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私がとりあえず今日の宿を取ろうと思い適当な宿泊施設に足を踏み入れようとすると、公爵様が私の鞄を掴んで引き止めてきました。肩や腕に触らないところに、この人の気遣いのようなものを感じて変な気分です。


「どうなさいました?」


私が宿屋から二歩ほど下がって公爵様の方を向くと、公爵様は小さめの声で言いました。


「この宿はやめたほうがいい」


「なぜですか?」


公爵様の言葉に、私は首を傾げました。綺麗そうな建物ですし、ここら辺は街の端ですが人通りだってちらほらありますから、安全面だって平気そうに見えたのです。あんまり人の多い街中の宿だと、寝るときにうるさそうですし。珍しい三階建ての建物ですが、造りもしっかりしているように見えました。


この国では、宿屋や武器屋、花屋に雑貨屋、それぞれの店に国で定められたデザインの木板が設置されています。設置さえされていて、見てすぐわかればどこに配置されていても構わないという規定なのです。ちなみに、入ろうとした宿屋は看板のすぐ右下に宿屋の木板が打ちつけてありました。


「あの国定の木板をよく見てみろ。正規の木板の宿屋の印とは少し違う」


「うーん……言われてみればちょっと線が歪んでいる気も……」


「個人が店を開くときは、地区ごとに役所に行き店を出す申請をする。監査員が審査をし、価格設定や建物の強度、一つの場所に同じような店が並びすぎないかなどを調べて、問題がないようであれば木板に定められた印字を店主に渡す。それを付けるところを監査員が確認したら、そこでようやく店が開ける。」


「そ、それはなんとなく知っていますが……」


公爵様が真面目な顔で真面目なことを喋り出したので、結局なんなんですか?という気持ちになりながらも私は宿屋のドアの前から横にずれて話を聞くことにしました。店の前に立っていると営業妨害になりかねませんからね。


「その、国から配布される木板は元となる版画があり職人が全くずれないようにキッチリと!しっかりと一枚一枚丁寧に制作している。線がずれることも無ければ形や大きさが違うこともない。あの木板をよく見てみろ」


「は、はい」


「規定よりわずかに小さい。それと、板に対する文字の大きさが少し大きいな。印字の色も他の店より少し緑がかっている。色を塗る染料も一度に大量に作り、厳重に保管されているから見て一目でわかるほど色が違うことはあり得ない。つまり、この店は無許可営業をしているということだ」


「ええ?!」


私、何も知らずに一人で家出してきていたらどうなっていたんでしょう?世間知らずだという自覚はありますが、他にも知らないとまずいことはいくらでもあるのではないでしょうか?急に不安になってきてしまいました。


「無許可の店の人は捕まったりしないんですか?」


「もちろん捕まることもある。国の規定では懲役1年と稼いだ金、全額の徴収だ。でもこの建物の年季の入り具合からして、少なくとも5年ほど経営している様子だな。こういう場合、役人に賄賂わいろを渡している可能性が高い。こういう店はかなり減っていたんだが、最近は他国との貿易などで移民も増えて治安が悪くなってきているからな……」


「この店、危ないんですか?」


賄賂とか言われると急にアンダーグラウンドな世界に足を踏み入れてしまったみたいで、変な話ですがワクワクしちゃいます。でも、そんなことを言っている場合じゃありませんよね。この人は公爵様なので国の規定に厳しいのでしょうが、もしかしたら無許可運営なぶん安かったりするかもしれないじゃないですか?でも、危険ならやめておきますが。


「十中八九そうだろうな。特にお前は家出してきたばかりで金銭感覚がないから、宿屋の値段の相場も分からないだろう?そういう世間知らずそうなやつはすぐに脅されて金を搾り取られる。よく見てみろ、二階の窓の一番左。ガラスが一枚綺麗になくなってるだろう?窓ガラスが割られるような客がくる店な上に、直していないということだ。荷物だって盗まれるだろう」


「そ、そうなんですか……」


ひえっ、思ったよりめちゃくちゃ危なそうなお店だったようですね。公爵様の言葉を全て素直に信じるのか?と思うかもしれませんが、こんな嘘ついてどうなるってかんじなので私は彼を全面的に信じることにしました。


窓ガラスとかよく観察してらっしゃいますね。といっても、私のほうが周りが見えてなさすぎるのかもしれませんが。


はじめから気になってたんですが、この人、必死になって説明したり喋っているときは私のことをつい「お前」と呼んでいるんです。気を遣って君と言ってみたり、ロイスと呼んだりお前と言ったり、忙しい人。でも、私を心配してくれているんだなあということはひしひしと伝わってきました。嫌な気は全くしなかったのです。


「だから宿屋は、多少うるさくても街の中心あたりの人通りの多い場所の方がいいんだ。安全だからな」


勉強になります、はい。すごい親切な人だなあと改めて思いますが、この人も私と同じ建物に泊まるんでしょうから、当然の拒否であるとも言えますよね。たしかに宿代が一泊いくらとか、考えたこともありませんでした。家以外に泊まったことがないので、やっぱり少しワクワクして浮ついていましたし。


「ありがとうございます公爵様、ごめんなさい私、何も知らなくて」


「知らないことは罪ではない。それに、新しく知ることは良いことだ。大抵の場合な。行こうか、さっき歩いていた時に泊まる場所の目星はつけてあったんだ」


「え?は、はい……ありがとうございます……」


家出のはずが、公爵様が引率してくれる観光旅行みたいになってしまっています。これ、私一人だと成り立っていない家出でもある気がしますし。


それにしても、公爵様はどうして結婚の4日前になって急に私を訪ねて来たのでしょう?それに、3ヶ月帰らないかもなんて置き手紙までして。それも私が家出しようと思ったその日にちょうどです。


そんなことを考えていたら、公爵様には、なんだか全てが分かっているような気がしてくるのです。街のことも、宿のことも、世界中全てのこと、そう、そして私のことだって。全て見透かされてるような気になってくるのです。


「さっき、多少うるさくても」と言ったのも私が夜に街がうるさいかもと気にしていたことを悟られたような気分でした。私の世間知らずを責めることもしません。公爵様が追いかけてきたとき、私がデコピンしたことだってちっとも怒ってきませんでした。


この人は、どうしてこんなに私に優しくしてくれるのか?どうして私を選んでくれたのか?


公爵家に嫁ぐ気がないのは変わらないけれど、彼を良い人だと思う気持ちはさらに強くなってしまいます。それも全て、彼の思惑通りなのかもしれませんが。


私の彼への謎は深まるばかりです。


また並んで歩き、急に立ち止まった公爵様は鞄から小さな布袋のようなものを取り出すと、私に手渡してきました。手のひらに収まるような小さな小さな袋です。その袋の口は、開かないように強く引き縛ってあって、鞄につけられるような紐がついていました。私は不思議に思いながらもそれを受け取ります。


「これは、私の先祖から伝わるお守りだ。この国の宗教とは違うが、これがあると安全に暮らせると評判なんだ。自分で織った布で袋を縫い、エインズワース邸の庭の西に生えている大きな白い木の皮を一枚と、祈りを込めた札が入れてある。好きな人ができたら相手の分も作って贈るんだ。私の家族は、今までみんなそうしてきた」


「お守り……ですか?私がもらっていいんですか?」


「本当は、今日はこれを渡すために会いにきたんだ。私の家までは遠いから、馬車が事故にあったり、危険な目に遭わないようにとの魔除けにと思って」


真面目な顔で、当たり前だって顔で、照れもせずにこの人は。


じゃあ、じゃあ、本当の本当に〝ただお守りを渡すためだけに〟この人ははるばる自分の家から私の元に出向いてきたというのでしょうか。


「でも、本当に効果があるみたいだから片時も離さないでくれ」


「は、はい」


私はお守りを上着の胸ポケットに入れました。それから、紐を服の編み込みの部分に結びます。この人は自由すぎるし、何を考えているのか、どんな人なのかよく分かりません。でも、私のことを大切に思ってくれているのは本当に、確かなのだと思います。


出会って初日でこんなに心動かされて、私は3ヶ月でこの人が帰って行くときまで耐えられるのでしょうか?幸先が不安すぎますが、ともかく。


私と公爵様は街中の大きな宿屋に入ってそれぞれ別の部屋を取り、また明日の朝8時に店の前でと話して、それぞれの部屋へと入っていったのでした。


今回も読んでくださってありがとうございます!早くも公爵様に懐柔されかけているロイスですが、旅はまだまだ続くと思われます

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