表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/97

55


牢屋から脱出してすぐは、ルドガーさんの服の裾を掴んで歩いていました。今度はアートの服を掴んで歩きます。今回も、服を引きちぎらず、かといって決して離さないように神経を研ぎ澄ませていました。離すなと言われましたからね。


「あちらに嫌な気配がする。行こう」


「はい!」


アートと私、どちらがより強いのかはまだ定かでないですが、いざとなれば私は命がけでアートを守りましょう。


とにもかくにも公爵様ですから、アートの命が最優先なのです。私が死ぬよりアートが死ぬ方が国レベルで一大事ですからね。本当に、物理攻撃の効く相手だったらかなり助かるのですが。触れないようなオバケ相手には、私の怪力とかいうステータスは無力でしょうから。


進めば進むほど、なんとなく体がだるく、足取りが重くなってきました。体調が悪くなってきた気がする、とでもいいましょうか。


周囲の雰囲気もどんどん重たく暗く、まだ昼間のはずなのに、空までどんよりと暗くなってきていました。正直なところ、不安じゃない、といえば嘘になります。今までの人生では、何者かに対する強い恐怖を感じたことはありませんでしたから。こんな意味不明の状況に陥ったこともありませんし。


本気の力がどのくらいか試したことがないので、自分がどの程度戦えるのか、役に立てるのかは分かりません。でも、少なくともその、邪神の本殿とやらを壊すくらいはできると思うのです。物を破壊することにかけては自信があります。そんな自信、乙女にはいりませんが。


昔、どのくらいいけるかな?と軽い気持ちで自宅を持ち上げようとしたら、家が一瞬ですが大きく傾いてしまい、地震だ呪いだと大騒ぎになったことがありました。奇跡的に私の仕業だとはバレませんでしたけど。


そう、つまり少なくとも、人間が暮らしている二階建ての木造建築を持ち上げられる程度の腕力はあるのです。その時は家、軽っ!と驚きましたが。あ、でも多分アートの家は石造り、下手したら大理石とかで作られてるでしょうから、持ち上げられないかもしれませんが。


これまではなんとなく恥ずかしいからってなんとか隠し通してきました。が、私の人生における怪力隠しは、それはもう大変でした。編み物だって実は、手の力を加減する練習としてはじめたものでしたし。はじめたばかりのときは編み物の毛糸を頻繁に引きちぎってしまって大変でした。ちょっと引っ張ったらちぎれるんですもん。


……と、そんなことはどうでも良くて。


こんな、社会的にも重要なアートの生死のかかった事態ですから、私はいざとなれば、アートの前だろうと気にせず力を使う気でいるのでした。


妻子持ちのルドガーさんの命も、有名デザイナーであるセドリックさんの命も、伯爵令嬢であるラーラの命も、私なんかの意地やら命よりずーーっと重いのですから。


「ロイス、足元に気をつけろ。木の根が這い出て絡みつかれないように」


その通りでした。地面を這う木の根は不気味にぞろぞろと蛇のように波打ち動き、私たちを足止めしようとしているかのようでした。なんと恐ろしい。具合が悪い時に見る悪夢みたいです。こんな夢見たことないけど。


いや、これ、もしかして案外全部夢なのかも?


「痛っ!虫に刺された!」


そんなわけありませんでした。


「毒のない虫だから大丈夫だ」


ルドガーさんと同じこと言わないでください。ていうか、毒がなくても痛いんですけど。案外ズボラですよね、あなた。


「私は大丈夫なので前を見て進んでください」


「あ、うん……」


落ち込ませてしまってすみません。別に余計なお世話です、とかいった意味では全くなかったんですが、前を向いてほしいという気持ちが先行してキツい言い方になってしまいましたね。


アートがなんだか残念そうに前を向いたので、私は足に絡まった木の根を、足の力で引きちぎって一歩踏み出しました。なにも腕力だけ強いとは言ってないじゃないですか。


木の根なんか、私にとっては足に柔らかい毛糸が引っかかった程度の効力しかないのです。悲しいことですが。なので、アートの後ろで私は、足で木の根を引きちぎりながら歩きました。なにも植物が嫌いなんじゃありませんよ。絡まってくるんですもん。アートはうまく避けられてるみたいですけど、私はそんなに器用じゃないので。


「妨害が酷くなってきたな。やはりこっちに本殿(ほんでん)があるんだ。おそらくルドガーたちが居なくなる前に見えていた、木の小屋かなにかだろうな。見たか?」


「はい、一応。他はテントばっかりだから、唯一のちゃんとした建物で目立ってましたね」


なーんだ、アートにも見えてたんですか。じゃあ幻覚じゃなさそうですね。


「そうだな。あれはわざわざ高床式にまで作ってあって、供え物まであったし……人が住んでいるというよりは、祭壇さいだんのようだった。神棚みたいなものがあるのかも。そこに本体が……」


「祭壇ですか?」


私にはただの小屋に見えたんですけど、高床式?とかいう造りの珍しい建物だったんですね。いや、珍しいんですかね?分かりませんね。


それにしても、祭壇っていうと神様を奉るアレですよね?教会とかにあるやつ。そう思うと、急にすごく不気味なものに思えてきました。こんな山奥に、わざわざあんな手の込んだ祭壇を?職人にしか作れないでしょ、あんなきっちりした造りの建物なんか。な〜んかおかしいというか異質ですし、普通に金かかってそうだよなあ、と。


「そうだ。あの小屋、結構古そうにも見えた。もしかしたら山賊たちはあそこに宿る神に利用されていたのかも」


「利用?」


「盗んで来いって命令したりとか。」


命令って。神様って、会話とか意思疎通ができるもんなんですか?よくわかんない状態で適当にフワッと発生した神様だからこそ会話できる、とかなんでしょうか?それとも山賊の中に神と対話できる超能力者でもいたとか?聖職者みたいな、お告げを聞ける人とか。


「ここを通る人間たちから物を盗んでそれを自分に供えて崇拝すればお前たちを守ってやろう、とかって言われたら、逆らったら殺されるかもしれないし言うこと聞くんじゃないか?」


そんな神様、嫌ですねえ。欲まみれ!人間に進んで悪行をさせるなんて。アートが邪神とかって言ってましたし、きっとすごく悪い神様なのでしょう。自分を信仰している人間たちに犯罪をさせたり不幸にするなんて、私なら絶対そんな神様、意地でも信仰しないなあ。でも生まれた時から信仰しろと言われて育ったなら、仕方なく流れで信仰したりもするのかも?洗脳ですよね、一種の。


「祭壇の中には何があるんでしょう?呪いの岩とか?」


「そうかもしれないし、もしかしたら……案外、本体は人間という可能性もあるな。」


「人間?生き物じゃないですか」


もしかして、アシュレイ様みたいに半分神様だとかなんでしょうか。あんな人数が生活を成立させてるわけですし、結構昔から山賊による事件は起こっていたんじゃないのかなあ。流石に山菜だけで生きていけるとも思えませんし、お金がないと最低限必要な服とかも買えないでしょうし。山にある植物だけじゃ自給自足なんて厳しいですもんね。住民は皆、普通の服を着ていましたし。


「宗教というのは、無知な人間をまとめ上げるのに最も楽な手段のひとつだ。文字も読めず教養なく、なにも知らない貧しい人間なら、イカサマで神秘とか見せられてもすぐ信じるだろう。手品とかな。街で落ちこぼれて仕方なく森に入った人間たちを、嘘っぱちの宗教で洗脳してまとめようとした人間が、ここの神になったのかもしれない。ただの人間でも信仰されることで、神のような不思議な力を使える存在になったという例も過去にある」


「そんなことをしてなんになるんでしょう?こんな何もない森に住んでも贅沢できないでしょうし」


「ここに住む大人数の貧民たちを1番邪魔だと思っているのは誰だと思う?」


「ハインの領主とかですか?」


ちゃんと街を整備しろよとは思いますけど、生活に困った人達がこんなに大勢居ては改善するにも一苦労。こんな状態になるまで遊び呆けるようなろくでなしの領主なら、貧しい人達を邪魔だと思っているでしょうね。嫌なことです。許されないことです。


「そう。領主の手の者と考えるのが自然だろうな。宗教を作り出すことによって、邪魔な者たちをこの森という一箇所に寄せ集める。この街から大量に移住する人間が出ては、あちこちから苦情が出たり、街が管理されていないことを告発されたりするだろうからな。黙らせて森に住ませようとしたんだろう。」


「宗教で寄せ集めたと言われても……普通、何言われても街から出て行こうと思いませんか?こんな森の中にずっと住むわけにもいかないでしょうし。こんな大人数で……山菜だって毎日伸びてくるわけでもありませんし、盗みだけで生計を立てられる気もしませんし。まあ生活できてるからあんな人数が暮らしてるんでしょうけど……」



物を盗んでから街の中心部に売りにでも行くんでしょうか?あの人数を養うならかなりのお金が必要でしょうし、この森から出ないなら、金品を盗んでも仕方ないでしょうし。


「……今こんな状態になって思ったんだがな、ロイス。もしかしてここの住人はこの森から出られないのかもしれない」


「出られない?」


歩き続けながらも、アートは色々なことを考察しているようでした。自分でうまく考えつかずアートに質問ばかりしていて申し訳ないのですが、詳しく教えていただきたいのでお願いします、アート。


「見ただろう?いくつかあった集落には女子供も多く居たが、皆テントの奥に居ただろう?逆上して襲ってきたり、山賊らしい女は一人もいなかった。怯えてすらいた。もしもここの山賊全員が、今のルドガーたちのように、森に閉じ込められている状態だとしたら?妻や子供を人質にとられているのだとしたら?盗まなければ、信仰しなければ、家族を殺すと言われていたら?彼らは邪神に歯向かう術がなければ、従うほかないのかもしれない」


「外に出る人がいないのは……」


私が納得して、なんといえばいいか分からなくなっていると、アートがちらっと私の方を振り返りました。


「……あくまでも仮定の話だ。山賊たちが好きで盗みを行なっているという可能性もゼロではないよ。


だが、一番はじめに宗教を作った教祖がまず〝この森から出たら不幸になる〟とでも吹きこんだとする。それは何年も語り継がれることで強い呪いとなり〝森から出たら不幸になるから神はお前たちを決して森から出さない〟……に変化することだって、十分あり得る。伝言ゲームみたいなものだな」


そんなことあります?でも、何年もかければ確かに言葉だけで伝え聞いた情報は変化していって当然のものなのかもしれません。アートが尊敬していると言ったアシュレイ様のことだって、アートは詳しく知らないようですし。人の記憶や記録というものは、なんと不確かであるのか。


「ここに住む人たちは行動を神に支配されていると?」


「可能性はある。考えてもみれば、これだけ失業者がいるのにハインから他所への移住者は少なすぎるんだ。移住しようとした者の多くはこの森で足止めを食っているのかもしれない。」


「……まあとにかく、さっさと本殿をぶっ壊さなきゃですね!」


「そうだな。なんにしろ、ぶっ壊すのが手っ取り早い。ロイスとは気があうな、結婚するか?」


「しません……」


何度繰り返したか分からないやりとりをした直後でした。


私たちの真上から、二本の長い長い腕が勢いよく植物の蔦のように伸びてきて、アートの頭を鷲掴(わしづか)んだのです。


「お前の顔を知っているぞ!お前に殺されて100余年!復讐できるのを待っていた!!」


「!?」


顔の見えない二本の腕はどこからかそう叫ぶと、そのままアートを捕まえて、上へ上へと、空に向かって引きずり込んでしまいます。そして、アートの服の裾を鷲掴んでいた私も同じように、上へ上へと連れていかれてしまったのでした。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ