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ルドガーさんが私たちの前に立って、向こうにいるシャーロットと相対しています。この状況は非常に、なんというか、ルドガーさん、ちゃんと護衛じゃないですか!私の知る限りではシャーロットは普通の人間ですから、ルドガーさんが負けることはまずないでしょう。しかし、見るからにシャーロットの様子が普通でないこともまた確かな事実で。


「私、や、やっぱり立てるので、降ろしてください」


念のために、アートも手ぶらで戦える状態のほうがいいと思った私は、そう言ってアートの手から降りようと少し動きました。しかしほんの少し身動きしただけで、傷口のあたりに激痛が走って目の前が星を散らしたようにチカチカと光って頭がくらくらしてしまいました。アートはそんな私を見て抱く手に力をこめ、降ろす気がないというように、真剣なまなざしで私を見ました。ひえ、こんなに近いのにそんなに見つめないでください。なんか照れるなあ、傷が痛くて照れてる余裕もないんですけど。


「ダメだ。やっと出血がおさまってきたのに、立って力が入ったらまた血が止まらなくなる」


アートの顔色が悪いのと、少し離れたところに出来ている、まだ乾いていない血だまりを見るに、私はかなりの深手を負っているようです。もちろん気が遠くなりそうなほどの味わったことの無い激痛ではあるのですが、泣いて騒いでも治るわけではないし、先に目の前の厄介ごとを片付けるのが先決かな、と思っただけなんですが。


「……シャーロットは、どうしてこんなところに居るんでしょう。家出でもしてきたんでしょうか。嫌われてはいても、恨まれる心当たりはないし」


「こいつはシャーロットではない。覚えているか?以前、ミサカツキの主が話してくれたお前の先祖の狐、ラミスの怨霊が憑りついているようだ。多分、以前君が意識のないまま宿屋から出て行ったときのように、無意識でここまで連れてこられたのだろう」


「そんな非現実的な」


私は呆れたような気持ちでアートの顔を見ましたが、アートは真っすぐにシャーロット、及びラミスの方を見ていました。ラミスは「もう、全部どうでもいい」というような無表情で何もせず立ち尽くしていました。私の意識を取り込めなかったので、呪いが失敗してしまったので放心しているのでしょうか。


ルドガーさんも冷静な人なので、焦って切りかかるようなことはしません。相手は女性ですし、強いかどうかも分かりませんから。アートが命令すれば攻撃するでしょうけど、先ほどアートはラミスに説教をするとかなんとか言っていましたよね。


「お前は、またいつ今度ロイスの意識を乗っ取って記憶を消し去るか分からない。殺そうとするかもしれない。だからこそ今、意思疎通の出来るときに、話がしたいと思っている。ロイスは私にとって必要な人間だからだ」


アートがそう、向こうに届くくらいの大きい声で言うと、ラミスは不機嫌そうにアートの方を向きました。見た目がシャーロットなのに中身はシャーロットじゃないんだと思うと、なんとなく、ものすごく不気味な感じがして怖くなってきます。アートの上着を握る手に、少し力が入ってしまいました。それに気づいたのか、アートが私に小さく「大丈夫だ」と言ってくれます。それだけで私はとても安心できました。


「……お前がロイスを裏切らない保証なんてない。いつか裏切られて酷い目に遭うくらいなら、今死んで私と幸せに、永久に時を過ごす方が幸せよ」


ああ、さっきの夢のシャーロットも、この人だったんでしょうか。そうですよね、シャーロットは私のことが嫌いで、嫌がらせばかりして、孤立させていたんですから。家族みんなで仲良く“永久に”なんて望んでいるのは、不幸にも弾みで愛する夫に殺されてしまったラミスのほうなのでしょう。


きっと夢の中であれば、ラミスの思うままに暮らせば、苦しむ時など来ないように管理してもらえるのです。だから殺そうとしたのでしょうか。いや、このままだと死にかねませんけど。


「それはお前のことだろう。お前は夫と子どもと過ごした幸せな日々など不必要なもので無価値で、失うなら初めから出会わなければ良かった、と後悔しているんだろう?人に自分の人生経験を押し付けるのは傲慢な行為だ。お前の愛が足りなかったから、人を愛さないほうがマシだ、などと思うのだ」


そ、それもどうなのかなあ。本当に愛してても割り切れない気持ちって、あるのかもしれませんよ?私には分かりませんけど。


まあ、私たちはラミスとアゼルほどは過酷な状況での結婚じゃないですからね。私は家族たちからは嫌われ者ですけど、他から直接悪意や嫌悪をぶつけられたこともありませんし、まあこれから貴族間でのいざこざはあるかもしれませんが、自分の身を守れる程度の力はあるつもりですし。ああ、もちろん意識があればですけど。


「私は本気で家族を愛していたわ。お前なんかに何が分かるというの?私は全てを経験したうえで、これからロイスが不幸にならないように守っているだけ。家族で過ごした日々は、無価値なんかじゃない。本当に幸せだったわ。だからこそ、幸せになってしまったから、知ってしまったからこそ私もあの人も不幸な目にあった。幸せになればなるほど、愛すれば愛するほど、失った時のつらさは増していくのだから」


でも、はじめからない方がマシってのは極論ですよね。全ての危険要素を排した平地を進んでいくのはつまらない人生だと思うんですが、ラミスにとっては、上がり下がりの激しい人生より、つまらなくても何も起こらない人生のほうがいいのでしょう。まあ、個人の感覚の違いの範囲ですよね。


暖炉がなくてもギリギリ人は生きていけるけれども、一度暖炉の暖かさを知ってしまえば、それがなくなった時の吹雪の夜は、より一層寒く感じるものなのです。


「そうかもしれないな。だがそれを決めるのはロイスだ。この世に確実なことなど何もないし、お前の言う通り私かロイスが死んで、互いに悲しい経験をする結果となるのかもしれない。


私に雷が直撃して即死するかもしれないし、私がいないとき、今日みたいにロイスが通り魔に刺されて死ぬかもしれない。人生なんてどうなるかなど分かったものではないのだ、特に、生きた人間の心は。


私が心変わりすることは絶対にないと誓うが、ロイスが私から離れたくなることもあるかもしれない。周囲の人間や環境にだって、意図せぬところで迷惑をかけられるかもしれない。だが、今、この時に何を考えてどう行動するのかはロイスの自由だ。すべてはロイスの自由意志の元に決められるべきことだ。その結果には人生と命を懸けて私が責任を持つ」


そんな、私だって心変わりなんかしませんよ!人聞きの悪い。


でも、これってどんな人でもしている、当たり前の人生のあり方だと思うんですよね。全く楽しいことも悲しいことも経験しない人間なんていないでしょう。まあ、つらいことばかりで死んでいく人だっているでしょうけど、大なり小なり、今日は晴れてて良かったなあ、とかちょっと美味しいものを食べられたとか、いつもより体調がいいかも、とかそんな幸せを感じた経験は持っているものです。


幸せが不幸より強烈だというのであれば、それよりも強烈な幸せを稼いでおけばいいと、私は思います。それになにより、私の人生は一番下から、今、一番上に向かって歩いている途中なのですから。


「わざわざ危険で不幸なほうに飛び込んでいく必要なんてないわ。ロイスの幸せを心から思っている人間なんていないんだから、ロイスを愛して幸せを願っている私が母代わりにその子の幸福を考え、守ろうとするのは当たり前のことよ」


あ、ありがた迷惑!ていうか母代わり?!それに、何気に私、酷いこと言われてませんか?!今は私のことを心配してくれる人だって、いくらかは居るんですからね!


「さっきも言ったがお前は、一番楽な方法で物事を解決しようとしている。怠惰に過ごして無意味な時間を得るくらいならば、命がけで必死にもがいて幸せに生きようとするのが人間だ。いや、そうあるべきなのだ。ロイスの人生は私が命がけで有意義なものにしてみせる」


「ふん、なんの勝算があって……」


そこで、ラミスの視線がアートから外れて私に向きました。私はラミスと目が合った途端、深い悲しみを感じたのです。ああ、恐ろしいと思っていたけれど、彼女は不幸なただの人。動物から人間になってしまったから、純粋なのに、人間の醜さも知ってしまったから歪んでしまっただけの。親切心から、本当に私のために私を殺そうとしたのでしょう。


「ラミスさん。私、あなたとあなたの旦那さんのお話を聞いたんです。誰に聞いたかは言えませんが、だから、あなたが誰なのかも、どうやって死んだ人なのかも知っています。あなたの気持ちまでは分かりませんが……」


ラミスの表情が、更に曇ったように見えました。考えてもみれば見た目がシャーロットであろうとも、私は今、はじめて自分に呪いをかけた張本人と対話できる状態にあるのです。そして、今まで向こうが私との意思の疎通をはかってこなかったのは、彼女が私の幸せを思ってした行為を、私自身に否定されるのが怖かったから……なんじゃないかな、と私は想像します。


彼女にだってきっと、自分が絶対に正しいなんて確証はないと思うのです。まあ、実際のところ彼女がどう考えているのかなんて分かりませんが。


「あなたが私を嫌ってこんなことをするんじゃない、というのも理解しています。でも、もう呪いはかけないでください。その、記憶は愛情云々とは別に人付き合いにも必要ですし、ボケ老人として周囲から馬鹿にされるかもしれないし。それに、忘れたくない人も居ます。何人も、私が忘れたくないと思っている人が。


それに……私、これからどんな目にあっても、今アートと一緒に居ることを後悔なんてしませんよ。愛を失うことが怖いなら、そうならないように最後まで必死に努力をします。あらゆることにおいて結果がどうなるかなんて誰にも分かりませんけど、結果がどうあれ、後悔しないように生きると誓います」


「……でも……でも、私は!!」


私がアートにお姫様抱っこされたままで長く喋った後、しばらく沈黙していたラミスが苦しいような、怒りたいのに怒れないような、今にも泣きそうな顔になって声をあげました。その時、でした。一頭分の馬の蹄の音が、勢いよくこちらに近づいてきたのです。民家を縫って、細い道の上を全速力で。


「へっ?!」


私はアートにしがみつき、その場の全員の視線がその馬の方に注がれました。


その馬に乗っていたのは、そう、つい先日出会った、私に髪飾りをくれた元少年〝ルロイさん〟その人だったのです。


「アート、覚えてないかもしれませんがあの人が例の髪飾りの……」


「え?!ルロイ、とかいう?」


「そうです!」


私は驚きすぎて身動きしてしまい、また腹部に激痛が走ります。ここを切り抜けてもこの痛みには当分悩まされるんだな、と思うとなんだか憂鬱です。それにしても、どうしてこんな所にルロイさんが?


ルロイさんの乗った馬はそのまま私たちの横を過ぎて、ラミスの目の前に止まりました。ルロイさんは馬から降り、ラミスのすぐ前に立ちます。そしてラミスの右手を掴むと、ラミスの目を見て話しはじめました。


「ラミス。シャーロットの体を使って、これ以上ロイスに危害を加えるのはやめろ。俺はお前に会うためにまた、わざわざこの村に戻って来たのに」


……ルドガーさんも私の声が聞こえていたはずなので、この場にいる全員は、この〝ロイスの幼少期の知り合い〟であるルロイさんがどうして〝ラミス〟という名を知っているのかと、目を見張りました。ついでに言えばこの場所にどうやって辿り着いたのか?という疑問も浮上します。シャーロットの名前を知っているということは、シャーロットの知り合い?でも、ラミスのことも知っているし、戻って来たって……


「…………お前は、誰なの?」


ラミスが目を見開いて、酷く動揺して震えた甲高い声で、ルロイさんの手を振り払ったのが見えました。誰なの、と言いながらも、聞きたくないと顔に書いてあります。


「次に生まれてくるときは、お前を口説いて良いくらいの美丈夫に生まれてくることにする、と言っただろう?」


私は細く息を飲み込んで、頭の中を整理します。そうして、あそこにいる人は、髪飾りをくれた少年なんかじゃないのだ、と、そして、どうして本当は〝初対面〟のはずのあの人が私を本当に優しい目で見たのか、ようやく、ようやく理解したのです。






決着するとか言ってまた決着してないですが、次回こそ決着です。なんとかしてください、ルイスさん。

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