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「なんか、ほんとにちらほらしか建物が無くなってきましたね……」


なんとなく全体的に灰色、という印象を受けます。街の中心部は華やかでお店もたくさんあり明るかったんですが、流石に端っこになってくると廃れた様子ですね。ハインの街はずれほどは廃れてないんですけど。


でもここら辺は民家も少ないし土も硬くてガタガタなので、馬車が一層激しく揺れるのでした。


「ここは土が枯れてるから作物もあまり育たないし、あまり中心から離れた場所に住むと色々不便だからな」


私の言葉に、アートがそう返してきます。アートは馬車を動かすのが下手なんだと思っていましたが、案外落ち着いた運転で、ルドガーさんが怒るようなこともなく。隣で座っている私が振り落とされるようなこともありませんでした。


「広いんだから土とか運んできて、ちゃんと整備して畑とか作ればいいのに……」


私の故郷のタカムはかなりの田舎でしたが、土地が狭い分、これでもか!というくらいに畑が敷き詰めてあって無駄な土地はほとんどありません。貧乏人は土地も物も大切にしぶとく使うのでした。


「本当にな。でも、こんな街外れに住むような貧しい人間だと畑の道具もないだろうしな……植物の種と、肥料と、貧民の住むための集合住宅なんかあれば便利だろうに。それにこんなに広ければ、こう、テーマパークとか!野外劇場とか!スケート場とかだって作れそうなのにな……いや…でもまず畑が……」


アートがなにやら自分の世界に入ってしまったようでぶつぶつ言っています。よその土地でもこうすればこうなるのに、と色々考えてしまうのは、アートもまた領主様だからなんでしょうか。領主様の向上心、まだまだ侮れませんね。


「へくしっ!!」


「風邪か?昨日も寒かったからな。それとも私の風邪もどきがうつったか?」


あなたのは風邪じゃないらしいので感染しないと思いますよ。って、そんなこと言えませんが。


「うーん……風邪かな?いや、大丈夫です。でも寒いのでこう、へばりついてもいいですか?」


「飛び込んでこい」


あら、そうですか?


「では失礼」


私はそう言ってアートの腹部に抱きつきました。ガチガチの腹筋、服越しでも分かってしまいます。そして温かい。これが人間の温もりというやつなのでしょうか。うーん感慨深い。


「ひゃっ……!」


「あっ!今変な声だしましたね」


アートの顔を見上げると、なんともいえず真っ赤でした。今までも照れ屋さんではありましたが、かーっと赤くなる様子は見ていて楽しい……じゃなくて、前を見て運転してください。あなた歳上ですよね?モテモテ公爵様ですよね?私ごときのハグに悲鳴をあげないでくださいよ。慣れてください。


「……」


「……」


「あっなんだ、離れちゃうのか?」


アートは私が抱きついていた手を離すと、そう言って少し残念そうな顔になります。馬車は相変わらず緩やかなスピードで、ガタンガタンと揺れながら進み続けていました。周りに何もないから放っておいてもすぐに何かにぶつかったりはしない、というのがこの状況において一番ラッキーなことかもしれません。


「あなたが震えてたので……」


「震えてない!これはな、あの、喜びに震えてたんだ」


「震えてるんじゃないですか」


嬉しくて震えてても怖がって震えてても、結果として震えているならそれは同じことなのです。


「アートは公爵様ですからこうやって動かす側に居ることはあまりなさそうですけど、馬車の扱いにはどうして慣れてるんですか?」


森で乗った時は舌を噛むかと思いましたし一緒に乗っていたレオンさんだって酔ってしまって吐く寸前でしたが、今の馬車の扱いはとっても上手に見えます。


いくら急いでいたとはいえ、あんな運転する人がこんな運転できるとは思わないじゃないですか。ルドガーさんの馬車のほうは、急いでてもそんなに酷く揺れてる様子はありませんでしたし。


「森の時はまだ運転に慣れてなかったんだが、もう慣れたんだ。なにをやっても大抵少しの時間やれば習得できる。勉強にしても運動にしても。要領がいいっていうのかな」


「自分で言いますか」


ほんと、自分で言っちゃいますね。それも、威張るでも自慢するでもなく「今日はいい天気だなあ」くらいのテンションで。


「と、言われても事実なのだから仕方ない。君が人より力持ちなのと同じように、私は人より全てにおいて得意なことが多いんだ。多分恋愛だってもう少しすればすぐ……」


たしかに、私の力が強いのだって別に自慢ではなくて事実ですもんね。アートにはそういう他人との明確な能力の違いを感じることが、私よりずっと多いのかもしれません。劣等感なんてものとは無縁なんでしょうね。でも、それってちょっと孤独かも。


「……どうしたんですか?急に黙って」


恋愛だってすぐ、なんですか?半端なところで黙らないでくださいよ。すぐ照れるから恋愛には慣れそうにないですもんね、もしかした自信がなくなってきたんですか?


「なんか、恋愛についての慣れってことで連想していくと下品な感じの下ネタを言いそうだったんでやめたんだ」


「飛躍しすぎでしょう」


「でも、言わんとすることは分からないでもないだろう?」


「そうでもないですよ。なんのことだかさっぱり」


いえ、私は連想してませんよ、ええ。アートが何を言おうとしたのかなんてちっとも想像できませんとも。


「でも……なんでも人よりできると、色々とつまらなくないですか?」


「例えば?」


アートが首を傾げて不思議そうな顔をしました。うーん、他人に劣等感を抱いた経験の多い凡人としての疑問なのでそもそもアートには理解できないのかも。


「例えば……私の場合の話ですが、普通の人たちを大勢集めて楽しく腕ズモウ大会を開くとするじゃないですか。勝負にならないし私が優勝するに決まってるから、きっと楽しくないと思います。接戦になってこそ楽しいのでは?」


「ああ。天才ゆえの孤独みたいな話か?まあ……私は過程を楽しむほうかな。馬のレースではいかに自然に2番3番になるかを楽しんでるし、剣の大会とかでは最短で何分で終わるか、というタイムを計って楽しんでるぞ」


「それ、楽しいですか?」


手加減ありきのスポーツなんて、ちっとも熱くなれないじゃないですか。まあ、スポーツなんかとは無縁の女である私が言えることでもないんですけど。武術とかに関しては、実力が拮抗するレベルのライバルがいるから楽しかったりするのでは?イメージですけど。


「楽しいとも。大事なのは結果に至るまでの道のりだ。結果が全てではない。実力が拮抗していようと結果的には自分が勝つ自信があるし、どの道勝つのであれば、その過程を楽しめるだけ楽しむさ。まあ君に一回負けたが。ともかく、一番大事なのは過程でありその方法だ」


「結末より過程が大事なんですか?」


アートは自然に3番になるために努力しなくても結果的に3番になれば事は丸く収まりますし、剣の大会だってどうせ勝つならタイムを競う競技でもないんだから、別に急がなくてもいいと思います。無理に日常を楽しいものにしなくてもいいのでは?まあ、そんな「日常も楽しむ努力」をして一所懸命に生きているからアートは立派な人なんでしょうけども。


「世間一般がどうかは分からないが、私はそう思っている。そもそも人生に終わりなどないのだから人生全体でのことを言えば〝死んだら試合終了〟であり、我々は常に人生という試合中なんだからな。試合中、つまり人生というのは“死という結末に至るまでの過程”に過ぎないわけだろう?


実際のところ生き物がこの世に存在して生活を営んでいること自体、宇宙レベルで考えれば全くほとんど無意味なことだ。生き物は繁殖が目的と言うが、繁殖すること自体の目的も分からん。生き物は何のために自分の子孫を残そうとするんだ?それは目的なのか?この世に生き残ることに何の意味がある?


でも私は、人間は違うと思う。人間は繁殖以外の〝無意味なこと〟に重きを置いている生物だからだ。私たちは実際のところ全くに無意味な存在であり、とことん無意味な馬鹿馬鹿しいことも楽しんでいくらでもすべきなんだよ。腕相撲とかな」


納得いくような、いかないような。というか大げさな話をした割に、結論で再び腕ズモウの話ですか?


「そんなこと言いだしたら、この世に生きる人間の行動に意味のあることなんて何もないじゃないですか。私はもっと単純な話をしてるんですよ?他の人が弱くてつまらないな〜とか、もっと強い奴と戦いたいな〜とか思わないのかなって」


「昔はたまにそんなことも考えたがな、ロイス。問題は君がいるということなんだ。君という私に勝る部分を持つイレギュラーが居る。これは画期的なことで、やはり君は私の運命の人だし、君に出会ったことは私にとっては限りなく深い意味を持つことなんだ。君といるととても楽しいし、なんだか嬉しい感じがする。今は他は大抵どうでもいいってわけなんだ」


どんなわけなんだか分かりませんが、そうなんですね。


「恋愛とその他の楽しいはまた別のものな気がするんだけどなあ」


「私にとってはそう変わらない。もちろん君のことは恋愛対象として好きだが、それだけではないんだよ。人間として好きなんだと思う。君は変な人だからな」


「アートって、よくこうなんだと“思う”って言いますよね。自分のことじゃないですか。不確定なんですか?あとあなたのほうが変です」


「自分のことだって分からないことは多いんだから仕方ない。君だってそうじゃないか?」


う、確かに。分からないことだらけで、最近知ったことも多いかも。


「……そうですね。あなたに会ってからはイレギュラーなことが多いですから。うーん、私も人生楽しんで生きなきゃなあ。」


私が言うと、アートは馬車を動かしたまま首だけこっちを向いて、にっこり笑いました。


「そうだな、手はじめに好きな相手のためにセーターを編んでみるとか。楽しいんじゃないだろうか?」


「セーターが欲しいんですか?」


「ほしい。カップルっぽいじゃないか」


「ぽいって、気にしますねえ。それっぽさを」


「私は結構、形から入るタイプなんだ」


「ご自分のことをよく分かってらっしゃるようで」


まだまだ風景の先には平原と少しの建物が広がるばかり、道のりは長そうです。


馬車の中で座ってこっち見て死んだ顔してるルドガーさん、心配しなくてもきっと今月中には奥さんの元に帰れますから許してください。というかこっちを見ないで寝ててください。私だって自分がこんなに他人にめんどくさい絡みをする人間だとは思ってませんでしたし。でも、めんどくさい人間なんです私は。仕方のないことなのです。


「アーチボルト様、ば、馬車の運転を代わってください、吐きそうです」


「ええ?!そんなに揺れてました?!」


「運転席と馬車の上では揺れが違うんですよ……」


どうやらルドガーさん、単に乗り物酔いをしていただけだった様子。そんでもってアート、運転には別に慣れていませんでした。私は運転席にいたから気づかなかっただけだったんですね。やれやれ、運転の仕方教えてくれるとか言ってたと思ったんですが、今回はダメそうですね。結構距離は稼ぎましたし、大人しくルドガーさんに任せることにしましょう。


「ルドガーは病弱なんじゃないかと思わないか?」


「乗り物酔いには個人差がありますし、なんとも言えませんねえ」


平和すぎて、旅の目的を忘れてしまいそうです。





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