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それから森の神と話し合い、住人たちの代表を集めて今後の処遇について話し合いました。


森の住人たちは神の言うことに従って他の場所にそれぞれ移住するようです。私たちが森の神を森から連れ出すと、森は大きな風のような音を出しながら大きく形を変えました。やっぱり神様が居なくなったことでこの森は普通の森に戻ったのでしょう。


アートは「これから家に書状を出すので、数日したら公爵家からここの住人を案内できる人間が大勢来るだろう」と言っていました。もちろん、手紙を出すには次の街まで行かなければなりませんが。手紙が届くまでは街から物資を買って森に運ぶことになったので、住人たちも盗みをせずに生活できるでしょう。


とにかく、またこれで足止めをくらってしまいました。手紙が届いて使いの人たちが来るまでの数日間、私たちはレイアスの入り口あたりの街で数日は宿泊しなければならないのです。一か月したら、私は顔を見なかった姉の顔だけを忘れるのかもしれません。そんなこと、どうだっていいのですが。


「大丈夫か?顔色が悪いが」


「あ、はい。すみません、何から何まであなたにやらせて」


「気にしなくていい。私の仕事だし、嫌ならやらない」


私は頼んでおいて見ているばっかりで、頭も悪いしなんの役にもたてません。いつもアートを困らせてばかりです。自分は何もできないくせに、アートにだけ一方的に要求してしまっているのです。


傲慢で、自分勝手で、子どもで、無知で。


結局、私には何もできないのです。アートは私が守る必要がないほどに強いし、具体的にいい提案、なんてものもできませんし。なんにつけ、要領が悪いのです。


「ごめんなさいね、あなたも貴族の方なんでしょう?手当てなんか手伝わせてしまって……」


「いいえ、そんなことは……怪我、痛いですよね。アートもルドガーさんもやりすぎました」


「すまねえな……あの人たちに殴られたことは怒ってねえよ。俺の家族だって……多分同じ目に遭えばそうするだろうし。」


「そうそう、今までだって反撃されたことあるしよ。まあ、神様が守ってくれるから死人は出たことねえけど。」


「おねえちゃん、ありがとう!あの怖いお兄ちゃんを止めてくれて!」


「あはは、怖い人ではないんですよ。普段は……」


住人たちは神に諭されると大人しく言うことを聞き、私たちを責めることも特にはしませんでした。根が穏やかな性格なのに、彼らは誰も神様に盗みをやめようとは言わなかったのでしょうか。神様もまた、盗みを働くほかに生活を成立させる方法を考えなかった、怠慢な心を抱えていたのかもしれません。人間なんてそんなものなのでしょう。私も今まで全てなんとなく、で生きてきました。


きっと彼らは普通の生活を送れるようになるのでしょう。幸せに生きられるのでしょう。でも、やはりハインの実情は変わらないのです。この街で生活できずに、故郷を離れてさ迷い歩く人はこれからも居るのでしょう。


でも私にとってはそんなことよりもアートのことが気がかりだったのです。


私はアートの行動を否定してしまいました。見ず知らずの子どもを庇ってしまいました。私は特別子供好きなわけではないのにです。アートを説得しようと色々な言葉を並べ立ててはみたものの、自分が結局どうしてここまで必死になっていたのか。


アートは、困っているようでした。私はもしかしたら、すごく卑怯なことをしたのではないでしょうか?傷つけてしまったかもしれません。アートが私に好意を持ってくれているのを利用して、アートの正義に(のっと)った行動を邪魔してしまったのではないでしょうか?


私の行動は真に正しかったと胸を張れるものだったでしょうか?ただ、自分の目の前で力のない子供に何が起きることに、私の矮小(わいしょう)な罪悪感が耐えられなかっただけなのでは?


「こんなことに正しいも正しくないもない。君も正しいかもしれないし、私が正しいかもしれない。でも、君の考えを否定してまで殺さなければならない相手でもなかったってだけだ」


アートは私の気持ちが楽になるようなことを言ってくれます。優しいのです。アートは間違いなく優しい人だし、悪人ではありませんでした。でも、今のアートに一生ついて行けるのかと考えるとやはり答えを出せないのです。少し前までは呪いさえ解ければ結婚しようかと思っていたのに。悪いのは、森で山賊なんかやってたこいつらなのに。あーあ、なんでこうなってしまうのか。


「私たちはこれからの人生、話をしなければならない。きっとそこらへんの夫婦なんかよりたくさんだ。話し合える、というのは人間のいいところだ」


この人にとっては結婚することは大前提なんですよね。そりゃ別にその目的で来てるんですからそうなんでしょうけど……なんで本当、この人は私なんかがいいんでしょう。


……話し合う。


私は思えば、何かを誰かと真剣に話したのなんてアートが初めてなのかもしれません。他の人が私なんかのことを真剣に考えてくれたことはなかったけど、アートはいつでも真剣で、真面目で、私に誠実に向き合ってくれました。


でも私の方はアートにちゃんと向き合えていたでしょうか?私は「アートは一人殺しても千人を幸せにできるだろう、だから人を殺していても構わない」と思っていました。思っていたはずなのに、結局私の行動は私の意思とは必ずしも同じではなかった。


私はアートにたくさんのものをもらったのに何も返せていない。私はこれからもアートに色々な矛盾したことを言って、たくさん困らせてしまうのかもしれません。


「ロイスちゃん、アンタずーっと(うわ)の空みたいだけど、大丈夫?」


「……え、あっ大丈夫です!やっぱりラーラの運転する馬車は揺れなくて快適ですね」


「そうねえ、動物には好かれるみたいなのよね。ていうか、ルドガーの運転が下手くそなのよ!化粧してたのにがたがた揺れるからもう!これだから男はって感じよね~」


「セド……セディは、怖くないんですか?あんな意味の分からない状況に巻き込まれて」


「ううん、アタシはアーサーの親友だもの。何があっても平気よ!ラーラが暴れるのを止めるのは大変だったけど。馬鹿なのよ、あの子。」


「セドリック失礼じゃない?!あたしだって一応貴族学校出てるし!」


「学校ですかあ。いいな、私も行きたかったです」


「げー!!勉強なんかしたいのロイス?理解できね~」


レイアスの、民家があるところまで馬車に乗って移動します。今度は向こうの馬車にルドガーさんとアートと神様の三人、こちらの馬車にはラーラとセドリックさんと、気絶したままのレオンさんが乗っていました。ルドガーさんが馬車を動かし、森の神をアートが監視しているわけです。まったく、どうすればいいんでしょう。私やアートが一年中見張っているわけにもいきませんし。ああ、やっぱりアートの言う通り殺害すべきだったのかも。自分の意思の弱さが恨めしい。アートに申し訳なさすぎる。


「ねえ、アレ神様って言われてたけど、なんかの超能力者なんでしょ?」


「え、ええまあ……そんなもんです」


「……アーチと何かあった?」


「え?!いや、な、なにもないですよ!」


「あんたたち、二人とも回りくどくていちいち深く考えるタイプっぽいから……めんどくさい男だと思っても見捨てないであげるのよ」


見捨てないであげるのよ?なんだか、その言葉は今の私にはにつかわしくないように思えました。


「……むしろ、見放されるのは私の方なのかもしれません」


「え?ないない!エインズワース家の男の執着心舐めない方がいいわよ。アーサーなんか家に入るなって言ったら雨が降る中、玄関で二日間出待ちされたらしいし」


「二日間?!入れてあげましょうよ家に!!」


「いや、その間のアーサーは仕事があって机にへばりついてたから気づかなかったらしいのよね。風呂入るのも忘れてたって。風呂入って買い物しようと外に出たらずぶぬれで立ってたらしいのよ」


怖っ!うーん、なんというストーカー気質。粘り強すぎる。でも、お父さんがそうだからといってアートもそうだとは限りませんよね。めんどくさい女だなって思われて離れていくかも。以前の私にとっては、その方が好都合だったんですけどね。


「私は自分勝手な上に、わがままな人間です。アートに反対意見を言ってしまいました」


「反対意見言って何が悪いのよ!アンタ、アーチの子分でもなんでもないでしょ?卑屈ねえ、ロイスちゃん。自分勝手じゃない人間なんていないのよ?みんな自分の人生のことしか考えてないの。自分がどう生きたいかが結果的に自分の周りに影響しているだけで、本人は本人がやりたいように生きてるのよ。アーチだってそう。アンタと一緒にいたいなら、そうできるようにあの子は行動しなきゃいけないの」


「そんなもんでしょうか……」


「そんなものよ。大体、惚れたほうが負けなんだからね」


惚れた弱みにつけこむみたいであんまりいい気はしませんが、確かに私はアートの手下とか子分とかではありません。私は心の中で、やっぱりあくまでも“アートは自分より上の人間”だと思っているのでしょう。アートが私を対等に思っていてくれても、私の中ではそうでないのです。私はどうすればアートと同じ高さに登れるのか。


「……そうだ、ロイス。喧嘩でもしたならあいつは今頃、どうしようかとすごく後悔していると思うぞ」


「うわっレオンさん!!気がついたんですね、大丈夫ですか?」


寝かせていたレオンさんが急に起きあがったので、私は驚いて振り返ります。まだ痛いのか頭を片手で少し押さえていましたが、顔色も多少は良くなったように見えます。


「大丈夫だ。お前こそ怪我はないか?」


「はい。レオンさんが庇ってくれましたから」


「ハハ、お前……ぼーっとしてるからな……」


私は攻撃力は強いですが防御力は大したことが無いので、ノーガードで頭を殴られたらかなり危なかったかもしれません。女を凶器で殴ろうとするなんて、やっぱり森の住人たちは多少頭がおかしかったと言えるでしょう。


「すみません……」


「レオンちゃん、まだあんまり喋らないほうがいいわよ。頭の怪我はデリケートなんだから」


「あっセディ……そうしよう。あなたの言うとおりに」


なんでしょうその態度の変化は?本当に一目ぼれした相手にはへこへこするタイプの人なんですか?王子様なんだし、偉そうにするなら偉そうにするで統一してくださいな。とはいえレオンさんが大丈夫そうで、本当に良かった。私は自分のことばっかりですね、レオンさんだって酷い目にあったのに。


「私、使いの人が来るまでの間にアートと仲良くなろうと思います」


「仲悪いの?」


「ラーラ!聞き方ってもんがあるでしょ!」


(わる)かあないですけど……気まずいっていうか……」


「ま、頑張んなさい。なにかあったらランチでも奢るわよ」


「ありがとうございます」


「あたしも話聞いたげるー!!」


「俺はあいつがお前を傷つけるようなことをしたらぶん殴ってやる。お前の親友としてな」


「アートは多少の鈍器で殴られたくらいじゃダメージ受けなそうですけどね」


「あいつは化け物かなにかなのか?」


こういうのが、友達や女の子とするような普通の恋愛トークというもんなんでしょうか?もうすぐレイアスですから、セドリックさんたちとは数日でお別れになるでしょう。話を聞いてもらえるのもそこまでです。いつまでも人に頼りきりではいけませんからね。


具体的に何を言いたいでもないのですが、私はとにかく気まずくても、アートに正面から向かい合うことに決めたのでした。




めんどくさい女、ロイス

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