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結局のところ、私たちは蚊帳の外。ご先祖様は、なんかそこら辺の関係者ですべてを完結させてしまいました。
現地に出向いて謝罪を受けて、さよならして、私はそれだけです。解決したことは良いことなので特に文句はないんですが、あの、ルロイさんというかアゼルさんというか、男の人は本当に何も説明してくれませんでしたね。
私が自分の息子に似てるとかなんとか言ってたのが聞こえましたけど、墓を掘って中身取り出してから、気絶してるシャーロット抱えてさっさと退散してしまいましたから。シャーロットの知り合いだったんでしょうか?うーん、ミステリー。
私にとって結構な謎は残ったままだし完全にスッキリとはいきませんが、呪いは解けたし、アートは私が死にそうなので「そんなこともうどうでもいいから、早く病院に行くぞ」ってスタンスでしたし。色々な細かい情報が目の前にとどまらず駆け抜けていってしまうのも、また人生の醍醐味ですよね。知りませんけど。
そんなわけで私は馬車に戻る途中、アートの手に抱かれながら気絶してしまい、目が覚めるとすでに揺れる馬車の上でした。刺し傷があまり痛まないのは以前、アートがどうしたのかってくらいの量買っていた毛布を、体にも巻かれた上に馬車の中に敷き詰められるだけ敷き詰めてあったからです。その上に乗せられていたから、多少揺れても毛布に衝撃が吸収されて……とかなんとか、衝撃吸収についてアートが隣で話してくれます。
「すごく痛むか?辛かったら言ってくれ、いつでも馬車を止める」
そんでもって、私を心配してアートがものすごく気を遣ってきます。この確認は目を覚ましてから5分おきくらいにしてきますし、本日すでに8回目。ええ、ちゃんと数えてますとも。そんなに確認しなくてもどうせ目的地に着くまでは移動しなきゃいけないんですから、我慢できますって。我慢できなかったら言いますって。
「いえ、それよりセドリックさんたちを一泊もせずに街に戻らせることになってしまって心苦しいというか……振り回してばっかりですね」
セドリックさんたちからしたら田舎の村に泊まるぞって言われて待機させられてたのに数時間で元の街に戻る羽目になってるわけですからね。私の怪我を見た時は真っ青になっていたので、怒ってはいないでしょうけど。
「それもこれまでだ。私たちが達成すべき目的はもう終わったのだから」
そうか、そうだった、と私はなんとなく再度実感を得ました。あまりに呆気なかったうえ、刺されただけで私はなにもできていませんし。いや、刺されたことは大事件なんですけど。
「アートがこの前行ったあそこの病院に行くんですか?」
「ああ。とりあえず消毒して、早めに手当てした方がいい。ある程度動けるようになったら大急ぎで私の家に行こう。エインズワース家の地下には最新の、時代錯誤の最先端医療器具が揃ったハイテク治療室があるんだ。あれは外部に漏れるとかなりまずいが、君は私の婚約者なのでまあ大丈夫だろう。病院より設備が良いぞ」
「わー、なんかすごいですねえ。一瞬で完治する魔法みたいなのがあるんでしょうか?」
超能力で一瞬にしてパッと治したりとか!そういう施設があるんですかね。国で1、2を争う金持ちなわけですし、なんか太古の特殊資料とかもあるみたいですし、とんでもない家に嫁ぐことになってしまったかも。
「そんなものはない。残念無念また来週」
ですよね。はいはい、ありませんでした。大抵のことは都合よく進んでいると思っていましたが、案外と世知辛い世の中ですね。今パッとアシュレイ様が登場して「デデーン!スペシャル傷治しビーム!!」とかって謎の光とかで治してくれると嬉しいんですけど。出来るだけ痛くない方向で。
「そうだな……説明すると、大きい切り傷を皮膚と皮膚を引っ張って寄せ、こう、ピタッと塞ぐ特殊なテープがあるんだ。素材が特殊だから貼ってある部分の皮膚が悪くなることもないし、治りも早くなるらしい。私は怪我しないので使ったことはないんだが、君の今回の傷は深いからな。ほんと、内臓に届いていなくて良かった……かなり深いから今思えば不用意にナイフを抜くべきでもなかったんだが、はあ、冷静さに欠けていたな。ルドガーの知識はこの世界の常識だからな、この世界では正しいんだが」
「アートはいつも、基本的にはこの世界じゃない常識で生きてるんですか?」
「そうとも。書庫の資料に他の解決法がある場合はな」
しかし「私は怪我しないので」って、あなたは鉄か何かで出来てるんですか?怪我なんてするときはするでしょうに。というか、テープテープって言ってますけど、テープってなんですか?そういうの、どこで作られててどこから仕入れるんですか?門外不出ならその地下に工房があるとか?
「テープというのはこう、紙よりも薄くて透明で、片面に特殊な接着剤が塗ってあってだな……」
あ、私の疑問を察して説明してくれましたね。ふーん、説明されてもなんだかイメージが湧きませんね。手紙を入れた封筒をノリを塗った紙で止めるときの、あの、紙の透明バージョンみたいな感じでしょうか。分からないけど、まあでも、見れば分かることなので深く考える必要もないですよね。
「私、怪我が治ればこれで結婚できますね。あなたは私のために死ねるとまで言ってくれたのに、私なんか自分の都合で死にかけちゃっててマヌケですみません。精神が弱いから意識を乗っ取られるのかな」
「君の精神は弱くなんかないさ。血のつながった相手からの呪いは特殊な状況なんだし、君のせいではない。血というのは縁だからな。常識的に生きてきた君にこの縁というものを説明するのは難しいな。良きにしろ悪しきにしろ運命というか、めぐりあわせというか、互いを引き寄せる力が強い、ということなのかもしれない。だから家族から離れたくても君はこうやって色々厄介ごとで手こずるし、まあそこは運が悪かったな」
「そうでしょうか?もう片付いたんだし、結果的には不幸が短期間に凝縮されてこれからは公爵に嫁に行って悠々自適生活が送れますから、ラッキーなほうじゃないですか?」
「私が迎えに行くまで十数年ずっと酷い目に遭ってきたんだし、ラッキーかどうかはこれからの私の心がけ次第ってわけだな」
「あはは、そうかもしれませんね。幸薄めの弱者なので大事に扱ってください」
私の返答にアートは少し笑い声を漏らし、慌てたように口を塞いでから咳ばらいをしました。いえいえ、いいんですよ。冗談ですからね。
「そういえばラミスによれば、君の呪いは、君を愛していない人間から順に忘れていくものなのだそうだ。私のことはどのくらいまで覚えてた?」
あれ、あれれ?そうなんですか。なんだか、最後までアートとシャーロットと、あとルロイさん……のことは覚えていた記憶があるんですが、変だなあ。シャーロットが私のことを愛してるわけないし。もしかして、シャーロットの中にあるラミスさんのことを覚えてたってだけなのかな?それとも、物凄くひねくれているだけでシャーロットは私のこと愛しちゃってたのかな。分からないものですね、色々と。
「アートのことは最後まで覚えてましたよ。私のこと好きなんですね、アート」
「それはもう、すごく好きだが。そうか、なんだか俺が一番だぞって威張り散らしたいな」
あ、なんか嬉しそう。自信があったんですね。何を思って威張り散らしたいのかは理解できませんけど。
正しくは、アートのことを思いだしたことが引き金となって全部を思い出せた、というかんじなんですけど。シャーロットや両親や使用人も夢には出てきたんですが、そこは記憶がぼんやりしていて、空気や雰囲気しか分かっていませんでした。結局「そう言われればそんな気もするな」なんて適当な認識の空間だったんですよね。
「あ、それと、夢の中にアートが出てきて、それで目が覚めたんですよ。その夢の中でアートは広い軍の練習場みたいなところにいて、はじめて会った日に着ていたような、こう、青い軍服を着てて、私が呼んだら笑って振り返って、私はここにいるよって言ってくれたんです。それで私、全部思い出せたんですよ。アートのおかげです」
私は怪我も忘れて、饒舌になっていました。アートのおかげで思い出せたって、そんな感じがして話さずにいられなかったのです。アートは私の話を頷きながら聞いてくれて、なんだか不思議な話だな、臨死体験みたいだ、と感想を述べました。それから、少し黙って、両手で顔を隠してしまいます。
「アート?」
「なんか、嬉しいんだが、嬉しくて、その、にやけてしまって……君、私のことが好きなんじゃないか?」
……と、アートは鼻から下を手で隠しながら顔を上げました。いや、好きですよ。言ったじゃないですか。でもいいんですよ、別にニヤけた顔をしたって。スピリチュアルでロマンチックな話ですからね。
「以前あなたは結婚をするにあたって、互いが互いを尊敬し、理解しあって愛を育むべきだって言っていましたね。私はあなたを尊敬してますけど、私には尊敬できるようなところ、ないなあ。大丈夫ですか?」
「そんなことはない。私は私と少しズレのある君の価値観を知るたびに感心したり納得して気持ちが変わることがあるし、尊敬できる部分はたくさんあるさ。私たちは悪人ではない上に、全く違う人間なんだから、尊敬できる部分はある。ルドガーにだって尊敬できる部分があるだろう」
まあ、確かに。ルドガーさんだって私よりはずっと立派な人ですし、私の怪力を知った時は驚いてましたけど今もまあ普通に接してくれますし。落ち着きがあるというか、適応力がありますよね。尊敬しちゃいます。
「まあ、私にとってはアートたちは基本的に上の人ですから、尊敬できるところは多いですね。ルドガーさんもやっぱり元軍人さんですから、大変なことが起こっても切り替えが早くて冷静ですよね」
「あ、でもあまり私以外を褒めないでくれ。というか、私を褒めてくれ。」
「そういう謎の張り合いをしてくるところが親しみポイント高いですよ、カワイイ」
「君の方がカワイイ」
ふと馬車の運転席の方から視線を感じて見上げてみると、ルドガーさんが私たちのことを死んだような目で見ていました。その目はまさに「うるせえ!俺をダシにしてイチャつくんじゃねえ!」とでも言いたげに見えます。すみません、馬車の上は暇なのでつい。
「街までどのくらいでしょうか、いたた」
「外は私が見るから君は動くな。そうだな、この速度で行けばあと30分くらいだろう」
「ちょっと寝ますね」
「ああ。そのほうがいい」
アートが頷いたのを見てから、私は目を閉じてまたしばらく、眠ることにしました。寝ている間はアートと喋れないのが残念ですけど、痛みを忘れられますからね。
そうして、私は目がさめるとレイアスの街の病院のベッドの上にいたのです。
次回から、エインズワース家に向かいます。他にも何か起きるかも?




