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靴屋さんは思っていたよりずっと大きく広くて、品物も色々な種類がありました。が、私はこれがいい!と思った靴があったため、実際あまり時間はかかりませんでした。時間から言えば10分くらいでしょうか。
アートはなぜだか「どうしてもこれを君に履かせたいから、これとこれとこれも買う」と言い出して最終的に4点の靴を買ってくれました。どれも趣味の良い靴だとは思うんですけど、服ならまだしも「この靴を履かせたい!!」ってどういう気持ちなんですか?なにかにつけて物品を買い与えたがってませんか?金持ちの悪い癖ですよ!
荷物も私の物を買ってもらったのに頑なに自分で持つことにこだわりますし。気を遣っていただかなくても私、腕の力強いんですって。ウフフ。でも、怪力がバレても変わらず女の子として接してくれて嬉しいです。こんなに優しくされるとつい、口元がにやけちゃいそう。
そうして靴を買って店を出た後、アートはふと立ち止まって私の方を見るとこう言いました。
「君はここのベンチに座っていてくれ。飲み物を買ってこよう」
デートではあるんでしょう。でも「急がなくて良い」とは言われたとはいえ一応は人を待たせているわけで。飲み物なんて馬車にあるからいいのになあというのが私の本音なのでした。
「あ、私が行きますよそんなの」
「ダメだ。君が買いに行ったのではデートしてる感が出ない」
ああ、また、この!なにをわけの分からんことを言いだすんですかね、この人は。
「なんですかデートしてる感って。なんであなたが一人で飲み物を買いに行くとデートしてる感が出るんですか?」
私のほうも、別にこんなこと聞かずに勝手にやらせとけばいいんでしょうけど。靴を四足も買ってもらった後に飲み物まで買いに行かせるのは普通に心苦しいんですよね。まあ、今更なんの気を遣ってんだってかんじですけど。実際のところ私がアートに返せるものなんてないですしね。金持ちに施しは不要なのです。
「え?なんでって……なんでだろうな。」
「知りませんよ。あなたが言いだしたんじゃないですか」
アートは少し唸って考え込むと、思いついたように手を打って説明をはじめました。
「うーん……多分、付き合いたてのまだあまり砕けた間柄でないカップルの場合、雰囲気が良い感じになった時に“気まずいな……少し席を外そう!”と思って言い訳として飲み物を買いに行くんだ。そうすることで少しの間相手と距離をとって冷静になるための初々(ういうい)しい行為というわけだな。そういうわけで私が一人で飲み物を買いに行くことは、デートしてる感を出すためにものすごく重要なことなんだよ。というわけで。君はそこに座って待っていてくれ」
「はあ。分かりました」
私たちは実際のところ気まずい雰囲気になっていないわけですから、その考えは行動とマッチしていないような気もするんですが。まあ、好きにされるとよろしいですよ。あなたの気の済むように、一人で二人分の飲み物を買って来てくださいな。
……と、事件が起こったのは、アートが飲み物を買いに行ってすぐのことでした。
私がベンチに座って靴の入った大きめの紙袋を抱えて座っていた時、私と同じ歳くらいの男の人に、こんな風に話しかけられたのです。
「なあ、いきなりすまねえ。さっき会話が聞こえてきてまさかって思って後をつけてたんだけどよぉ、アンタもしかしてロイスって名前なのか?あ、違ったらいいんだけどさ……」
モジモジと恥ずかしそうにしているこの様子を見ると、カツアゲだとかの類ではなさそうです。
そしてその男の人はなんと、世にも珍しい金と赤を混ぜたような美しい色の頭髪をしていました。その髪は、後ろで束ねて長ーく伸ばしてあって、顔はなんというか、キリッとしていて男前ではあるんですけど「盗賊かお前は?」というような大きな傷跡が、右のほっぺについていました。服装とかは小綺麗なので多分ごろつきではなさそうですけど、なんで話しかけてきたのかな。ああ、人のことを見た目で判断しようとするのはよくないですよね。それにレオンさんの真っ赤な髪のほうが珍しいし、大したことじゃないですよね。
「はい。私の名前はロイスですが、なにか?」
私が答えると、男性は自分の口元を抑えてはあーっとため息をつき、私の真横でそのまましゃがみこんでしまいました。それから顔を上げて私の顔を見て、一度言葉を失います。それからさらに、震える声でこう言いました。
「黒髪、昔からか?……フルネームはロイス・メイリ―か?タカムに住んでる?」
「は、はい。そうです。タカムに住んでましたよ。」
ここで浮上してくる嫌な予感は、つまるところ、この男性が私の知り合いである可能性が非常に高いということでした。少なくともこの人は私のことを知っているのです。容姿を見て、下の名前を聞いたうえで私がロイス=メイリーであると判断して話しかけてきたわけですし、確認をするということは恐らく子供の頃とか、相手の見た目に明確な変化のあるくらい昔に出会った相手である可能性が高い。
そして、私は一か月ほどで会った相手の見た目を全く忘れてしまう呪いを抱えた人間であることから、この人が「誰なのか」判断するのは非常に困難であると言えるのです。
「久しぶりだな、ずっと会いに行きたかったんだけどよ、ずーーーっと親父について海外に行ってたんだよ!!ようやく帰国できたから今お前に会いに行こうと向かってる途中だったんだよ!あー!!こんなところで偶然会うなんて、運命だよな!!」
「ま、待ってください!!話が見えないんですが……すごく失礼なことを言うようですが、あなたはどちら様ですか?いつごろ、どこで私と出会った人なんですか?親しい間柄でしたか?」
「え?!俺のこと忘れちゃったのか?!そんなあ……そうだ!!誕生日に櫛をプレゼントしただろ?ガラスの石が入ってるやつ!それ俺!ルロイ=クレイトン!!」
「ああ!!櫛をくれた!!」
正直申し訳ないことに名前は覚えていませんでしたが、なるほど!櫛をくださった少年ですね!こんなに大きくなって……というか、こんなに派手な見た目なのに忘れていたとは。
髪色が何色だったかさえ覚えていないし、子どもにしては身長が高かったとか低かったとか、そんなことさえ覚えてないし。ホントにこの人のことは「唯一誕生日にプレゼントをくれた親切な少年」としか覚えてなかったんですよね。まさか自分が相手の顔を完全に忘れる体質だなんて思ってませんでしたし、髪の色なんか頭にありませんよ。
「思い出してくれたか!えへへ、なんていうか久しぶりだな!すごい美人さんになっちゃって、びっくりした。家を出てきたんだな、お前の家族、すっごい意地悪だったもんなあ。良かったなあ」
「ハハ、ありがとう。そっちも大人っぽくなったね。親とかにはなにも言わずに出てきたんだけどね」
「えっ?!じゃあ家出か?家の人さすがに心配してるんじゃ?」
「してないよ、平気だって」
うーんこの、家族からの愛を当たり前に受けてきた人間の思考回路ってかんじで好感が持てます。素朴ですねえ、やっぱり変わらずこの人は「いい人」のようです。それにこの口ぶりからすると私に会いに来ようとしてくれていたみたいだし、覚えていてくれただけでなくわざわざ会いに来てくれるなんて。本当に優しい人です。言われてみればなんとなく懐かしいような気もするし、私も珍しく砕けた口調になっちゃいます。
「それでさ、俺お前に会ったら口説き落として旅に連れて行こうと思ってたんだよ!小さい頃からお前のこと忘れられなくて」
完全に忘れていたこちらからすると、そんなことを言われると心苦しくて仕方がないのですが。というか口説き落とすって、ハハ、どういう意味ですか。
「これからどこに行く予定なんだ?よかったら俺と一緒に……痛っ!!え?!」
そこまでルロイさんが話したところで、私たち二人はルロイさんの肩に置かれた手の主のほうを驚いて見ました。そこには、なんとも形容しがたいほどに物凄くブチギレてますという憤怒の形相をしたアートが立っていたのです。
アートはルロイさんの肩を食い込むくらい強く掴み、後ろに思いきり引っ張って私から引き離しました。あまりにすごい勢いでやるものですから、ルロイさんは勢いのまま尻餅をついて倒れ込んでしまいます。
「ってーな!!何すんだよてめえは!誰だよ?!」
理不尽な暴力に対し、ごく当然の怒りで対応するルロイさん。
「お前は誰だ。誰の許可を得てロイスに話しかけている」
うわあ、この人やっぱり怖いなあ。
ほんと怖い……誰の許可も得なくても会話くらいしますし、別にベタベタ体に触ったりもしていないし、1メートルくらいは距離を取ったまま会話していたのに!普段はすぐにこんなことをする人じゃないから、どうかしたのかと思って倍怖い。
まさかこれも嫉妬というやつなんですか?それとも頬に傷のある男が私に話しかけていたからごろつきだと思って心配したとか?で、でもアートのような冷静な人間が身なりからごろつきかどうかの判断もせずにこんなことをするでしょうか?そもそもどのごろつきより私のほうが強いことは、もうとっくに分かっているでしょうに。
「アート、この人は悪い人じゃないんです、実は」
言いかけた私の口をアートが手で塞いできます。そして、私を背にルロイさんと向かい合うようにして立ちました。
「待て。話はあとで聞く。だがまず、ロイスに話しかける若い男は全て敵だ。」
「今聞いてください!!」
その理屈だとルドガーさんもレオンさんも敵じゃないですか。めちゃくちゃなこと言わないでください。
「黙って聞いてれば、お前はロイスのなんなんだよ!!」
ああ、面倒なことになってしまいました。
アートが話せばわかる人だとは分かっているのですが、人生一番の修羅場がはじまる予感。
「アート。冷静に話し合いましょう」
「うっ!!」
私はとりあえずアートの腕を掴み、自分の方に引っ張って位置関係を変え、アートに向かいあいます。私は後ろに控える、我々の前には肉体的に無力な弱者であるルロイさんを、アートのヒステリーから守ることにしたのでした。




