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読んでも読まなくても良い回再び


ああ、なんということだ。


彼女の心に隙間ができてしまう。


どんなに惨めになっても嫌われても「心が死んでしまわないように」と、毎日毎日、必死で積み上げてきた、硬い硬い心の城が。


「自分は何をされてもなんとも思っていないし、傷ついてもなければ、決して可哀想なんかでもない」と主張するための虚栄のよろいが。


心に隙間さえなければ、人を招いても深くは関わらずに済む。それは楽だし、なにも背負わずに生きるための1つの方法なのかもしれない。そしてロイスは長らくそれを実行していた。


だから、相手の考えや深い部分について質問をしたのは、アーチボルト相手が初めてだった。たわいのない事でもだ。友人になにかを質問して少しでも相手の気分を害してしまうかもしれないと思うと、ロイスにはそうする理由も選択肢もなかった。


喧嘩してぶつかり合って分かり合うのが友人だ、と言う者もいる。


仲良く毎日のように一緒に遊ぶのが友人だ、と言う者もいる。


家族にも言えない秘密を共有する大切な人間が友人だ、と言う者もいる。


でもロイスは、唯一の友人であったアイリが「毎日一緒に遊びたい」ほどには自分を好きじゃないのだと、ちゃんと気がついていた。自分にとってのアイリは「唯一の友人」というだけの「大したことない存在」であるということも。


ロイスにとって、街の人間も、家族も、〝ルドガーもレオンもセドリックもラーラも〟大した存在ではなかった。ロイスが特別に冷たい人間だから、というわけではない。ロイスは人間を大切に思うという感覚を、そもそも全く知らなかったのだ。


誰もロイスを一番に想わないし、ロイスは誰も一番に想わない。


ロイスは、街の人々が自分を哀れんでいることにも気がついていた。アイリの両親が自分に友好的だったのも、自分に同情していたからだと知っていた。他の数少ない同年代の少女達が自分を避けるのは、姉が手を回していたからだとも気づいていた。


目を見ればわかる。アイリは「優しい人間」だったからロイスを虐げることはしなかった。それだけだった。


そんなことは、どんなに悲しくたって、すぐに分かってしまうものなのだ。


なのに、頑張って土を固めて作った〝石や金属に見せかけただけの土の城〟に、アーチボルトは水をかけて崩してしまう。本来ならばロイスはアーチボルトから逃げ出しているはずだった。


でも、言葉に出して「結婚する」と宣言することで、ロイスは自分の逃げ場を消したのだ。


もう、認めてしまったから石の城には戻れない。


人を避けては通れないのだ。





「それはとても面倒なことですけれど」





ロイス=メイリーは、一度だって愛されることを知らずに育った。


そう、今までに話していたように両親からは虐げられ、姉はロイスを愛していたが酷く歪んだ形の愛であったので、当然ロイスはそれに気づかなかった。


住みこみで働いていた数人の使用人達も、ずっと話してきたようにロイスが幼い頃から馬鹿にして酷い扱いをしていた。


当然ロイスはそれらの「敵」に負の感情を膨らませるはずだったのだ。普通ならば、ロイスのように強大な力を持っていれば相手を恐怖で屈服させる術もあったはずだった。


なのにロイスはそうしようと思わなかった。それはなぜか?


ロイスにとって自分以外の人間は全て、アーチボルトの言うところの〝脇役〟であったからだ。もちろん、自分はそうではないと本人は思っていたが。


ロイスはアーチボルトが人を抵抗なく殺害できることについて「怖い」と述べた。そして、自分も他の人間も「見た目が同じなのだから同じ生物だ」とも言った。自分は強い武器をはじめから所有しているだけであって特別な人間ではなく、他の生物でもないのだと。


だが、ロイスは自分でも気づかない程の心の奥底の認識で、自分と他の人間を明確に差別していた。


アーチボルトは人間を殺して「罪悪感がないこと」に恐怖していたが、ロイスは「自分が普通でないこと」だけを恐怖していたのだ。


だから自分と他人は同じだと言い張りたがる。自分が特別に変わった人間であることを認めたくないがために。自分が普通でないと誰よりも理解しているが故に。


「理解していること」と「思っていること」は別のものなのだ。


そして周囲の人間達から侮蔑や同情の目ばかり向けられて育ってきて、故郷の友人と言い張っているアイリですらも「自分に同情している」と分かっていても、ロイスは人間として曲がらずに、本人曰く「普通に」育って来られた理由とは本当に単純なもので。


普通とは何かを常に模索し、そうあるように生きてきたからなのだった。


アーチボルトに対しロイスが「心に余裕が出来たから復讐心が沸かないんだと思う」と言ったのは、半分は正解で半分は不正解。


元々ロイスには、心の余裕がいくらでもあった。家出をしたのも感情が爆発したからというわけではない。衝動的に、この小さい世界に閉じこもって生きていくのがつまらなくなったからだ。


自分の家族が普通の人間から見ておかしいということは理解している。家族が自分に復讐されても、死んでも仕方ない人間だと理解している。自分には家族や使用人たちに酷いことをする正当な理由があると理解している。


でも〝普通の女〟は力をもって大人数を酷い目にあわせることなどしない。


人に尽くしたいとか家族に認められたいという気持ちは多少あったが、それが無理だということもロイスは幼い頃から理解しはじめていた。


ロイスがアーチボルトにはじめて会った7歳の頃は、りんごがいっぱいに入ったたるを持てるようになった時期だった。勿論、大きな樽だし大人でも持ち上げるのはかなり重いものだ。


その頃から少しずつ力は増し、段々とロイスの心は「頑張っても認められない可哀想な自分」から「いつでも殺せるのに許してやっている寛大な自分」に変化していった。勿論、本人はそんな風に思ってはいないが。


ロイスはアーチボルトよりもずっと前から、頭の中で己を確かに〝強者〟と認識していた。


それは、アーチボルトよりもずっと歪んだ環境での成長であったかもしれない。でも、ロイスはそうして誰より心が広く、正義感も人並みにある、一見して普通の人間になることに成功したのである。


「ロイス、君のことが好きだ。」


アーチボルトの目は、見たことのない目だった。


アーチボルトは自分を好きなのだと、ロイスは度々その瞳から理解した。自分にこんな目を向ける人間など今までに居なかった。旅の中で、友人のことや家族のことを好意的に思い出したことが何度あっただろうか。


でも、きっとこれからアーチボルトが死んでも自分は何度だって、毎日のように彼のことを思い出すことだろう。ロイスはそう思うようになった。


これがきっと恋なのだろうと。いいや、もし恋ではないとしても、こんなに誰かを大切に思うことはもう他にはないだろうと。


アーチボルトにペースを乱されたりあらゆる問いをされて自分を見つめ直していく度に、心に「隙間」が生じはじめた。


元はといえばロイスはアーチボルトと同じような人間だったのだ。普通の人間であるためにアーチボルトとは違うと言っていただけで。だから、アーチボルトがロイスに同族意識を持つのはおかしいことではなかった。


毎日毎日、明日が来るのが待ちどおしい。


鉄の塊であったロイスの心は、段々スポンジにされていってしまったのである。


だから、


今までは心に入り込めなかったロイスの先祖の狐の神霊は、ロイスの精神の中に入り込めるようになってしまった。


心に隙間ができたから、ロイスは無意識に夜に起き出して外に出て行ってしまうようなことが起こるようになった。


それが良いことなのか悪いことなのかは、これから分かることだろう。


「アート、今日は手が冷たいですね。私の手に冷たいのが移ってきましたよ」


「君の手は温かいから、私は少し温かくなったかな」



価値観が中和され、あるいは変化し、二人は良い方向へと進んでゆけるのかもしれない。


二人は運命の相手なのだから。





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