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前回までのあらすじ!


なんと私は怪力であることがアートにバレた上に、アートから謎の謝罪を受けてしまったのでした。アートの表情はなんというか、呆然としているというかぼんやりしているというか、なんとも言い表せないかんじで。どういう感情なのそれは?と言ってやりたくなる顔でした。


「ごめん」


一体それがどういった意味合いでのごめんなのか、私にはまったく分かりませんし。多分アートは後ろから私についてきていたのでしょう。服の汚れについて言及してこないということは私が牛を持ち上げていたのも見ていたはずです。この状況で謝罪を受けるということで考えられる理由は二つ。


「ごめん、と言いますと私との結婚は取りやめということですか?」


一つは、女なのに怪力だなんてかわいくないし怖いし、婚約は別のご令嬢を探すことにするね!ゴメン!という可能性。


「いや、そんな馬鹿な。黙って後ろから尾行してごめんという意味だ」


あっそのままの意味でしたか。そうですよね、いまさら怪力だからなんて理由で婚約を破棄されては、馬鹿馬鹿しくてやってられないというかんじですよね。せっかくこんな場所までなんだかんだで旅をしてきたんですし。それにエインズワース家のお嫁さんはみんなどっかしら変なとこがあるんでしたよね?


「ちなみにいつから?」


「君が宿の入り口から出ていったところからだ」


「はじめからじゃないですか!!なんで声をかけなかったんですか?」


結構な時間ですよ、私が宿から出てからって。軽く10分以上は経っているはずです。その間ずっと黙って後ろからついてくるなんて、一体なぜそんなことを?あーあ、声をかけてくれれば怪力を隠すことが出来たのに。妙なマネはしないでほしいものです。


「あっそれはその、なんか、不機嫌そうだったから……」


「ああっそうでしたか……すみません、気を遣わせて……」


機嫌が悪かったわけではないんですが、たしかに色々考えながら歩いていたので、他から見て不機嫌に見えても仕方ない状態であった可能性は十分にありました。それにアートがずっと後ろからついてきていたのに気づかないなんて、私って後ろを振り向かなすぎですね。気をつけないと、怖い怖い。


「君は力が強いんだな。昔からか?」


お、つけてきたことについての会話は終わりですか?


しかしこの口ぶりからするとルドガーさんは黙っていてくれたようですね。流石に自分の仕える主人に対して、嫁候補の秘密なんか守っちゃくれないと思ったんですけど。せっかく黙っていてくれたのにくだらないことでバレてしまって申し訳ないです。ルドガーさんが信用に足る人間だということは分かりましたけどね。


「ええ、まあそうですね……歳をとるごとにさらに強くなってきてる感じもありますし」


私はそう言いながらもバツが悪いので、少しアートから目を逸らします。あーあ、ほんと、できることなら数年くらいはバレたくなかったなあ。


「そうなのか。君は今までの人生で、自分以外の人間が同じ生物と思えなくなる瞬間はあったか?」


「……ええ?どういう意味ですか?」


意味が分からない上に脈絡もない謎の質問に、私は困惑するほかありませんでした。アートはごくごく真面目な顔をしています。


「大体の人間はみんな、ちょっと殴ったり切ったりしたら簡単に死ぬじゃないか。弱すぎて同じ生物と思えなくはないか?私は戦争でそんな気持ちになったことがあった」


「な、な~におそろしいこと言いだすんですか!普通に生活していれば他人を殴ったり切ったりすることなんてありませんし、私は人に危害を加えたことないですし。ほかの人間と自分が生物として同じかどうかなんて考えたことないです」


というか、ならさっき怪力だとバレるまでは私のことも「同じ生物」と思えてなかったってことなんでしょうか。同じ生物かどうか疑わしいということは、自分は人間じゃないと思っちゃってるんでしょうか?不思議な感じがしますが、まあ、アートは前から少しズレてるところがありますからね。それに大木を蹴りで折ってしまえる馬鹿力の持ち主ですから、そう思っても仕方ないのかも。まあそのくらいなら、私にもできますけどね。


「さっきは泥棒の足を折ってたじゃないか」


おお、なんと今日は痛いところを突いてきますね!そんな困ったような顔したって駄目ですよ!


「あれはわざとじゃないですし、事故ですよ事故。向こうから刃物持って走ってきたんですから、私は全く悪くありません。私が無力な普通の人間だったとしても、近くに手頃な武器があればそれを使ってあの男を捕まえていたでしょうし。」


そう思わないとやってられません。それにあの男があのまま暴れて怪我人が出るよりは、あの男が足を骨折したほうが幾分かマシだったと思うんですよね。犠牲は一人で済んだわけですし、終わり良ければすべて良しってやつですよ。


「罪悪感はないのか?」


な、なんか引っかかる言い方ですね……自分は私の家族を殺すとか言ってたくせに、私が誰かに危害を加えるのはダメなんですか?


「ありませんよ、相手は泥棒ですし」


「じゃあ、もしあの泥棒が子どもだったら?」


「なんですかその質問は?!」


そんな、個人の倫理観とか道徳観念を問われるような質問をしないでいただきたいんですが。なんか、俗に言う尋問みたいじゃないですか?実際にその状況にならないと自分がどう行動するかなんて分かりませんし。子ども相手ならどうでしょうねえ、子どもって基本的に苦手なんですよね、色々と理由はありますけど、弱いし。


「頼む。私は人とズレているから、強いのに違和感なく生きられる君の考えが人生の参考として聞きたいだけなんだ」


アートは少ししょんぼりした様子でそう言いました。まあ、考えが聞きたいだけなら別にいいんですけど。深く考える必要あるんでしょうか、そんな、殺したわけでもないのに。ああ、アートは戦争で殺してるんでしたっけ?何人か。敵兵が弱くてびっくりしたという話ですか?


私としてはまあ相手が子どもでも、犯罪者なら軽傷くらい負わせていいと思うんですけどね。


あ、もちろん骨折は軽傷じゃないですけど。


「うーん……子どもなら足を引っ掛けるなんてしなくても、ヒョイっと持ち上げられますからね。大男だったので、拘束しようとして抵抗されたらはずみで殺してしまいかねないと思ってああしました。それに私みたいな弱そうな女が大男の腕なんて掴んで捕まえたら化け物扱いされそうですしね」


そう、目立たないように努力した結果です。努力賞が欲しいところですよね、見て見ぬ振りもできたのにわざわざ退治してやったんですし、善行ですよ善行。たまには良いこともしなきゃですよね、アハハ!


「殺したことがないのに簡単に人が死ぬと分かるのか?」


「わ、わかりますよそりゃ……牛を軽々持ち上げられるような人間が普通の人に普通に接していいわけないですし。危ないでしょう、こちらは常に武器を持ってるようなものなんですから」


なんというか、そういう点では人に接するのはかなり気を遣ってきました。握手なんかはそりゃ〜もうソフトな握手でないと危険です。


私は強いと言っても皮膚なんかは紙とかで普通に切れて怪我したりもするので、体が頑丈なわけではないんですが。なんで殴ったり持ち上げたりする時の手の皮膚とかへの負荷はないんでしょうね。ほんと、長年不思議に思っているところです。私って人間じゃないのかも?いや、両親が人間なのにそんな馬鹿な。


「武器か……そうだな。君は常に“武器を持っているだけで他の人間と同じ”だと思っているから平気なんだな。……そうだな、見た目だって目の数や腕の本数も同じだもんな」


そんな「納得したぜ」って顔で言われても。


「アートは自分が特別違う生物だと認識しているんですか?」


「そういうわけでもないんだが、うーん……」


アートは少し首を傾げて目を閉じて、考え込んだようでした。


「私の家族とか、武術に長けた友人とか、セドリックとか、ルドガーとか……ある程度強かったり、特別な部分や、見た目に特徴のある人間のことは〝普通の人間〟として認識できるんだ。でも、戦争以降、ロイス以外の令嬢やら貴族や、まあ王族のこともなんとなく、ぼんやりとした存在に感じてしまうんだ。顔のないモブ、みたいな……村人Aみたいな」


「もぶ?」


「まあ、物語の脇役ってかんじだろうか」


変わった感性をしてらっしゃいますね、本当に。脇役かあ、私の人生は今までずっと脇役でしたから、アートという王子様が現れてようやく全盛期。でも、そういうアートの感覚は、私には都合がいいんじゃないかな。他を自分と同じ生物と認識してないなら浮気とかしなさそうだし。


「うーん……それで生活に支障がないのなら、別にいいのでは?あ、もし他の人間が脇役に見えなくなっても、私以外の令嬢は一生ぼんやり見ててくださいね」


「えっ……キスしてもいいか?」


「このタイミングで?!」


「うん」


「ちょっと、泥だらけなんですから近寄らないでくださいよ!!」


「……」


「こんなことで一々傷つかないでください!!」


アートは心底悲しいといった表情をしていました。そんな顔してますけど、どうせキスしたらまた照れて走って逃げだすんでしょう?私は分かってるんですからね。


「そうか……ロイス、私と腕相撲をしないか?」


私は先ほど牛を持ち上げるためにぐちゃぐちゃの畑に足を踏み入れました。よって全身がドロドロで、おそらく異臭を放っていることでしょう。この状態の私に対し、アートは突然そんな意味の分からないことを言ってきました。腕ズモウ?なんですか?スポーツかなにかですか?


「とりあえずシャワー浴びてきていいですか?」


「うん」


アートは頷くと、私の右手を握って宿の方へ歩きはじめました。


あーあ、手にも泥がついてるんだけどなあ。


この人、何考えてるんだろうか。





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