表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/97

95


(まぶた)の裏に、冷たい陽の光が染みてくるような感覚がしました。


ああ、朝だ。朝日の差す時間にぴったりと目が覚めるとは、なんという健康的な生活。毎日こういう時間にすっきりと目覚めたいものですよね。今、ちっとも眠くないですし。


「……う……」


目が覚めた私は全身が鉛のように重たくって、それでもって、ものすごくお腹がすいたなあ、と思いました。体を動かそうとするのですが、腕がまず上に上がらなくて、身を起こそうとしても腹筋がブルブルと震えるばかりなのです。今の状態では常人かそれ以下の力しか発揮できない気がします。由々しき事態でした。


「おい!!アーチボルト!!ロイスが目をさま、さましっ、覚ましたぞ!!」


あ、これレオンさんの声だ。それと椅子が倒れる音も。噛みまくってるし、そんなに慌てちゃって。見張っていなくても、そりゃいつかは目が覚めますよ。たしかにいつも私は早起きですけど、今が少し、例えば8時とか9時とかだったとして、怪我人なんですからそのくらいの寝坊は全然あり得ることでしょう。アシュレイ様も傷を治すのには体力を使うんだとか言ってましたし。


「おはようございます。……あれ?ここ、病室じゃありませんよね?どこですか?」


周囲の異変に気がついた私は、首を少しだけ動かしてベッドから見える辺りをキョロキョロと目で確認しました。


「お前がなかなか目を覚まさないのと、あの病院に居てもまともな設備がないから、という理由で急ぎでエインズワース邸に向かったんだ」


「じゃあ、ここがエインズワース邸なんですか?」


壁は綺麗なクリーム色で部屋も広そうだし、ベッドは病院より柔らかくて寝心地がよく。シーツも真っ白なんですが、窓は木枠でもガラス窓でもなくって、四角い穴がぽっかり開いている状態です。お洒落ではあるんですが、セキュリティとしてはいまいちというか、雨や風が吹いたら掃除が大変そう。


天下の公爵家であれば、もっとゴテゴテした派手な見た目なのかと思っていました。全面金箔が貼ってあるみたいな。まあ、貧乏人の想像とは異次元の方向にすごいお家なのかもしれませんが。


「いや、ここはエインズワース邸ではない。たしか……カルド、という街らしい。レイアスの半分ほどの大きさの街らしいから、エインズワース邸のあるベルラに入るには二日かからないだろうとのことだ。一泊したらまた出発する予定だった」


じゃあ、私は移動に際してガタガタ揺れる馬車に乗せられたのに目が覚めなかったわけですね。すごい寝つきの良さ。心配されても仕方ないですよね、それは。ここに来るまでに私は誰かに持ち上げて運んでもらったんだろうし、それは多分アートだろうということは分かるんですが、なんとなく恥ずかしいので考えないことにしておきます。


寝ている間に次の街に入っていたなんて。それにしても私、寝すぎなのでは?アシュレイ様からもらった薬のせいでもあるんでしょうけど。そういえば、体は重いけど傷自体の痛みはなんだか弱くなっているような気が。血を増やす薬とか言ってましたかね、私の体内の血、本当に増えたんでしょうか。


「起きたか、ロイス。」


階段を駆け上がってきたアートは、両手にパンの飛び出た紙袋と飲み物の瓶をそれぞれ抱えていました。ああ、私お腹空いてるんだったな。そう思って身を起こすと、不思議と体を重いと思う気持ちが和らいだ気がしました。


「アート!おはようございます。」


「三日も寝てたんだぞ!体は痛くないか?視界とか、ぼんやりしていないか?」


三日!……三日?でも、レイアスの街を突破してるわけだし、私が目覚めないから出発したのなら、そのくらい経っててもおかしくないのかも?そんなに眠れるなんて、人体というものは不思議です。私も体質が人間離れしてきてしまってるんでしょうか。


「大丈夫です。すみません。でも、体調はむしろ良くなってますよ」


「え?な、なんでだろう……やはり君は特殊な体質だから、治癒能力も高いんだろうか」


「そうかもしれませんね、アハハ」


アートに対し「あなたの祖先から貰った謎の薬を飲んだんですよ」なんて言うわけにもいきませんし……まあアートは夢見がちなところがあるので言えば信じるかもしれませんが、そこはそれ。


「三日経ってるなら着替えて風呂に入りたいんですが、まずお腹すいちゃいました」


「食べろ食べろ。大量に買ってあるから」


「こんな量、私が起きなかったらどうしてたんですか?」


「自分で全部食べる。食べ物は粗末にしてはいけない」


「太りますよ」


「!」


「おい!俺の方を見るな!」


アートがなぜかサッとレオンさんのほうを見たので、レオンさんが言わんとすることを汲み取って怒ります。大丈夫大丈夫、太ってない太ってない。仮に太ってても現地ではモテモテですし。


ところで食事が済んだ後、私はアートたちに部屋から出てもらって、服を着替えることにしました。先日の血でガビガビの服はどうやらラーラが着替えさせてくれたらしくって、小綺麗な脱ぎ着しやすい服に変わっていました。が、三日経っていると言われるとなんとなく着替えたいですし。


「……あれ?!」


上の服を脱ごうと腹の辺りまで布を持ち上げたところで、私は動きを止めました。なんと、傷口が非常に奇妙なことになっていたのです。傷に向かって横向きに、1センチほどの間隔をあけて小さな細い金属のようなものがたくさん刺さっており、その上には何か、不思議な透明のまくのような物が張り付いていました。


「アート!アート!ちょっとアートだけ入ってください!」


私が外に向けて言うと、1秒経つか経たないかというタイミングでドアが開いてアートが部屋に入ってきます。なにもそこまで急いで対応しなくても。部屋の前にずっと立ってたんですか?


「どうした?!」


「私の傷口、なんか変なんです!これ!」


「オッ!?オッ、あ、ああ、傷口だな、傷口……!!これは……」


私が服を少し上に上げて傷口を見せると、アートはまじまじとそれを見て、驚いたような顔をしました。それからゆっくり膜の上から私の傷口に手を当てて、観察しています。そして、しばらく考えてからゆっくりと口を開きました。


「……こ……これは、私の家の関係者でなければ多分できない治療だ。旧世界の機器を用いた……君は回復していると感じているんだよな?だったら、害為すものでもないだろうし……」


あ、これ、それ、多分アシュレイ様が!あの人、結局勝手に治療していったのか!もしかして飲まされたのは眠くなる薬とか、何かしても痛くなくなる薬とか、そういうものだったんじゃ?!それで寝かせて、勝手に手術しようと最初から?!もしそうならアートに言わなきゃ良かった……と思っていると、アートが思い出したようにポンと手を打ちました。


「これは、エインズワース家に伝わる妖精さんの仕業かもしれない。」


「よ、妖精さん?」


何を急にファンタジーなことを……と私が思っていると、アートは嬉々とした表情で語り出しました。


「伝説上の謎の生き物と言われていて、昔、母から聞いたことがあるのだ。我々一族が本当に困ったことになったとき、ふと、なぜだか都合よく物事が解決することがある。そういう時、我が家に縁のある不思議な妖精さんが助けてくれているので、深く考えないように、と。」


お母様はアシュレイ様のこと知ってるでしょうし、子どもにはそう言っておけばめんどくさくなくていいと思ったんでしょうか。私も自分の子どもができたら、アシュレイ様についてそう言っておこうかな。妖精さんもアシュレイ様も似たようなものだし。いや、アシュレイ様は一応人間ですけども。


「そうなんですかぁ。不思議ですねえ、問題がないならそれでいいんですが」


「ロイスはこんなことも平然と受け入れて……天然だな!」


お前が言うか。って、本人には言いませんけど……


「でも、説明がつかないですから。アートだって同じ状況なら受け入れますよ、多分」


「いや、私なら寝てる間にUFOにキャトルミューティレーションされて改造手術を受けたんじゃないかとか、チップを埋め込まれたんじゃないかとか、そういうことを考えてしまって慌てるぞ」


「何言ってるか分からないですけど、すみません。勝手で申し訳ないんですが、着替えてシャワー浴びてきます」


「え?!シャワーは……でも、傷口は塞がりそうだし大丈夫なのか……?いや!ロイス、せめてシャワーは汗をかかない程度にしておいたほうがいい。血の巡りが良くなるとまた出血する恐れがあるからな」


「え?怖っ!気をつけます」


血の巡りが良すぎるのも考え物ですね。なんか、健康にいいみたいなイメージがあるのですが。傷口が開いたら大変なので、ぬるめのお湯をさっと浴びる程度にしておきましょう。賢い人の言うことは、とりあえず聞いておくのが得策というものなのです。


その後、私は10分ほどで風呂場から出て新しい服に着替え、部屋の外に出ようとドアを開けました。アートはまだ部屋の前に仁王立ちしていて、つい「うわっ」と言ってしまいましたが部屋に押し返されます。傷、そんなに痛くないんだけどなあ。アシュレイ様がやったってことは何かスゴい技術なんだろうし、多少動いてもいいんじゃ?


「ダメだダメだ!寝ていなくてはダメだ!」


「ダメですか」


ダメでした。そして私は真横に座るアートに穴が開くほど見張られながら仕方なくベッドに戻り、昼過ぎにはセドリックさんが昼食を持ってきてくれていて、みんなで話し合って明日の朝からまた移動を開始しよう、ということになりました。まあ、治療はもうされてるんですから急ぐ必要もないんですが。


寝たら早く治るんじゃないかという信念の元、本日のアートは会話をしようとする私に対して「寝ないと大変なことになるぞ」と脅してきました。具体的にどうなるのか尋ねると、少し挙動不審になって考え込んでから「キスするぞ」との返答が。別にすればいいんじゃないですか?それは本当に私にとって大変な事なのでしょうか?よく考えてから発言していただきたいものです……と、言いたいところではあったのですがやめておきます。せっかくアートが頑張って考えた「大変なこと」ですからね。


つまらないから今日は早めに寝て、明日は、馬車から景色を眺めてアートにこの街、カルドについて色々教えてもらいたいなあとひっそり思うのでした。






数日空きましたが更新です。寝てる間に大分エインズワース邸に近づいていました。

次回、恒例の馬車の上デート回になると思われます。今回も読んでくださってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ