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「ちょっと後ろに立っててください!そんで落ち着いてください」


「なにもしない、ちょっと(こぶし)で対話するだけだから」


「暴れないでください!あなた冷静じゃないんですよ!」


アートの両肩を掴んで押さえていましたが、意地でもルロイさんの前に出ようと抵抗してきます。なんなんですかねこの豹変は。勘弁してくださいよ、私にとっても予期せぬ出来事だったんですから。ルロイさんのほうだって、まさかアートが私の婚約者で、異常に嫉妬深い奇人だなんて分かるはずもありませんし。


「私は冷静だし、君に馴れ馴れしくしていた不埒な輩には警告が必要なんだ」


「うるさい!」


「痛っ!ロ、ロイス!君が私をビンタするなんて……」


「あっ……すみません、痛かったですか」


「痛いだろそりゃ……私じゃなかったら頭が吹き飛んでたぞ」


「アハハ、そんな大げさな」


「別に大げさではないぞ」


あんまりにもアートがイライラした様子だったので、私は一発軽いビンタを食らわせることで事態の鎮静化を図ろうとしました。「はっ!お、俺は今まで何を……?」的な展開を期待していたのですが。もちろん暴力で物事を解決しようとするのは悪いことだと分かってはいるんですが、話を聞いてくれないときは仕方ないですよね。


こういう時に叩いても死なないのがアートの良いところです。でもアートは私にビンタされたことに対しものすごいショックを受けたらしく、その場で落ち込んだように下を向いてしまいました。子どもか!


「なんで……そんなにその男を庇うんだ」


バッと顔を上げたアートが、とうとう私に対して静かにキレてきました。なんでしょうね、私はただ話を聞けと言っているだけなのに、何を怒ってるんだか。


私は別にルロイさんを庇ってアートと喧嘩しようというわけではないのです。アートがルロイさんに怒るのはお門違いだからやめろと言いたいだけなのです。ルロイさんを庇っているのではなく、アートの間違った行動を止めているのです。


なによりルロイさんは普通の人間なんですから、アートのように力の強い人が怒りに任せて腕を掴んだりするのは危険ですよね。何も悪いことをしていないのにルロイさんが酷い目に遭うなんてかわいそうです。理不尽な暴力をふるわれそうな人間を守るのは当然のことですよね。加害者が自分の身内ならなおさらです。


「この人はルロイさんといって、以前あなたにも話しましたけど小さい頃、誕生日に櫛をくれた人なんです。偶然再会したので話をしていただけですよ」


「ルロイ……?修道士みたいな名前だな……いや、櫛をくれた少年?ああ、そういえばあの持ち歩いてる小袋に入ってるという石の、あれか?優しい少年じゃないか」


そうそう、先日話した優しい少年ですよ。今は少年じゃないですけども。


「そうですそうです!だからアートが怒る要素ゼロ!暴力をふるったことを謝ってください!!」


「でも引っ張ったら倒れただけで暴力はふるっていないぞ」


「倒れさせたことは事実ですから!暴力です」


往生際が悪いですよ、まったく。私が掴んだ肩を揺さぶると、アートはしぶしぶといった様子でルロイさんに謝罪をしました。


「……すまなかった。この国の中でも1位2位を争う大家の公爵である私は、私の婚約者が、派手な髪色のチャラついたゴロツキにナンパされているのかと誤解してあんな事をしてしまったんだ。反省している」


そうそう、なんか棘のある言い方ですけど非を認めて謝ることは大切なことですからね。いや、さりげなく自己紹介しつつルロイさんのことボロクソに言ってませんか?!あなたらしくないですよ、露骨だし大人げないし!!全然反省してないでしょ!


「婚約者?本当にそいつがロイスの婚約者なのか?公爵って……」


ほら、ルロイさんが難色を示してるじゃないですか。ドン引きですよ、怪しんでますよ!そうですよね、公爵様がこんなところでこんなことしてるとは思えませんもんね!


「うん。今は結婚前に必要な用事を済ませるため旅をしていて、終わったら公爵家で暮らす予定なんだ。彼はアーチボルト=エインズワース。普段はとてもまともな人なんだけど、今は取り乱してるみたいで……」


「……そいつ、本当に公爵なのか?ロイスは家出してきてるんだろ、騙されてるんじゃないのか?ちゃんとご家族と話をして家に一度帰った方がいいと思うぞ」


話だけ聞けばそう思っても仕方ないですよね。でも出会いを一から説明していく気力もないので、スルーしてほっておいていただけると助かります。


「いや〜この人は本当に公爵で」


「ロイスに対して家族の元に帰れなどと、事情もなにも知らないくせにいい加減なことを言うな。ロイスの受けた苦痛を知っていればそのようなことは言えまい」


いや、知らないんですよこの人は!話してないんだから知らなくて当然ですし、私だって帰りたくないから「いい加減な事言うな」ってのはまあ、私からしてもその通りではあるんですけど、ルロイさんは親切心から言ってくれてるのであって……


「なんだよ大袈裟だな!いくら意地悪なことされたからって、家族は家族だろ!家族ってのは喧嘩したって心の深いところでは繋がってるんだよ!誰だってそうだ!」


そんなことはないですよ、ケースバイケースなんじゃないですかね。私は別に家族と心繋がってませんしね。ああ、正義感からの言葉なのが心に痛く突き刺さります。でもルロイさんの方も多分、アートの喧嘩腰の言葉についカッとなって言っちゃったんでしょうし。アートも前に出ようとするのはやめてくださいね、やめてったら!もう一回強めにビンタしますよ!


「……ロイス、どいてくれ……イライラして、頭がぐるぐるするんだ」


なんですかその抽象的な表現は?私はともかく、手でアートの両手を掴んでその動きを止めます。ここで手を離したところでアートがルロイさんに何をする気なのかは分かりませんが、なにかしらの危害を加えようという意思を感じるんですよね。怖い怖い。


「アート、あなたが怒る必要ないですから」


「君の怒りは私の怒り、君と私は一心同体だ」


「私は別に怒ってませんから落ち着いてください」


「私は落ち着いてる」


「落ち着いてないじゃないですか」


アートの手が震えていました。いや、これは怒りに震えているというよりは……そう、置いて行かれたこどもみたいな。私がアートじゃなくてルロイさんの側についていることが本当に嫌なんでしょうね。そんなつもりはないんですけど。


「……家族と何があったんだよ?確かに誕生日に俺が家を尋ねたら迷惑そうに追い返されたけどさ、厳しそうなだけで楽しそうな声も聞こえてたし」


悪気はなかったルロイさん。ただならぬ雰囲気に、なにか事情があることを察してくれたようでした。気遣いのできる人間はいいですね、こうやって冷静な話し合いでなんとかしたいものです。


というか、家に入れてもらえなかったから窓に小石を投げて呼びかけてきたんですね。なるほど、子供相手にも大人げのない両親ですみません。私が謝ることでもないので謝りませんけど。


「私が家で声をあげて笑ったことはないから、それは姉や両親の笑い声だろうね。私は嫌われてたから……あなたが呼んだ時も私室に居たでしょ?私はあなたに櫛をもらうまで誰かに誕生日を祝ってもらったことは一度もなかったよ。」


「……双子だったろ?一緒に祝うだろ」


たしかに、いくら可愛くない我が子だからって、双子で同じ日なんだからついでに祝っちゃえばいいですよね。でもなんでか私は鍵付きの自室に閉じ込められてました。小さい頃はよく窓から外出したなあ。大人になってからは体がでかくなって窓から出入りできなくなり、鍵を手で壊して“壊れたことにした”んですけど。


「私の家は普通じゃないんだよ。父はよく私を蹴ったり殴ったりしたし、母は日常的に嫌味を言ってきて、雨の中、家の外に締め出されたこともあるし。双子のお姉さんは私の大切な物を片っ端から捨てたり焼いたり壊したりしていたし、あなたにもらった櫛も焼かれて、もう石しか残ってないんだよ。でも、嬉しかった。」


そう私が長々と不幸自慢みたいなことを言うと、ルロイさんは絶句したようでした。黙り込んで、それから、なんだか困ったような悲しいような、複雑な面持ちをしはじめます。いいんですよ深く考えなくても。


お前んち頭おかしかったんだな、これからは幸せにな!〜完〜で済ませてください。


あなたの家ではあり得ないことなんだろうな、ということは顔を見て分かりましたから。それは喜ぶべきことなのです。不幸せより幸せの方がいいですからね。


「お前、昔はそんなこと一言も……ロイス、俺はどうすればいい?」


ええ?いや、どうもしなくていいです。こっちはあなたの存在忘れてたレベルですし。なんの期待もしてないし、恨む心のかけらもありませんとも。悩まれても困ります。


「あなたが家族と深い繋がりを持って、喧嘩しても仲良く親しくしたいと思う気持ちはすごく素敵だと思います。良いことだと思うし、幸せなことです。同時に当たり前のことでもあるんでしょう。


でも私は自分を嫌う自分の家族とわざわざ親しくしたいとか分かり合いたいとは思えないし、思う必要もないと思っているんですよ。そんなことは無駄なことですし、疲れるだけですから。


……だから、ありがとう。昔の私は、暖かいところで育った、心の暖かいあなたにプレゼントを貰ったことがすごく嬉しかった。あなたのおかげで今の私があるのかもしれません。本当に感謝しています。」


「ロイス……俺はそんな……やめてくれよ、そんな、他人相手の話し方……」


他人ですよ!小さい頃に会ったきりだったじゃないですか。


でもとにかく、私の服の背中をアートが掴んでいたので、ここで私は線引きをしなければ。


今の私にはアートのために他の全てを捨てられるくらいの覚悟があります。ルロイさんと親しくすることでアートが傷つくのなら、ルロイさんとの関係を断つことに何のためらいもありません。それに何度も言うようですが、今日再会するまでは忘れていたくらいの間柄ですしね!


「私はこの人と結婚して、世界で一番幸せになります。人生これからって感じですよ!ルロイさん、会いに来てくれて、親切にしてくれてありがとう。会えてよかったです」


私が右手を差し出すとルロイさんは慌てて、力強く握手を返してくれました。私の背後ではまだアートがルロイさんを眉間にしわ寄せて威嚇しています。動物か?


「ロイス……俺さ、あんたのこと好きだったよ。プロポーズしようと思って探してたんだ。でも、好きな相手を見つけてこれからロイスが幸せになるなら、俺はそれでいいよ。決めたんだもんな?」


ええ?プロポーズしようとしてたんですか?マジで?幼少期に会ったきりの女の子と結婚しようと、この歳まで結婚せずに待ってたわけですか?うーん、夢見がちすぎ!いや、アートも似たようなものなのか?なんにしろ久々に会った思い出の中の相手と再会したばかりなのにこんなにフレンドリーに接することが出来るのはすごいことだと思います。


「はい。この人に決めました」


「でも、そいつがやっぱ違うなって思ったらいつでも俺の所に来いよ。しばらくはこの国にいるつもりだし、今は俺が行商隊のリーダーだから好きな時に好きなとこに行けるんだ。」


「違いませんよ、運命の人なので」


「うわー、恥ずかしげもなく」


プロポーズしようと思ってたとは言いますけど、十何年もあったんだし来ようと思えば多分もっと早くこの国に戻ってこれてたと思うんですよね。アズライト帝国が母国っぽいし。そこは私を捕まえようという覚悟が足りませんでしたね。アハハ。その点、アートは常に位置情報は認識した上で満を持して迎えにきましたから。同じロマンチストでも計画性が違うのです。


「あなたにはもっといい相手がいくらでも見つかりますよ。お互い後悔のないよう生きていきましょう」


「そうだな。あー、仲間にも言われてたんだよな。忘れられてるに決まってんだろ、幻想抱きすぎだって」


「そうだな。幻想を抱きすぎモゴゴ」


「黙りましょうね~!じゃ、これで私は失礼しますね。ほら、アート行きますよ」


「じゃあな!また会ったら商売相手になってくれよな、公爵!」


私は余計なことを言いそうなアートと買い物袋を抱えて、引きずるようにして歩きはじめました。そこでアートの胴体に腕を回して、ようやく私はアートの体温が急激に熱くなっていることに気が付いたのです。10メートルほど歩いて角を曲がってから、アートの足取りが異様に遅いことにも気が付いて。


「ごめんロイス、なんか、フラフラする……」


「アート?」


「……」


「アート……!」


私は意識を失ったらしいアートを見て、一気に血の気が引いていく思いがしました。ほんと、ガクン!!って感じに頭のほうから下に落ちて地面に倒れ込んでしまったのです。上半身は私が支えていたので頭は打たなかったようですが。


額に手を当ててみると、卵が焼けちゃうんじゃないか?!ってくらいにものすごく熱いし。


アート、これ、確実に風邪か何かの病気にかかってますよね。なんで?馬車から歩いて来る途中はまったくの健康だったのに!様子がおかしかったのは具合が悪かったからだったんですね、そうですよね、あなた普段はあんなこと普通しませんもんね!!


どうしよう……と困った私はとりあえず、右手に荷物、左手にアートを抱え、ルドガーさんに意見を求めるために、馬車に向かって大急ぎで走り出したのでした。





次回、アート風邪をひく の巻

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