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目が覚めるとまだ窓の外は陽が登ったばかりで薄暗く、青い光が冷たく「まだ起きる時間じゃないぞ」とでも言っているかのようでした。でも、早く起きるのも仕方ないと言えば仕方ないんですよね。昨日はアートに見張られて、寝ていろ寝ていろと厳しく怒られてたんですし。寝ているにも限界というものがあります。


幸い横を見るとアートが居なかったので、私はベッドから降りてそっと部屋のドアを開けてみました。高級そうな宿屋ではあるんですけど、ドア一枚挟めば廊下ですからね。見張りも無く簡単に外に出られるでしょう。アートは鍵を持っていたので外から閉めたんでしょうけど、私、そういえば鍵持ってないなあ。荷物があるから、防犯上の問題であんまり部屋を離れられないかも。


と、そんなわけで部屋から出て後ろを向いてゆっくりと音をたてないようドアを閉じて、振り返った私はすぐに大きな声をあげそうになりました。


「うわ?!」


こんな時間に大きな音をたてるのは人の迷惑になりますから、気をつけなければ。


「……アート、なんでこんなところに……」


ドン引きです。薄暗がりの中、アートが向かって正面、廊下の壁に寄りかかって立っていたのです。しかも、腕を組んでムスッとした顔で。あーあ、この人、一晩中ここに立ってたんでしょうか?恐ろしい、普通に怖すぎる。なんだか執念を感じます。勘弁してほしいんですけど、寒くないんですかね?私は今ちょっと出ただけで寒いですけどね、廊下。


「どこに行く気なんだ?」


おお、怒ってる!これ、怒ってるじゃあないですか。声がいつもより低いし、眉間に皺がギュッ!!!と寄ってるし!普段優しくてフレンドリーな人が豹変すると恐怖心もひとしおですよね。


「いや、あの」


「すぐに部屋に戻りたまえ」


アートはそう言って、右手でビシッと私の部屋を指さしました。有無を言わさずまた部屋で寝かせようとしているご様子。何目線の口調なのか分かりませんが、やはり私が部屋から出歩くのを防ぐためにずっと見張っていたようです。この人、大丈夫なのかな?なんか怖いんですが。いつ寝てるんですかね?あるいは寝てないのかも。立ったまま寝てたりする可能性も?


「と、とりあえず部屋で話しましょう。廊下ではあれですし」


「ああ。そして君はベッドに戻るんだ」


めんどくさっ!しかし、私はとりあえずアートを部屋に入れて鍵を閉めると、ベッドに腰かけたのです。アートは隣の椅子に腰かけて、向かい合う体制になりました。私は一度ため息をつくと、話を再開しました。廊下で話すとまだ寝ている人に迷惑なので。


「どうせ今日は出発ですし、ずっと見張っているのは少々神経質なのでは?」


「私は婚約者なのでストーカーではない」


「そんなことは言ってないですけど……」


婚約者だから見張る権利アリ!さっさと部屋で寝るべし!を徹底するつもりのご様子です。うーん、怪我が治ればこの見張りも終わるんでしょうから「心配性ね、オホホ」で終わらせることも出来るのですが。でも私が刺されたことで、私を常に見張って守らなければ、と思うようになってしまったのだとすればそれは結構面倒な事態であると言えるでしょう。あの時はイレギュラーな状況だったというか、今後あんな状況になることはまずないでしょうから、心配されても仕方ないワケですからね。


「どこに行く気なんだ?私を置いていく気なのか?」


「うわっ」


向かい合ったままアートが両肩を掴んできたので、その勢いと気迫に私は顔の筋肉を引きつらせます。


「お、置いて行くっていうか、ちょっと外がどんな風景か見ようと思っただけですよ」


“旦那がよそに女を作ったことで精神を病んでしまった奥さん”みたいなこと言わないでください。たしかに夢遊病みたいな感じで宿から出ちゃったことはありましたけど、大体、あの時もアートは追いついてきたじゃないですか。結婚から逃げたことからはじまった旅なのに、意図して置いて行ったことがない、というのも変な話ですけれども。もう呪いだって解けたし、そもそも居場所が感じ取れるならなにも一日中見張ることないでしょうに。


「どのみち今日は馬車で移動するんだから、その時にいくらでも見れるだろう」


確かに。


「でも、朝早く起きて暇だったので……」


「ダメだ。傷口が開いたら大変だし、移動するなら私が運ぶ」


やっぱり、お、怒ってる……。いや、むしろ怪我してる人を心配する姿勢としてはこれが模範的なのかも?私は怪我をしたり病気になっても心配してくれる人物がいませんでしたから、常識的な感覚というものがいまいち分かりませんでした。いや、今になって思えばシャーロットだけは、部屋まで様子を見に来て嫌味を言ってきたことがあった気が。あれ、心配してたりしたのかなあ。でも、めったに風邪をひくこともなかったから、そもそも心配されるような状況になることも無かったんですが。


「……アート、私は夢遊病なわけではありませんし、傷もそんなに痛くないですし……心配しすぎなんじゃないですか?それに、ちょっと……どうかと思いますよ。いつ寝てるんですか?」


「どうかと思う……?」


ショックを受けたような顔でアートが呆然と呟きました。なにやら地雷を踏んでしまったか?!流石に公爵様相手に言いすぎたか?!と私は半ばパニックになりつつ、すぐに弁解しました。


「い、いや、別に悪いと言ってるんじゃないですし、心配してもらえるのはありがたいことですけど、過剰なんじゃないかと……思った……だけでして……」


尻すぼみに声が小さくなっていく私を見て、アートは小さく、ふう、と息をついたようでした。安堵しているような、呆れているような。


「……君は進んだ技術の治療を受けたから、傷がもうほとんど治ってきているように錯覚しているかもしれない。確かに、縫って固定してあるぶん同じ症状の他の人よりは痛くないだろうし。でも、傷が根本的に治ったわけではないんだ。本来なら絶対安静レベルなんだから、技術を過信して、自分の怪我が軽いのだと錯覚して、無茶をしないでほしい。君は多分、自分の怪我の深さをきちんと理解できていない」


「そうなんでしょうか……」


「そうだ」


まともな顔でそれっぽいことを言われると急に自分が聞き分けのない子供みたいに思えてきて、恥ずかしくなってきます。怪我が急に治る便利な魔法なんてないって、アシュレイ様も言ってましたもんね。……って、すぐに意見を変えてアートの言葉をパッと受け入れて……受動的というか、主体性ないなあ、私は。でも、痛くないから大した怪我じゃない、と思ってしまっていたことは否定できません。


「……」


「……」


向かい合って、私たちはしばらく沈黙していました。お互いぶつかることはほとんどないので、戸惑っているのです。森でアートの殺人を止めた時とは重さが違いますが、これも多少は「価値観の相違」なのでしょうか。いや、今回は私が一方的に悪いか。アート、そんな泣きそうな顔しないでください、本当にすみませんでした。


とは思っていたんですが、私は、なんだかばつが悪くて喋り出せませんでした。


「ロイス、君の怪我が治ったら、その時は……本当は嫌だが、一人で外出したっていい。私の顔なんて見たくないって日がこれからあったら、私の居ないところで食事して、遊んで、しばらく離れて過ごしたって構わない。君に再会するまでは何年も会ってなかったくらいだし。でも、死ぬのはダメなんだ。死んだら取り返しがつかない。死んだら、君ともう会えない。」


「……あの、極端じゃないですか?それは……」


そんなに遊びまわる気もないし、アートから離れたいとか、1人になりたいとか、そんなことを深く考えての行動ではなかったのです。生きるとか死ぬとか、そんなことは意識していなかったというか。


「君の腹の傷は内臓スレスレまで届いていた。私は見て確認しているから、君よりも君の傷の深さを理解しているつもりだ。これから下手を打って死ぬ可能性だってゼロではない。本当に、本来なら絶対安静レベルの怪我なんだよ」


「分かりました……大人しくしてます」


「ありがとう」


私、そんなに重傷だったんですか。でもまあ、たしかにあんなに血が出てましたもんね……こちらも感じ悪いこと言いすぎましたし、アートには心配をかけてしまいました。本当に申し訳ない、


「……でも私、あなたの顔を見たくないなんて思ったことありませんよ。〝そうしてもいい〟という例に挙げられるのは不本意です。アートは、私に好かれているという自覚がないんですね……私、そんなに信用ないんでしょうか……」


「いや、そんなことはないんだが……放浪癖があるからな、君は」


「ええ?!」


放浪癖?!そんな自覚はないんですが、なんでそんな風に思われてるんでしょうかね。


「結婚寸前に家出したし、たまに気づかないうちに宿から出ていこうとするし」


「でも、家出は初めてですよ」


「初めてもなにも、普通の令嬢はしないぞ」


「私、貴族と言っても底辺の男爵家じゃないですか。しかも貧乏で、平民と大差ないし。平民ならある程度街を離れれば追われませんし、不満があればお金を貯めて家出する人もいると思いますよ?普通です、普通。あなたといて不満はないので放浪する気も無いですし。」


「でも散歩には行くんだな」


なんだか呆れたような顔してますけど、散歩してるだけで放浪癖があるとか言われたくないんですが。別に見慣れた故郷だったら意味もなく散歩なんかしませんよ!知らない場所に来たら見て回りたくなるのは仕方ないじゃないですか!仕方なくないって?うーん。それなら仕方ないですね。


「見たことない景色に囲まれてるのが嫌なんですよ。今自分が寝てる場所の周囲がどのような場所なのか、地形などを自分の目で見て確認したいんです。ほら、畑が広がってるのか、街が立ち並ぶ都会なのかとか、建物は木造が多いのか、石造りが多いのか、あとは、えっと、この宿屋!窓の造りが変わってるなあって思って、他もそうなのかな?とか」


「君は無関心そうに見えて、案外好奇心旺盛だよな」


アートは右手で頬杖をついて、ため息を吐くようにそう言いました。普通ですけどね、普通。


「あなたは賢いですけど、好きなものの話をしているときは手がすごく動きますよね。ジェスチャーっていうんですかね、バタバタ動かしてますよ」


「そ、そんなことないぞ。オタクかイタリア人じゃあるまいし」


「ええ?ほんとにありますよ!望遠鏡の話とか、あはは、はは……」


やっぱりたとえ話は意味不明ですけど。いたりあじん?はあ、でもともかく空気が和んで良かった。


そんなわけで無事に私が反省して終わったわけですが、結局アートは出発するまでずっと私のベッドの隣の椅子に座り続けました。寝てないはずなのに顔色一つ変わらないのがスゴいと思います。


そうして陽が昇ってから起きてきたみんなに挨拶して、ルドガーさんが動かす馬車にアートに運ばれ二人で乗り込み、ようやく私の感覚からすれば、の旅が再開したのでした。見たこともない景色、活気のある人たちの顔。「働く街」って感じで、なんだかこっちまでやる気出さなきゃ!という気になっています。具体的に何をやるかは知りませんが。


「カルドは工業の街なので景色がイマイチだが、色々と勉強にはなるぞ。日常生活に使うシャワーやら水回りの管はここで生産されている。あとは、鍋とか、井戸のくみ上げ機とか、まあ色々金属で栄えている街だ。他国にもないほどの産業技術でな、ハインは娯楽用の飾りなんかばかりだったが、こちらは実用的な金属製品に特化している」


「すごいですね、なんか、どこもかしこも金属っていうか、煙突から煙が」


「ここの領地には鉱山がいくつもあってな、国で使われる金属の5割はここでとれる」


「すごい!レイアスより小さい町なのに」


「お隣の街だから、私の領地のベルラも世話になっているな。貴族学校の同級生が今は領主だ」


「はーすごい!」


すごいしか言えないのか私は!すみません、異次元の話すぎて、すごいとしか言えないんですよね。


「アートは色々なことを知っていてかっこいいですね。あっ髪に枯れ葉がついてますよ」


「えっどこだ?」


風で飛んできたのでしょうか。綺麗な薄い色の金髪には、茶色い枯れ葉がかなり目立ちます。


「とってあげますね」


私は身を乗り出し、葉っぱを取り去りながらもすかさずほっぺにキスしました。


「ありが……なんで今キスした?!」


「枯れ葉を取ったら顔が近かったので……」


「……もーっ!」


はい、本日のイチャつくノルマ達成です。顔を赤くして拗ねてしまったアートですが、こういったコミュニケーションというか接触を増やしていくことで慣れてもらいたいところですよね。公爵なんですし、恥ずかしげもなく堂々としていていただきたい。このままでもカワイイけれども。


うんざりしたかおのルドガーさんを横目に、馬車は一定の速度で進んでいきます。普通に進めば明後日には、アートの領地に入るんですよね。旅が終わるのは寂しいですが、楽しみでもあるような、怖いような。家の人、どんな人たちなんだろうなあ。アートの家族だから優しい人たちでしょうけど、高貴な人たちですから緊張します。


そんなことに思いをはせながら、私は毛布にくるまって、アートに寄りかかったままカルドの街を眺めるのでした。





ロイスはしゃがずに大人しくしていろ回でした。次回、ようやくのベルラです。そのはずです。

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