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私が目を覚ますと、三人入ればそこそこ狭いくらいの病室に、ルドガーさんレオンさんラーラにセドリックさん、そんでもってアートが総勢5人揃って私の様子を覗き込んでいました。意識を取り戻してから数秒の間、なんだ?幻覚かな?とボーっとしていました。が、すぐに状況を理解して上半身を起こします。
「うわっ?!ここどこですか?!な、なんでみんなそんなに私を見てるんですか?!」
「よ、よかったあ~!!!目、覚ましたじゃん!!」
「なんでじゃないわよ!元気そうじゃない、なにが死ぬかもよあのヤブ医者!!」
みんな何やら、心底安心したって顔で息をついたようでした。医者のことを悪く言いだしたり、私が元気そうで気抜けしたり。私が死ぬかもとか言われてたんですかね?アハハ、体調もそんなに悪くないんですけど、あ、いたた。怪我は痛いですけど。
「出血多量だからもう目を覚まさずに死ぬかも、と医者が言ったんです」
「ヤブ医者じゃないですか」
ルドガーさんが説明してくれて、私はそう返しました。残念ながらヤブ医者です。
血が減ると眠くなってしまうのは自然の摂理といいますか、でも死を間近に感じるほどの出血とも思わないといいますか、なんといいますか。でも、放っておけば傷口から破傷風とかになって死んじゃうかもしれませんし、そこは危険なところですよね。そういえば包帯が新しくなってるみたいですけど、寝てる間に傷口とか洗い終わってたんですかね?起きてたら絶対痛いので、終わってたらいいなあ。消毒とか言って傷口にガーゼとかねじこまれたら、痛くて大泣きする自信ありますもん。
「まあ、この国の医療レベルはそう高くないからな。出店申請すれば免許もいらない田舎の医者だし、状況を説明しただけで、血がいっぱい出てたならヤバいという適当な理由で死ぬかもと言ったのだろう。私には分かっていたが」
「何言ってんのアーチ、あんたが一番に青くなってロイスちゃんから離れないとかってベッドにしがみついてたじゃないの」
「そんなことはない。別に青くなってなんかないし、死ぬかもとか全然思ってなかった」
「あ、思ってたんですね……」
否定はしながらも私の手をガッシリ握っているあたり、誤魔化しきれてません。馬車で結構な長話をしてたので、私が元気だってことは分かってたと思うんですけど。心配性ですね、まあ本当に死ぬのだとしたらせめて看取ってほしいので、そばに居てくれることはありがたいんですが。
「私たちは少し医者と話してくるが、すぐ戻る。あまり動かないようにな」
「はい。大丈夫です」
「病室が狭いからアタシたちもちょっと出るけど、無茶なことしちゃダメよ」
「はい。ご迷惑おかけします」
「ほんとにビビったんだからね!絶対一歩も動いちゃダメだからね!馬鹿!」
「馬鹿?!ごめん、ラーラ」
順番にみんなが病室を出ていき、レオンさんだけが残りました。どうしたのかな、と私が顔を覗きこむようにして見ると、なんだか泣きそうな顔をしています。驚いて「どうしたんですか」と聞くとレオンさんは隣の椅子に腰かけました。何か話し出すのかな、と待っているとレオンさんがゆっくりと顔を上げます。
「痛くないか?俺はいつも、何もできなくてすまない」
「え?なんだそんなこと……いえいえ、レオンさんは居るだけで癒しですから」
「癒し?!なんでだ?!」
「こう、動物的な」
「もう馬じゃないぞ」
レオンさんが少しムスッとしてそう言います。なにも出来なくて無力感に襲われる気持ちは分からないでもないですけど、私はレオンさんを役立たずだなんて思ったことはちっともありませんし。そもそも、何かができる、できないっていうのが理由で一緒に居るわけじゃないですから。人間は道具じゃないんですし。
「何もできなくてって言いますけど、森に入る時は私のことを庇ってくれたじゃないですか。それにね、アートもルドガーさんも友達ではないですから、私にとってレオンさんは人生で初めての本当の友達なんですよ」
故郷の友人のアイリは、私の友達ではあったけれど、きっと引っ越したら自然消滅するくらいの間柄なんです。彼女にとっても、私にとっても。でも、レオンさんは今のところ、人生ではじめてで1人きりの、命懸けで庇ってくれる本当に大事な友達なんですよね。もしレオンさんが国に帰っても、たまには会いに行って、どうでもいい話をしたいと思うくらいに。ラーラは、まだあと一歩でしょうか。会って期間が短いですからね。向こうもそんな、親友とまでは思ってないでしょう。
赤い髪、彫りが深くて割と濃い顔のくせに、イメージと違って結構気が弱くって、ルドガーさんと友達になれて本当に嬉しそうで、いじらしくって。人との関わりに飢えてて、不器用で、強がってるけど強がりきれてなくて、いっぱい食べるとすぐに太るし、弱いのに正義感が強くて、すごく優しい“いいやつ”。
「あ、俺は……俺の、人生はじめての友達も、お前だ、ロイス」
レオンさんは一度驚いた顔をしてから、ぐしゃっと情けない泣き顔になって、目からぼろぼろと涙を流してしまいました。私は大慌てでハンカチを取り出そうとポケットに手を突っ込みます。なんだか、前にもこんなことがあったような?いや、その時は泣かなかったんだっけ?
「うわっ!なんで泣いてるんですか?!ほら、ハンカチ……うわっハンカチが血でガビガビ!ごめんレオンさんハンカチ駄目だ!!」
前にアートがこの病院に入院した時に「病院着もないのか」と不満を言っていましたが、私も今は運ばれてきたままの血でガビガビの服のままです。ベッドのシーツもなんか薄汚れてるし、田舎なんてこんなものなのかなあ。というか、王都のあたりは病院ももっとすごいのかな?ここが田舎って言っても、私の住んでた田舎には、病院すらありませんでしたし。ベッドもない町医者の治療所もどきはありましたが。
私がどうしようかと慌てていると、レオンさんが袖で涙をぬぐって顔をあげました。その顔は、少しだけ笑顔でした。
「あは、あはは、良いんだ、こっちこそ悪い、改めて言われると、なんか嬉しくて」
「……レオンさん、私の目的は達成されましたが、これからあなたはどうするんですか?レオンさんがどんな道を選ぶにしろ、私は出来る限り力になりたいと思っています。」
聞きたくないけれど、今、聞かなければとなんとなく思いました。二人きりで話す機会なんてそんなにありませんから。それに、いずれは聞かなければいけないことですし。レオンさんは少しびっくりした顔をしてから、真剣な顔になって少し頷きました。
「正直、迷っている。セディと話をするうち、俺は手先が器用だと言われてな、その、手伝いとしてセディの工房に見習いとして就職して、将来セディの付き人になれるように修行しようかと……」
「え?!国は?!王子の仕事は!?」
忘れそうですけど、この人、南の島国の王子様なんですよね。あんまり旅仲間に馴染んでるもので忘れそうでしたが。
まあ、あなたがいいならそれでもいいんでしょうけど!お母さんの敵を打つだとか、国を立て直したいとか、呪術師とか父親である王様に馬にされた復讐がしたいとか、そういうのがあったんじゃないんですか?!なんでセドリックさんの付き人になる人生を視野に入れてるんですか?!病弱な弟か兄かなにかが王様になりそうだってんで、それも不安だから自分が王様になろうとしてたんじゃ?!
「あのな、そこも含めて……聞いてくれるか。色々考えたんだが、うまくまとまらなくて」
「はい。話は聞きますよ」
私が頷くと、レオンさんは、ふぅ、と息をついてからまた話しはじめました。その様子は、自分で心を整理するために一度私という自分でない人に話をして、冷静になろうとしているような、そんな風に見えました。
「この旅は俺の人生で一番楽しかった。終わらなければいいくらい、いろんなところを自由にまわって好きなものを食べて、大臣を挟まずに直接、友達とどうでもいい話をたくさんして……どうせ国王に追い出されたんだし、追い出された先のこの国で、自由に楽しく生きていきたい。好きな人の近くで」
ああ、そうか。レオンさんはセドリックさんに恋したんですもんね。なんだか、ものすごい確率な気がします。レオンさんを助けた当初は私のことを嫁にとるとか言ってたわけですし、異性愛者だったんですよね。それが、なぜか見るからに男性であるセドリックさんに一目惚れをして、今、この国に残ってまで近くにいたいと思っている。これ、私とアートじゃあないですけど、運命の人ってやつなんじゃないのかな。セドリックさんのほうも、最近は満更でもなさそうですし。
「……レオンさん、それは……良いと思います、すごく。あなた自身が楽しいのが一番ですから。国内に居てくれた方が遊びに行きやすいですし、私にとってもラッキーというか。でも、後悔しませんか?あなたは王子様として生きてきたんですし、これから、一般人の仕事に馴染むのだって、きっと楽ではないと思いますよ。働いてお金を稼ぐのも大変でしょうし。」
一応、思ったことは伝えておきます。決めるのはレオンさんですが、きっと王子として国に帰るのとはまた違った苦労があるでしょうし。今までは旅に同行するという名目でアートがレオンさんの生活費を負担していましたが、一生アートに養ってもらうわけにもいかないでしょうし。いや、金持ちだからありなのか?さすがにないですよね?
「後悔か……俺は今までいくらでも後悔してきた。これからも、いくらでも後悔するんだろうな。きっと故郷の国民が心配になることだってあるだろう。でも、国に帰っても、こっちに残れば楽しく暮らせたかも、と後悔するのは同じことだ。だからどうせ後悔するのなら、今ここに居たいと思う自分の気持ちを大事にしたい。」
迷ってないじゃないですか。うまくまとまらない、と言っていましたが本人の中で結論は出ていると思うんです。まあ、聞いてほしいというのなら聞いて真剣に意見を出しますが。お友達ですからね。
「まあ、レオンさん、王様ってガラでもないですし?」
私が冗談めかして言うと、レオンさんは至極真面目な顔のままで、頬をぷくっと膨らませました。不満な時の女子か?
「そんなことはないぞ。俺は、ずっと王子として緊張感の中を生きていたんだからな。」
まあ、冗談ですよ冗談。王子様ですもんね、具体的にどのような仕事をしていたのかは分かりませんが、政治関係の仕事をしていたなら、意外とアートのお手伝いとかのほうが向いてるかもしれませんよ?まあ、セドリックさんに勧められたなら手先も器用なのかもしれませんが。
「あと……」
「あと?」
「デブだらけの国に戻って、デブに囲まれ以前のように不健康に暮らせそうもない。」
「アハハ、ジョークまで言えちゃいますね。レオンさんもデブ一歩手前ですよ。」
「うまいものが多くてつい……って全然太ってないだろう!三歩手前だ!」
レオンさんは、なんだか吹っ切れたみたいでした。笑顔で冗談まで言っちゃって。もう、この国に残ることへの決意はできてるように見えます。まあレオンさんはまだ若いんですし、なぜかはじめからこの国の言葉が分かってましたし、読み書きができるのかどうかは分かりませんが、コミュニケーションに必要な程度の言語の障害はないでしょう。そんなに悩む必要ないんじゃないですかね?無責任な事を言うようですが。
「ジョークでもないんだぞ?まあ、それに国に帰っても別人だと言われて無理矢理に処刑されるコースかもしれないし、また、今度は国王に他の手段で殺されるかもしれないからな。夜も落ち着いて眠れない生活は、今の平和ボケした俺には堪える」
そうそう、平和ボケ万歳。平和を脅かすものは積極的に人生から排除していきたいものですよね。
「手伝えることがあるかどうかは分かりませんが、もしレオンさんの国の人が後からこっちに押しかけてきて文句言ってきたら、私が力を有効活用して全員こっそり始末してあげますよ。こう、ぐしゃっと」
「ぐしゃっと?!」
私が手で紙を潰すようなしぐさをすると、レオンさんが青くなってしまいました。冗談ですよ、冗談。半分冗談です。私が言うと冗談に聞こえませんかね?でも、不法入国者なら多少痛めつけても正当防衛ってことで片付くんじゃないでしょうか。私がやらないとレオンさん、弱そうだし。
「お前は公爵夫人になるんだから、高貴な貴族としての振る舞いを身に着けたほうがいいぞ。他の同年代の令嬢を力で脅しちゃダメだからな」
「そ、そんなことしやしませんよ……あんた私のことなんだと思ってるんですか?」
「優しくて強い生き物かな」
「反応に困る……」
「じゃあ、俺も下に降りてくるから、大人しくしてるんだぞ」
「私は暴れたことないですよ」
「そ、そうだな」
レオンさんは何か言いたげな顔をしていましたが、そのまま病室を出ていきます。静かになった病室で、私は枕元の机に置いてあったコップの水を少し飲みました。はあ、なんだか重大な話をされた気がするけど、アートに話したほうがいいのかな。レオンさんの住民票とかどうなってるんだろ。新しく作るのかな?
そんなことを考えながら一息ついていた時、私の右後ろに当たる窓の方から、聞いたことのある声が聞こえたのです。
「元気?昨日一回来たんだけど、ロイス寝てたからさあ」
私は心底びっくりして、慌てて振り返ったので、少し腹の痛みが悪化したのでした。
次回は、ちょくちょくちょっかい出してくる人とお話です




