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今回は長めです。


ルイス=バセットは、アズライト帝国の中でも最も南に位置する、ガルドスという港町で生まれた。何代も前から続く珍しい木工細工職人の家に生まれ、幼少の頃から家具などを作る手伝いをして過ごした。両親からの愛情にも恵まれ、貧しくはあったが、容姿も整っていて明るい性格だったので、皆から好かれていた。


同時にルイスには兄弟も多く、7人兄弟の長男として、家を引っ張っていく立場にあった。兄弟も含め大家族で楽しく過ごして、家族の温もりに囲まれ、兄弟にも慕われた。


そんなルイスは18歳の夏、酷い熱が出て1週間ほど寝込むことになる。


意識を失っていた間に、長い長い、本当に、気が遠くなるほどに長い夢を見て、前世、醜い男アゼルとして生きた記憶を思い出したのである。


明るく賢く人と関わるのも得意な今のルイスとは対極にあるような、暗く愚鈍で素直なばかりの男、アゼル。人から愛されず、人ならざるものに愛され、自分も相手を愛すも、その愛すべき相手を殺してしまった男。呪われた運命に殺された男。


息子の結婚は見届けたはずだが、あの頃のことは記憶がぼんやりとしていた。家だけは覚えている。山ばかりの場所の村の端にポツンと立った、少し粗末な木造の小さい家。


今の自分なら、きっともっとうまくやれた。ラミスを殺すような事態になんか陥ることはなかったに違いない。あの村で、アゼルを酷く差別するものの居ない村まで逃げ切って、家族3人で仲良く暮らせたはずだ。……そう、ルイスが何度思ったことだろう。


アゼルがまともな教育など受けておらず、言葉が喋れるだけの原始人並みの人間だったから仕方がない、というのはルイスにも分かる。家族に恵まれ、色々な人と話して色々な場所に出かけ自力で知識を得た今のルイスと、山奥に閉じ込められるようにして生きていたアゼルは比較対象にすらなるまい。


だが記憶を取り戻したルイスは、自分が今でもラミスを深く愛しているのだと気がついた。社交的な自分が昔からどうして異性を全く好きにならないのか、と不思議だった。だが、この魂は昔の恋を未だに引きずっているのだ、とその日に気がついたのだ。ラミスの死体が今どうなっているのか、墓に行ってきちんと確かめたいと思った。せめて花を捧げるだけでもいい。墓の横の自分の家がまだあれば、またそこに住んで一生を終えても良いかもしれない。


……だが、前世の記憶に街の名前などない。山に囲まれたどの街なのか、村なのか、なんという名前の場所なのか。そんなことアゼルは知らなかったので、家の近くに立てたラミスの墓についても分かるはずがなかった。


決めると行動の早いルイスは、家族に旅に出ることを告げて、旅に向けた準備を開始する。自分が居なくなっても困らないよう、何ヶ月かをかけて兄弟たちに家の仕事のやり方を叩き込んだ。


目的は話せないが、自分にとって一番大切なものを探す旅だから、何年かかるかはわからない。だが、必ず戻るからみんな、協力しあってこれからも楽しく暮らして欲しい。そう告げると、ルイスの次に家を支えていた次男、16歳のハヌルは、張り切って「もう兄さんなんか居なくても余裕だ、余裕!」と笑って背中を押してくれた。家族もみんな、いつでも帰って来いと言ってくれた。


そうして19歳の春、家族の声援を受けてルイスは旅に出た。ありとあらゆる街を回り、山の多い場所をしらみつぶしに回った。それでも、アズライト帝国は広大な土地であり山の密集地帯も多いことから、目的地は中々見つからない。平民には地図など普及していない、という理由もあるが。


そうして4年もの歳月が経過して、今年ようやく、レイアスの街をウロついていたシャーロットに出会えたのだ。ルイスは、もう23歳になっていた。


シャーロットを見た途端、ルイスの全身に衝撃が走った。ああ、あれ、自分の子孫だ。いや、子孫でなくとも確実に〝関係者〟には違いない……と思った。アーチボルトが直感で運命の相手にロイスを選んだように、ルイスにもアゼルと関係のある人間のことは直感で区別できたのだ。見た目こそ見覚えはないが、間違いないと思った。ついでに、その時のシャーロットは数人の男に絡まれていた。


シャーロットは見た目はとても魅力的なので、田舎では絡まれまいが、人の多い雑多な街では目をつけられやすい。それに、見るからに世間知らずのお嬢様ってかんじの白いワンピースなんかを着て高そうな小さい鞄一つだけを持っていた。シャーロットにとっては、それが一番動きやすい格好だった、というだけなのだが。宿屋には他に荷物も結構あったし。


「俺の連れになんか用か?」


ルイスは、ならず者に絡まれそうになっていたシャーロットに軽い調子でそんな、よくある助け舟をだした。知り合いを装うというものである。運よく恋人と誤解されれば、面倒だからと開放してもらえることだろう。


「な、なんだ男がいたのかよ。先に言え!」


「あーあ、他を探すか」


ルイスに連れと言われた途端に、三人の男たちは残念そうに去っていく。襲いかかって来なくて助かった、とルイスはため息をついた。強引に必死で、というわけではなくどうやらお気軽なナンパだったらしい。ようやく手がかりを得そうだった所だったので、ルイスの方も神経質になっていたのだ。


何年もの旅の中では面倒ごとに巻き込まれることもあったし、喧嘩もたくさんした。頬の傷はその時についたものだし。だから、ルイスは雰囲気や町並みで大体の治安は察することができたのだが。ようやく見つけた“関係者”を、見失うわけにはいかないので、焦っていたのだろう。


「よお、危なかったなべっぴんのお嬢ちゃん。一人でこんな人気のないとこフラフラしてちゃ危ないぜ」


すかした態度でそう言うが、心中穏やかではない。


「は?なんなのあんた、助けたつもり?頼んでないわよ」


この、クソガキ。困った顔してたくせに、なんでこう態度が悪いのか。親はどんなしつけをしてるんだか、ルイスはそう思ったが、とにもかくにも食い下がった。ここで手がかりを逃してはまた何年彷徨うか分かったものではない。


「そりゃ頼まれなくとも、か弱い女の子を助けるのは男の義務だからな」


……もちろん、アゼルであればこんなキザなことは言わない。アゼルの記憶を持った、ごく普通の幸せな家庭に育ったルイスだったからこそ、なんの躊躇もなくシャーロットに話しかけることができたのだ。もちろん、ロイスに対しても。


そうしてルイスはシャーロットの様子を見ながら一週間と少しばかり、面倒を見つつ話を聞いた。双子の妹を探しに来たのだ、とシャーロットは言う。妹の話は墓とは関係がなさそうなので、ルイスはとりあえずシャーロットの妹を探し出してから、その家族に先祖の墓の場所について聞き出そうと思った。だが、シャーロットがロイスを探していた経緯が特殊なものだったので、ロイスとも自分のことを偽って対面する羽目になったのである。


ロイスのことも、見てすぐにわかった。シャーロットの見立てが正確に当たって実際にロイスがレイアスに居たことも驚きだが、何よりもルイスが驚いたのは、ロイスが、あまりにも自分とラミスの息子によく似ていたことである。キッとした切れ長の目に、髪の色は違うがサラサラで真っすぐの髪。不愛想に見えるけれども、ふとした瞬間に見える無邪気な笑顔。


ロイスが自分の息子の面影と重なり、ああ、なんてかわいいんだろう、嬉しいんだろうとルイスは思った。シャーロットに頼まれてきたという名目なので嘘をついてルロイと名乗ったが、本当に驚いて、会えてうれしいと思った。婚約者を名乗る様子のおかしいアーチボルトには本気で不信感を抱いたし、なんだか親になったような気になって、本当に心配になってしまった。つい演技に熱が入ったが、自分の子どもに本当に、本当に似ていたのだから、仕方あるまい。


アゼルとラミスの子どもから血がつながって、ここにそっくりな子孫が存在している。それだけで、ルイスは救われたような気になった。


そうしてロイスを連れ戻すのに失敗した後、二日ほどしたある日、シャーロットは姿を消した。もちろん監視していたわけではないので出かけただけ、という可能性も無くはない。だが、状況が普通ではなかったのである。ルイスはシャーロットとは別の宿に泊まっているので、一日に2度は様子を見に来るようにしていた。


その日ルイスが部屋を訪れると、なんとドアが開け放たれ、地面には水の足跡が出来ていたのだ。服は無くなっているので着ていると思うが、部屋の状況を見るに、シャワーを浴びた後に全身がびしょ濡れの状態で服だけ着てここから出て行ったのだろう。なぜそんなことを?普通ではない!とルイスは大慌てで宿から出る。


足跡をたどって、周囲の人間に散々情報収集をして、ルイスはシャーロットが、少し離れた村のほうに歩いて行ったことを知る。裸足(はだし)でずぶ濡れという異様な様子が恐ろしく、誰も声をかけなかったようだ。だが、ルイスにははっきりとそれがラミスの仕業で、目的地の村がラミスの墓のある村だということも分かった。点と点が線でつながり、ルイスは旅に使っていた馬に乗り込むと、出来るだけの速度で駆けだす。


しばらく走ると見慣れた景色が見えてきて、記憶のままに家の方へと走った。人気はなく、遠くに見えてくるのはシャーロットと、アーチボルトに抱かれた、重傷を負ったロイスと、その護衛のルドガーだけだ。セドリックたちは近隣の民家のような宿屋の中にいたので、ルイスと出くわすことはなかった。


そうして、時間は現在に戻ってくる。


「お前はまだ、死ぬことが出来ていなかったんだな。俺のせいで。ロイスが俺たちのオリヴァーに似ていたから、心配だったんだよな。お前が人の不幸を思って悪いことなんてするはずない」


シャーロットの中に、今、ラミスが存在している。そう理解したルイスは、振り払われてもラミスの手を再び取りなおして向き合った。今度は、ラミスは手を振りほどけなかった。強く掴んだからだ。今この場で話をしないと、もうできないような、そんな気がしていた。


「あなたの、あなたのせいなんかじゃない!!違う、悪いのは、私たち以外の人間なのよ!!それに私、私は悪いことをするわ!あなたが思ってるような女じゃない!人を恨んで憎んでいるもの!!」


ラミスはヒステリックに叫び、ルイスの手を振りほどこうと暴れた。その目には涙がにじんでいる。ラミスの感情の明確な変化に、全員が少し息を呑む。


「でも、お前はオリヴァーの結婚の邪魔をしなかっただろう?オリヴァーにはなにもしなかった。……俺の記憶が無くなりはじめていたのが、お前のせいだってことは本当はわかっていたよ。だから、シャーロットに聞いたロイスの記憶のことは……俺が死んでから寂しかったんだよな」


ルイスが優しく語りかける。ラミスの頬に一筋涙が伝った。


「私、違う……!」


ラミスは空いているほうの手で涙をぬぐい、必死で首を横に振るが、言葉がうまく出てこないようだ。きっと、言い返せない部分も多いのだろう。


「オリヴァーは幸せそうだった。なあ、俺が死んだ後も見守っていてくれたか?オリヴァーは人を愛して、不幸になったか?幸せになったか?」


ルイスの問いかけに、ラミスが少し口を閉ざす。だが、話しはじめるとやはり感情が表に出てしまうようで、表情が悲しみに歪んでいく。


「……オリヴァーは、あの子は……あの子は、流行り病で若くして死んでしまったわ。でも、私、病気を治せなかった……呪う以外には、なにもしてあげられないのよ!!見ているほかに何もできない!心がどんどん暗く染まっていってしまった!あなたが死んだりするから!!」


どうすれば成仏できるのか、などラミスは知らなかった。ただ、息子を見守り、息子が死んでもあの世には行けず、骨という残留物に心だけが残って、こんな寂しい場所に置き去りにされてしまった。子孫の様子を見ても心は癒えず、息子によく似たロイスは酷い生活を強いられていた。忘れさせる以上になにもできないので、ロイスを幸せにもできない。


「ああ、俺が弱かったからお前を殺すようなことになってしまった。死にきれなくて、長くつらい思いをさせたよな。ごめん、ラミス。でも俺はまだお前のことをずっと愛している。どうか、今度こそ幸せにするから、俺と結婚してくれないか」


「……は?私、死んでるのよ?シャーロットの体で結婚なんてできるわけないでしょう!」


何を言っているんだ、とラミスだけでなくその場の全員が思っていた。シャーロットの体にいつまでも憑りついて暮らすことは、シャーロットを殺すことだ。シャーロットの人格を否定することになる。死者と結婚など、できるはずもない。


「シャーロットと結婚するわけじゃない。お前の骨を掘り出して、旅に一緒に連れていく。俺が死ぬまで一緒に旅をして、俺が死ぬときに、一緒に焼いてもらおう。骨を粉にしてもらって混ぜるんだよ。俺が死ぬとき、一緒にこの世から消えるんだ。俺たちは、一緒になれる。」


死を共にする誓い。きっと、ルイスは一生涯他の誰とも結婚などしないだろう。書面に残っていなくても、アゼルとラミスはこれから共に居ることができる。きっと、きっとだ。


ラミスは驚いたような顔をして、ちらりとロイスのことを見た。それから少し目を伏せる。


取り返しのつかないことを、いくつもしてしまった。誰にも自分の声など届かず、何もできず、必要とされず、忘れられたラミスは今の今までただの悪霊となっていたのだ。ロイスを、守ろうとしたものを不幸へと追い込もうとしてしまった。その様子を見て、ルイスがふ、と息をついた。


「お前が今までに何人を不幸にしてどれだけ悪いことをしていたとしても、今、ロイスを刺したことも、世界中の誰もが許さなくても俺だけは許してやる。だから、もう俺のことだけを見てくれ」


「ア、ゼル様……本当に、馬鹿な人。あなただけは変わらない……もう、私を置いて行かないのですね」


ラミスはそう言って安心したように、ほんのわずかに微笑む。ラミスにとっての世界は、少なくとも幸せな“人間の世界”は、アゼルとオリヴァーだけだった。最も信じられるアゼルの生まれ変わりに許すと言われて、心から安心したのだろう。


「ごめんなさい、ロイス。愛しているわ。きっと、幸せになって」


「はい!」


離れていても聞こえていたロイスが、最後か!と気づいて出来るだけの大声で返事を返す。不思議と、殺されかけた怒りは沸いてこなかった。こんなにも痛いのに、仕方がないなあ、もう、と思えたのだ。せめて気持ちよく送り出そうと思ったのだ。


「きっと、本当に連れて行ってね、アゼル様」


ラミスはそう言ってルイスに抱き着くと、そのまま意識を失った。ルイスはアーチボルトたちになにか言うでもなく墓の場所まで行き、手で丁寧に墓を掘り、埋まっていた木の箱から狐の死体を取り出した。骨にはなっておらず、干からびたミイラのような死体だった。それをルイスは手持ちの布で丁寧に包み、一人馬に乗って、地面に寝かせていた土ぼこりと返り血で汚れたシャーロットを担いで、馬で去って行った。


あーあ、洗濯が大変だぞ、これは。……そんな、呑気なことを考えて。


こうして呆然とするばかりのアーチボルト一行の呪いを解くという目的は、意図しない第三者によって達成されてしまったのである。


もう二度とラミスが出てくることはなく、ロイスが記憶をなくすこともなく、ルイスに運ばれて宿屋で目が覚めたシャーロットは、元の性格悪い子の、ただの普通のシャーロットだった。


そして村を出る時まで、村の住人たちは相変わらず、家屋から出てくることはなかった。







好きな人に説得されて即落ちるラミスさん。ルイスさんに憑りついて、魂で死ぬまで一緒に過ごします。次回はロイスの手当てしなきゃ!回です。

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