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閑話 『おはようシャーロット』


心地いい風邪が頬を撫でていく。


これからどこへ行こうか。いいや、どこにだって行ける。


今までみたいに行ったことのないところを回っていく旅も楽しいだろうし、家族の待つ故郷の、海の見える場所に小屋を建ててそこに暮らしてもいい。長年帰らなかったんだし、どのみち家族には一度挨拶に行くべきだろうか。ひと段落して、ようやく俺の心の整理もついたようだし。


ラミスの遺体が入っていた木箱は、もうかなり傷んでいた。だから今、同じくらいの大きさの新しい木箱を店で買ってきたところだ。ロイスの返り血で服を真っ赤にしていたシャーロットは、流れで連れてきてしまったが、一日たった今もまだ目を覚まさない。とりあえず服を着替えさせて汚れた体を濡れた布で拭いたが、下心はゼロなので目が覚めても怒らないでほしい。今は、それだけが心配で面倒くさいと思っている。


俺がラミスの墓に向かっていくのを、ロイスは止めなかった。ロイスの婚約者だとかいう公爵は何か言いたそうにしていたが、小声でなにか、ロイスが引き留めているようだった。あの場所に辿り着けたのだから、ロイスにも墓の場所が分かっていたのかもしれない。俺は景色を覚えていたから辿り着けたが、やはりロイスは血のつながったものとして、感じるものがあったのだろう。あんな大けがを負っていながら文句ひとつ言わず見送る、優しくて甘くて、無関心で無表情な所は、良くも悪くも“私たち”の息子に似ていた。だから、“ルロイという他人を装わずに自分として向かいあう”には、顔をまともに見ることさえ怖くって、ろくに話しかけもしないで逃げるように去ってしまったのかもしれない。なんというか、子孫だとはっきりわかって嬉しくなる半面、自分の子どもと錯覚しそうで恐ろしくもあるのだ。


間違ってはいけない。あれは俺の息子ではなくて、他人の家の娘さんなんだから。


アゼルとしての記憶を持っていながら、俺には、墓の場所どころか故郷のある方向などはちっとも感じ取れなかった。だから何年も旅する羽目になったわけだが。


なのに、息子に似ているロイスはまだしも、見た目の似ていないシャーロットを見てすぐに子孫だと、はっきり感じとれたのはなぜなんだろう。不思議だが、自分はシャーロットとは出会うべくして出会ったのかもしれない。必要があって、運命に引き合わせられたのかもしれない。やたらと面倒を見たくなるのも、そのせいなのかも。ラミスがそうなるように考えていたのかもしれない。なんとなくシャーロットの行動も、多少はラミスの呪いに影響を受けていた気がするし。


シャーロットは、正直なところ「悪い子」だ。クソガキだと言っていい。でも、ロイスに執着して、構われたい子どもなんだ、ということは分かる。ルイスとしての人生では年下の兄弟が多いから、意地を張ったり、意地悪をして気を引こうとすることは子どもによくあることだ。でも、シャーロットは変なところに器用だったから、歪んで、おかしな方向に子どものまんまで育ってしまったのだろう。


ロイスの様子を見聞きするに、この双子の両親には問題がある。思うに、シャーロットは多少大人数のウザいガキに囲まれて生活して、荒波に揉まれて甘ったれたガキみたいな性格をどうにかした方が良いのだと思う。まっとうな人間に育つ環境が、シャーロットには無かったんだろうから。ロイスはそれを手に入れてしまって、シャーロットは置いていかれて、結局はロイスに相手にもしてもらえないし、気にしてさえもらえないのだから。そう考えると、可哀想な馬鹿だ、せっかくかわいらしい顔に生まれたのに残念なヤツ。……と、思えてしまう。


ボロボロの箱から新しい箱に、丁寧な手つきでラミスの遺体を移し替えた。人間の顔を見慣れていたから、狐の顔は見慣れない。案外かわいい顔をしているが、干からびているので元々はもっとかわいらしかったのだろう。健康な状態の狐のラミスと、もっと話がしたかったと思う。狐だということすら知らずに過ごしていたのだから、今となってはもう仕方がないが。


「ね、あなた。シャーロットが目を覚ましますよ」


後ろからそんな声がして、優しく肩に手を置かれたような感覚がした。聞いたことのある声に振り返るが、そこには誰も居ない。直後、ベッドから唸り声がして、マヌケ顔で顔をボサボサにしたシャーロットが起きあがったのだった。


「ねえ、なに、ここ?私、街を歩いてたのにその先の記憶がないんだけど」


「説明するには長くかかるが、運んでやったのは俺だから感謝しろ。あと風呂に入れ、不潔家出少女」


「なによ!憎たらしいわね、言われなくても入るわよ!ふん!」


疑問は疑問で追及すべきだと思うが、シャーロットは腹が立ったようで不機嫌に風呂場に突進していった。本当に、警戒心が薄くて無防備で、世間知らずの箱入りお嬢様というかんじで呆れてしまう。俺が若い女に興味のない妻帯者じゃなかったら、どうなっていたことか。あ、いや、正式には妻帯者ですらないのだが。


「おはよう、シャーロット」


これから、どうしようか。


なんだってできるし、どこへだって行ける。


ラミス、一緒にシャーロットを説得しようか?うまくいかなかったら、また二人で考えよう。あんまりにも昔は込み入った話をしなさすぎたから。うまくいけば、来世はもっともっとうまくやれる。隣人の子ども同士に生まれて、幼馴染で恋愛結婚なんてどうだろうか。もちろん、今の人生だってうまくいっているが。


窓の前に立つと、いい天気で、もう全部片付いたような気になってくる。


さっぱりした気分だ。


「ねータオルとってよ、二枚くらい。」


「はいはい」


子守りが終われば、きっともっと。




ロイスは怪我をしましたが、とりあえずスッキリしているルイスさん。

まあ、今はなんの責任もない立場なのでお気軽に。

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