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街に着くと、馬車を置いてそれぞれが荷物を宿屋に運び込みました。森の神はアートに首根っこを掴まれていましたが、暴れる様子もなく大人しくしています。手錠をつけられて半ば引きずられるように歩く、薄汚い仮面の男はそれはもう目立ちました。


森で待っている住人たちは、結局、連れて行かれる神様についても何も言ってきませんでした。どうしてなんでしょう?だって、神様を大切だと思ったから、一緒に居たいと思ったからあんな森の中で山賊みたいにくらしていたんでしょう?子どもたちだって、あんなに彼を庇おうとしたのに。


大人たちの中には、連れて行くなとか、手錠なんてするな、とか……彼を庇ってくれる人は居なかったのです。私にはやっぱり彼らの気持ちがさっぱり分かりません。命がけで庇うほど大切な人なら、もっと必死で守るものなんじゃないんでしょうか?


「ロイス。少し歩かないか」


「アート……え、あ、えっとあの人は?」


「宿屋の一番上の部屋に。一応、ルドガーを見張りに立たせているが……森から出てからは、あいつから感じていた神の力がほとんどなくなっていた。


あの後に祭壇を壊したから、力がなくなったんだろう。……いや、森から離れたからかもしれないが。森にいるとき限定の力なのかもしれない。


だからつまり、ルドガーでも勝てる。今は少し強い程度のただの人間だ。君の言うとおり、殺す必要はなかったようだな」


「そうですか……あの、アート」


「うん?」


驚くほどにいつも通りのアートでした。私だけが勝手に悩んでから回って、アートにとっては大した問題ではなかったのかもしれません。殺しても良かったし、殺さなくても良かった。全体を見ているアートにとっては1人の罪人の命なんてどうでもよくって、私はそうではないから、傲慢にも目の前の全部の人間を助けてほしいと思ってしまうのでしょう。


「私のこと、嫌いになりましたか?」


ああ、私はまた自分のことばっかり。


「嫌いになんてなるわけない。私は君に知り合いを大量虐殺とかされたとしても、嫌いにはならないぞ。(おこ)りはするが、私のこの感情は多少のことで変化するようなものではないんだ」


「そうなんですか……そりゃ、随分と私にだけ都合のいい感情ですね」


流石にそこまでの悪行をはたらく気はありませんが、流石に知り合いを大量虐殺されたら嫌いになりましょうよ。大げさな言い方すぎるでしょうに。


私たちは、隣に並んで街を歩き始めました。レイアスの街並みは、どこかアニスに似ています。花が減ったアニス、という感じです。可愛くって、気温は低いままなのになんだか、どことなく暖かくって。


アートと手を繋ぎたいと思ったけれど、そんなこと言い出す気分でもなくて。


「君にとってそれが都合のいい感情であるなら、それはまた私にとって都合のいいことになんだ」


「うーん、難解ですね。あなたの言うことは半分くらいしか分かりません」


「意思疎通さえできれば、そんなことはたいしたことじゃない。半分わかれば上々だ。私は君のことが好きだから、できるかぎり君の意向に沿えるように行動する。それだけだ」


アートが街から外れて少し草原になっている場所へと歩いていくので、私は後ろからついて行きます。建物と建物の間を抜けて草原に出ると、遠く一面にずうっと、四角く区切られた色々な色の畑がありました。


草原はほんの一角で、そこにはどーんと大きな木が一本生えていました。私が3人くらい手を繋いでも回りきれないんじゃないかな、というくらい太い木です。周りには他に大きな木が生えていないから、それがやけに目立っていました。


アートはその木の下に座ると、自分の横の地面を軽く叩きました。座れ、ということなのでしょう。私は無言でアートの隣に座ると、また会話を続けました。


「そんな都合のいい男になっちゃっていいんですか?私が悪い人間になってしまったらどうするんですか。あなたの大切な国が悪い方向にいってしまいますよ」


「君は悪い人間にはならないし、なれない。そうだな……君の言うことがおかしいと思ったら、私が指摘しよう。君が悪いことをしたら私が止めよう」


「それは助かりますね」


私がおかしい時には。……でも、アートは本当に私が悪いことを考えた時に悪いことだと言ってくれるでしょうか。それでも私の「意向に添えるよう」にしてしまうんじゃないのかな。


だからこそ私は、アートを不幸にしないよう、悪い人間にはならないようにしなければなりません。


「だから……」


「だから?」


「私が間違っていると思ったら、また止めてくれ。一般人の観点から」


「……一般人の観点からですか。それは……なるほど……」


アートはきっと、善悪の判断が極端すぎるのです。悪い人間は死ぬべき、いい人間は守る。山賊は悪い集団だから、子供でも悪。少しでも社会の悪い部分を徹底排除しようとするのです。正義感から。純粋に、罪なき人たちの幸せを願う気持ちから。そして、それはとても危ういことなのです。


そう、きっと一般的な普通の人間なら、子供に危害を加えるのはいけないと考えるでしょう。私と同じです。一般的な普通の人間なら、罪人はその場で殺さず法で裁くべきだと思うでしょう。普通はあの男が神だなんて、心の底では信じないから。


「アート、私があなたを止めたのは、本当はあんな、子供がどうとか、森の神がどうとか、そんなのどうでも良かったんです。ただあなたに人を殺してほしくなかったからなんです。必ずしも不必要である他人の死が、あなたの人生を汚してしまうような気がしてしまったんです」


「ロイス……」


「あなたは優しい人で真面目な人だから、きっと殺さなくても良かった人を殺して、それに気づけば後で傷つくことになります。誰かの大切な人を殺したら、その人のことを思って自殺を選ぶ人がいるかもしれない。そしたらあなたはきっとまた悲しむ。」


「……後味が悪い、というのはそういうことか。だが……そこまで想われる悪人なんているんだろうか?」


真の悪人、というものはきっとこの世にたくさん存在するのでしょう。でも〝悪になりきれなかった半端者〟だってたくさんいると思うのです。そして、山賊たちには好かれていた様子の森の神も、それに当てはまると思うのです。


山賊たちの犯した盗みや暴力は、自分が同じ立場なら、周りと同じ行動をとろうとして犯してしまっていたかもしれないような罪でした。そう考えると、犯罪に手を染めなくても生きてこられた私はとても恵まれていたのかも。


「きっと山賊の子供たちから見れば、命をかけて庇うほどに大切な存在である山の神を殺そうとしたあなたは、悪なんです。あなたが今後もし豹変して悪人になったって、私はきっと、あなたのことが好きなままです。本気で嫌いになんてなれません……人は、どんな理由で悪に手を染めるか分からない弱い生き物ですから」


アートだって、私が悪いことをしても嫌いにならないと言いました。私は心の弱い人間ですから、これから悪人になる可能性だってゼロではありません。誰かに心から想われる悪人だって、きっとこの世にはたくさん存在しているのです。


「……そうだな。悪人相手だろうと、不必要な場面で面倒だからと殺人を犯すのは悪なのかもしれない。


そしたら今日、君は私が悪人になるのを止めたということになる。」


「そうなるでしょうか?」


「なるとも。私は、法律というものは人間が国という集団の中で生きる上で必要な、大切な決まりごとだと思っている。でも、いつの間にか自分は国を管理する側だから、多少の自分勝手は許される気になってしまっていた。自分に甘くなっていたんだな」


アートと同じくらいの権力を持った多くの人は、それが悪いことだと気がつかず、または気がついた上で自分のやりたいように行動するのでしょう。アートは私と出会ったことで出来ることに少しばかりの制限ができて、生きるのに不自由になるのかもしれません。


でも私は、アートが罪を犯す前に〝それ〟に気づいてくれたことが、本当に本当に嬉しいのです。


「仕方ないです。あなたの人生には後ろ暗いことが無さそうですから」


「君にはあるのか?」


「どうでしょう。私はあの小さな田舎町から出たこともなかった人間ですから……いて言えば、家族とちゃんと向き合わなかったことでしょうか。こんな待遇はおかしいって、はっきり文句が言えてたら良かったかもしれませんね。そうしたら、両親や姉を〝悪人〟にせずに済んだのかも」


「君は悪くない」


いつも迷いがない。だからこそこの人は危うい。


私が嘘をついているかも、なんて少しも思わないのです。私の家族は本当は優しいかもしれないし、姉は意地悪でないかもしれない。アートは私からの情報しか知らないんですから。視点が変われば、私はすごく嫌なヤツなのかもしれないのに。


「……前に聞いた気がしますが、アート。1つ質問をしても良いですか?」


「なんだ?」


私はアートの顔をちらりと横目に見ると、少し次の言葉が喉に詰まって出てこなくなりました。


頑張って絞り出した声は、なぜだか蚊の鳴くような情けない声で。


「あなたはどうして、私のことが好きなんですか?」


運命だから、とか言われてもやっぱり納得できない。見た瞬間分かると言われても、私はアートを見た瞬間に運命だなんて思わなかった。そんな理由じゃ、自分なんかを好きな理由として理解できない。何度もこんなことを聞くのは、私のエゴでしかないのですが。


アートは少し息を吸うと、木に再び背中をもたれかけました。それから、ふうーっと息を吐いて、首から上だけ私の方を向きます。気持ちを落ち着かせるように。


「多分、君は私に好きになられるために生まれてきたんだと思うんだ。髪の一本から爪先まで、私は君を見ているだけで嬉しい感じがする。遺伝子レベルでタイプなんだと思う。それは、もうどうしようもないことなんじゃないだろうか?」


嬉しい感じがする?……私も、言われてみればアートの顔を見ると嬉しい感じがする気がします。でも、そんな抽象的な。


「見た目が好きということですか?」


「見た目も好きなんだと思う。」


「も?」


「ロイスは深く、めんどくさく考えて、思ったことをそのまま言ってくれる。分からなきゃ分からないと言うし、やめたほうがいいと思えばやめたほうがいいと言う。いつも〝自分は別に頑張ってないし必死なんかじゃないよ〟って顔してるけど、何事にも結局は一所懸命だ。君のそんな、必死でひたむきで、かっこ悪いところが、私はとても好きだよ」


「……」


私は、なんだか泣きそうでした。情けないことに。アートがあんまり優しく言うから、なんだか、褒められた感じはしないのに嬉しくなってしまうのです。


「ロイスは私のことをどう思っている?」


私はアートの顔を見ると、寄りかかっていた木から起き上がって、立ち上がりました。それからアートの近くに立って、片膝をついて顔の高さを合わせます。


「ロイス?」


私はこの日アートに初めて、キスをしたのです。


「あなたのことが好きです。この世界中の誰よりも」


アートは初めから、私のことを大切に思っていてくれました。前に言われたことだって、私はちゃんと覚えているのです。


『本当は、今日はこれを渡すために会いにきたんだ。私の家までは遠いから、馬車が事故にあったり、危険な目に遭わないようにとの魔除けにと思って』


お守りを渡す、ただそれだけのためにわざわざ馬車を乗り継いで田舎町までやってきてくれた。私が自分勝手に結婚から逃げ出しても、追いかけてきてずっと好きだと言ってくれた。


私は、一所懸命すぎてかっこ悪いこの人が、本当に好きになってしまっていたのです。






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