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ぽかぽかとした日差し、太陽の光できらめいて、もっと綺麗な金髪の公爵様。とても絵になります。その様子はまるで、物語の王子様みたいでした。


「そこで食事をしよう、ロイス」


「はい」


「この街は花を使った料理まであるらしいぞ。食べたことはないが……」


「そうなんですか!お花って食べられるんですね……サラダとかでしょうか?」


「そうかもしれないな」


私たちはならんでお店に入り、席に座ってそれぞれサラダを一つずつと、私はパスタで、公爵様は焼いた肉とパンを頼んでいました。


こうしていると、本当にただのデートみたいです。


でも忘れてはいけないのは、私は婚約している相手からこれといった目的もなく逃亡している愚かな娘であるということ。それも、輿こし入れの4日前です。正直、かなりの大ごとだといって良いでしょう。挙げ句、公爵様まで行方不明なわけですからね。


今頃私の両親は怒り焦って、泡を吹いて発狂しているに違いありません。私の代わりに姉を公爵様にあてがおうと考えるかもしれませんが、公爵様に姉の悪口を言ってしまったのでそれも難しいでしょう。


いいのかなあ、やばいよなあ。私はそう思わずにいられないのですが、唯一の救いといえば結婚式はかなり先に行う予定だったことでしょうか。公爵家に引っ越すだけ引っ越していって、仕事の忙しい時期でしたから、来年の春あたりに結婚式をする話だったのです。


公爵家の名前すら把握してなかったのに結婚式とかについての事務的なことは覚えているのはおかしい、と思うかもしれませんが、これはドレスが届いたのを覚えていたからでした。


私が新しいドレスを買ってもらえることなんて、まずほとんどありません。シャーロットが着て、朽ち果ててきたら私に回ってきます。それを縫い合わせてドレスにするのです。


そこに、公爵家から新しいドレスが3着ほど送ってきたのです。今は着てませんよ、豪華で目立ちますから。家に置いてきましたとも。姉が着るんじゃないですか?


「これとは別に、春の結婚式の時にはウエディングドレスも新調してくださるそうよ。本当に、お前なんかには勿体ない相手だよ」


母親がそう言っていたのを覚えていたのです。そして今は冬になりかけの秋ですから、結婚式は当分先だと推測できるわけです。4日後に即結婚式、という状況ですっぽかしたら大勢の招待客に迷惑がかかるでしょうが、まあまだ早い時期なので平気です。多分……


いや、結婚式を先延ばしするほど仕事が忙しい時期のはずなのに、この人はこんなところでこうしていて良いのでしょうか、本当に。公爵様、どうなんです?大丈夫じゃありませんよね?


「あ、ロイス。口の端にソースがついてるぞ。お前から見て右の口の端だ」


「あっありがとうございます」


具体的な方向と左右を言っていただけたので、私は即座にナプキンで口元を拭えました。お恥ずかしいです。ここは「えっどこについてるんですか?」「仕方ないな、拭いてやろう」とかなる展開が王道なのでしょうが公爵様の指示は非常に具体的なのでした。


「おいしいですね。こんなにおいしいご飯食べたのははじめてかもしれません」


正直なところ、大げさではなくて本音です。


「そうか。良かったな」


「はい」


お金持ちの公爵様はこれより美味しいものをいくらでも食べたことがあったでしょう。でも、私を哀れみも同情もしていませんでした。ただ、良かったね、と思っているのでしょう。私が喜んでいることに対して。本当に優しい人です。


「私のも美味いぞ。ロイスと一緒に居るからかもしれないが」


「私と一緒に居るから?」


どういう意味かな、と思って私が聞きます。こうしてみると公爵様は、基本的にはいつも真顔です。頻繁に爽やか笑顔をかけてくるのですが、説教中やこういった日常会話の時はニコリともしないのです。無表情、と言っても良いかもしれません。機嫌が悪いわけではないのですが。笑顔の時は頑張ってるのかな?なんて思ってしまいます。


「ああ。友人や恋人、家族、一緒に居て楽しい相手との食事はいつもより美味く感じるものだからな」


ああ、そういう意味でしたか。でも、たしかに私の家庭でのフルにストレスを感じる食卓より、こうした街のお店で食べている方が美味しく感じて当然なのかもしれません。緊張して味も分からなかった、なんて言い回しもありますもんね。


「じゃあ、私も公爵様効果で美味しく感じてるのかもしれませんね」


「そうかもな。結婚するか?」


「しません」


「うーん、難しいな」


公爵様はそう言って、サラダに乗っていたお花を口に放り込みました。さりげない求婚でしたが、私は騙されませんよ。


「公爵様は私を本気で連れて帰る気があるんですか?押しが強くないというか、強引でないというか……紳士的というか」


「もちろん連れて帰る気はあるし、最終的に君を納得させて結婚に持ち込む自信もある。それに君がさっきのように私の知らない間に逃亡をはかろうとしても必ず見つける。でも、強引に迫ると君のような内向的な人間は私を嫌うだろう?わざわざ嫌われるようなことをするのは頭の悪い行動だ。子どもが気になる異性を相手に意地の悪い行動をとるというのはその最たるものだと思うが、君はそういうのにときめくタイプの人間なのか?それならアプローチ方法を変えるが」


一つの質問にものすごい真剣に答えてくれるのを見ると、ああこの人は本当に真面目なんだろうなあと思ってしまいます。家に置手紙を置いて仕事をほっぽってくる人とは思えません、まったく。


「い、いえ強引な人は確かに苦手かもしれません、できれば変わらないでください」


実際、公爵様に優しくされて私の心はガタガタぐらぐら常に揺さぶられている感じがしますし。そう考えると彼の自信は当然のことだとも思えますし、作戦も何も間違っていないのだと思います。何しろ美男子ですし、金持ちで性格まで優しいと来たらなんの非もありませんからね。私も変な意地を張らずにこの人と大人しく結婚してしまえばいいのに、ああ、でもダメなんですよねどうしても。


今となっては私と結婚したせいで、私の家族のような卑しい人間たちとこの立派な人の家とに繋がりが出来てしまうこと自体も嫌なのです。結婚後に家族に援助をせびられたりするのも嫌ですし、そのせいでこの人に嫌われたら嫌ですし。彼が人間として(ふところ)が広いことや立派なことを知って、好きになるたびにより一層、私の結婚への意思は遠のいていくのです。


かといってまさか邪魔な私の家族を抹殺(まっさつ)するわけにもいきませんし、公爵様に自分の家族が原因だから結婚できないなどと言うと多分、そんなの気にしないとか言われて話が平行線になってしまいます。どうにか穏便にあきらめていただけると良いのですが、とはいっても、今の私は公爵様なしじゃまともに安全な旅も出来そうにないし、難しいところなんですよね。


「あと、私の名前は公爵様じゃない。役職で呼ぶな」


公爵って役職なんでしょうか?というか、そもそも職業なのかすらよく知りません。正しくは領主様、という感じなのかもしれません。どんな仕事をしているのか具体的なことも私は知りませんし。


「では、アーチボルト様?」


「親しい者はアートと呼ぶ」


「アートって、なんか芸術家みたいですね」


まあ、そういう名前は愛称としては一般的によくあるのですが。


「芸術と言えば。現在ではこの国でも絵を趣味で描く者が多くなったが、つい100年ほど前までは基本的に絵画や彫刻などの芸術は、職業としての芸術家の中の文化でしかなかったんだ」


なんですか、突然。公爵様は特定の単語に気が止まって唐突に豆知識を話し始める傾向があるように思います。興味が全くないわけではないので聞きますが。


「画家でない人が絵を描くのは一般的ではなかったということですか?趣味でなら、私もたまにスケッチブックに風景を描いたりしますが……」


「そうだ。そのように個人が趣味で絵を描くという文化は一般的ではなかった。画材も高価だったし、紙も今より高価だったからな。他国との貿易などによって印刷技術や製紙技術が手に入ったために、庶民や画家でない者も趣味で絵を描けるようになったんだ」


「へ~」


へ~という感想が全てです。それだけです。でも、つい100年ほど前まで、と言われても私にとっては「100年も前」なのですが。でも、今の時代に生まれたからこそ私は趣味でお絵かきが出来ているんだなあと思うと、ちょっと得した気分ですよね。


「絵を描いて生活していくためには、客に絵を売らなければならない。客に売る絵は客の望む絵でなければならないから、画家は宗教画だとか肖像画などを貴族や王族に注文され、それを書いて稼いでいた。現在も綺麗な状態で保管されている絵の大半は、宗教画か肖像画ばかりなんだ」


言われてみれば両親の部屋に祖父母の肖像画がありましたね。祖父の頭だけは塗りつぶされていましたが。


「ああ、古い絵などを保管するため、王都に美術館も最近できたそうですよね」


「そうだ。そこにも風景画は少ない」


「なんだか意外です。私は風景画とか綺麗な絵の方が家に飾りたいと思うんですけど」


「肖像画は自分の高貴さや立派さのアピール、宗教画は信心深い人間であるという社会へのアピール。絵は、貴族にとっても娯楽ではなくビジネスだったのだ。でも風景画は、綺麗だと見て楽しむものであり、娯楽で趣味だ。近年は庶民でも貴族でも自由に芸術を楽しめるように社会が変化してきた。今では貴族が注文するのではなく、画家が描いたものに値段をつけ、並べて販売するという商売形式も成り立っている。」


それは、とても素敵なことだと思います。自由にできる趣味の幅が広がってきたということですものね。今後は、後の世にずっと伝わっていくような素敵な風景画が生み出されてゆくのでしょう。自由に絵を描いてそれが売れて生活できたら、すごいことですよね。


「そうなんですね、私の家にも昔、祖父が描いたって言う風景画がありました。綺麗だったので、両親が捨てようとしてたのをもらって自分の部屋に飾ってたんです。すぐ姉に捨てられちゃいましたけど」


「姉と同室だったのか?」


「いいえ。姉は私と同室なんて嫌がりますから。勝手に入ってきて私の大事なものを捨てるんです。昔からそうです」


「やり返さないのか?」


「やり返しても物は返ってきませんから」


あっ、また余計なことを言ってしまいました。不幸アピールだと面倒がられたでしょうか。


「黒い髪がそれだけ私の家族にとって不快なものだったんでしょうね。そこはついてなかったなあ」


「綺麗な黒髪と思うのに」


「え?あ……あはは、昔から不吉だと言われて」


公爵様は手に持っていたコップを机に置くと、私の目をしっかりと見て話をはじめました。私は目を見て話すのが基本的に苦手なのですが、彼に見つめられるとなんとなく体が強張って目が逸らせなくなってしまいます。この世界に私と公爵様しか居ないみたいに。


「我がエインズワース家で最も国の事業に貢献したとされる女当主、11代目エインズワース公爵のアシュレイ=エインズワースも黒髪だった。その代のエインズワース家の元執事であり、騎士団の団長にまで昇りつめたダレン=アルダートンも黒髪だった。先々代の国王も黒髪だったが国は平和だったし、私の祖母もいい人だが黒髪だ。家の使用人にも黒髪の男が居るが、雇ってから悪いことなど別に起こっていない。王都の劇団の有名な座長だって黒髪だが儲かっているし、黒髪が不吉だなどとそもそも非科学的だ」


よくもまあ一瞬でそれだけの例を挙げられますよね、すごい記憶力です。というか、気を遣わせてしまったようで申し訳ないんですが。


「女性の公爵様もいらっしゃるんですね、なんだか珍しいです」


とりあえず話題を黒髪から逸らそうと、私はそう言いました。公爵家に限らずに女性が当主なのは珍しいですからね。


「ああ。エインズワース家の女当主はそのアシュレイ様だけだったようだがな。そうだ、街には馬車の通る道が柵で区切られて整備されているだろう?人通りの多い場所には標識が立っていて、馬車の徐行(じょこう)場所がある。」


「ありますね。でも、ないと危険じゃないですか?」


当然のことです。仕切られていなければ子供が飛び出して馬車に引かれてしまうかもしれないし、店の方に馬車がはみ出して来たりするかもしれませんから。何を当たり前のことを……と私が思っていると、公爵様は少し嬉しそうに微笑みました。


「道路に馬車の通る道を作って整備するように国王に進言したのはその、アシュレイ様だったんだ。今では国中の道路が当たり前に必ず整備されていて、年に二度の検査も実施されている。だから馬車に轢かれての死亡事故はほとんどない。100年前には馬車に轢かれて死ぬ人間が、年間報告されているだけで200人以上居たんだ。今は多くて10人くらい。すごいことじゃないか?」


「それは……すごいですね」


誰も考えなかった制度だとか仕組みを考えることは、きっと難しいことです。当たり前だと思って生活していましたが、その人が居なければ私が馬車に轢かれて死んでいる未来もあったのかもしれません。そう考えると、公爵様がその当主様を誇らしく思えるのは当たり前のことなのでしょう。


「公爵家にそういう立派な思想や力を持った人間が居たからこそ、国がいい方向に進んでこれた。私は公爵家という〝立場〟を誇りに思っているんだ。この立場にいるからこそ私は君や私の家族、大切な人々の生活をより良いものに出来るかもしれないし、国をいい方向に変えていけるかもしれない。命を救えるかもしれないし、誰かの幸せを生み出せるかもしれない」


ああ、なんて。恐ろしく(こころざし)が高くってやっぱり立派で、眩暈(めまい)がしそうです。私なんてこの人に比べればナメクジみたいなものです、情けなくて消えてしまいたい。家族のことなんかでうじうじと悩んで、かっこわるくて卑屈で。


「なのに、こんなところで油を売っていていいんですか?」


もう、勢いで「私の家族とかもうどうでもいいから、結婚しましょう!」なんて言ってしまいそうなので、頑張ってちょっと嫌味を言ってみました。


「国のことや仕事はあくまでも仕事だ。今のこれは人間としてあるべき〝娯楽〟であり恋だ。だから息抜きはしてもいいんだ」


「そ……そうですよね……」


ばたん、きゅー。


まったく(かな)う気がしませんね、この人には。名前の呼び方から芸術の話に移行して、更にご先祖のお話に移動して……はじめは何の話をしていたんでしたっけ?ああそう、求婚が強引じゃないのが不思議だとかそういう話でしたっけ。どうでもいいんですけど……


「茶も飲んだしそろそろ店を出るか、近くに風景の綺麗な丘があるんだ」


「はい、行きましょう。……アート」


私はなんだか照れ臭いので、そう小さい声で名前を呼んでみました。公爵様の後に続いて、店を出ます。


「ロイス。ありがとう」


私の声に気づいて振り返ってそう言った公爵様の優しい笑顔を見ると、なんだか頭が爆発してしまいそうになりました。今の私の顔は十中八九、真っ赤なのでしょうね。


なにに対するありがとう、なのかがわかってしまったから。


外がやっぱりいつになくいい天気なのがうらめしくって、私はまたため息をついたのでした。



今回も読んでくださってありがとうございました!


ロイスの中での株をどんどん上げ、結婚からどんどん遠のいていく実は真面目な公爵様。今回は長くなってしまって申し訳ないです。公爵様は話が一々長いので……

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