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「よし、はじめようか。ロイス」


「はい」


昼食が終わると私はアートから腕ズモウなるもののルールを説明され、手近にあった大きめの切り株にお互い肘をついて手を握りあいました。興味深げにルドガーさん他3人も、私とアートの腕ズモウが始まるのをぐるりと囲んでじっと眺めていました。まあ、奇妙ですよね。なぜこんなことを?


「それにしてもロイスちゃん、ほんとに腕相撲のこと知らなかったの?」


「ほんとに知らなかったです。人生初です」


お恥ずかしいことに、私以外はみんな当たり前にご存知だったんですよね。そんなにポピュラーな遊びなんですか?腕ズモウって。なんのためにそんなことするんですか?


「まあ腕相撲なんて酒場の賭けくらいでしかやる事も見ることもないしね〜。アーチ、あんたなんでこんなか弱そうな女の子と腕相撲したいのよ?」


なるほど、賭け。勝った方が奢るとか、そういうアレで用いるわけですね。私、それって大抵の場合は無敵なんじゃ?奢られ放題?


「ロイスはか弱くなんかない。芯の強いしっかりした女性だ」


「誰も性格の話はしてないわよ!」


でしょうね。でもまあ、アートはとにかくズレてますからね。いや?もしかして分かっていてわざと冗談を言ったのかも。そこまで考えてないか?


「手加減はしませんが、大丈夫ですか?」


一応聞いておきます。ま、自信があるから挑んできてるんでしょうけど。


「ああ。私も手加減はしない」


「あんたはしなさいよ!!」


いいんですよセドリックさん。


「3、2、1、行くぞ!!」


「フンッ!!」


「うぐっ!!」


アートが手に力を入れ、私も同時に腕の力で押し返します。ルドガーさん以外は全員、私が一瞬で負けると思っていたのでしょう。ええ?!というような気の抜けた声をあげながら私たちの腕ズモウを観戦していました。


それにしても、アート、腕の力強いですねえ。お互いの肘をついている固そうな切り株がものすごい音をたてながらくぼんでしまいます。これは急がないと勝負がつくより先に切り株が壊れてしまうかも。


「……」


「……!」


お、私の方が優勢になってきましたよ。あともう半分ほどでアートの手の甲が台についてしまいます。いいんですか?自分から申し込んでおいて負けちゃって?カッコ悪いですよ〜?


「アハハ、アート、ちゃんと本気出してるんで……くっ!!」


「クックック……甘いぞロイス!気を抜くな!」


「ぬうう!」


油断した途端今度は私の側に一気に手を倒されてしまいました。でも、手の甲がつく前に勢いをつけてまた中間地点にまで形勢を立て直します。いけないいけない、気を抜くのは得策じゃないですね。


「く、結構ご、互角だな……君がまさかここまで……」


「ええい、倒れろ!!!」


「うおっ!!」


私はでかい声を発すると、一気に左側に手を倒して勝負を決めてしまいました。不意をついた一瞬にして決まった、圧倒的な勝利。なんという達成感。どうですかアート?私の方が強かったわけですけど、ご感想は?俯いてらっしゃいますが?


「ウソ、ロイスちゃんが勝っちゃった。」


えへへ。勝っちゃいましたねセドリックさん。


「スゲー!!ロイス、生木の切り株が肘のとこだけ割れてんじゃん!マジで人間なの?!」


「人間だよ、失礼な」


まあ、すごいと言われて嫌な気はしませんが。


「アーチボルト様、腕を骨折してはいませんか?」


何を心配してるんですかルドガーさん。腕なんか折ってませんよ、失礼な人だなぁ。人をバケモン扱いして!大体、勝負を挑んできたのはアートの方なんですから、万が一骨折していたとしても私は全然悪くないんですからね!折ってませんけど!自分のご主人をもっと信用しなさいな!


「アート、どうして黙ってるんですか?腕が痛いんですか?」


「あ、ああいや別に……ただ、本気で全力でやったのに勝てなかったから……びっくりしているんだ。私ももっと修行をしなくてはな」


悔しがっているというよりは呆然としている、と言った方が正しいような表情で、アートは考え込んでしまいました。なんと言いますか、私が言うのもなんですけど、それ以上強くなってどうするんですか?


「せっかく軍隊を卒業して公爵になったんですし、別に修行しなくていいんじゃないですか?私に勝ちたいんですか?」


「卒業って。まあ、負けたから勝ちたいことは勝ちたいかな。向上心のない者は馬鹿だってKが言ってたし」


「誰ですかそれは」


「夏目漱石の小説〝こころ〟の登場人物だ」


深くは尋ねないことにしておきます。本の登場人物ですね。架空の。とにかく、アートは向上心の塊なわけでした。ほんと、私と違って努力家で偉い人。向上心がないよりはあったほうがいいに決まっていますしね。


「でも、ほぼ互角だったから次にやったらどっちが勝つか分かりませんよ」


これも本音です。私たち、単純な腕力では大差ないと思うんですよね。


「でも強いに越したことはないだろう。それに、筋力トレーニングとかの戦闘訓練を全く積んでない君に負けたのは普通に悔しいし」


「まあ分からないでもないですが……でも、剣同士で戦えば私が負けると思いますよ。人には得手不得手えてふえてがありますから」


「それもそうだな。それに君に負けたからといって不都合なこともないし」


納得するの早っ!なんだアンタ?!頑固な考えがあるのかと思ったらあっさり受け入れるんかい!


謎の素直さを見せたアートと私の会話に、セドリックさんたちはしばらくぽかんとしていました。


「ロイスちゃん、それで、今のはなんだったの?」


「前に女の子としては恥ずかしい能力があるって言ってたじゃないですか、コレです。怪力という。アートにバレたのでもう、どうでもいいんですけど」


「ああ、森に入る前に言ってたやつか!いいなあ、色々便利そうじゃん」


ラーラ、本当にうらやましいって顔で聞いてきますね。そんなに良いものでもないんですよ?力加減とか、こう、気を遣いますし。下手したら大切なものを破壊しかねないですからね。人間とかね。


「なによ!別に全然恥ずかしいことじゃないじゃないの!力が強いってことだったのね〜!でもまあ、個人差の範疇ということにすれば重大なことでもないわね」


「そうですか?そうですね!目から破壊光線出せるわけでもないんですし、大したことじゃないですよね」


私も案外適当なんですよね、アートもたまにそういうところあるし、私たちって似た者同士なのかも?


結局アートがどうして私に腕ズモウでの勝負を挑んできたのか分かりませんでしたが、力比べがしたかっただけでしょうか?まさかアートのような冷静な人間が「女に力で負けるなんてかっこ悪いから」なんて理由でこんなことしたがるとも思えませんし。……いや、まさかね。


「あと、今からちょっとロイスの靴を買ってくる。すぐに戻るから待っていてくれ」


あ、そういえばそんなこと言ってましたね。街の中央部にいい靴屋さんがあるとかって。


誰かから何か消耗品じゃないものを買ってプレゼントされるのって、はじめてかも?あ、いや、そういえば小さい頃に行商人の子どもの男の子に櫛をプレゼントしてもらったことがありましたね。その櫛についてた石は、今も小さい袋に入れて持ち歩いてるんですよね。人から何かをもらうのって、特別感があって好きです。


「はいはい、行ってらっしゃい。ごゆっくり~」


セドリックさんがひらひらと手を振って馬車に戻って行きます。


「俺はルドガーとトランプでもしながら待っていよう。」


「あなた弱いのに、本当にトランプ好きですね……」


「回数を重ねれば必ず強くなる。なぜなら俺は王子だから」


「意味わかんないですから」


レオンさんとルドガーさん、仲いいなあ。私の見ていないところで、みんなどんどん親睦を深めているんですね。私もアートと親睦を深めるとしますか。


「あたしもセディも作業してればいいし、急がなくていーよ」


「ありがとう、ラーラ」


次に、アートが私の手を引いてきたのでそのまま後に続いて歩きはじめます。腕ズモウしたり、そのすぐ後には買い物に行ったり。この人、行動のテンポがなかなかつかめませんね。変な人。


「ロイス。靴をプレゼントするという行為には相手が離れて行ってしまう、とかいうジンクスがあるらしいが今回のには他意はないから。そうだな、束縛的な意味合いになるらしい指輪だかネックレスも今日買っていこう。ああ、結婚指輪はちゃんとしたものを他に買うから、今日買うのは魔除けということで」


「プレゼントにジンクスとか意味とかあるんですね」


「まあ、迷信だけどな。なにをしたって君は私から逃げられないわけだし」


「もう逃げてないし、言いかた!!」


私は獲物かなにかですか?そんなこと言って自分からなにかしてくるでもないくせに。今のところで言えば、どちらかといえば私がアートを狩る側ですからね。キスだって私からだし。うーん、私にもこの怪人シャイ公爵を、いつかは理解しきれる日が来るのでしょうか。道のりは遠そう。


「君は肘、痛くなってないか?」


「大丈夫です。久々に本気出しましたよ。それにしても私と互角だなんて、アート、本当に人間なんですか?」


「君が言うか」


でも、まあ幸せだしいいか。


そんなわけで私たちは、少し離れている街に向かって、早足で歩きだしたのでした。





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