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「で、なんか納得したようなこと言って、その公爵っつー男と一緒に行っちまったぞ。黒髪のロイスだろ?お前が指定した相手で間違いねえよ」
……ロイスに対してルロイ、と名乗った男は宿屋に戻ると“雇い主”の前まで歩み寄った。
「……ロイスが?」
雇い主は、不満そうな、疑わしげな顔で男を睨みつける。それに気づいて、男は慌てたように両手を上に挙げて降参のポーズをとった。別に降参の意はないが、相手が怒っている時はおどけるなり反省の意思を示すのが場を収める一番楽な方法だと男は知っていたからだ。
「おいおい睨むなよ、お前が言ってた櫛の話もしたし、ルロイって名乗りもしたぞ。なりきって話したから疑われもしなかったし、我ながらかなりの名演技だったなあ」
「……」
「腑に落ちないって顔だな?シャーロット」
男は口数がやけに少ない不満げな雇い主……ロイスの双子の姉、シャーロットの目の前に立った。部屋のベッドに腰かけたままのシャーロットは、寝起きでボサボサの頭を梳かそうともせずに俯く。男はそんなシャーロットを見て小さくため息をつくと、テーブルに置いてあった木製の櫛をとって髪を梳きはじめた。金色の綺麗な、柔らかい長い髪の毛。
「あの子は櫛を燃やした後も未練たらしく燃え残りの飾り石を袋に入れて持ち歩いてたほどに、ルロイってこどもに依存してたはずなのよ。」
「ええ、お前その櫛、妹が貰ったやつ燃やしたのか?引くわ」
「勝手に引きなさいよ、鬱陶しいわね。死ねばいいのに」
髪を大人しく梳かされながら暴言を吐くシャーロットに、男が呆れた顔になって軽く頭を叩く。
「なにするのよ!!野蛮人!!」
「軽くはたいただけだろうが、八つ当たりか?」
「報酬の金額は事前に渡したでしょ、勝手に消えなさいよ」
拗ねているのか怒っているのか分からないが、心細くてやりきれないといった様子であることは見て取れる。男は下に兄弟が6人もいる家族の長男であったので、弱々しくてヤケになっているシャーロットを放っておく気にはなれなかった。
「会ったばっかの男に仕事頼んで報酬を先払いにするような世間知らずのお嬢ちゃん、こんなとこに一人ほっとけねえだろ、ガキだなあ」
「私はもう結婚だって出来る年齢よ。あんたが年寄りなだけなんじゃない」
「なんだと?俺はまだピチピチの20代前半だ。……どうでもいいけどよ意地悪家出少女、なんで妹を連れ戻そうとしてて、どうやって見つけ出したんだよ?」
男がテーブルに櫛を置いて椅子に座ると、シャーロットは顔を上げてふんと鼻を鳴らした。
「簡単な事よ。ロイスを連れて行った馬車の男に聞いたら、公爵と一緒にアニスで下ろしたって言っていたわ。公爵を追い払わなかったってことは行動を共にしているはず。人の言葉にすぐ流される自分の意思のないロイスは、いずれは公爵に説得されて王都か、公爵の領地のベルラに向かうことになる。
だけど公爵の家から私の家に遣いが来たってことは公爵は無断でロイスを迎えに来たはずだから、知り合いの居る王都側の経路は通らないはず。そしたら必ずいつかこの街を通るはずだから、一番森に近い宿屋から毎日外を観察してたわ」
「う~わ気持ち悪!ていうか妹が流されて公爵におちるのは決定事項だったわけ?結構しっかりした良い子っぽかったけど。」
完全なるストーカー行為に、明らかに確証のない大雑把な推測。けれども実際、結果的にロイスはこの街を通ってシャーロットに発見されている。シャーロットはロイスすら覚えていなかった「櫛をくれた少年」の名前を知っていたし、あの日の誕生日に少年がロイスに櫛を渡したことも、ロイスが窓から度々外に出ていたことも知っていた。シャーロットは家族と過ごしているようでいて、足音や気配を気にしてロイスを常に監視していたのだ。
「あの子には何もないんだから、なにも無いうえで勝手に出て行ったんだから。砂漠で乾ききった人間の前にたっぷりの水を用意したらついて来るのに決まってるのよ。あの男は勘違いしている。ロイスはあの男を愛してるんじゃなくて、依存してるだけなのよ……あの子は誰のことも愛せやしないわ」
手を血がにじむほどに握りしめてそう言ったシャーロットを見て、男が顔を引きつらせて困り顔をする。男はシャーロットの心情だとかロイスの家での扱いなんて詳しくは知らないので、こんなことを死んだ目でブツブツ言われても「ヤベー奴」としか思えないのである。しかし、自分の小さい時にもこんなこと言ってる時期あったのかも?と、庇護欲がなくなったわけではなく。ダメだコイツ、早く何とかしないと……
「なんつーか……痛いなお前……まあ好きにすればいいけどよ、金もそのうち尽きるぞ?家にさっさと帰るのがいいと思うがなあ。ま、お前から結構金も受け取っちまったからしばらくは面倒見てやるよ。お前なんか臭いぞ、風呂入って来いよ」
「むかつくわ。あんた、名前なんだっけ」
今まで誰に対しても猫を被っていたシャーロットは、見知らぬ男相手にこんな口をきくのもきかれるのも初めてのことだった。言葉の通りについて来るつもりなら、これからロイスをなんとかして連れ戻すために、この男を利用するのもいいかもしれない。ここまでは馬車を乗り継いで来たけれど、追うとなるとまた馬車の手配が必要だし。興味はないが、街のことも自分よりは知っているだろうから利用価値はあるだろう、とシャーロットは判断した。
「……ったく、忘れたのか?もう一回だけ教えてやるからよーく覚えておけよ。俺はルイス=バセット。頼れるみんなのルイスお兄さんだ」
男……ルイス=バセットは、にっこり笑うとベッドに脱ぎ散らかしてあったシャーロットの服をかき集めると、洗濯籠に放り込んで持ち上げた。洗濯などしたことの無いシャーロットは、服をどうすればいいかもわからずここ数週間洗いもせずにローテーションさせて着ていたので薄汚れてきていたのだ。実家の両親が見たらさぞ悲しむことだろう。
「……むかつく」
「はいはいそうだな不潔家出少女、さっさと風呂に入れ」
「うるっさいわね!!」
バタンとシャーロットが勢いよくドアを閉める。ルイスは自分の洗濯物のついでにシャーロットの服を洗うため、鍵を持って外から鍵をかけると外に出て行ったのであった。




