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3 死亡動機X-4

 「深田君。ちょっと、聞きたい事があるんだけど」


 天野小夜子さんの葬式の帰り道。僕は突然に、そう話し掛けられた。

 別段、彼女と深く関わりがあった訳じゃない僕が、彼女の葬式に出席したのは、やっぱり彼女の最期の瞬間に僕が居たからで、そんな特殊な理由でそこにいた僕は、始終、場違いな感覚で緊張し、なんだか、とっても疲れてしまっていた。

 僕に話し掛けてきたその相手は、同じクラスの木垣さんという女生徒で、僕は当然、あまり話した事がない。

 「どんな事?」

 僕は、そう尋ねた。だいたい、予想はついていたけど…。

 「あの、天野さんが自殺した時のことなんだけど……」

 木垣さんは、言い難そうに、そう答えた。

 やっぱり、そうなのか。

 葬式に参列したって事は、友達だって事だろうし、友達なら、その死は気になるだろう。

 僕が何か言う前に彼女は、

 「ええと、自殺した時って言うか、その前後に、何か変わった事なかった?」

 自殺した瞬間じゃ僕が答え難いとでも思ったのだろうか?彼女は、そう付け加えてきた。

 そう言えば、ほんの数日前にも、僕はこれと同じ事を尋ねられたっけ。

 僕は、自然にその事を思い出していた。


 僕の視界が真っ白くなって、意識がフェードアウトしていったその後に、目が覚めたその場所は、清潔で、白いカーテンなんかが掛かってて、僕はそこが、はじめ病院だとばかり思ってた。

 でも、だんだん意識がはっきりして、辺りをしっかり認識できるようになってくると、そこが病院なんかよりも、もっとずっと見慣れた場所である事に気がついた。

 ここは、学校の保健室だ。

 何で、僕はこんな場所で寝ているんだろう?

 そう戸惑っていると、

 「やっと、気がついたみたいね」

 そう声がして、保健室の先生。木下先生が顔を出した。

 「水島君が、あなたをここへ運んでくれたのよ、後で、お礼を言わなきゃね」

 そして、そう説明してくれた。

 「あの、僕…」

 一体、どうしてこんな所で寝てるのか質問をしようと思ったのだけど、それを言う前に、僕は気を失う前の事を思い出した。

 そういえば、僕は副生徒会長の天野さん。彼女が自殺するのを目の当たりに見てしまったのだ。

 恐らくそのショックで、気を失ってしまっていたのだろう。

 ………、それで水島君が、気絶した僕を保健室まで運んでくれたのか。

 「あの、天野さんは……」

 僕が、それだけを言うと、木下先生は僕が何を訊きたいのかを理解してくれたらしい。首を横に振った。

 そうか、やっぱりあれは、現実だったのか。僕はもしかしたら、あれは幻じゃなかったのだろうかと疑っていた。だって、あまりに判然としない記憶だったから。

 「気づいたのですか」

 そう、急に声が聞こえたかと思うと、見慣れない30代くらいの男の人が、突然、僕の目の前に現われた。

 その後ろには、幸村先生の姿もあった。

 僕が不思議そうな顔をしていると、木下先生は、その男の人が、少年課の刑事さんで、浅野という名である事を僕に教えてくれた。

 「ちょっと、君に聞きたい事があるのだけど」

 それから、そうその浅野とかいう刑事さんは僕に尋ねてきた。

 木下先生が、まだ意識を取り戻したばかりですからと、僕をかばってくれた。でも僕は、大丈夫ですと、刑事さんの質問を受ける事にした。

 「天野さんが、自殺した時、と言うよりも、その前後の事を教えて欲しいんだけど。君はどんな経緯で、あの時間にあの場所にいたのかな。君が教室に入った時、既に天野さんは自殺していた?」

 僕は、そう質問されて、あの時の事を簡単に説明した。天野さんは、生徒会役員だったので、生徒会がまだ活動していたようだった事も伝えた。そして、謎の意味不明の、勝手に女になっちまえ!という黒板に書かれていた文章の事も、話した。

 僕が語り終えると、何故か先生達は、訝しげな顔をしていて、そして刑事さんは、

 「おかしいな、君の言ってる事は、何だか他の人の証言と食違ってるよ」

 と、僕に言ってきた。

 「えっ?」

 僕が、驚いて思わずそう漏らすと、刑事さんは説明を始めた。

 「ええっと、まず、君の言っていた生徒会がまだ活動しているらしかったという話。これは、ないね。君の話から推測する時間帯には、もう、生徒会の活動はとっくに終わっているはずなんだ」

 「でも…、鈴の音が」

 僕が、そう反論するのを制すると、刑事さんは、こう説明した。

 「まあ、聞くんだ。いいかい、それはただ、物音を聞いたというだけの話だから、何かの勘違いだとして、黒板に書かれていた文字、こっちは本当に何にもなかったんだよ」

 語り終えると刑事さんは、沈黙した。

 僕の様子をじっと眺めている。

 そして、

 「水島君が、君達を発見した第一目撃者なのだけど、その水島君が、何もなかったと証言しているのだよ。水島君から通報があって、我々が駆けつけた時にも何もなかったしね」

 とそれから更に、説明を補足した。

 「あの…、水島君は一体、何時頃に僕達を見つけたのですか?」

 「君が教室に入ってから、だいたい三十分くらい後になるかな。水島君も、教室に忘れ物をしていたらしくてね。それで、学校に戻って来たのだそうだよ」

 「その時に、僕を見つけたのですか?」

 「そう、そして天野さんの事もね。彼も大変驚いたそうだよ。そして、警察に通報した。君は病院へ行くほどでもないと判断され、この学校の保健室に残されたんだ」

 「でも…、僕は確かに…」

 「何も君が嘘をついているなんて思っていないよ」

 刑事さんは、僕の発言を聞くと、間髪容れずにそう言ってきた。

 「ただ、君は天野さんの自殺で、強いショックを受けている。そういった場合、記憶が混乱する事は、よくある事なんだ」

 どうやら、僕の発言は何かの勘違いであると、完璧に却下されてしまっているらしい。

 「でも……」

 僕は、そう言いかけてやめた。

 さっき自分で、記憶が判然とせず、天野さんが本当に自殺したかどうかさえ疑っていた事を思い出したからだ。

 それに僕は、気味の悪い夢を見たのを憶えてる。そしてどこまでが現実で、どこからが夢なのか僕は把握できないでいた。

 「それに……」

 刑事さんは、まだ続ける。

 「もし、君の言っている事が本当だとしても、勝手に女になっちまえ、なんて言葉、意味が分からないよ」

 僕は、何も言わなかった。

 確かに、その通りだと思ったからだ。

 刑事さんは、しつこく、まだこう言ってきた。

 「念を押しておくけど、本当に君が嘘をついてるなんて思ってないよ。君が、そんな嘘をついたって、何にも得する事何てないしね」

 僕はそれを聞きながら、自分の記憶を疑っていた。一体、どこまでが真実だったのだろうかって。

 そして、どうでも良くなった。

 考えたって、無駄だって。

 そう、いっつも僕は、逃げるのさ。

 幸村先生は、どんな顔をしてるだろう?こんな僕をどんな思いで見つめているのだろう?

 ふと、奥を見た。すると、

 幸村先生は、難しい顔をしていた。怒ってるんじゃない。残念がってる訳でもない。その視線は、どこも見てはいなかった。

 その表情は、何かを必死に考えている。

 そんな感じだった。

 そんな表情をする先生を、僕は初めて見た。どうとも、感想は持てなかったけど、何だか興味を覚えた。

 先生には、僕らには分からない、何かが分かったのかもしれない。

 僕がじっと見続けていると、幸村先生はその視線に気が付いたらしい。目線を僕と合わせた。そしてそれから、

 「深田君。君は災難だったね。でも、もう君がこれ以上、この事件に関わる必要はないんだ。これから、君に必要なのは、全力でこの事件を忘れる事だよ。天野さんとは、親しい仲という訳でもなかったのだろう?」

 と言ってきた。

 幸村先生は、それから刑事さんに目で合図して、もういいでしょう、といったような意味合いの事を訴えたようだった。

 すると、刑事さんは頷き、

 「そうだね。僕の方でも、もう聞く事はないですよ。お大事に…」

 と言ってから、出て行ってしまった。

 刑事さんがいなくなると、僕は

 「木下先生。一つだけ、聞きたいことがあるんですけど」

 と言い、木下先生に父の事を尋ねた。

 父がこの事を知っているのか、知っていたとしたらどんな反応をしたのか、知りたかったからだ。

 「安心して、学校にいる事は、ちゃんと伝えてあるわ。あなたが無事だって事も知ってるわよ」

 「それで、仕事に行ったんですか?」

 「ええ、お仕事、忙しいらしいわね。あなたが大丈夫だって聞いて、仕事関係で迎えに行く事はできないけど、よろしく頼みますってお願いされたわ」

 「そう……、ですか」

 そんな事だろうと思った。

 親子関係、希薄だから。何で、こんな質問したんだろう?間抜けだな、僕は…。

 何かを期待していたんだろうか?

 天野さんが死んでいた事について、僕は犯人としては、ほとんど疑われなかったらしい。場に争った痕跡はなかったし、首吊りは、他殺の手段として無理がある。殺してから、吊るしたのじゃないのは、他に外傷が無かった事から、すぐ判明したのだそうだ。

 なにより、僕は気絶していた。殺してから、逃げもせず、その場で気を失う殺人者など聞いた事がない。自殺した天野さんを見て卒倒してしまったのだと、容易に想像がついた訳だ。だから、天野さんの死は、自殺だと簡単に断定された。それが自殺ならば、後の調査は、動機を調べる事だ。ならば、偶然に居合わせて、気絶してしまった僕などが重要であるはずもない。

 僕はそんな理由で、簡単に自由の身になったのだそうだ。幸村先生からその後にそう説明をされた。

 僕は、今日は休校だから帰っていいと言われて、それから直ぐに保健室を出た。もう少し休んでいけばと言われたけど、なんとなく、もう、居たくなかったから。

 保健室を出ると、そこには何故か相川さんが居た。

 偶然に、ここを通りかかったのか、それとも僕を待っていたのかは分からなかった。何だか、暗く、酷く疲れたような表情をしていた。

 「大丈夫だった?」

 一瞬の間があり、相川さんは僕にそう尋ねてきた。

 一応、心配してくれていたのかな?

 僕が頷いて、大丈夫だと意思表示すると、彼女は微かに笑った。

 「そう、良かったわ」

 そして、そう言ってそれから

 「災難だったわよね。でも、あなたがこんな事に関わる必要なんてないの。できるだけ、早くに忘れた方が良いわ」

 と、幸村先生と同じ様な事を言ってきた。

 そういえば、幸村先生のあの発言はなんだったのだろう?自殺は流行るものだから、僕をこの事件から遠ざけたかったのだろうか?

 それがどういう意味合いを含んだ言葉であるにせよ、もうこの事件を忘れるべきだという事には賛成だった。

 でも、少しだけ興味があった。幸村先生は一体何を考えていたのだろうか……


 僕は木垣さんに、あの時刑事さんに語った事と同じ事を伝えた。

 ただ、今度はそれが僕だけが感じた幻想であるかもしれない事も、付け加えて話した。

 木垣さんは、僕の話を聞くと、何かを考え込み

 「ふーん、なるほどね。でも、あの日、生徒会は多分、その時間帯よりかも随分、早くに終わっているはずよ。私の知り合いが生徒会役員やってて、そう言ってたから確かだわ。だから、きっとそれはあなたの勘違いね」

 と、やっぱりあの時の刑事さんと同じ様に僕の話を否定してきた。ところが、

 「でも、もしかしたら誰かが、生徒会室に居たというのは可能性があるかもしれないわね。鈴の音が聞こえたんでしょ?そんな人工的な音、普通は聞き間違わないわよ。それにあの日、水島君たちは何か用があって、生徒会が終わった後も、確か学校に残っていたはずよ。どれくらい居たかは知らないけど、田村が、あっ、その知り合いの名前なんだけどね。その田村が、確かそんな風に言ってたわ」

 と、僕の話を肯定する内容の事も教えてくれた。

 ただ、勝手に女になっちまえ!という文章に関しては、やっぱり僕の見た夢か何かだと思われたみたいで、その事には少しも彼女は触れなかった。

 それから、彼女は「ありがとう」とお礼を言うと、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。

 友達の死に関する事を話しているのに、彼女は随分と落ち着いている。少し、淡白に思えた。

 家に戻ると、相変わらず誰も居ない。少しは寂しいけど、やっぱり僕にとって、独りは落ち着く。

 僕は自分の部屋にいき、そのままベットでゴロリと横になって、木垣さんが言っていた事と、僕の幻かもしれない記憶の事について考えた。

 もし、僕の記憶が正しいとするなら、それを成り立たせるための条件は何だろう?

 生徒会がもう終わっていた事を刑事さんが知っていたのは、多分、天野さんが生徒会役員だから調べたのだろう、それならその事を伝えたのは、恐らく生徒会のメンバーだ。そして、僕の発言は、生徒会が活動していたという内容を指し示すものではなく、誰かが生徒会にいたという、否、鈴の音から少なくとも水島君は生徒会室に居残っていたのではないか?と考えた事を意味している。なら、僕の意見を完璧に否定できるのは

 水島君、だけだ。

 僕らを見つけたのを、忘れ物を取りに戻って偶然だと言っていたけど、もしかしたら、ずーっと学校にいたのかもしれない。それで、何かの異変に気づき、僕らを見つけたのかもしれない。

 それなら、あの黒板の文字も、水島君が消したのかも。それで、何もなかったと証言してしまえば、それで……、でも。

 勝手に女になっちまえ!

 そんな内容の文を、誰かに見られて困る事なんかあるのだろうか?だいたい、どうして水島君がそんな嘘をつかなきゃならないのかが分からない。

 ―――死神を呼ぶ鈴。

 ………もしかしたら、天野さん。彼女の自殺は、もしかしたら、自殺なんかではなく、他殺。

 それで、もしかしたら、水島君は、その事を知っていた?それで、何かの理由でそれを隠す為に、嘘をついた?そんな馬鹿な。

 それに、もしそうだとしたって、どうやって天野さんを殺したっていうんだ。検死の結果でだって自殺だと、断定されたんだ。


 (僕は、この鈴で死神を呼んでいるんだよ)


 まさか…、呪い……、とか。

 そしてその呪いと、あの黒板の文字は何かが関係していたのかもしれない。自分が学校に居る事も、それに関係して知られてはいけなかったのかもしれない。

 ……………。

 かもしれない。かもしれない。かもしれないっばかり、呪いなんて超常的なモノを持ち出せば、どんな不条理も解決できてしまうじゃないか。何で僕はこんな馬鹿馬鹿しい推論を繰り広げてるんだろう?こんな事をしても無意味なのに。幸村先生の忠告を思い出すんだ。もう、天野さん自殺の事は忘れよう。それが、僕にとっても周りにとっても、一番良い事なんだから。

 つまりは、僕には関係ない。逃げるのが得意な僕の戦略。いつも通りにしていればいいんだ。

 そして、僕は頭から布団を被って、そのまま眠れる事を願った。

 朝まで死体になっていよう。

 何も考えず、ただ横たわっていよう。

 こんな暴論で、他人を、水島君を疑ってどうするんだ。彼みたいな良い人が、なんでそんな事をしなくちゃいけない。僕の方が、醜い人間なのに……



 次の日の朝

 僕は登校し、さわさわとした教室の雰囲気を嫌がった。

 天野さんの自殺からしばらく、この教室も少しざわめきだっていたが、今はもう大分、落ち着きを取り戻したみたいだ。

 少なくとも、僕の感じ取れる範囲内では、そう感じられた。それは今までの、天野さんの事件前のクラスの雰囲気と同じだった。

 でも、このところ、僕の世界は更に狭くなっていたから、実際はどうであったかは分からない。天野さんの自殺を目撃した事で、僕は少なからずクラスの注目を集めていた。僕はその視線が嫌で、それまでよりももっと身を縮めていたから。

 水島君に対しての猜疑心……。僕は、それを心に感じてしまっている自分を恥じて、彼とすらも口をきく事ができないでいた……。

 机、僕の世界は、この机だけ。外界と遮断する。時間が早く流れてくれればいい。会話、笑い声、噂話、教室内の雑音をどこか遠くに感じればいい。誰にも触れずに早送り。時間は、どんどんと流れてく。

その日のHRが終わった。これで、もう学校に居なくてもいい。

早く家に帰ろう。

 チャイムが鳴った。

 ところが、次の瞬間。ガラッと教室のドアが開いた。皆の視線が集まる。

 僕は教室のその他大勢と同じ様に、何だろう?と、それを見た。もちろん、僕には関係のない事だと、思って。

 入ってきたのは、どこかのクラスの男子生徒で、何だか目つきの悪い奴だった。そいつは、何だか怒っているように見えた。

 そしてそいつは、僕の前まで来ると、

 「お前が、深田信司か」

 と言って、僕の返事を聞く前に、僕をボカリと殴った。僕には訳が分からず、多分、随分と間抜けな顔で彼を見た。

 彼は、それから

 「天野が死んだのは、お前の所為だ」

 そう捨て台詞を吐いて、そのまま教室から出て行ってしまった。

 なんなんだ…。僕の所為って。

 僕が、彼女の自殺を止められなかった事を怒っているのだろうか?

 今まで、考えもしなかったけど、言われてみれば、そうかもしれない。僕は、彼女が自殺する寸前に居て、その死をただ見送る事しかできなかったのだから。

 僕はショックを受けた。

 罪悪感が、湧き上がってくる。

 もしかしたら、他の皆もそんな事を考えているのかもしれない。水島君、もそんな事を考えているのだろうか?僕は、急激にそんな不安に襲われた。

 慌てて、水島君を見る。

 すると。


 雫が、一滴。

 頬を流れていた。


 えっ?涙?


 何で?

 水島君は、確かに泣いていた。悲しそうにして……

 何で、涙なんて流したんだ?

 続けさまに、異種の衝撃が、僕を襲い、僕は大いに動揺した。こんな時、僕に残された手段は、やっぱり逃げる事で、僕はその涙の訳を確認しないまま、黙って帰路についた。

 家に帰り、自室にこもる。たった独りの空間で、その事を必死に考えた。

 何で泣いたんだろう?

 天野さんの死を思い出して?あの場面で、それがあるだろうか?分からない。

 それとも責められている僕を哀れんで、それで泣いてくれたのだろうか?それが例え、偶然であったにせよ、僕には天野さんを見殺しにしてしまったという過失がある。それで僕を庇う事もできずに、ただただ涙を流したのだろうか?。

 ………違うと思う。

 あれは、もっと複雑な表情だった。

 あのかなしみの目は、哀しみの目ではなく、悲しみの目で。その目には、何かに怯えた感情が見え隠れしていた。

 何に、怯えていたのか?

 何が、恐かったのか?

 もし、天野さんの死が、彼の所為だとしたら?そして、それに対し罪悪感を感じていたのなら、その身代わりに、僕が責任を追及されている状況に対して、怖れ、畏れ、そして悲しみを感じるかもしれない。


 ああっ


 結局、僕はまた水島君が犯人だという思考に行きついてしまっているじゃないか。何故だか、頭から離れてないんだ。

頭の中がどんよりと曇っている。このところ、僕の精神はずっと不健康だ。

この所為なのかもしれない。

こんなんじゃ、駄目だ。

 誰か助けて。胸が苦しい。身悶える。

もう厭だ。こんな気持ちの悪い思考の世界にいるのは。離れたい。お願い。僕を、僕以外の、違う何かにして。僕の主観を消し去って、新しい何かが見てみたい。

別の世界へ。

 ジリリリリッ!

 その時、電話のベルが鳴った。

 気がつくと、僕は泣いていて、なんだか、少しだけ、頭の中がすっきりしていた。

 ……電話に出なきゃ

 僕は、自室の扉を開ける。廊下を渡り(その場所は暗かった)、受話器を取った。

 中からは、保健室の先生、木下先生の声が聞えてきた。僕は何とか平静を保ち、声で演技して、普通に喋った。

 「どうしたんですか?こんな時間に」

 「あっ、深田君。こんな時間に悪いわね。でも、急用なのよ」

 木下先生の声は、何だか重い。深刻そうに語り出した。

 「今、稲尾病院にいるんだけど、実は大変な事になっちゃてるの。生徒会役員の崎森君が、交通事故に遭っちゃってね……」

 「崎森?」

 「あら、知らないの?おかしいわね。今日、あなたの事を殴った生徒の事を憶えてる?彼が、崎森君なんだけど」

 「えっ、あの人、生徒会役員の人だったんですか?」

 なるほど、だから僕の事を恨んだのか。天野さんと彼は、知り合いだったんだ。それにしても、

 「何で、木下先生がそんな事を知ってるんですか?」

 「あなたのクラスメートに教えてもらったのよ。木垣さんっていう女生徒なんだけど」

 「ああ、彼女ですか…」

 天野さん自殺の前の様子について尋ねてきたあの女生徒だ。

 「それでね、深田君。今少し、困った事になってるのよ。その木垣さんがね。もしかしたら、崎森くんの事故は、自殺じゃないかって言い始めてるのよ。事故が起きる前の彼の様子がおかしかったっていうのが、彼女の主張なんだけどね」

 「はぁ」

 「他にも、何人か先生と生徒が来てて、あっ、浅野さんていう刑事さんもいるわ。天野さんの自殺から、まだ日があまり経っていないでしょう。心配して来てくれたのよ。それでね、悪いのだけど、あなたが殴られた時の崎森君の様子をここに来て話して欲しいの。ちょっとでも、参考になればと思って………」

 「………」

 「お願い。こっちはもう何だか陰惨な雰囲気になってるの。呪いだとか、言い始める人もいて、もう…」

 (呪い?)

 もしかして、水島君もいるのか?それで、呪いの話題が出たんなら、やっぱり……

 「あの、もしかして水島君もそっちにいるんですか?」

 「いえ、水島君はここにはいないわ。でも、彼も病院の方には来るはずよ」

 「!」

 僕は、意を決した。

 このままじゃ、いつまでたってもイライラが晴れない。見つけに行かなきゃ!

 水島君に訊きにいかなくちゃ。事の真相を、涙の訳を、僕が知らなくちゃいけない真実を!そうしなくちゃ、僕は救われない。

 幸村先生の忠告を、無視する事になっちゃうけど……、それでも

 僕は、家を出た。

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