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驚いたことに、私がキスをした途端、アートは呆然とした顔で固まってしまいました。


最近手を繋げるようになった程度の関係なのに突然すぎたか?と少し後悔しましたが、それにしてもアートのびっくり顔はそれはもうびっくりした顔だったのです。


「……アート?」


「あっ……え?」


「アート?大丈夫ですか?嫌だったんですか?すみません、急にキスなんかしちゃって」


「……い……!……」


アートは言葉を失いながらもひどく慌てた様子で首をブンブン勢いよく振り、身振り手振りで嫌ではないと示してきました。いや、いいんですよそんなに慌てなくても。落ち着いて話していただければ。


お互い結婚も出来ちゃう年齢なわけですし、キスくらいでそこまでの動揺を示す必要はないと思いますよ。大体、結婚しようと言ってきたのはあなたじゃないですか。はじめに手を繋いできたのもあなたでしたし。お姫様抱っこだってしてきましたよね?まあそれは親切心からですが。


……と、その直後のことでした。


急激にアートの綺麗な白い顔が、みるみる赤くなっていったのです。あんまり見事な赤面だったもので、私もつられて顔が熱くなってきました。


「どうしたんですか、そ、その顔!なんで……」


「あ、え、っ!次の旅の、それ用のあの、食料っ!食料として干し魚とかを買いに行ってくる!君はだから、あの、先に!宿にでも戻っていてくれ!!!」


「今行くんですか?!なんで?!」


私の突っ込みをよそに、アートは突然立ち上がると、赤くなった顔を両手で隠しながら、全速力で走り去ってしまったのです。それはもう恥じらう乙女のようにです。後ろ姿を見ていると、何度かよろけたり倒れたりもしていました。顔なんか隠すと前が見えなくて転ぶに決まってるでしょうに。


「アート?!ちょっとー!!」


食料はまだ全然ありますし、しばらくは普通の街沿いを移動することになるでしょうから追加の保存食など買う必要はないのですが。まさか、本当にただ照れてしまって逃げたのでしょうか?


でも、確かに以前、アートは女性とお付き合いした経験がないと言っていましたし……


しかし、私だって男性とお付き合いしたことなんてないのに!キスだって今のが初めてだったのに!一方的にそこまで恥ずかしがられるとなんだか不服な気持ちになってしまいます。私が悪いみたいじゃないですか。


今追いかけるのもなんとなくはばかられるのでやめておきますが、なにも走って逃げなくても。


そんなわけで私が一人でとぼとぼと宿に戻ると、部屋にはラーラとセドリックさんがいました。広い部屋で、女だけの三人部屋なんですよね。誰が何と言おうと女三人です。アートたちも三人部屋です。森側の街のまともそうな宿屋には、大部屋2つしか空いてなかったんですよね。


あ、森の神だけは事情をぼやかして罪人だとだけ話して、一番上の階の小さい部屋に入っていますけど。見張りはルドガーさんとアートが、時間で交代するそうです。私も見張りましょうか?と言いたいところなんですが、そうもいきませんからね。ルドガーさんは何か言いたげな顔をしていましたが、仕方ないでしょう。


「ロイスちゃん。早かったじゃない!アーチとは話せた?」


「はい。愛の告白をしてからキスをしたところ、走って逃げられてしまいました」


「え?!キスしたの?!急に?!ロイスちゃんから?!」


驚かれてしまいました。うーん、今日は色々なことがありましたからやけに長い時間が経った気がしていましたけど、考えてもみればセドリックさんに出会ったのは昨日なんですよね。ラーラなんて今日会ったばかりだし。今朝は画材屋に行ってからすぐ森に入って、今はもう夕暮れ。


森の中に居た時間だって、捕まったりしていた割にはかなり短かったのです。


そんな出会って間もない人にここまで驚かれるってことは、私ってはたから見ると自分からキスなんてしそうにない人間なんでしょうね。あ、というか私はアートの求婚を断って家出の旅をしているのだと、セドリックさんに説明したんでした。求婚を断っている側である私の方からアートに告白した挙句キスするのはたしかに、かなり不自然な状況なのかもしれません。


「はい。アートは私のことが好きだと言っていましたし、いいかなって思ったんです。しかし……相手の好意を知っているからといって体を許すかどうかはまだ明言されていませんでしたし、アートは急にキスされたことでなんらかの嫌な思いをしている可能性も捨てきれません。私がアートにキスしてもいい正当な理由はなかったと思います。」


「正当なりゆ……いや、キスしただけでしょ?体を許すかどうかとかいうほどの次元のことでもないと思うけど……」


言われてみればそうである。でもキスくらいでねえ。


私だって覚悟決めてやってますから、アートが真っ赤になってしまうまでは照れる気持ちなんかはなく、なんというかこう、崇高(すうこう)な気持ちでやってしまったというか。下心とかは特になく、気持ちを表現するためにやったので、性的なあれでもなかったんですが。親愛というか、敬愛のキスといいますか。ほんと、やましい気持ちはなかったのです。


「赤くなっていたので、アートは照れていたのかもしれません」


「いや、そうなんでしょ。間違いないでしょ」


うーん、やはりそうですか。ただ照れていただけですよね。あんなに走って逃げて行ったので他の何かがあるんじゃないかと勘繰ってしまいましたが、普通に考えて照れていただけですよね。


「マジでチューしたの?どんな感じで?!舌入れた?!」


机に向かって何かのデザイン図みたいなのを描いていたラーラが、私とセドリックさんが話していた机にマグカップを持ってやってきました。勢いよくです。椅子も持ってきて、話を聞く気満々というかんじです。やはり恋愛とか、そういうのが気になってしまう年頃ですよね。ラーラ、私の二歳下でしたっけ。


「いや、舌は全然入れてないです。軽く触れた程度ですよ」


「そんなんで照れるの?公爵なのに?」


「公爵なのに、というと?」


「あたしの故郷は西にあるクロクロッドって街なんだけど、すぐ近くに領主の公爵んちがあったの。そりゃも~女にモテモテよ。家には毎日のように違う女が出入りしててさ。父さんもああいう男には気をつけろってしつっこくいってたなあ。ていうかその公爵、50すぎのおっさんなんだよ?やっぱ金持ちだからヤり放題なわけだよね~。20代の男なんてそれどころじゃないだろうし、浮気されないように気をつけたほうがいいよ」


言わんとすることは分かるんですけど、アートは基本的には変な人ですからね。例外なんじゃないかな……小さい頃の王都でのパーティで私をはじめて見かけて、そこで運命の人だって気づいたらしいですし。あの人は真面目ですから、そこからは他の女性がそもそもの選択肢に入ってなかったんじゃないかとすら思えます。じゃなきゃ、わざわざあんなへんぴな田舎町まで出向いて来ないでしょうし。いやらしいことを考えている素振りもありませんし、もしかして性欲とかないんじゃないかな?と錯覚しそうになるくらいですから。ピュアなんでしょうね、アートは。本当に。


「アートは女性経験はないと言ってましたよ。若いですし、中にはそういう公爵もいるんじゃないかな」


「童貞なの?!あんな顔して?!絶対嘘だよ!!」


なんてこと言うんですか。やめましょうよ、なんかその言い方はまずいですよ。


「やめなさい!アンタ下世話よ!!」


その通りです。やめましょうね、ラーラ。


「いでっ!!セディだって非童貞のくせに!」


「そんなの関係ないでしょ!!ていうか、せめて非処女って言いなさいよ!男にしか興味ないわよ!!」


あ、男性とはなにかしたことがあるんですね。なにがとは言いませんが……


「でもまあ、アーサーも似たようなこと言ってたかな……アーサーも旦那も初めてだったから、色々とモタモタして気まずい思いもしたみたいよ」


友人の息子の彼女相手になんと赤裸々(せきらら)な話をしてくるんでしょうこの人は。でも、そういう時は別に、気まずい思いをしてもいいんじゃないでしょうか。それもまた長い人生の中でひとつの思い出となることでしょう。私はなるべく困らないように事前に本などで調べておこうと思いますが、あんまり手際が良いと、それはそれであらぬ誤解を受けるかもしれませんよね?いや、なに考えてるんですか私は。


「私の場合はアートが一方的に照れて逃げただけなんですけど、まあお互い初めてのことは多そうですよね」


「なんでアンタそんなに冷静なの?男女の恥じらい方が逆じゃない?」


「私の場合はアートが照れたのに釣られて照れてしまったんですが、考えなおせば自分からやったわけですから恥じらうのもおかしな話だと思いまして」


「そ、そう。一応恥ずかしい気持ちもあったのね」


だからそんな気持ちはないですって!アートのせいで恥ずかしい気がしてしまっただけです。


「ここで問題なのは、次に会った時が気まずいということなんですよね」


「そうねえ。アーチに呼び出されてまた話をすることになるか、あるいはあの男、しばらくは照れて避けはじめるかも。ロイスちゃんから話しかけるのもいいかもだけど」


「そういうことってよくあるんでしょうか」


「ないんじゃない?あんまり……ウブなアンタたちじゃ、アタシに聞いても参考になんないかもしれないわねえ。アタシなんか求婚とかの手順なんか踏まずに“いい雰囲気かも?”と思ったらキスくらいするしね」


「お、大人……」


なんとなくその場の雰囲気で……いや、でもそれが普通なのかもしれませんね。いちいち自分たちは交際している間柄か否か確かめるのも変な感じがしますし。アートは公爵様ですから、結婚するとなるとキッチリしなきゃいけないんでしょうけど。


「まあ、年齢的にはアーチも大人なんだけどね」


「あーあ、いいなあ。あたしも都合よくカワイイ美少年が結婚してくださいって押しかけて来ないかなあ」


「年下好きなんでしたっけ?ラーラは」


16歳なのにすでに年下好きとはこれいかに。


「だって子供は無垢で罪がないじゃん?集団意識とか悪意とかなさそうでいいよね」


「えぇ……なにか闇でも抱えてるんですか?」


「抱えてないって!ていうかさ、ロイス、明日あたしと服買いに行こうよ」


ラーラからの突然の提案に、私は少し面食らってしまいました。


「服ですか?ああ……そうですね、私もそろそろ新しい服を買って、今着てるようなボロボロの服を捨てようと思ってたんですよね」


「その服、よく見たら布がつぎはぎになってるんだよね。器用じゃない?パッと見そういうデザインかと思ったもん。よく見たら裾とかが擦り切れてるから気づいたけど。編み物とかもしてるし、手先が器用なんだね。物作るのとか向いてるかも」


出来るだけ他人からみすぼらしく見られたくなくて、必死に服を繕っていました。結局、人目って気になっちゃうもんなんですよね。デザイナーの弟子に褒められるくらいに繕い物が上達してたなら、ある意味いい人生経験だったのかもしれませんが。って、そんなわけあるか!


「そうかな、ありがとう。おさがりを縫わなきゃ着れる服なかったので、仕方なくできるようになったのかも。家庭内で不遇だったので新しい服って買ってもらえなかったんだ」


「靴作るのは私のほうがうまいと思うけどね!」


「アンタは靴職人希望なんだから当たり前でしょ!」


なんだか、こう、女三人で楽しくお話しできるのはとても幸せな感じがします。結局のところ、私は人生で、こんな話をする状況になったことがなかったんですから。アートのおかげで、色々な人に出会えました。ルドガーさんはアートを追いかけてきましたし、レオンさんだって、アートが馬を買うと言い出したから出会えました。セドリックさんだってアートと知り合いだったから話しかけてきたわけで。


「……ロイスちゃん、アタシ、アンタに似合いそうな服のデザイン思いついちゃったから作り始めてんの。だから、この服が出来るまでは一緒に旅しましょ。決めたんだから。アンタ、このままほっといたらダメなかんじするし」


「珍しいじゃんセディ、頼まれてもないのに」


「あら、頼まれたら断りたくなる性格なのよ?アタシ。いつも自分で選ぶもの」


「仲良くしてくれてありがとうございます。私、あなたたちのことが好きです」


「な、なに言い出すのよ。真面目な顔して、変な子ねえ」


「アハハ!セディには言われたくないよね!」


「どういう意味よ!!」


夜は更け、セドリックさんたちと一緒に、私は近くのレストランで食事をしました。肉と香草をパイのような生地で包んだ珍しい料理がおいしくて、明日はアートも一緒に食事できるかなあと楽しみになります。


宿に戻ると、私は一番窓側のベッドで眠ることになりました。


明日は朝一で食料を森に届けにいって、その後で服を買いに行きましょう。明日の予定ややりたいことがあるのは、なんて素敵な事なのでしょう。って、そんな幸せを感じてる場合でもない気もするのですが。ルドガーさんとアート、ちゃんと眠れるでしょうか?レオンさんも頭の痛みがとれたかどうか心配です。


でも私は無意識のうちにとてもとても疲れていたようで、アートと再び顔を合わせることもなく、ベッドに入った途端に眠たくなってしまい、朝まで泥のように眠ってしまったのでした。





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