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公爵様、改めアートに連れてこられたのは、本当に、夢のように綺麗な場所でした。


その丘のあたり一面には見たことのない色とりどりの様々な種類の綺麗な花が絨毯(じゅうたん)のように広がっていて、遠くの遠くまで建物一つなく、どこまで行っても花畑しかないみたいで。立ち尽くしていると、まるでこの風景こそがこの世界のすべてのように感じられてしまいます。


アートは丘の一番上まで登ると急に立ち止まり、私の顔を見ました。なんだろう?と思って私も公爵様の手前、2メートルくらいのところで立ち止まります。


「ロイス、ここで申告しておくと私は女性と付き合ったりそういう仲になった経験がない」


「と、突然ですね」


大真面目な顔で何のカミングアウトなんですか、それは。


「意外ですね。あなたはいい人ですし、かっこいいですし、女性に人気がありそうなのに」


正直な感想です。さぞ人気でしょう、その顔では。引く手数多ですよ、ほんと。よりどりみどりっていうか、この国の大抵の女性は彼に求婚されれば受けるでしょう。公爵家ですし。下手したら王女様だって結婚してくれるかもしれません。私みたいななんのコネもない貧乏男爵令嬢なんか選ぶのは非常識でおかしいんですよ、元々。


「公爵家だからそれは……私がどうこうとは関係なく、縁談は来る。でも私は元から君に決めていた」


そこですよ、どうして彼が私を結婚相手に選んだのか?最大の謎です。私には彼に選ばれる当てもありませんし、恩を売った覚えもなければ過去に会った記憶もありませんから。


「いつからですか?失礼ですが私、あなたと会った記憶がないのですが……」


「話したことはない。でも君のことが好きだった。10年前、小さい頃だ。君も王都のパーティに来ただろう?その時からだったな。」


「ええ?!」


そんな、私の記憶がほとんどないくらい昔から?!


でも、私がこの人の目に触れる機会があったとしたらそのくらいしか思い当たらないので、驚くことでもないのかもしれません。


「それ以降の君のことは知らないし、調べたりもしていない。が、会ったらすぐにわかったし……君を初めて見た時から……君を好きになる前からなんとなく、自分は君と結婚するんだろうなという予感がしていた」


「ええ?どういう……」


「直感というか……分かるんだ。私の家の者が結婚するときは大体そうなる。結果として好きになる相手は、大切にすべき相手は、一目見れば分かるんだ」


急にスピリチュアルなことを言いだしましたね。全く理解不能です、この人。好きになる前から結婚を予感するって、おかしくないですか?頭のいい人の考えていることは分かりませんね。いや、彼の話を聞いているぶんには、元々ちょっと変わった一族なのかもしれません。


「そう、それで……私は女性を口説いたことが無いのでどうすれば良いのか分からないんだ。君はどんな男なら結婚したいと思う?説得の方向性を決めたい。君は私と結婚して得られる〝かね〟や〝他人からの羨望せんぼう〟や〝贅沢な生活〟というメリットには執着が無さそうだし、私は特別、君に何か喜ぶことをしてやれる自信もない」


なんという素直な質問。私に直接聞くんですか、それ?説得されてどうこうなる拒否理由じゃないんですが……


「では単純な質問なんですが、あなたはどうして私と結婚したいんですか?」


「好きだからだ」


うーん、完結な解答です。でも、これは私の聞き方も悪かったかもしれませんね。


「どうして私を好きになったんですか?動機が知りたいです。貧乏な家でけなげに働いててかわいそうだったからとかですか?家族にいじめられてて哀れとか?同情心的な気持ちとか」


この聞き方も同情されてる前提みたいで卑屈すぎますよね、うーん。でも私は人間として性格が優れている自信もなければ顔が可愛いわけでもないし、声が鈴の鳴るように綺麗なわけでもなければ肌が透き通るように白いとか、胸がでかいとかまつ毛が長いとかもありません。好かれるアテがゼロです。


「いや全然違う」


「そうですか……」


どうやら同情心じゃないようです。普通に否定されてしまい、なんだか恥ずかしいんですが。私は別に自分をかわいそうとか思ってないですよ、ただ彼みたいに裕福に育った人からしたら、私が哀れに見えるかなと思っただけなのです。


「例えばの話……君は人をおとしめたり、人の不幸を笑ったりしないだろう?人として大切な心のあり方だ。」


「いや、そのくらいの道徳心持った女はいくらでも居ると思いますよ」


本当にそうですよ。いくらでも居ます。そういう人の不幸を喜ぶ私の家族のような人間もこの世の半分くらいは居るかもしれませんが、全員がそうなわけはないです。


「それも理由の一つにある、ということだ。それに君は何かしてもらったら礼を言うだろう。貴族の令嬢はしない者も多い」


「する人だっていると思います。公爵様相手ならなおさら……相手が金持ちの貴族の令嬢だからって構えて見ているからそう思うんじゃないですか?」


「君も私が公爵だからと構えて見て結婚から逃げたじゃないか」


「えっ」


それとこれとは違う気もするけど、ちょっと図星な気もして私はなんとなく困った顔になります。もしかして間接的に私を非難するために貴族の他の令嬢を貶めてみたのでしょうか。そう考えるとなんとなく納得がいきます。この人は優しいですから、他人を立場だけの偏見でそんなふうに見るような人には見えませんし。


「私は貴族に生まれたから、という理由で好きな相手と結婚できないのは納得いかない。旅に出るということは、君は貴族としての人生を放棄するつもりだということだろう?」


「えっ……ま、まあ……そうなんですけど……」


たしかに彼が公爵様ではなくて旅の道中で出会った平民だったなら恋に落ちて結婚していたかもしれません。否定できないことです、これは。


というより、私は貴族をやめるとかどうとか、深く考えていませんでした。でもそうですよね、家を出て正体を隠してどこかで働きながら生活するということは、貴族であることをやめることなんですよね。


「でもあなたは公爵をやめるわけにはいきませんし、私は貴族をやめたいわけですから……やっぱり私たちは、噛み合わないんです。結婚すべきじゃないと思います」


「君は具体的に貴族の何が嫌なんだ?」


「え?!えっと……自分の家族がいい人達じゃなかったので、これからの人生も両親に支配されるのが嫌なんです。挙句、あなたのような金持ちと結婚して金蔓かねづるにされるのも嫌ですし……貴族間の結婚は家同士のつながりが大切にされるじゃないですか」


あーあ、なんで私はこの人相手だと正直に本音をペラペラ言っちゃうんでしょうね。安心しちゃうんですよね、この人になら話しても平気かなって。本当に結婚を拒否する気があるのか自分でもわけがわからないです。……そう、それで、私はつまり貴族というより、自分の家族が嫌なんですよね。


「……そうだな……じゃあ、まず……エインズワース家と親交の深いマートランド伯爵家やブラックモア侯爵家やなんかに君が養子に入って、それから私と結婚すれば良いんじゃないか?君の元の家族との縁は切れるだろう」


「ええ?!」


つまり、私が違うまともな家の娘になれば問題なく結婚できると言いたいのでしょう。簡単に言ってくれますが、それはどうしたって非現実的な提案でした。


「そんなの私の両親が許すわけないですよ……養子の契約には元の親か保護者のサインと捺印が必要ですし」


「例えばなんだが、君が逃げたことに対して私が怒って婚約を破棄するとするだろう?帰宅した君に両親は大激怒する。そこに、他家から礼金有りの養子契約の提案だ。形としては売り飛ばされる感じになるが、さいわいマートランド家には後継者となれる息子も娘も居ない。君が入ればちょうどいいだろう。それから改めて私は君に求婚する」


たしかに私の両親はそうなれば喜んで私を他家に明け渡すかもしれませんが、本当にそうなるでしょうか?ひょっとしたら私を不幸にするため養子にやらずにいじめ倒すかもしれません。……というか、結局のところ完全に結婚する話になってませんか?誘導尋問ですよこれは!


「ま、待ってください!そんな……そんなに上手く行くわけないです。大体、私なんかが伯爵家や侯爵家に引き取ってもらえるわけないですよ、顔も意地が悪そうだとよく言われますし、学校に行っていないから頭も悪いし、人より優れてるところなんてなにもない……」


「ロイス」


大慌てで私が彼の提案を否定しようとすると、彼は私の口の前で人差し指を立てて黙らせてきました。なんだというのでしょう、慌てて喋りすぎたから落ち着けと言われているのでしょうか。


「私の好きな人のことをそんな風に言われるのはあまり気分が良くない。君が君のことをそう思っているのだとしても、私は君を可愛いと思っているし、人より優れた場所があると思うからこそ好意を持っている。君だって自分の好きな大切なものを悪く言われたら嫌だろう?それと同じだ」


「あ……えっと……すみません……」


なんですか、この人は!可愛いなんて人生で言われたことが無かったので、恥ずかしくなってしまいます。なんの話をしていたのか訳が分からなくなるので、やめていただきたいです。


「で、でもえっと……とにかく!私は旅がしたいのです。家から出たことが無かった、両親に言われるまま生きてきた私がようやく外に出る決意をしたんです。引き下がるわけにも、やめるわけにもいきません。これは私の人生の意地なのです」


「そうか。では私の方は、君が意地を張るのをやめようと思えるまで君に付きまとって、信頼関係を構築していくことにする。」


「……そ、そうですか……」


アート。アーチボルト=エインズワース。彼の精神は鋼のごとく、私との結婚を諦めるという方向には全く動かないようです。小さい頃に一度見かけただけで一途に求婚し、これだけ面倒な性格の私に顔色ひとつ変えません。この人、私が思うよりもずっとずっとずっと、ものすごい変わり者なのではないでしょうか?


「このあたりに咲いている花の中でも青い花はな、踏み荒らされても数日でまた起き上がってきて綺麗に咲く、強くて不思議な花なんだ。薬草にも使えるし、生け花にしても長持ちする。この国ではあちこちで栽培をこころみられているそうだが、ここでない他の地域ではなぜか上手く育たない。似た気候でもだ。だからこの土地に、何かこの植物の育つ特別なにかがあるのだろうと言われている。」


「それは……不思議ですね。この土地にしか……お花の有名なアニスだからこその植物なんですね。私の家の近くでは見たことのない花ばかりです」


というか、急になんなんでしょう。また突然の豆知識の披露が行われましたが、脈絡がなさすぎませんか?


「……このように、私は物知りだぞ。自慢じゃないが、この国の色々な場所のことを知っている。旅に連れて行って損することはない」


「なんだか利用してるみたいで気分が良くないですね、申し訳ないです」


「新しい形の新婚旅行みたいなものだ、気にするな」


「気にします!」


私は、出会って2日目なのにもうこの人を好きになっていました。そう、明確に言ってこの世で一番好きなのかもしれません。でもそれは単純に、周囲に嫌いな人間ばかりだったから。友人は一人しか居なかったし、こんなに私に興味を持って優しく接してくれる人なんて居なかったのです。


3日ほど飲まず食わずの状態で水を貰ったら、そりゃ美味しく感じてしまうのです。


だからこれが本当の好き、なのか、恋心はあるのか、私は冷静に頭を整理して考えなければならないのです。そして、出来れば好きになってはいけないのです。


結婚する気がないのに両想いなんて、変ですからね。


「次はどこへ行こうか、ロイス」


そうは思っても、花畑に立っているアートはやっぱり、夢の風景のように綺麗なのでした。


今回も読んでくださってありがとうございます!


結局はぐらかされて好きになった動機は聞けないロイス。公爵様は何を考えているんでしょう。

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