういい。そんな事、どうだっていい。私達、ずっと楽しくやれていたのに。こんな事になって……。呪いの所為なのよ。こんなの全部、それですっきりするじゃない」

 そして、そう喚いた。

 今日の田村は、物凄く感情的になっている。今までの、天野さんが自殺して以来の、抑えていた不安が、一気に爆発したんだろう。

 少しだけ、田村と同意見だった。そうだ、何もかも呪いの所為なんだ。だから、それさえなくなれば、また楽しくやれるんだ。

 そう、思いたかった。

 田村は、ワアワア泣いている。

 皆、深刻そうな顔で、それを見つめていた。誰も止め様とはしない。

 その時突然、深田君が動き出した。真っ青な顔で、

 「あの、すいません。僕、ちょっと用事があって……」

 と言い、そしてそのまま逃げ出す様に、出口の方に向かって駆け出して行ってしまった。

 そして、その直後だ。

 今度は何故か相川さんが、その深田君の後姿を哀しそうに見つめ…、

 一体、どうしたと言うのだろう?

 跡を追った。

 まるで、崎森君の跡を追いかけた、あの時みたいに、必死な顔をして…。

 私には、相川さんのその行動が理解できなかった。

 唖然として、その後ろ姿を見つめる。


 突然に、恐くなったんだ。

 水島君は、今回の事件にも関わっていた。そして、今回の事故の被害者、崎森君もまた天野さんと同様、生徒会役員で、水島君の友達でもある。

 呪い。

 あの女生徒から、その言葉が出てきた時、僕は竦み上がった。

 この共通項は何なんだ?

 水島君は、死神を呼んでいるのだと言っていた。

 呪いをかけた。

 水島君が、そうなのか?

 僕は、その妄想を打破するために、この場所に来たんだ。

 確認するためにじゃない。

 だから、

 それが、現実である事を認める訳にはいかない。

 逃げるしかない。

 このまま、水島君の到来を待っていたら、僕は気が狂ってしまう。

 夢中で、走った。逃げ出した。

 しばらく行くと、後から、誰かが追いかけて来るのに気が付いた。

 ペタッペタッ

 死神が、追いかけて来たのかもしれない。

 だとしたら、僕を殺してくれる……

 水島君が呼び出した死神。

 「待って、深田君!」

 その死神が言った。

 僕は立ち止まる。

 後ろを振り返ると、その死神は、綺麗な女の子だった。

 相川さん。

 息を弾ませながら、

 ――はあはあ、深田君。

 「あなたに、伝えなくちゃいけない事があるの」

 言う。

 ――はあはあ、

 彼女は、にっこりと優しく微笑みながら

 「崎森君が、あなたを殴ったのはね…。天野さんの事でじゃないの」

 ――はあはあ、

 僕は、びっくりした。

 「どういう事?」

 「彼は、あなたに逆恨みしていたのよ」

 えっ?

 「だからね、あなたがそんなに気に病む事はないの………」

 彼女は話し終えると、少しだけ、哀しい顔をして、斜め下に視線をやった。

 何でだろう?

 その言葉が何を意味しているかよりも、刹那に、彼女が、すごく可哀想に見えて、その事の方が気になった。

 それで、僕は、

 「大丈夫?」

 と、声を掛けた。何にもしてあげられないけど、それだけは。

 すると彼女は、それだけで、すごく嬉しそうな顔をした。きっと、ずっと一人でがんばってきたからだと思う。

 僕は、その表情を彼女がみせた事が、嬉しかった。

 「ありがとう」

 彼女は、言った。

 その台詞を言わなくちゃいけないのは、僕の方だ。

 「でも、大丈夫だから」

 彼女は、続けてそう言ってから、笑った。無理をしているんだろうと思う。彼女は、この上まだ、一人でがんばろうというのか。

 そして相川さんは、またあの厭な集会へと帰って行った。

 彼女は、僕と同類の人間だ。

 そう感じた。

 僕は、相川さんとの会話で、何とか平静を取り戻せたみたいだった。彼女が、嬉しそうな顔をしてくれた事が良かったんだと思う。

 他人の心配をしている場合じゃないけど、他人を自分の視野に入れる必要は、あったんだ。

 僕は、彼女の笑顔に同調して、厭な思考をちょっとだけ忘れる事ができた。

 でも、

 彼女が、言っていた言葉の意味はなんだろう?

 逆恨み?

 何で、会って話した事もない崎森君が、僕に逆恨みをしなくちゃいけないんだ?

 分からない。

 僕は病院の通用口を出ると、トボトボと歩いて、その事を考えた。

 もしかしたら相川さんは、崎森君が僕を殴ったのが、理不尽だと感じて、そういう意味で、逆恨みという表現を使ったのかもしれない。

 僕が、水島君の事で悩んでいたのを、天野さんの事で責任を感じているんだと勘違いしたんだ。

 そう考えれば、つじつまは合う。

 僕が、そこまでを考えた時、ちょうど病院の門を出た時、僕の視野にとっても見慣れた人物、僕が、今一番、会いたくない人物の顔が急に飛び込んできた。

 暗がりの中に、白い影。

 水島君。

 彼も、僕の存在に驚いているみたいだった。

 目を大きく見開いている。

 「どうして、君がここに……」

 会っちゃった。

 僕は、もごもごと口篭もる。

 言わなくちゃ。ここで、言わなくちゃ、明日になっても、また一言も言葉を交わせない。

 水島君は、いつも通りの優しそうな水島君で、恐ろしい化け物でも、冷酷な殺人者でもなかった。

 少なくとも僕の目には、そう映った。

 僕は勇気を振絞る。

 まずは、そうだ、あの事から……。

 「あの、水島君。聞きたい事があるんだけど……」

 僕は、ようやくそれだけを、口にできた。

「ん、どうしたの?」

反応が返って来たのを受け止めて、

 もう、後には引けない。

 そう意識すると、それからは、はっきりと言葉を喋る事ができた。

 「天野さんが、自殺した夜。君は、何処に居たの?僕は、生徒会室の前で、君の持っていた、あの鈴の音を聞いたんだ。あれは、確かにそうだった。だから、僕は、君が生徒会室に居るんだと思ってた……」

 その僕の話を聞いて、水島君の顔が、凝固した。

 「だけど、先生達にそれを話したら、違うと言われた。何かの勘違いだろうって、でも、僕には、それがどうしても、聞き間違いだとは、思えないんだ。それに、それから聞いたんだ。君達が、あの日、生徒会室に何か用があって残っていたって…」

 水島君は、ますます顔を青くする。

 「水島君」

 彼の態度は、明らかに変だ。

 僕は妙に興奮し、攻撃的になる。

 「嘘をついたの?」

 その言葉で、水島君は、崩れた。

 「違う!」

 泣きそうな表情で、そう言った。

 「何が、違うの?」

 「話せないんだよ!」

 水島君は、そう叫ぶと、病院とは反対方向に向かって、駆け出してしまった。

逃げたんだ。

僕はそれを呆然と、見つめた。

 さっき、僕が真相を聞くのを恐れて逃げ出した様に、水島君は、僕に真相を話す事を恐れて逃げ出したんだ。

 つまりは、僕に知られたくない真相が有るという事だ。

 真相……。

 水島君が、何をしたのか……

 見えないよ。

 相川さんの、謎の言葉はなんだ?

 勝手に女になっちまえ!黒板の文字。あれは、本当に僕の見た幻だったのか。

 分からない事だらけだ。

 幸村先生は、何かに気が付いたのだろうか?そういえば、根津先生の様子もなんだか………、何かを知っている。否、何かを分かりかけている、そんな感じだった。

 あの先生達は、まるで何かを確かめる様に、僕や他の人達に質問をしていた。あれは、漠然とした、手懸かりが全くない状態での質問ではなく、目的がしっかりとある、何が知りたいのか決まっている質問だった。

 今回の事件と、天野さんの自殺。なにか、関連がある、のかな?どうも、先生達の様子を見ていると、そう思えてならない。

 僕はそんな無駄な思考をグルグルと繰り返しながら、家に帰った。

 マンションに着く。

 ドアに、手をやる。

 あれ?

 何故だか、鍵が掛かっていなかった。確かに、掛けて出たと思ったのに…。

 まさか…

 僕は、ドアを開け、家に入った。

 そのまま、書斎へと行く。

 やっぱりだ。

 父が居た。

 今日は、いつもよりかも早く帰ってきてたんだ。

 父は、僕が覗いている事に気が付いているのか、いないのか。机に顔を向け、何かの仕事をし続けている。

 「父さん…」

 声をかけた。

「ただいま」

何にも反応がない。

…、

ちょっとの間の後、

 「ああ、」

 一言、そう返してきた。

 「病院に、行ってたんだ。知り合いが、事故に遭って……。それで、遅くなったんだ」

 何を僕は、言い訳してるんだろう。こんな父親に向かって、意味なんてないのに…。

 何にも、返事がない。

 どんな言葉が、返って来る事を期待していたんだろう?この父親が説教でもしてくれば、僕は満足したのか?

 沈黙がしばらく続き、僕は、自分でもどうして動けないのかが分からなかった。

 父が、奇跡的に、言葉を発した。

 「信司」

 僕は、戸惑う。

 「何?」

 「あんまり、心配掛けるな」

 僕は、それに答えなかった。怒りが、邪魔をしたんだ。

 その場を離れ、無言で自室へと向かう。

 重たく、ドアを開ける。

 真っ暗に向かって、ダイブをした。ベットに倒れこむ。このまま、死にたいと思って、生きる力を手に入れた。

 ベットの中で、激昂する。

 なんだい?あの言葉は。僕の事を心配した事があるとでも?自分は、いつももっと遅くに帰って来るっていうのに。

 自分勝手なんだよ。

 僕は、どんな言葉をあのくそ親父から聞きたかったんだろう?

 相談でもしたかったのか?僕の直面している、この異常な事態のことを。はっ!無駄に決まってる。

 慰めて欲しかったのか、元気付けて欲しかったのか。そんな願いは、揃って、僕のアンチテーゼが吹き飛ばす!あの親父の口から、どんな言葉が漏れたって、僕は、きっと反発する。

 あの、父親が、僕に与えてくれるのは、唯一、怒りだけ。僕の、たった一つの心的エネルギー源、怒りだけ。

 大っ嫌いな、この世の中を生き抜く為の、闘う力。それに、ちょっぴりのエゴイズムを混ぜて、僕は明日を模索する。

 呼び名のない、猛烈な感情に支配され、僕はその晩、早くにベットに入り、遅くに寝た。

 興奮が冷めると、明日、水島君と会うのが、恐くなる。だから、僕は、憎悪のドラックを打ち続けた。

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