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まだ午前中だからか、私たちしかお客の居ない静かな店内。
店内は暗めの壁と床の色に、暖かい色のライト。その隠れ家的な雰囲気が、なんとも言えないお洒落な高級感を醸し出していました。外装は煉瓦造りっぽかったのですが、内装は木なのが洒落ています。やっぱり、店の雰囲気が良いと気になりますもんね。
そして服やドレスの値段はそこまで高過ぎず、お手頃なところも助かります。店員さんもカウンターでニコニコしてて、感じがいいし。まあアシュレイ様が見るからに金持ちのお嬢さんですって格好をしているから、上客になるかもと期待しているのかもしれませんが。まあなんにせよ“いいかんじ”の服屋さんです。
「じゃあこっちと、あとこっちも買ってあげますよ。これもいいなあ。あれも買ってあげましょう」
「い、いえ!自分で買いますから!!」
アシュレイ様は、服を物色しながら私の所に服を持ってきては合わせ、持ってきては合わせて吟味しているようでした。なぜ他人の服を選ぶのにそこまで熱中できるんだというかんじなのですが、私が持っているのまで取り上げて全部会計をしようとしてきます。
「年寄りからの好意は素直に受け取るものですよ」
「そ、そんな……」
孫に物を買いたがるお婆ちゃんってみんなこんな感じなんでしょうか。そういえば地元の友達のアイリも、お婆さんはおせっかい焼きだって言ってたなあ。これで見た目が老人だったら説得力あるんですけどね。見た目は20歳前後の美少女ですし、同年代にしか見えないのでお婆さんと思えないのです。
「え〜マイリさん、年寄りとか言ってまだ20じゃ〜ん!ウケるんだけど!」
「あらそうね、オホホ」
確かに、はた目から見るとそうですよね。しかし、ラーラの言葉によってアシュレイ様の表情はより一層機嫌が良くなったように見えました。200歳になってもやっぱり、若く見られると嬉しいとかあるんでしょうか?って、失礼なこと考えてる場合じゃないんですけどね。
「ていうかロイス、金持ちの親戚いるならもっと早く家出すればよかったのに〜」
「ハ、ハハ……そんなに人に頼りきりで生きていくわけにもいかないから……」
ていうかまず親戚じゃないですし。
ラーラが会計を済ませて外に出てから、私とアシュレイ様が続いて会計をします。
私はとりあえずお手頃な値段で、華美すぎず、丁度良い“素朴な田舎娘感”を醸し出しているかわいらしい水色のワンピースを選びました。それから、ラーラに勧められた派手なオレンジのシャツとセットのズボン。これはボーイッシュな感じですね。最後にアシュレイ様に勧められた真っ赤なワンピースです。二人とも派手なものがお好きなようで……
「この3着を着まわすことにします。当分は」
「えー、それだけしか買わないんですか?好きなだけ買ってあげるのに」
恐るべし金持ち。好きなだけとか気軽に言わないほうが良いですよ、相手によっては大変なことになりますからね。
「今までは二着で着まわしてましたし、十分ですよ」
「あ、でも確かに……今あんまり買うと持ち運ぶのがめんどくさいか。そうだ!私、まだ着てないドレスいっぱい持ってるから、旅が終わってからあげますよ!もしくは馬車を買ってあげましょうか!兵をもう一人くらいお供につければいいし」
か、金持ち!すーぐ施しをしようとしますね!アートも結構すぐに金を払おうとする節がありますし。いや、エインズワース家の人たちがそうなだけなのかもしれませんが。よくないですよ、相手によっては金づる扱いされかねませんよ。というか、消息不明扱いなのにどこから得てるお金なんですか?!
「いいい、いりませんいりません!これで十分ですって!急に馬車が増えたら不審ですし!!」
「そうですか?洗脳すれば全然……あ、そうだこれ着てみてくださいよ。試着だけ!」
さらっと不穏な単語を出さないでください。超能力とか使えちゃう一族の人に洗脳とか言われると、本当にできそうで怖いので。
「し、試着だけなら……」
ラーラは「先に宿にもどってるから親戚の人と話でもしなよ」とか言っていたので、慌てることもないですしね。
ちなみにアシュレイ様が着ろと言ってきたのは、なんというか、私には似合わないんじゃないかな?ってかんじのかわいらしい薄ピンクのふりふりワンピースでした。お恥ずかしいですが、こういう服を着るの、ひっそりと憧れてたりするんですよね。
「わ~かわいい!流行ってるしって思っただけだったんですが、似合ってますよ!流行りものだってかわいいから流行ってるんだし、一着くらい持っててもいいと思うんですよね。あ〜かわい写真とっとこ」
パシャパシャと謎の音をたてながら、アシュレイ様は私に謎の四角い小さい機械のようなものを向けてきました。ああ、これが噂に聞く写真を撮る道具の……
「撮らないでください!?でも……王都で流行ってるものだなんて、正直なんとなく憧れてしまいますね。へへ……」
ラーラはいっぱいいると無個性だって言ってましたけど、この場には薄ピンクの服の人っていないわけですしね。そこまで派手でもありませんし、アシュレイ様が似合ってるって言ってくださったので、買ってしまおうかな?と私は思いました。褒められると嬉しくなってしまいますしね。
「でしょ!その服はもう会計済ませてあるのでこのまま出ましょう」
「ええ?!試着なんじゃ?!」
「ありがとうございました~」
嬉しそうな店員さん。確かに結構買いましたもんね、いい客でしたよね、ええ。私の手を凄い力で引いて店外に連れ出すアシュレイ様は、それはもう、店員さんよりも更に楽しそうな笑顔でした。本当に勝手な人です。自由すぎます。こちらが文句を言う隙を見せないというか。
「結婚祝いには南の無人島か、王都内に別荘とかを贈ろうかと話してたんですけど、最終的には実用的なものにしたほうがいいだろうということになりまして。ちょくちょく顔を出して物を買い与えることにしたんですよね。今の私はあんまり目立てませんし」
「私に物を買い与えるために来たんですか?!」
デートの待ち合わせの隙間時間にわざわざ?!
「そうですよ」
アシュレイ様、再びにっこり。
というか、誰と話した結果そうなったんですか?!島とか別荘とか話が異次元過ぎてついて行けません。まあ、公爵家なら普通なのかも?そんなことあります?ないですよね?
「お金を!せめてお金を払わせてください!!」
「話聞いてました?もしかして馬鹿なの?うーん……じゃあ、お金の代わりにあなたの元々持っていたボロい服を全部くださいよ」
「そん……え?な、なんでそんなものを?!」
金を払うのと、自分が着古したボロ着をアシュレイ様に渡すのとでは全く違います。下手したらゴミ処理をやらせてるようなものですからね。正直なところ絶対にそんなもの渡したくありません。
「どちらにせよ歴代のお嫁さんからは毎回、過去の“負の遺産”をもらうことにしてるんです。」
「負の遺産……とは?」
なんかまた妙なことを言い出しましたよ。アートの先祖様ですから多少ヘンでも気にしませんが。
「人間が犯した過去の失敗の跡、みたいなものかな?名残っていうか。嫌な思い出を想起させるものというか。結婚は一生に一度のことでしょう?スッキリしましょうよ。あなたにとって嫌な思い出は、私が供養しておきますから」
「嫌な思い出……」
確かに、これは嫌な思い出の結果作られたつぎはぎのボロボロの服でした。これからも着ることにすれば、私は見るたびに昔を思い出すのかもしれません。でも、供養って……前に少し、アートに聞いたことがありました。
供養とは。
亡くなった人や動物の魂への尊敬を込めて、物を供えたり、お経とかいう決められた言葉を唱えるんでしたっけ。確か、仏教とかいう異国の宗教の考え方でしたよね。人や動物のほかにも、「長年使っていた持ち物」みたいな「物」も供養することがあるのだとか。
……感謝を込めて。
私にとってはそういう考えはなんというか、慣れない感覚でした。理解に苦しむというか、嫌な思い出を想起させるものに対して「今までありがとう」と感謝して、大切にするのって。だって、それじゃあ物に「心」があるみたいじゃないですか。ものが「嫌な思い出」として焼き捨てられるのを嫌がっているみたいじゃないですか。
「私はまだまだ若いほうですけどね、歳をとるたびに、弱くって打ち捨てられていくものたちがどうしようもなく愛しく思えてくるんですよ。物だって人だってそう。物に心が宿ることがあり得るのなら、すべての物には大切にされる権利がある。だからあなたがこれから“忘れるために捨てる物”は、どうか私にください。その服だって元は家族の着古しの悪意ある贈り物だったとしても、あなたを大切に守って一緒に居てくれた。ロイス、これはあなたも理解しているでしょうが、物に罪はないでしょう?」
「……でも……それは、私がすべきことなんじゃないでしょうか?」
仮にそうなら、お世話になったのは私ですし。
「だから、服の代金の代わりとしてください、と言ってるんです。あなたがすべきことを私が代わりに勝手にやりたいから。私のかわいいあの子の大切な人と一緒に居てくれてありがとうございますって」
「……そんなの、なんか……面倒を一方的にみられてるみたいで、ムズムズするといいますか」
というか、人の物に感謝するって、なんだか。本当に変な感じがします。もちろんそんな宗教観で生きてきてないので、私に染みついたこの国の感性から逸脱する時はまだまだ来ないのでしょうけど。いつか、歳を経れば感覚として理解できるようになっていくのでしょうか。
「そら面倒見ますよ!かわい~!ほぼ孫!全て面倒みてやりたすぎてあなたのご先祖様のことだって勝手に始末つけてきちゃおうと思ってたんですけどね~。アルドヘルムに止められて……」
「もっ、ちょっ、顔の肉を揉まないでください!アルド……誰ですか!?」
「私の愛する夫で、先生くらい強いバケモンです」
ああ、旦那さんでしたか。そういえば前にも聞いたことがあったような、なかったような。
「誰がバケモンですか、もうデートの時間だというのに」
「?!」
「あれっ噂をすれば影ってやつですね」
「またくだらん言葉ばっかり覚えて……」
店から出て話しながら2人で並んで少し歩いていた時、突然後ろからその人物は現れました。
アシュレイ様の真後ろ。背の高い金髪の美形が立っていたのです。その人はアシュレイ様と並ぶと、背景に薔薇でも咲いてるかのように華々しい雰囲気でした。ともかく、なんというか豪華な顔面の男性でした。そして身にまとった鎧をガチャガチャいわせています。さっきまで鎧の音なんかしなかったんですが、急にどこから現れたのでしょう?
「もうそんな時間ですか?すみません、まだ10分くらいしか経ってない気がしてました」
アシュレイ様が親しげな様子で受け答えをします。当然、微塵もびっくりしていません。
「待ち合わせ10分前には来ていただかないと」
「じゃあまだ10分あるんですね?ッカァ〜〜待っててくださいよ定刻まで!せっかちですね年寄りなのに」
ああ、待ち合わせというと……きっとこの人が今話していた、件の旦那さんですか。お似合いですもんね、きっとそうです。それにしても、この人も200歳超えとかだったりするのでしょうか。そんでなんでデートに鎧を着て来たんでしょうか。うーん、ミステリー。
「おや、年寄りの方がせっかちなんですよ。知りませんでした?人間なんか70歳にもなれば店で料理が出てくるのが遅いとか文句言い出しますよ」
「特定の知り合いにそういう人が居るんですか?」
「いませんけど……」
仲が良いんでしょうね、なんだか二人だけの世界って感じです。もう立ち去っていいですか?
「イメージで物を言うんじゃないですよ。あ、ロイス。この人がアルドヘルム。あの子には内緒ね」
「は、はい」
内緒ね、もなにも言えないようにされるんですよね?知ってますよ!強制的にそうさせることについて表向きお願いしてくるのやめてください!政治家じゃないんですから!
「あの子はアシュレイと同じで少し変なところがありますが、よろしくお願いします。あなたも強いようですから心配はしていませんが」
アルドヘルムさんもアートのことを「あの子」って呼ぶんですね。名前を呼んじゃいけない理由でもあるんでしょうか?
「ハ、ハハ……こちらこそアートにはお世話になって……」
「あの子が変なことをしようとしたら止めてやってください。私たちはあの子に会うわけにはいきませんからね。」
「わ……私に出来そうであれば、ハハ……」
荷が重ぉい……
どこまで知っているのか知りませんが、多分、全部知られているような気がしないでもないんですよね。アシュレイ様は初対面の時から私のことも私の先祖のことまでも知っていましたし。なんで知ってるんでしょう、ほんと。
「あと、アドルファスのことはごめんね。殺したと思ってたんだけど生きてたみたいで」
アシュレイ様が急に神妙な顔でそう言ってきました。なんの話なのかうっすらは分かるんですが、頭が追い付かないので、どんどん知らない名前を出さないでください。
「アドルファス……ですか?」
「森の神を名乗ってた仮面の男ね」
「あ、ああ。いえ……あの人が居たから、アートという人間を少し理解できた気がするので。きっとあなたがあの人を殺し損ねることも、私がアートの人殺しを止めることも、そうなるべきことだったんです」
運命っていうか成り行きっていうか、まあ結果オーライみたいな?そうなってしまったものはもう、仕方ないですよね。
「ふーん、ふーん……そうですか。なら良し!あ!あとできれば、アドルファスに伝えといてほしいことがあるんです」
「会うかどうか分かりませんが、会えれば」
今日中に多分、刑務場かどこかに連行されるでしょうから。その時に少し話しかけられそうだったら、伝言くらい伝えても良いかもしれません。結局服の代金も受け取ってもらえそうにないし。
「もう一回やったら殺すからなカスって言っといてください」
「怖っ!!」
ていうか、自分で言ってくださいよ。そんなこと人前で言いたくないですよ……
「言葉遣いが悪いですよアシュレイ。そろそろ行きましょう」
「はい!じゃあねロイス、またね~!」
「あっはい、さようなら……」
「アルドヘルム、久しぶりにミサキんちにチョコレートパフェでもせびりに行きません?」
「なんでデートであいつの家に行かなきゃいけないんですか」
おふたりが話しながら去っていきます。本当に、嵐のような人……なんだかものすごく疲れました。
話も終わってお別れしたので自分も宿に戻ろうと歩き出して、ふと後ろを振り向くと。もう、お二人の姿は影も形もありませんでした。もしかして幻覚だったのでは?と頭がヘンになりそうです。こんな一本道で、数秒で。
「あら、おかえりロイスちゃん。ラーラは今シャワー浴びてるって」
「こんな時間に?!」
……が、宿に戻って手荷物を確認すると「私の例のボロ服」が跡形もなく消えていたので、ああ、持って行って良いとは言わなかったけど、結局持って行ったんだな……と苦笑いしてしまいました。
そんなわけで、私は今着ているアシュレイ様に買ってもらったピンクのかわいい服と、残りの新しい服3着を抱えて少し呆然としました。
しかし、数分するとなぜだかものすごく面白かった気がしてなんとなく笑えてきてしまい、おかしくって、にやける顔を両手でむにむにと押さえてベッドに頭から倒れ込むのでした。
「あら、なに笑ってるのよ。良いことでもあったの?」
私にも分かりませんよ、セドリックさん。
フリーダムな女 アシュレイ




